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紫暮 ひさな と メランコリー⑧

「それから、お父さんや親友が見えなくなったから独りぼっちになった。実際にはそうじゃないけど。スマホでやり取りすればいいのでは、と思って試してみようとしたら、2人のアカウントが見当たらなかった。だから1年以上2人と会話ができていない……。そして、私が大金を渡したことをきっかけに当たり屋のおじさんがたまに絡んできて、毎回お金を取ろうとしてくる始末。もうこれ以上辛い思いをしたくないから誰とも会話をしないようにした。そうすれば大切な人ができないと思って。高校2年生になって、親友が私を見つけてほしくないっていうのと、あのおじさんによく出会ってしまう時間を避けるっていう理由で、裏門の先の森でしばらくやり過ごすことにした。そうして野良犬のハクサイや奇小井に出会ったってわけ」

 紫暮はシューンと『心の音』を少し出しながら説明してくれた。

 春休みのときに聞いた通り、悪魔に祈ったことが『チカラ』を手に入れてしまった原因なんだな。

「もうどうしたらいいわけ! 私はただ褒められたかっただけ。みんなも幸せになると思っていたのに、なんでこんな辛い思いをしなきゃいけないの! なんでお父さんと親友に、ハクサイ、奇小井まで見えなくなっちゃったの! なんでなの!」

 紫暮の右のてのひらから少しずつ痣が見えてきた。

 俺はこの痣が見えるのを待っていた。痣が見えればこっちのものだ。

 紫暮はもう辛い思いをする必要がない。悪魔が嗤う毎日より紫暮が笑う毎日のほうが絶対にいいに決まっている。

 俺は紫暮に近づくと、ブレザーの内ポケットから『太初封呪』と書かれたお札と『封絶ノ印』と書かれたお札を取り出した。

 『太初封呪』のほうを紫暮の右のてのひらの痣に張り、『封絶ノ印』のほうを俺の痣が出てくるだろう右腕に張った。

 俺はブレザーの内ポケットから生徒手帳を取り出した。確かどこかに詠唱に必要な言葉を書いたはず……。

 生徒手帳のページをペラペラめくって確認していき、ついに見つけた。

 ページに書かれた言葉を噛まないように注意しながら読み始めた。

「滅せぬ命、絶えぬ術理、我が器に刻みて継ぐ。『移送(ヴァシリオン)』」

 詠唱すると『太初封呪』と『封絶ノ印』からどす黒い光が輝きだした。紫暮のてのひらから輝いていた光が『太初封呪』を吸収して珠のように丸くなり、俺の腕へと動いていく。その珠のような何かは『封絶ノ印』を汚染するかのように、お札を黒くしていく。

「いっ……!」

 腕から引き裂かれるような痛みを感じてくる。

 痛みがだいぶ治まった頃にはお札が完全に真っ黒になり、お札は俺の腕に吸収されていくように消えていった。

 これは成功なのだろうか。

 杉函 千景(すぎはこ ちかげ)さんの部下を名乗る男から、相手の『チカラ』と『代償』を消失させて、その人が受けてきた『代償』の痛みを代わりに受けるというものだと聞いた。

「奇小井……なの?」

 紫暮が俺のほうをまっすぐ見て呟いた。

「……俺のことが見えるのか?」

「うん! バッチリ見える!」

 紫暮の目から涙がどんどん出てきた。

「成功したのか……」

「ねえ。これからは大切な人がずっと見えるの?」

「そうだよ」

 紫暮は俺に思い切り抱き着いてきた。

 そしてハクサイも紫暮のそばまでやってきてしっぽを振っていた。

 こういうときってなんて言えばいいのかわからない。「もう悲しまなくていいんだよ」なのか? それとも「お前はこれで毎日笑って過ごせるな」とかなのか?

 そんなありきたりなセリフでいいのだろうか?

