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1.その前

初めての投稿です。よろしくお願いします。

「全然ダメ、こんなんじゃ帝に喜んでもらえないじゃないの!さっさと他の持ってきなさいよ!!」


きらびやかな宮中の一角で女性の怒号が響き渡る。


「しかし皇后様、間もなく帝がお渡りになる刻限でございます」


そば仕えの侍女は落ち着いた声で答える。


「何よ、あたしに口答えしようっていうの?あんたがぐずぐずしてるせいで時間がかかってるんじゃない!」


それでも涼しい顔をする侍女に沸点を超えた皇后は、次の瞬間、侍女の首を掴むと力いっぱい締め上げた。


「私をそんなに怒らせない方がいいわよ」


皇后はのぞき込むように顔を近づけて言う。氷のように冷たい指先。すさまじい力で全身が硬直する。今にも意識を飛ばしそうだ。


「ウッ…申し訳…ござい…ません…」


「分かったなら早くしなさいよ、この愚図。こんな奴に帝と同じ血が流れてるなんて信じられない」


侍女は命令に応えるべく、よろよろと立ち上がり、その場を後にした。


古来より妖が住み、人間界とは一線を画した領域に存在する「かくりよ」。ここでは天皇家として君臨する鬼族の下、八百万の妖たちが共生していた。


今上天皇の后は雪女だ。辺境の雪国に住まう雪女の一族と「妖の長」鬼族の架け橋として5年前に嫁いできた。皇后だって最初からこんなにヒステリックだったわけではない。帝との仲は良好だったし、慣れない宮中での生活にも必死で馴染もうとしていた。だが、なかなか子が出来ず、そのことで帝の寵愛が薄れ、他の貴族たちから後ろ指を指されるようになってから徐々に変わってしまった。妊娠することと美を追求することに執着し、気に食わないことがあると侍女にあたった。


とはいえ宮仕え、しかもお后付きの女官となるとそれなりの地位が求められる。高位貴族の娘たちが次々と辞めていき、困った高官たちから白羽の矢が立ったのが、今上天皇の姪にあたる琴子であった。かくりよを統べる鬼族の姫でありながら、一族の誰からも気に留められず、どんな扱いを受けても宮中から逃げ出さない存在、これ程の適任者はいなかった。本来4人ほどの侍女が交代しながら行うお后付き女官の業務のすべてを、琴子は押し付けられたのだ。


 今日も終業時間から大幅に遅れてようやく退勤を迎えた。日はとっくに落ちているというのに、たった一人で行灯の光のみを頼りに帰路につく。内裏を出て路地を抜けると煌びやかな都には似合わない質素な邸宅が現れる。

日に日に増える痣、浴びせられる鋭い罵声、それでも琴子が皇后付きを辞めることが出来ないのはここで一緒に住む、病気の母と幼い弟のためだ。


「今戻ったわ」


 女中の(しのぶ)が慌ただしく出迎える。


「おかえりなさいませ。琴子様っ、、ちょうど迎えの者を寄こそうとしていたところでございますっ。奥様がっ!奥様のご容態がっ!」


「母上が⁈急いで新南を呼ばなくてはっ」


新南というのは皇族専属医の名前だ。鬼族は他の妖よりも妖力が強く、通常の薬も効かないため普通の医者ではなく鬼族の身体を熟知した専門医でなければ診ることが出来ない。


「しかし、新南様はいま烈永(れつえい)院様の静養にご同行されており都にはいらっしゃらないそうなのですっ」


「そんなっ、私、内裏に戻ってお医者様を呼んでくるっ、帝付きの手が空いているかもしれないっ!」


「しかしっ…」


 止めようとする忍を振り切って琴子は駆け出した。この時間に鬼が診れる医者が捕まるはずがない。仮に捕まえられたとしても、専属医というのは内裏を出る際手続きを求められることが多く、ここまで連れてくるのは至難の業だ。


 それでも琴子は走り続けた。着物の裾が汚れ、鼻緒が食い込んで足が痛むのも気にしない。母は琴子のすべてだ。母には琴子しかいないし、琴子にも母しか頼れる人はいない。もう誰も信じられない。信じない。



目指せ!毎日投稿!

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