【第10週】 ■09■
「この…っ、ぐっ!?うえっ!?げは…っ!!」
呼吸が出来ず、大きな塊が喉奥に詰まった感覚。
何度も咳き込むと、大きな塊をリンカは吐き出した。
コーヒーゼリーみたいな、生のレバーみたいな塊。
それは、血の塊だった。
「ぅぅ…、これって、さっきの攻撃で出た血…?」
その血塊を吐き出すと、さっきまで自身の体と精神を蝕んでいた感覚は無くなっていた。
熱から冷めた様な、若干の倦怠感はあるが肋骨の怪我などは治っている様だ。
急いで立ち上がり、右神の位置を確認した。
だが、右神も左神もリンカとは距離を開き、様子を伺っている。
その様子は明らかに彼女を警戒していた。
「一体…?どうしたの…?」
ついさっきまで、右神達が優勢だった筈。
それが、間合い外から慎重にリンカの出方を伺っている。
その様子に戸惑いながら、リンカは構えた両腕を降ろした。
鎧の様な形状した、一回り長くなった腕。
その先端には鋭利な爪。
「…ん…?」
今見えた自分の腕に、リンカは違和感を覚えた。
もう一度、腕を持ち上げて確認する。
硬質化して、腕全体だけが変化している。
表面は学校にある鉄棒みたいに赤茶けた色。
あの独特な金属光沢に覆われている。
腕を伸ばすと、膝まで届く位に大きく長くなっていた。
指もゴツゴツとして、恐竜の様な鋭い爪がある。
攻撃的で凶悪な形。
「…な、な、な、なによ…っ!これっ!?」
自分の変質した腕を見て、リンカは大声を張り上げた。
自分の両腕が、甲冑の様な攻撃的な形状に変身している。
驚きの声と戸惑うリンカとは違い、右神は混乱する彼女の態度を好機と捉えた。
そして、大きく間合いへと脚を踏み入れる。
容赦ない轟音を立て、右神のストレートがリンカへ打ち込まれた。
咄嗟に彼女は腕で、ソレを防御した。
金属バットの快音に似た金属音が倉庫に響く。
そのままリンカは、受けた右神のパンチ力を回避エネルギーへと転化する。
軽くバックステップを踏んだリンカの体は、大きく後ろへと吹き飛んだ。
「ええっ!?何っ?ちょっと…っ!?」
そのまま倉庫の壁へとぶち当たり、リンカは衝撃で大きく弾む。
右神のパンチ力によってではなく、リンカ自身の筋力で自身の身が振り回されている。
まるで、自転車からスポーツカーに乗り換えた様に、身体の操作がうまく出来ない。
右神が更に踏み込み、リンカへと追撃する。
右拳。
左拳。
右蹴り。
一連の動きを流れる様に打ち込み、リンカを攻撃する。
だが、リンカは難なくそれを両手でいなす。
その光景は闘いというより、格闘の稽古でもしているようだ。
変質した腕は鎧の様に硬質化して、右神の打撃を受け付けない。
そして、明らかにリンカ自身の身体性能全体も向上していた。
右神のパンチ、キック。
リンカには、その動きが見える、更には次の手が理解出来た。
だが、とにかく自分自身の性能が向上し過ぎて、リンカ自身に扱えない。
此処まで動かす。
此処でこう動かす。
そんな、コントロールが出来ない。
ゆえに右神に対して防戦するまでが精一杯だった。
右神の横から左神の攻撃が割り込む。
リンカは即座に左神の攻撃を腕で払う。
次に来た右神の右拳をバックステップで避ける。
間髪入れず、左神の蹴り、それをダッキングで回避する。
突きの様な右神の前蹴り、リンカは"見えない腕"で掴む。
"掴んだ"脚を持ち上げ、右神を転倒させる。
左神のフック。
リンカは手で受け止め、流れる様に左神を投げ飛ばす。
大きな音を立て、左神はコンテナへと叩き付けられた。
大きく腕を回し、リンカは最後の壁へ付箋を貼った。
後はコノハと合流するだけだ。
上の階を見上げ、コノハの姿を探す。
「おーぃ、コッチ★こっちっ☆」
足場の上から、白い小さな手が見える。
リンカはそれを見て、コノハの居る高さへ向かって跳躍した。
重力が無いかの様に身が宙を浮き、その高さは倉庫の天井近くまで達した。
コノハの立ち位置をオーバーしたリンカは、天井からそこへ放物線を描いて着地する。
「痛っ!!イタタ~...。」
リンカ自身も驚き、着地では尻餅を付いた。
そんなリンカに構わず、コノハは成果を確認してくる。
「ちゃんと、付箋を壁に貼ってきた?」
「ええ…、言われた事はしてきたわよ。」
異形な形に変化したリンカの両腕を見ても、コノハは動じない。
そんな二人の前に、右神がジャンプして後を追って来た。
「あっ!?バカっ!!」
コノハは驚いて声を上げる。
驚いたのは右神もだった、リンカとコノハが一緒に居るのだ。
リンカは抹殺する相手。
コノハはアマテラスの構成員。
右神にとっては味方だ。
どう対処するべきか。
コノハ達の前に着地した右神は、躊躇して動きを止めた。
それに対して、コノハは右神の胴体を拳で貫く。
右神の背中から、コノハの細い腕と小さい拳が突き出した。
その貫き通した腕で、そのまま2mの巨体を持ち上げる。
そして、ゴミでも捨てる様に下の階へと投げ捨てた。
「もー~ぉぉっ☆」
「ボクの姿を見ちゃったから、殺すしかないジャン☆」
コノハは困った顔をし、リンカの方を見た。
「ボクが助太刀してたなんて、バレたらボクの立場がヤバくなるぅ。」
「ちょっと、ディライラ達をビックリさせたいだけだったのにぃ〜…。」
本当にコノハにとっては不測の事態らしく、困った様な表情で投げ捨てた右神が落ちた方を眺めた。
だが、すぐに気持ちを入れ替え、リンカを見る。