 考えていくうちに頭の中がぐちゃぐちゃになっていって、無意識に口が開いてしまった。

「女子の胸ってさ、ブラジャーでガードされてるからあんまりやわらかいとは感じないんだな」

 あっ。やべ。

 俺は真顔になった紫暮に股間を蹴られて倒れた。

「ごふっ!」

「最低最低最低最低最低最低!」

「しかたないじゃん……。抱き着いてきた紫暮様になんて言葉を返せばいいかわからなかったんだもん。それでとっさに出ちゃって……」

「あんた10回くらい死んだほうがいいよ」

「さすがの俺もちょっと良くないなと思いました」

「ちょっと……だって?」

「いえ! ものすごくです!」

「よろしい。じゃあ死ね」

「ヒァッホーイ! 紫暮様からありがたき死ねをもらったぜーっ!」

 俺は立ち上がって大喜びした。

「あんたふざけてるよね?」

「いいえ。いたって真面目です」

「あんた病院行ったほうがいいんじゃない?」

「俺が病院で検査したら、検査で使う機械を全部ぶっ壊しちゃうからやだ」

「どんだけやばい病気なの!」

「特に異常はないと思うが」

「だったら機械は壊れないよ! というか実際にやったの!」

「信じるか信じないかはあなた次第です」

「奇小井だしな……、ありえそう」

 俺は紫暮と会話をしながら、内ポケットにあるもう1枚のお札を握った。

 さて、最後の仕上げだ。

 しなくてはならないことだけど、したくない。

 たのしいこの時間を今からぶち壊さなければならないからだ。

 そういうレールを進むって決めたはずなのに、なぜここでレールから外れたくなるんだよ。杉函さんは、辛い思いをたくさんするって言っていたのに。あの人の前で、それでもいいから進むって言ったのに。

 どうしてここで立ち止まるんだよ。

 俺は無理やりレールから外れたいという気持ちを押し殺してお札を取り出した。

「なあ。もうひとつやることがあるんだよ。それを済ませよう」

「やることって?」

 紫暮は不思議そうな顔をした。

「それは言えない。黙って従ってほしい」

「そう。じゃあ私は何をすればいいの」

「そこに突っ立っていればそれでいい」

 俺は『忘道符』と書かれたお札を紫暮の額に張り付けた。

「いまからキョンシーごっこでもするの?」

「……そんな感じだな」

 俺は適当に答えて、また生徒手帳のページをめくって、そこに書かれた文字を読み始めた。

「永久の闇に名を消せ、想いを絶……」

 俺が詠唱している途中で、紫暮は額に貼られた『忘道符』を引っぺがした。

「あんた、物騒なことを呟いてんじゃないよ! 何しようとしてたわけ!」

 紫暮からギャーンとものすごく大きい『心の音』を出した。

 立ち眩みがしてきたが、舌を噛んで無理やり耐えて、叫んだ。

「邪魔すんなよ! もう少しでお前の『チカラ』に関する記憶を消せ……。いや、なんでもない」

「やっぱり物騒じゃない!」

「あのな。『チカラ』のことは誰にも知られちゃいけないわけなんだよ。紫暮様の『チカラ』を消せたとはいえ、紫暮様が誰にも『チカラ』のことを話さないとは限らない。だから消すしかない。そういうルールなんだよ」

「ルール? そんなの知ったこっちゃない! 私の『チカラ』に関する記憶が消えるってことはさ、『チカラ』に関わった奇小井との思い出も消えるってことでしょ。そんなの許さない! そんなことしたら、あんたのこと思い出して、本当にあんたをぶっ殺してやるから!」

 俺の目から涙が溢れてきた。

 本当は誰かに正しいレールへ導いてほしかったのかもしれない。

 あってはならないことのはずなのに、どうしてこんなにうれしいのだろう。

 紫暮は優しく俺を抱きしめて頭を撫でた。

「ありがとう。ありがとう」

 心の底から想った言葉が俺の口から出てきた。

「ねえ奇小井。なんで私のことを様づけしてるの?」

 俺はばっと顔を上げた。

「様づけしろって言ったのそっちだろ!」

「そうだっけ? なんか変な感じがするからさ、別の呼び方にしてくれない?」

「わかりました紫暮女王様」

「悪化してるって! もういっそ下の名前で呼んで!」

「わかったよ。ひさな」

「……なんかむずがゆいからさ。私も深雪って呼ぶね」

 この日から俺とひさなはちょっとだけ距離が縮まった気がした。

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