紫暮 ひさな と メランコリー⑦
私は小学生の頃、両親、友達、先生がみんな大好きだった。
みんなと遊んではしゃいで笑って、夢のような毎日を過ごしていた。楽しくて愉しくてしかたがなかった。
その中でも両親と親友が飛びぬけて好きだった。
両親は、どっちも働いていたけれど、私に寂しい思いをしてほしくなかったのかいつも6時頃に帰ってきてくれた。
親友は、いつも一緒にいてくれて私のことを1番に考えてくれた。
本当に大切な人たちだった。
あるとき私はテストで100点を取った。
両親も先生も親友も他のクラスメイトもみんなが私を褒めてくれた。「すごいね」「頭いいじゃん」「さすが」とかいろいろな言葉をくれた。
私が褒められることをすれば、周りの雰囲気がより一層良くなっていく。さらにたのしくなっていく。もっと夢のような日常になっていく。
私はよりいいものにしていくために、勉強も遊びも全力で取り組んだ。
気がついた頃には、褒められない日なんてないくらいに周りから褒められまくられていた。
そんな日々を過ごしていき、中学生になった。
小学校に通っていた頃と同じように褒められることをたくさん取り組んでいった。そしたら、また同じように周りからたくさん褒められた。
ものすごく気持ちが良かった。
もっと褒められたい。
だけど、それが原因で少しずつ私の日常が壊れていった。
まずは、私が褒められることをよく思っていない人たちが、私に意地悪をしてきたこと。例えば、朝学校に来たとき上履きを履こうとしたら、その中に画びょうが入っていた。もし知らずに上履きを履いたら足に刺さってしまっていた。他にも、ロッカーの中に入れていた教科書がぐちゃぐちゃにされていたりとか、私の使っていた机に落書きがされていたりとか。
嫌なことはあったけれど、その出来事は1ヵ月もしないうちに終わった。
いつも褒められていたからか私の人望がとてもあり、親友が率先してクラスメイト、先生たちに呼びかけ、犯人を突き止めて、謝らせることができた。
次に、人望があったからか私に告白する男子生徒がたくさん現れた。私を好きだと思ってくれる人がいるのはとても嬉しいが、私を好きな人のことを好きだという女子生徒が私を恨んだ。三角関係の域を超えて、四角関係、五角関係、六角関係へと発展してしまった。この問題も親友が解決してくれた。私のことを好きな男子のことを、好きな女子がいるからと、考え直させ、その女子には、好きな男子は実は君のほうが好きで、紫暮 ひさなのことが好きだというのは勘違いだと優しい嘘をついて、その男女が付き合うという結果で終わった。
そして次に起きた問題。これがものすごく辛かった。
私が褒められれば褒められるほど、両親へのプレッシャーが増加していった。完璧な娘にふさわしい親にならなければと思っていたらしい。
それが原因で、お母さんは仕事があまりうまくいかなくなり、だんだん帰りが遅くなっていった。だいぶ後にわかったことだけど、仕事が終わった後、麻雀やパチンコ、その他賭け事をしていたらしかった。
そして最終的にお母さんは私と縁を切りたいと言ってきたのだ。私といると体がずっと重く感じてしまう。申し訳ないけど縁を切らないと何もかもがうまくいかないのだと。
お母さんは、せめて私が中学校を卒業するまでは見守ると言い、卒業式が終わるまで一緒に暮らしていたが、その翌日に荷物をまとめて家から出て行った。
私は褒められている自分が嫌になった。私のせいでいろんな人を苦しめてしまったのだから。自分の親も苦しめてしまうのは最低だ。
そんな私の心の支えになってくれたのがお父さんと親友だ。
お父さんは、もともとお母さんが稼いでた分も働かなけらばならないのにも関わらず、いつも通り6時に帰ってきてくれて、一緒にゲームをした。
親友は、私をほぼ毎日誘って一緒にゲームをしたり映画見に行ったり、さらにはショッピングモールで買い物したりといつも一緒にいてくれた。
そんなことをしていたある日のこと。私は悲しみのどん底に落ちた。
お父さんが帰ってきて「今日は外でご飯を食べないか」と誘い、賑わっている駅のほうへと出かけた。
私とお父さんは並んで雑談をしながら歩いていた。
そんなときに、目の前にスーツ姿の厳ついおじさんが現れた。私はおじさんに気づかずにぶつかってしまった。
おじさんは大げさに転んで、近くにあった店の窓に思い切りぶつかりガラスを割った。
「おい! 何してくれんの!」
おじさんが私に怒ってきた。
「す、すみません!」
お父さんはすぐに頭を下げた。
私も続いて頭を下げた。
「これから親父のパーティーに行くために仕立てた大事なスーツなんだぞ!」
「何の騒ぎなんですか!」
窓が割られた店の店長らしき男も現れた。
「このガキに転ばされて窓割れたんですわ!」
「あ、あの。うちの娘があなたとぶつかってもあまり動かなかったのですが……」
「黙れ! 俺が思い切り転んだだろ! 見ろ、俺の足のケガ! 血まみれだろ! しかも服はボロボロだし! 本当にどうしてくれんの!」
「とりあえずうちの店の窓、弁償してほしいんですけど」
「俺はただの被害者だ。払うのはあんたらだ」
「ざっと弁償はこのくらいの金額ですかね」
店長はポケットからスマホを取り出して、電卓で何かの計算をして私たちに見してきた。
出された金額は500万円だった。
そしておじさんも電卓で計算をして、500万円という結果を見してきた。
うちにあるお金では払うことができない。つい最近、働くのが困難な状態が続いているお母さんに生活費として、ある程度お金を渡してそこまでのお金はない。
「借金するか?」
ぶつかってきたおじさんが提案してきた。
「……はい。します」
「じゃあ名刺渡しとくわ」
その名刺には青建組と書かれていた。
青建組というのは日本で最も危険とされている暴力団である。
お父さんはそこの人からお金を借りてしまったのだ。
どんどん私の人生が酷くなっていく。
とにかく今すぐに返さないと気がついた頃には利子が10倍になってしまうかもしれない。
お金があればこの状況を解決できるのに。
しないと私は壊れてしまうかもしれない。
誰かお願い。神様でも仏様でもいいから。
……悪魔でもいいから!
急に景色が変わった。何もない真っ白な空間に。
周りを見回しても誰もいない。
泣きそうになってしゃがんだそのとき、目の前に誰かがいた。
黒いモヤモヤした何かで覆われていて姿が見えない。
「お前は何を望む」
とても低い声がした。
「お金が欲しい! 借金を返せるくらいの大金が欲しい!」
私は姿の見えない人に向かって思い切り叫んだ。
「死にたくなるような『代償』があってもか」
「今たのしく生きれればそれでいい!」
「いいだろう」
目の前の誰かが近づいてきた。
黒いモヤモヤしたものが私の右のてのひらに吸収されていき、黒い痣のようなものができた。と思っていたら、その痣は消えた。
そして、私は真っ白な空間ではなく、お父さんが横にいて、目の前に暴力団のおじさんと店長のいるもとの場所に戻っていた。
私は、いつのまにか頭の中に入っていた単語を呟いた。
「『解放』」
すると、てのひらから1000枚束になっている1万円札が出現した。
「おじさんと店員さん。これを分けて」
「「え」」
目の前の2人は驚いていた。
「さ。お父さん行こ」
隣を向いたが、お父さんがいなかった。
すると、頭に入っていなかったものが私に伝えてきた。
私が『チカラ』を使ったとき、私の大切な人が見えなくなる、と。
これまで支えてくれた人がいなくなってしまった。
私は初めて大泣きした。