2.出会い
皇后に呼ばれたと嘘をついて内裏に入り、皇后の居住区である春日殿を抜け中央に位置する高天殿へと向かう。帝の住む邸宅だ。この時間に医者がいるとしたらここしかない。
「どなたかっ!お医者様はいらっしゃいませんか!?」
中に入ろうとするとすぐに護衛の兵に止められた。
「何者だっ! ここを何処だと心得る!」
腕を掴まれ頭から顔を覆うように掛けていた羽織が落ちる。
「母が大変なのっ!早く鬼を診れる医者を呼んで!」
「しかし・・・」
「なんだうるさいな」
兵たちと押し問答をしていると甲高く、頭に響くような声が聞こえる。
奥から白い装束の男が二人現れた。先ほどの声の主は琴子もよく知る人物。高位貴族、妖狐族の長である右大臣。もう一人は黒の布で顔を覆い、誰だか分からない。
右大臣はしかめた顔をしていたが琴子の顔を見るとにやりと笑った。
「これはこれは琴子様、まだ皇后に氷漬けにされていなかったのですね」
「五月蠅い!母上の容体が悪化したのっ。ここ最近は起き上がることすらできない状態だったから、このままでは死んでしまう!早く医者を呼んで!」
「それは大変だ。しかし生憎、帝の寝つきが悪いからと内裏の医者は皆そちらにつきっきりでしてね。今日のところは諦められよ」
「そんな・・・お願いっ!一人でいいから、どうか!」
「ふーん。それがものを頼むときの態度ですかねー」
右大臣は目線を正面から地面へとやる。まるで土下座をしろとでも言わんばかりに。そしてまたにやりとほくそ笑んだ。母のために、琴子は震える手を地べたにつこうとする。
その時、右大臣の後方にいたもう一人の男が口を開いた。
「僕が行きましょう」
「うむ⁈ 何を言っておる!」
「帝はとっくに熟睡されました。今更僕が居なくなったところで、そう簡単にはお目覚めにならないでしょう」
「まさか帝以外に術を使う気か?気でも触れたのか⁈」
右大臣の声は、さらにつんざくように甲高くなる。だが、男は聞こえていないとでもいうように琴子の方に近づいていった。
「初めまして姫君。案内していただけますか?」
柔らかい稲穂のように優しい声。琴子は一瞬聞きほれそうになるが、慌てて正気に戻る。
「こちらです!」
二人は夜の闇の中に消えていった。