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第3章:C組のはじまり

 一夜明け、俺は異世界に来て初めての学校生活というやつをスタートさせることになった。

 いや、学校っていうか、アカデミア?

 

 なんか知らんけど、響きだけはカッコいいな。


 そのクロノスアカデミアとやらは、昨日俺たちが最初に通された大広間からも想像できた通り、とんでもなくバカでかい建物だった。

 外観はまるでおとぎ話に出てくる中世ヨーロッパの古城。

 石造りの壁にはツタが絡まり、天に向かって尖塔がいくつも伸びている。

 なのに、窓枠はなぜかメタリックでシャープなデザインだし、城の周囲にはリニアモーターカーみたいなのがビュンビュン走ってる。

 

 昨日も思ったけど、やっぱりファンタジーとSFが殴り合いのケンカでもしたみたいな、ちぐはぐな世界観だ。


 アカデミアの生徒は、昨日測定された固有スキルのランクによって、S組からF組までの5つのクラスに分けられるらしい。


 S組が、いわゆるチート級の最強スキル持ちが集まるエリートクラス。

 A組がそれに次ぐ優秀組。

 B組がまあ、一般的な能力者ってところか。


 で、俺、桜庭陽介はというと、めでたく(全然めでたくないけど)C組に配属された。

 C組は特殊・変則スキル持ちのクラス、らしい。


 そしてF組が……まあ、お察しの通り、スキル評価が低い生徒たちのクラスだ。

 正直、コップを2センチ動かすだけの俺がF組じゃないだけマシなのか、それともC組という名の「その他大勢、変わり者枠」に押し込まれただけなのか。


「ここがC組の教室か……」


 案内された教室のドアの前で、俺は深呼吸を一つ。

 昨日、老教授から「君はC組だ」と宣告された時の、あの何とも言えない空気感を思い出す。


 頼むから、変な奴らの巣窟じゃありませんように!


 おそるおそるドアを開けると……うわっ、カオス。


 広い教室の中は、すでに到着していた生徒たちでごった返していたんだけど、そのメンツがまあ、見事に個性的というか、なんというか。

 

 ピンと立った獣の耳を生やした女の子がいるかと思えば、尻尾をパタパタさせてる男の子もいる。

 体が半分透けてて、向こう側の景色がうっすら見える奴とか、常に頭の上に小さな雨雲を浮かべて、ポツポツと小雨を降らせてる奴までいやがる。

 

 おいおい、君、それ絶対迷惑スキルだろ。

 湿度上がるわ。


 完全にアウェイだ。

 俺みたいな平凡な日本人高校生が、こんな魑魅魍魎……いや、個性豊かな面々の中に混じってやっていけるのか?

 不安しかない。


「お、新入りか?  お前のスキルは何だ、見せてみろよ!」


 俺が入り口で立ち尽くしていると、教室の奥から派手な赤髪を逆立てた、見るからにヤンチャそうな少年が声をかけてきた。

 手には火花みたいなのがパチパチ散ってる。

 あ、こいつも能力者か。


「え、えっと……俺のは、『運命のタスキリ』っていう、らしいんだけど……」

「タスキリ? 変な名前だな! で、何ができるんだよ、それ?」


 赤髪の少年がニヤニヤしながら聞いてくる。

 周りの連中も、興味津々といった感じでこっちを見てる。


 うぅ、この状況、昨日も味わったぞ。

 デジャヴってやつか?


「えっとね……コップを、数センチ動かしたりとか……あと、部屋の温度を、ちょっとだけ変えたりとか……それ、くらい、かな……はは」


 俺がどもりながら説明し終えると、一瞬、教室が水を打ったように静まり返った。

 そして、次の瞬間。


「「「ブハハハハハハハッ!!」」」


 教室中が大爆笑の渦に包まれた。

 赤髪の少年は腹を抱えて床を転げ回ってるし、獣耳の女の子は耳をピクピクさせながら涙目で笑ってる。

 頭に雨雲浮かべてる奴なんか、笑いすぎて雨足が強まってるじゃねえか。


 やめろ、こっちまで濡れるだろ!


