紫暮 ひさな と メランコリー③
大海高校の裏門の先は自然と言ったが、もっと詳しく説明すると森だ。大海高校は山の中にあり、アスファルトの道の上を進むと正門をくぐれる。裏門の先は草の生えていない土の道があるが、道を辿っていくと何もないところで途切れている。本当になんのために裏門があるのかわからない。
俺の友人が、裏門の先には宝が眠っているのではと考え、探検をしに森の中に入ったのだが、暗くなりそうな頃に戻ってきて「マジで自然しかなくておもんなかった」とほざいたのだった。
裏門の先に俺、奇小井 深雪は行ったことがある。とは言ったものの1年生と2年生の間の春休みのときだけだが。あのとき『チカラ』を手に入れてパニックになった。俺も、周りにいた人たちも。
そのときに逃げたのが高校の裏門の先だ。
まさかあの悪夢のような春休みから時間が経ってまた行くとは思ってもいなかった。
だが『心の音』を聞くときのように体調を崩すわけではなかった。というより実家に帰ってきたかのような安心感があった。土を踏むたびにテンションが上がるような気がした。俺はインドア派なのに。別に自然に憧れているわけじゃない。ここはもしかしたら『チカラ』と何か関係があるとか。まあそんなわけないだろうが。
しばらく草の生えていない土の道を歩いていると、ついに道が途切れ周りは木でいっぱいだった。
最近雨が降っていなかったためか誰かの足跡が残っていた。このあたりは野生動物もいるが、これは靴の跡だった。ということはこの足跡を辿っていけば紫暮 ひさなに会えるのか、それとも彼女の悩んでいる何かを見ることのできるかのどちらかがわかるということになる。
足跡を頼りに木の間を抜けて草の上を進んでいくと、木や草が生えていなく、木に囲まれた場所に辿り着いた。その空間の中心に少し大きい岩があり、その上に1匹の柴犬がいた。
「結構かわいいな」
紫暮 ひさなは放課後にこの犬に会いに来たというわけか。しかし一体何のためにだ。
俺は犬を愛でようと岩に上ろうと手をかけたとき、犬は俺の指を嚙んできた。
「っつ!」
犬は俺に岩の上に行かせたくないらしい。
この犬にとって岩の上は縄張りなのだろうか。そんなに岩の上が気に入っているのか。その岩の上に余計行きたくなってきた。
あまり使い道がないとはいえ、一応『チカラ』が使えるようにトレーニングしてたのだ。他の『チカラ』がどうなのかは知らないが、少なくとも俺の『チカラ』は腕が刃になるということで、人間が普通使うエネルギーとは違うエネルギーを使うらしく、『チカラ』を使うたびにものすごく疲れるのだ。だからもしものときに、あまり疲れないように毎日トレーニングをしているというわけだ。
毎日していた成果をこの犬に見せようではないか。
俺は岩から少し離れ、そこからタッタッタッと助走してロンダートをした。岩が少し高かったため高めに回転をした。
上ろうとすると攻撃してくるのであればロンダートで岩の上に行けばいいわけだ。
きれいに着地すると、犬は俺のお腹に頭突きしてきて岩から落とされたのだった。
「ぐわっ!」
ここまできたら何が何でも犬に触りたい。
自分から近づくと毎回攻撃されるのなら、あっちから近づいてもらえばいいのだ。しかし、犬はどうやったら近づいてきてくれるのだろうか。猫だったら猫じゃらしでこっちに来てくれるけど、さすがに犬は猫じゃらしじゃあ無理だろうな。
何か餌とかがあればいいのか。でも何も持ってないしな。
どうしたらいいのか考えていると、岩の上から犬がいなくなっていた。
どこに行ったのか辺りを見回したが、どこにもいない。
頭を掻こうとしたとき、俺の髪の毛とは別の感触があった。やけにモフモフしてるような感じだった。それに頭がいつもより重かった。もしかして『代償』なのか?
