第2章:最弱の烙印
天使みたいな金髪美女(後で聞いたら、ここの学園長らしい。マジかよ)のありがたいお言葉が終わると、俺たちは何グループかに分けられて、だだっ広い大広間からゾロゾロと移動させられた。
向かった先は、これまた無駄にだだっ広い「能力測定室」とやらだった。
おいおい、この世界の建築物は、なんでもかんでもデカければいいってもんじゃないだろ。
もう少しコンパクト設計を学んでくれ。
室内には、なんだかよく分からないけど、とにかくSF映画に出てきそうなメカメカしい装置がズラリと並んでいる。
壁には巨大なモニターがいくつも設置されていて、チカチカと謎の光を放っている。
うわぁ、すでに目がチカチカする。
「次の方、どうぞー」
白衣を着た研究員っぽい人たちの指示に従って、召喚された奴らが一人、また一人と装置に向かっていく。
俺はというと、その他大勢に紛れて、遠巻きにその様子を眺めていた。
いやだって、いきなり「お前の能力、測定しちゃるぜ!」とか言われても、心の準備ってもんがあるだろ。
俺の少し前で測定を受けていたのは、いかにも快活そうなオレンジ色の髪の少年だった。
彼が測定器の前で右手を突き出すと、指先からメラメラと炎が立ち上った。
「うおおっ! 我が名はブレイズ! 炎を操る男なりぃぃ!」
少年がそう叫ぶと、炎は巨大な竜の形を取り、前方に設置された的を見事に焼き尽くした。
おおっ、すげえ!
まるで漫画の世界だ。
周囲からは「おおーっ!」という歓声と、パチパチという拍手が沸き起こる。
いいなぁ、ああいう派手な能力。
俺もあんなのだったら、ちょっとだけ人生イージーモードになれたかもしれないのに。
「次、桜庭陽介さーん。こちらの測定器へどうぞー」
呼ばれた。
ついに俺の番か。
内心ドキドキしながら、促されるままに中央の一番デカい装置へと近づく。
なんだか歯医者の診察台に座らされる気分だ。
口の中にドリルとか突っ込まれたりしないよな?
「はい、こちらのヘルメットのようなものを装着してくださいねー」
言われるがままに、ちょっと大きめのバイクのヘルメットみたいなのを頭に被る。
視界が覆われて少し不安になるが、すぐに目の前の空間にバーチャルな映像が浮かび上がってきた。
おお、ハイテク。
しばらくすると、ヘルメットがピピッと電子音を鳴らし、俺の周囲の壁面に設置されたモニターに、なにやら複雑怪奇な光のグラフやら数式やらが映し出された。
うーん、さっぱり分からん。
これが俺の能力のデータってことか?
見た感じ、あんまり強そうじゃないグラフだな、うん。
「ふむ……」
測定器の横で腕を組み、モニターを眺めていた白衣の老人が、深いしわの刻まれた眉をひそめた。
この人がここの責任者、というか試験官なのかな。
なんか、見るからにカタブツそうな雰囲気だ。
「君の固有スキルは……『運命のタスキリ』、じゃな」
タスキリ?
なんじゃそりゃ。
助け合いとか、そういう友情パワー的なやつ?
それならまあ、悪くないかもしれない。
「タスキリ、ですか? それって、一体どんな能力なんです?」
俺の問いに、老教授はうーん、と少し考える素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。
「些事切り……とでも言えばいいかの。ごくごく小さな事柄、取るに足らないような些細なことを、ほんの少しだけ変えることができる。そういう能力じゃ」
「……はい?」
「例えば、そうじゃな」
老教授は、手元にあった水の入ったコップを指さす。
「このコップを、ほんの2センチほど右に動かすとか。あるいは、この部屋の室温を、ほんの1度だけ上げるとか、下げるとか。まあ、その程度の能力じゃな」
え? 今、なんて?
コップを2センチ動かす?
室温を1度変える?
それだけ? マジで?