「マジかよ! コップ動かすって! それ、念動力の初期不良みてえなもんじゃねえか!」

「どうやって戦うんだよ! 敵のコップ全部倒して水浸しにするとか? 地味すぎんだろ!」

「つーか、なんでお前がF組じゃなくてC組なんだよ! 明らかに最弱じゃねえか!」


 容赦ない言葉の集中砲火。

 うぅ……顔から火が出そうだ。


 俺は真っ赤になった顔を俯かせ、逃げるように空いていた一番後ろの席へと滑り込んだ。

 ああもう最悪だ。

 異世界に来て早々、クラスの笑いものとか、どんな罰ゲームだよ。


「あのね、気にしなくていいよ」


 俯いて肩を落とす俺の隣から、不意に優しい声がかかった。


 顔を上げると、そこには茶色のボブカットがよく似合う、人懐っこそうな笑顔の女の子が座っていた。

 クリクリとした大きな瞳が、心配そうに俺を見つめている。


「え……?」

「私も日本から来たの。鈴木ココアっていうんだ。よろしくね!」


 彼女はそう言って、ニカッと太陽みたいに笑った。


 え、日本人? ここで?


「あ、あの……もしかして、日本語、通じるんですか?」

「そうそう!  こっちの世界って、『万能翻訳』の魔法みたいなのが常にかかってるから、言葉が通じないってことはないんだけどね。でも、やっぱり同じ日本人と母国語で話せるのはホッとするよねー」


 ココアちゃんは、コロコロと鈴を転がすような声でそう言った。


 確かに、異世界に来てからずっと、周りの連中が話してる言葉は日本語に聞こえてたけど、あれは魔法の力だったのか。

 なんかすごいな。

 そして、この状況で日本人に出会えたっていうのは、砂漠でオアシスを見つけたような気分だ。マジで。


「俺、桜庭陽介。よろしく、鈴木さん」

「ココアでいいよ!  ね、陽介くんも私のこと、ココアって呼んで?」

「あ、うん。よろしく、ココア」


 いきなり呼び捨てかよ、と内心ツッコミつつも、彼女の屈託のない笑顔を見ていると、さっきまでの落ち込んだ気分が少しだけ軽くなるのを感じた。


「それにしても」

 

 ココアは急に真剣な表情になって、俺の目をじっと見つめてきた。


「陽介くんのスキル、私、すっごく興味深いと思うな」

「え?  あのコップ動かすだけのスキルが?」

「うん。だって、小さな変化が大きな物語を生むことだって、たくさんあるんだよ?  運命を変えるのって、いつだってほんの些細なきっかけだったりするんだから」


 ココアの言葉は、なんだか妙に説得力があった。

 いや、そうであってほしいっていう俺の願望が、彼女の言葉をそう感じさせてるだけかもしれないけど。


 ガラッ、と教室のドアが開く音がして、中年の男の人が入ってきた。

 ヨレヨレの白衣を着て、無精髭を生やした、いかにも冴えない感じのおっさんだ。


 この人が担任なのかな?


「はい、みんな席に着けー。俺がC組の担任の、田中だ。よろしくなー」


 田中先生と名乗ったおっさんは、気の抜けたサイダーみたいな声で自己紹介を済ませると、教卓にドンと腰を下ろした。

 おい、座るなよ。


「えー、知っての通り、このC組は、いわゆる『変則的』なスキルを持った奴らの集まりだ。一見すると、どうしようもなく弱っちいスキルに見えるかもしれん。実際、他のクラスの連中からは、F組と変わんねえってバカにされてるだろうがな」


 先生の言葉に、教室のあちこちから自嘲気味な笑いや、チッという舌打ちが聞こえる。

 やっぱり、みんな色々と思うところがあるんだろう。


「だがな」


 田中先生は、そこで初めて鋭い光を宿した目で俺たちを見回した。


「スキルに優劣はねえ。要は『使い方』だ。ここでは、お前らのその変わったスキルを、どうすれば戦力として、あるいは他の何かの役に立てられるのか。その『使い方』を学んでもらう。状況次第じゃ、お前らのスキルがS組の奴らを喰っちまうことだって、十分にあり得るんだぜ?」


 状況次第で、最強……か。


 俺のこの「運命のタスキリ」が、ねぇ。

 どう考えても、コップを2センチ動かしてS組の奴らを倒せるビジョンが浮かんでこないんだけど。


 俺が半信半疑の表情を浮かべていると、隣のココアは、なぜか「うんうん」と確信に満ちた様子で深く頷いていた。


「物語の主人公になるのって、いつだって最初は弱くて、どこにでもいる普通の人だったりするのよ」


 彼女は、俺にだけ聞こえるような小さな声で、そう呟いた。


「陽介くんのスキルは、きっと、この物語を大きく変えるわ」


 その言葉は、予言みたいに、俺の心に不思議な重みを持って響いた。

 

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