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紫暮 ひさな と メランコリー⑤

「なあ機嫌直してほしいんだけど」

「人は寝返りを1時間に20回くらいするんだって知ってた?」

「知らなかったけどそれがどうかしたのか」

「それでね、寝返りを全部止められたらものすごくつらいらしいんだよね。本当にそうなのか知りたいなぁ。私のご機嫌取りだと思って実験台になって。あんたの泣き叫ぶところを見たいから」

「本当に申し訳ないと思ってるのでやめてください!」

 俺と紫暮は一緒にあまり人気のない町中を歩いて帰っていた。

 昨日は「一緒に帰ろう」と言ったら「死ね」と言われ、それを真に受けてしまったから一緒に帰れなかったが、実は紫暮の「死ね」は挨拶みたいなものだったのだ。「死ね」と言っているときの紫暮からの『心の音』が聞こえないのだ。

 今日は別に「死ね」とは言われなかったが、かわりに「近寄ってこないで」と言われてしまった。ちょっと『心の音』が聞こえてくるし。

 俺が原因でさらに紫暮の『心の音』が大きくなったらたまったものじゃないから、今機嫌を直そうとしているのだがなかなかうまくいかない。

 紫暮との会話を参考にして、紫暮の機嫌が直りそうな方法を考え閃いた。

「紫暮様の足を舐めさせて」

「え、えぇっ!」

 なぜか紫暮は驚いていた。『心の音』が聞こえていないからこれは成功なのか?

「座ってくれないと舐めづらいな。どこかにベンチとかねぇかな」

「あああ足を舐めるとかそういうことは、……18歳になってからじゃないと良くないと思うよ」

 紫暮は一体何を想像しているのだろうか。

「紫暮様って実は処女なの?」

「実はって何! 実はって! 私はそそそそそういう経験なんてしたことないから! これ以上変なこと言ったら本当に寝返り止めるからね!」

 これ以上紫暮をからかったら本当に寝返りが止めてきそう……。

 それじゃあそろそろ本題に入るとするか。

「そういえばなんだけどさ。どうして俺のことを嫌いって言ったんだ?」

「……私の大切な人になってほしくなかったから」

 紫暮からシューンと『心の音』が聞こえてきた。

「大切な人? 俺、紫暮様に告白する気なかったんだけど」

「そうじゃなくて! 友達とかそういうのにだよ!」

「なんで? 別にいいじゃん」

「いつかいなくなっちゃうから……」

「そりゃあいつかは会えなくなるだろ。それって普通だろ」

「そうじゃなくて……。私の前から消えるというか……」

 音が大きくなっていく。

 もしかして『チカラ』が関係しているのか?

