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紫暮 ひさな と メランコリー⑥

 翌日、俺は燕奏 栞音を連れて裏門の先にある森へ歩いていた。

「燕奏。本当に紫暮と全然仲良くないんだよな?」

「だからどんだけ聞くの、それ。私は別に紫暮さんと仲良くないし、今までで仲良かったこともないよ」

「なら良かった」

「なんで聞くの? もしかして、私に紫暮さんが取られると思ったの? 奇小井君、私に嫉妬しなくて大丈夫だよ」

「はあ? なんでお前らが仲良かったら、嫉妬しなくちゃいけないんだよ。意味わからねえよ」

「他の女の人と話してて、なぜか心が痛んじゃうとかそういうのかなって」

「俺は恋する乙女か!」

「恋してないの?」

「なんであんなサディストに恋しなきゃいけねえんだよ!」

「なら良かった」

「何がならよかったなんだ?」

「何でもない!」

「気になるんだけど。教えてくれよ」

「あんまりしつこいと、君が本当に恋した人に嫌われちゃうよ?」

「確かに。恋したらそれは嫌だな」

「……で、誰のことが好きなの?」

「俺、好きな人とかいないぞ」

「そうなの? じゃあ一昨日とか昨日とか紫暮さんと仲良さそうに話してたらしいけど、どうなの。紫暮さんとは」

「何もねえよ」

「本当に? 紫暮さんって中学の頃と違って全然しゃべらないのに、奇小井君としゃべるなんて何かあるとしか思えないんだけど」

「だから何もないっt……。ちょっと待て。お前、紫暮と中学同じだったのか?」

「そうだけど、それがどうかしたの?」

「紫暮の中学の頃を教えてほしい」

「やっぱり紫暮さんのことが気になるの?」

「気になるから一昨日からいろいろやってたんだぞ」

「はい、認めた! やっぱり紫暮さんのことが好きなんだね」

「そういう意味じゃねえって! 冷やかさずに教えてくれ! 俺は紫暮のことを知らなきゃいけない事情があるんだよ!」

 燕奏からシューッンと『心の音』が小さく聞こえてきた。俺は何か燕奏を不快にすることでも言ってしまったのだろうか。

 燕奏はスーッと深呼吸すると、口を開いた。

「さっきも言ったと思うけど、別に紫暮さんと話したことはない。でも紫暮さんの中学生の頃と今は明らかに違う。中学生の紫暮さんはとにかく明るかった。自分からクラスメイトに声をかけて、どんどんいろんな人と仲良くなってった。しかも学級委員や生徒会に立候補して、クラスや学校の中心になった。勉強はものすごく頑張ってた。いつもテストで満点を取るくらい。部活も一生懸命だった。バドミントン部に入ってたんだけど、なんと全国大会まで行って準優勝まで上り詰めたんだって。もう無敵だよね。こんな人が本当にいるのかって思ったよ。誰も紫暮さんには敵わなかった。完璧という言葉は紫暮さんにこそ似合うよね。そんな人なんて話したことがなくても噂でよく聞く。図書室でとても分厚い本を読んでただとか、地域のバレーボールの弱小チームの助っ人で大会に出たら優勝しちゃっただとかいろいろ。だから不思議でしかない。高校に入って性格が180度変わったことに。誰にも声をかけないし、話しかけた人を無視する。委員会や生徒会に立候補しない。テストの点数はずっと平均。部活に入っていない。今の紫暮さんは別人なんじゃないかって錯覚しちゃうよ」

 燕奏の話が終わった。

「ありがとう。これでいろいろわかった」

 紫暮は昨日『チカラ』を使っていた。『チカラ』は、悩みがなければ手に入らない。そして、今度は別の悩みを抱えることを知らされ覚悟しなければならない。

 例えば俺の場合、縄で拘束されて殺されそうになったとき『チカラ』が欲しいと強く願った。この後どんな悪夢が待っていようと今よりはずっとマシだと考えて。

 紫暮は俺と同じような状況になっていたのだろうか。

 例えば、中学生の頃は猫をかぶっていたけれど、もう疲れてしまったとか。

 例えば、自分への陰口を偶然聞いてしまってショックになってしまったとか。

 例えば、今の自分が嫌で、別の自分になってみたいと思ったとか。

 なんにしても、紫暮の『チカラ』をなんとかしなければ、紫暮から聞こえる最悪な『心の音』を止めることなんてできないだろう。

 ということは、やはり俺が犠牲になるしかないのだろう。

 俺はスマホが入っているほうとは違うブレザーの内ポケットに、お札が入っていることを確かめた。

「それでさ、私は何をすればいいの?」

 燕奏は聞いてきた。

「お前のスマホに俺からの伝言を送るからそれを紫暮に伝えてほしい」

「奇小井君が自分で伝えればいいじゃん」

「……それはできない」

「なんで」

「どうしても言えない事情があるんだ」

「じゃあその事情を教えて」

「それもできない」

「奇小井君は紫暮さんには話して、私には話さないんだ。……もしかしてそういう関係なの?」

 燕奏からギュインと『心の音』が聞こえてくる。

「そういう関係が何なのかはわからないけど、別にお前に意地悪しているわけじゃないんだ。頼む! 何も聞かずに俺に従ってくれ! そしたらなんでも言うことを聞くから!」

「なんでも……。……いいよ。そのこと絶対に忘れないでよね」

 俺たちはついに、紫暮がよく来る場所へとやって来た。

 紫暮は中央にある岩に寄りかかって座り、目の前にハクサイがいるにも関わらず遠くを見つめていた。ドォーンと大きな『心の音』が聞こえる。俺はその音で耳を抑えて膝をついた。

「奇小井君、顔色悪いけど大丈夫?」

「今体調とか気にしてる場合じゃない。それより紫暮に伝えてくれ」

 燕奏は頷くと、紫暮のほうへと歩いて行った。

「紫暮さん」

 燕奏は紫暮に声をかけた。しかし紫暮は無視した。

「俺から伝言をもらったことを言ってくれ」

 燕奏はスマホをポケットから取り出し、俺が送った文章を見ながら口を開いた。

「紫暮さん。奇小井君から伝言をもらったんだけど」

 燕奏の言葉を聞いて紫暮は急に立ち上がり燕奏の肩を掴んだ。

「その伝言はなんて! 教えて!」

「え、えっと……」

「遅い! 貸して!」

「う、うん。いいけど……」

 紫暮は燕奏からスマホを奪い取って、俺の伝言の内容を確認しだした。

『紫暮様の大切な人が見えなくなることについて、俺がここにいるつもりですべて話してくれ。そしたらお前を救ってやるから』

 これが俺が燕奏に送った伝言だ。

「あ、あの……、そろそろスマホ返して」

「あぁ。ごめんなさい」

「燕奏。申し訳ないけど帰ってくれないか」

「え?」

「燕奏にはどうしても知ってほしくないことなんだ。知るとダメなんだ。頼む!」

「いいよ。でもこれがもし紫暮さんへの愛の告白だったら本当に許さないからね」

「しないよ、そんなこと」

「じゃあいいよ。なんでも言うこと聞いてくれるしね。……それじゃあね」

 燕奏はここから去っていった。

「奇小井。そこにいるの?」

 紫暮は明後日の方向を向いて言った。

「いるよ」

 返事はしたがどうせ聞こえていないのだろう。

「奇小井に私のことを話せばいいの? そしたら助けてくれるの?」

「もちろん」

 どうせ聞こえてないだろうが一応返事をした。

「奇小井。聞いてよ。私のこと」

 紫暮は話し始めた。

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