シン……と、測定室が静まり返る。
いや、正確には、俺の脳内が思考停止しただけか。
そして、次の瞬間。
「プッ!」
「ククク……なんだそれ」
「2センチって……定規で測るのかよ」
「室温1度とか、風邪ひいてる方がマシじゃね?」
あちこちから、抑えきれないクスクス笑いが漏れ聞こえてくる。
さっきまでブレイズ君の炎龍に「おおーっ!」とか言ってた奴らが、今度は俺の地味すぎる能力に腹を抱えてやがる。
おい、人のスキルを笑うな。
これでも本人、結構ショック受けてるんだぞ。
「そ、そんな……役に立つの、ですかね? それ……」
「まあ、日常生活で、ほんの少しだけ便利かもしれんな。醤油の瓶がちょっと遠い時に、2センチ手元に寄せるとか」
「いや、それ自分で取った方が早くないですか!?」
思わずツッコミを入れてしまった。
なんだよ、この虚しすぎるスキルは。
これじゃあ、魔王どころか、道端のスライム一匹倒せやしない。
最強の力が欲しいって願ったはずなのに、なんでこんな残念スキルなんだよぉ……。
ガックリと肩を落とす俺。
すると、老教授がそっと俺のそばに寄ってきて、声を潜めて耳打ちしてきた。
「……ただ、興味深いのはな、桜庭君。君のその能力波形じゃ。他の能力者のそれとは、全く異なる、非常に特異な形状を示しておる。ワシは長年ここで能力測定を行っておるが、こんな波形は初めて見た。何か……何かこう、とてつもなく特別なものを感じるんじゃよ」
特別なもの?
俺のこの、コップずらしスキルに?
老教授の真剣な眼差しに、俺の心にチクリと小さな希望の灯がともる。
そうか、もしかしたら、このスキルにはまだ俺が知らない、とんでもない秘密が隠されているのかもしれない。
実は超すごい能力で、使い方次第では世界を救えちゃう的な?
「とは言え、じゃな」
俺の淡い期待は、しかし、老教授の次の言葉で無残にも打ち砕かれることになる。
「現状、君のスキルランクはE。最低ランクじゃ。よって、君はC組に配属されることになるじゃろう」
Eランク……。最低ランク……。C組……。
ああ、やっぱりダメか。そりゃそうだよな。
コップを2センチ動かす能力が、いきなりSランクとかになるわけないもんな。
特別なものとか言っておきながら、結局は最低評価かよ、じーさん!
ガックリと項垂れながら、俺はトボトボと測定室を出ようとした。
もういい、どうせ俺は醤油差し専用能力者だ。
その時だった。
ガシャーン!!
突然、背後で何かが割れる派手な音が響いた。
驚いて振り返ると、さっきまで壁に掛かっていた大きな古時計が床に落下し、無残にも粉々になっている。
針も文字盤もバラバラだ。
うわぁ、派手にやったな。
「おや、時計が……」
老教授が、割れた時計の残骸を見下ろして不思議そうに首を傾げている。
「ふむ、固定具が劣化でもしておったのかな……」
俺は、なぜかその光景から目が離せなかった。
心臓が、ドクン、と妙な音を立てる。
さっき、俺が部屋を出ようとした瞬間……時計が落ちた?
まさか、な。偶然だろ、偶然。
俺のスキルはコップを2センチ動かすだけのはずだ。
時計を落とすなんて、そんな大それたこと、できるわけが……。
でも……。
日本にいた頃から、時々感じていた、あの「何となく上手くいく」という不思議な感覚。
あれも、もしかしたら……。
いやいやいや、そんなバカな。
俺がそんな、漫画の主人公みたいな都合のいい能力を持ってるわけないだろ。
考えすぎだ、うん。
きっと、あの時計は寿命だったんだ。
そうに違いない。
俺は、言葉にならないモヤモヤとした違和感を胸の奥に押し込めて、今度こそ本当に測定室を後にした。
こうして、俺の異世界ライフは、いきなり「最弱」の烙印を押されるという、なんとも幸先の悪いスタートを切ったのだった。