 もしそうなら自分を犠牲にする必要があるかもしれない。そんなことになってほしくないが。でも、それは自分で決めたことだ。レールを作ってしまったのだから。

「その大切な人が消えたのって何時くらいなんだ?」

「……だいたい午後5時くらいだったかな」

 今は6時だ。今日は何もできないみたいだ。

「だいたい紫暮様のことはわかった。じゃあ明日も今日と同じようにあの森に行かないか?」

「もともとそうするつもりなんだけど、どうして?」

「お前の悩みを解決できるかもしれないからだ。ただ他の人に見られてほしくないが」

 もし周りの人が『チカラ』に関するものを見てしまったら、社会が大きく変わってしまうとか言っていた。組織も俺も不都合だ。

「もしかして……、その……エッチなこととかするの……?」

「別にしねぇよ! 別に紫暮様のこと何とも思ってねえし」

「なんかそれはそれでムカつくんだけど! ……やっぱり寝返り止めたほうがいいのかな」

「実は紫暮様のことを性的に見てます!」

「あんたの家に泊まって寝返り止めてあげるね」

「じゃあ俺はどう答えればいいんだよ!」

 俺と紫暮は話しながら歩いていると、目の前にスーツ姿の厳ついおじさんが現れたので避けた……はずなのに紫暮はぶつかってしまった。

 すると、おじさんは誰がどう見ても大げさに転び、近くにあった水たまりにダイブした。

「あーあ。これ、親父の外交パーティーのために仕立てた服なんだよな。そこの女に押されて汚れちまったじゃねえか。どうしてくれるんだよ」

「す、すみません!」

 紫暮は頭を下げた。俺も真似して下げた。

 紫暮からギャーンと『心の音』が聞こえてくる。

「この服、もう日本に残ってないんだよなー。汚した責任取れよ。生地代と再仕立て代と信用の補填でざっと82万ね」

 おじさんはわざとらしく言ったのだった。

「えっ、そんな額払えないです……」

「俺の服を汚しておいてか?」

 本当に押されて水たまりに入ったのなら、『心の音』が聞こえてくるはずなのに聞こえてこない。つまり、このおじさんは故意でぶつかってきたのだろう。そしてしばらく雨は降っていなかった。そして最近そこまで暑かったわけでもないから打ち水をする人はいないだろう。ということで、水たまりがあることがおかしい。

 もしかして、これは計画的な当たり屋なのか?

「あの、俺から見たらどう考えてもあなたが故意で彼女に当たってきたように見えたのですが」

「あ? ごちゃごちゃうるせえな」

 おじさんはそう言いながら内ポケットから銃を取り出して俺の頭に向けてきた。

「奇小井!」

 紫暮がギィーという『心の音』とともに叫んだ。

「おいおい払えねーってのか? 確かそこの女は大金を持ってるって聞いたんだがな。もし100万を俺に払わなかったらこいつの命はないぜ?」

 こいつ、額を増やしやがった。

 ここで俺が『チカラ』を使うしかないのか。しかし『チカラ』を使ってしまったら『心の音』がさらに敏感になってしまう。でも迷ってる暇はな……。

「『解放(アンチェイン)』」

 紫暮は、俺が口に出そうと思っていた言葉を言った。『チカラ』を使ったのだ。彼女の手から1万円札100枚の束がどこからか出現したのだ。

「はい。あなたの望む金額だよ。だから銃を下ろしてほしい」

「思い出したんだけどよー。俺の服、実はもっとしたんだよな。確か1000万だったような気がするんだよな」

 俺はおじさんの言葉を聞いた瞬間、怒りが込み上がってきた。

「『解放(アンチェイン)』!」

 俺は『チカラ』で右腕を(やいば)に変えた。そして、おじさんの銃口を切って使い物にならないにならないようにし、そのまま勢いでおじさんの首元に刃を近づけた。

「調子に乗るなよ」

 おじさんに対してものすごく睨みつけた。

「ば、化け物ーっ!」

 おじさんは俺にビビったのか俺たちに背を向けて逃げていったのだった。

「『封印(リチェイン)』」

 俺は呟くと刃の部分が元の右腕に戻った。

 短時間だからほとんど『代償』がなかった。よかった。

「紫暮。さっきのってもしかして『チカラ』なのか?」

 俺は紫暮に質問した。

 だが紫暮は俺の質問に答えず周りを見回して何かを探しているようだった。

「紫暮?」

 さっき紫暮は『チカラ』でお金を出したのだろう。なら『代償』があるはずだ。大切な人が消えると言っていた。もしかして、それは『代償』なのではないだろうか。

 俺が紫暮と関わったのは昨日と今日だけ。全く人と話してこなかったのに、俺と話すようになった。もしかして俺は紫暮の大切な人になったのではないだろうか。

 消える。

 紫暮が『チカラ』を使った後もおじさんは俺が見えていた。つまり消えると言ってもこの世から完全に消えるわけではない。

 試してみるか。

「紫暮の胸は貧しすぎる!」

 俺は紫暮の耳元で思い切り叫んだ。

 しかし全く反応がない。

 通常の紫暮なら俺に暴力をふるうはずなのに。

「まただよ……。なんで奇小井もいなくなっちゃうの……」

 彼女は明後日の方向を向いて呟いた。そしてガギィーンと大音量の『心の音』が聞こえる。

 紫暮の『代償』は大切な人が見えなくなるというものなのだろう。

 これじゃあ、どうやっても紫暮の悩みを解決できない。

 俺は崩れ落ちた。

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