【第3週】 ■03■
スッキリとした会議室。
競技場のトラックの様に配置された白いテーブル。
大きな窓からは、東京湾が一望できる。
清潔で生活感の無い空間。
その中心となる席、いわゆる"上座"にひとりの男が座っている。
ビジネススーツに身を包み、明らかに会社上司然とした中年男性。
そんな彼はテーブルに両肘を付き、物思いに耽る様にそこへ頭を乗せて、テーブルへ視線を落としていた。
そのすぐ隣に立っている男は、誰か別の人と電話で会話をしている。
「えー…、そぅっ、そうかあ…はいっ。ハイッ。」
その男は、上座に座る上司と違い、上着は着ていない白いワイシャツ姿。
スマホ片手に、その向こうにいるであろう相手に頭をペコペコと下げていた。
その彼の対面には、もう一人の男が苦虫を潰した様な顔で、腕を組んで座って居る。
この場所は、お台場にあるTV局の会議室。
上座に座る上司は、報道番組制作の長である報道室長。
スマホで通話している男は、番組プロデューサー。
腕組して座る男は、室長の次に偉い次長。
「ええ、はいっ。」
「わっかりましたあ、失礼しますぅ」
「はいっ、はいぃっ。」
大仰に頭を下げ、スマホの通話を終えたプロデューサーは、二人へと向き直った。
彼は、そのまま滑り込む様に会議室の椅子へと座る。
「TBSの知り合いに聞いてみました。」
「やはり、同じものが郵送されてる様子です…。」
「今の電話から聞いた感じだと…」
「同じ内容の動画ファイルみたいです…。」
プロデューサーは、それだけ言うと室長と次長へ頭を下げた。
「これで、民放全部に郵送されている事がわかりましたな…。」
「うーん…、そうかぁ…っ。」
次長は自分の局以外にも届いている事を再確認し、それを聞いた室長は扱いに困って唸った。
大きく椅子の背もたれに身を任せ、室長は天を仰ぐ。
「その動画…。」
「悪戯…、という可能性は…?」
思いついたように身を戻し、室長はプロデューサーに確認する。
「それも確かにありますが…。」
「キー局全てに送りますかねぇ…?」
「小包みの消印は…っ?」
「何処から発送されているのかね…?」
次長は机を軽く叩きつつ、プロデューサーへ詰め寄った。
「ウチに来たヤツは、消印が沖縄でした。」
「TBSは、中国からのエアメールです。」
「こんな広範囲からの投函…」
「悪戯でやる事ですかね…?」
「う~ん…っ」
次長は諦めた様子で、室長と同じ体勢で天を見上げる。
「…どうしたモンかなぁ~っ」
「他よりも先に報道したい…」
ポツリと室長は誰に言い聞かせるでなく呟く。
「でも、ガセだったら大変な事になりますよぉ~」
身を乗り出して次長は室長に問いかけた。
「誤報なんて事になったら、クビですよっ室長…っ!!」
「それに…青鞜党と何らかの繋がりがあったりとか…?」
室長はチラリッと次長を見る。
「今のところ…、関連は見られないし…」
「政党を敵に回すのは、良い事とは思えんねぇ…」
ゆっくりと室長は、視線はそのままに身体を次長へと向けた。
「確かに、青鞜党と求める理念は通ずる所はあるが、」
「最近のこうした運動は、従来よりも活発になっているからねぇ~」
「青鞜党のやり方では、納得出来ない別団体の可能性もある。」
「…とは言え…」
大きく息を吐き、室長は再び天井を見上げる。
「他のキー局に出し抜かれたら、どうする…っ!!」
「速報…いや…っ」
「夕方のニュースに差し込めるか…??」
室長は軽く拳でテーブルを叩いた。
「はい、スタッフにはすでに編集作業に出しています。」
不意に話を振られたプロデューサーは慌てて応えた。
「警察…」
「警察は…?」
「何と言っているっ???」
室長の言葉を制する様に次長が問いかける。
「へあっ!?」
「は、はいっ、警視庁に詰めている記者に確認しましたけど…」
プロデューサーは、バサバサとテーブルに置いていた資料を漁る。
「"特に何も無い"との事でした…っ!!」
「マスコミにしかコレは届いてないのか…?」
「それとも、警察は知らんふりをしているだけか…?」
次長は眉を顰め、思い悩む素振りを見せた。
室長も彼の仕草を真似る様に、腕を組み、ギュッと眼を瞑って思案に暮れている。
「でもぉ…」
プロデューサーが恐る恐る声を上げた。
「このまま放置して、何か大事件でも起こったら…」
「マスメディア全体の責任問題になりません…?」
三人はそれ以降、椅子に座って頭を抱え込んだ。
お通夜の様に、静かに静まり返った会議室。
不意にドアが開くと、スーツ姿の老年男性が入室してきた。
彼が会議室に入った事に気が付いた三人は、慌てて起立してピシッと身を引き締める。
「これは社長…っ!!」
「ご足労いただき有難うございます…っ!!」
老齢の男性に三人は深々と一礼した。
それを睥睨しつつ、社長は会議室の上座へと移動する。
慌てて室長は上座を避け、社長へ椅子を薦めた。
促されるままに社長は椅子に座り、片手でテーブルをコンコンッと小突く。
「…話は聞いているよ。」
「はいっ! 大変申し訳ありませんっ!!」
「我々が判断するには、荷が重く…っ」
室長は大きな声をあげ、今にも床に土下座する勢いで応える。
社長は、片手を軽くあげて室長の勢いを制した。
「私の所に警察から電話が来たよ。」
「警視庁も事を把握している様子だった。」
「具体的な情報は教えてくれなかったがね…。」
「あと、ご丁寧に共同通信社からも連絡があったよ。」
「…本当ですか…???」
淡々と報告する社長の言葉に、室長は息を呑みつつ答えた。
「ああ、事は重大だ…。」
「直接、キー局の重役同士で話をつけたよ」
「フライングはなし。」
「マスコミは連携して、この件を同時刻で報道する事にする。」
毅然とした態度で社長はそう告げた。
これは業務命令であり、その場に居た三人は平伏した気持ちで受け止める。
「さて、では…」
「その動画を見せてくれたまえ。」
社長は椅子に座り直し、室長へ指示を出した。
室長はプロデューサーに無言で目配せする。
プロデューサーは、慌ててノートPCから、その動画を呼び出し
会議室のプロジェクターに問題となった動画の再生を開始した。
■■■続■■■