ブレザーの内ポケットからスマホを取り出し、カメラ機能を使って頭の上を確認した。すると、そこには先ほど岩の上にいた柴犬が俺の頭の上でくつろいでいた。
「これはこれでありだな」
一応愛でれたってことでいいのか?
俺が頭の上の犬に興奮しているときだった。
「何してんの」
後ろから声が聞こえたので振り返った。紫暮 ひさなが、犬の餌に使われる皿とドックフードの入ったジップロックを持って立っていた。
紫暮 ひさながきちんと聞こえる声でしゃべったところなんて初めてだ。
「犬を愛でてます」
「頭に犬を乗っけて愛でてるって言ってる人初めて見た」
正直俺もこれを愛でてると言っていいのか怪しいと思う。
「別にどうやって愛でようが紫暮に何か言われる筋合いはないと思うけど」
「あんた私のことを呼び捨てにした?」
紫暮は真顔で言った。
「は、はいそうですけど」
俺はつい敬語になってしまった。
「死ね」
「急にそれはひどくないか!」
「全然しゃべったことのない異性に対してそれはない」
「……確かにそうかもな。じゃあ紫暮さんならどうだ?」
「紐なしバンジージャンプとパラシュートなしスカイダイビング。どっちがいい?」
「どっちも飛び降りるのと変わらないじゃねえか! ……じゃあ何て呼べばいいのだよ!」
「紫暮様」
「ちゃんとかさんじゃなくてまさかの様!」
「これ以外の呼び方したら殺すから」
「紫暮様がめちゃくちゃ怖いんですけど!」
紫暮ってこんなにサディストだったのかよ!
「それはそうとなんであんたがここにいるわけ? とりあえず死ね」
「そんなにポンポン死んでたまるか! ここにいる理由? ……なんというか……その……」
紫暮様になんて説明したらいいのだろうか。正直に「紫暮の悩みが知りたいからさ」とか言ったらストーカー扱いされて捕まりそうだし。じゃあ「気が付いたらここにいたんだ。ここってどこ?」みたいなことを言ったら中二病扱いされて、ただ俺が恥ずかしいだけだし。一体なんて説明すればいいのだろうか?
「あんたがここにいる理由はわかった」
「え」
「ここで自殺しようとしてたんでしょ」
「違うわ!」
「じゃあ何なの。言ってみて」
「裏門の先がどうなってるのか気になって」
セリフがとっさに出た。
これなら別に問題はないだろう。
「じゃあ死ね」
「だからどんだけ俺を殺したいんだよ!」
「とにかくあんたはさっさと帰って」
「なんで。今犬を愛でてるのに?」
「それを愛でてるって……。ここで私のやっていることが誰にもバレてほしくないの。バラしたらあんたの命日はその日だから」
「殺人予告をされてしまった!」
「とりあえずハクサイを下ろして」
「白菜? 俺野菜持ってないけど」
「犬の名前。そんなのもわかんないの。死ね」
「すごい言われよう! こいつの名前ハクサイって言うのか?」
「うん。かわいいでしょ」
「………………かわいい」
「女の子がかわいいって言うんだからかわいいの! あんたバカ? 生きてる価値ないんじゃない?」
「めちゃくちゃ言ってくれるじゃねえか!」
「だって事実だから」
「とにかく下ろせばいいんだろ。……ハクサイを」
俺はめちゃくちゃ暴れるハクサイをどうにか地面に下ろせた。俺の顔に嚙みつかれた跡がいっぱいできてしまったが。
紫暮は皿を置いて、そこにジップロックからドックフードを入れた。
「ほら、ご飯だよー♡」
紫暮は猫なで声で言った。
「俺にもそんな声で話してほしかったなー」
「死んで♡」
「なんかキモイな」
「マジで死ね」
「すみませんでした」
ハクサイは、俺が紫暮様に土下座してるところを見ながら餌をモリモリ食べていたのだった。