【第2週】 ■03■
殺風景な白い壁と天井。
部屋の中央に座った女医は、片手に超音波スキャナーを持ち、それを患者のお腹へと圧し当てている。
彼女は女医らしく白衣を纏い、黒いワイヤーフレームの眼鏡をかけている。
年の頃は40才くらいだろうか?
ほうれい線が口元に刻まれ、髪の毛にもメッシュの様に白い物が混ざっている。
「うーん…」
そんな彼女は眉を顰め、エコー検査で探査した結果を映すモノクロのモニターを見詰めた。
「…どうですか…先生?」
女医の隣から様子を伺っていた女性が、不安げに問いかける。
彼女は燃え立つような赤毛のロングヘア、目鼻立ちがハッキリとしている美人だった。
外国人独特の彫りの深さと、日本人が持つ丸い印象が合わさって、彼女がハーフだとすぐにわかる。
女性的な脚のラインが目立つ、タイトスカートの白いビジネススーツ姿で、凛とした印象を感じた。
「ぃゃ…、わからないねぇ~っ」
スキャナを患者のお腹から離すと、一息つく様に女医は呟いた。
無造作に数枚のペーパータオルを箱から引き抜き、患者のお腹に塗っていたゼリーを拭きとる。
そして、看護師へスキャナの片付けを指示すると、女医は電子カルテの表示されたモニタへ視線を移した。
「…また、ダメだったんですかぁ?」
そう言いつつ、自分のお腹に残ったゼリーを自ら拭い、エコー検査を受けていた女性が半身を起こした。
綺麗に染めた青いミディアムヘア、ツートンカラーで内側が明るい水色。
片側の側頭部は、刈り上げたツーブロックにしている。
服装も黒が基本なパンクでロックな印象で、
白いビジネススーツの女性とは、対照的な雰囲気だ。
顔の感じも、スーツの女性は知的でクールな大人の女性なのに対して
エコーを受けていた彼女は、生意気でカワイイ雰囲気。
「まあ、まだIPS精子は発展途上な技術だからねぇ~っ」
女医は慣れた手つきでキーボードを叩き、検査結果を電子カルテへと記載していく。
「でも、男女の自然受精でも着床率は70%だし…。」
「IPS細胞から生成した人造精子だと、着床率40%で自然より低いけど。」
「同性でも、自分の遺伝子を受け継いだ子供が産める可能性があるんだから。」
「"買わない宝くじは、当たらない…"、みたいなモンだよ。」
そう言うと女医は軽く微笑んだ。
21世紀初頭にIPS細胞の生成技術が確立。
そこから生み出された万能細胞は、人々に様々な恩恵を与えた。
その中で開発された人工精子と人工卵子は、不妊に悩む人々を救う画期的な技術であった。
そして、"性の多様性"により同性婚が一般化した時代。
その技術により、同性同士でも"互いの遺伝子を受け継いだ子供"を持つ事が可能になった。
白いビジネススーツで赤毛なハーフの彼女の名前は、"物部タニヤ"
パンクでツーブロックなミディアムヘアの彼女の名は、"杉本リンカ"
今や彼女達の様な同性カップルでも、子供が持てる時代。
「でも、今回はちょっと違うかなぁ…」
女医は机の下から書類を取り出し、ペンで何かを走り書きする。
「え?どうしたんです…?」
「何か悪い事でも…?」
「いやいや、この大学病院に設備が足りなくてぇ…」
「別の病院で精密検査を受けて貰えるかな…?」
「今、紹介状を書きますからぁ…」
そう言いつつ女医は白い用紙へ必要事項を埋めていく。
「えーっ、この前もそう言って別の場所で検査したら…。」
「妊娠していないって、言われましたよぉーっ」
リンカは可愛らしく口を尖らせ、ベッドから降ろした脚をブンブンッと振った。
「すみませんねぇ~っ、弱小大学病院でっ!!」
リンカの不安を察した女医はにこやかに笑みを浮かべた。
「なぁに、IPSを使った妊活は補助金が出るからねぇ~っ」
「なるべく、色々と受診して貰ってっ♪」
「国から出る補助金で医者を儲けさせて貰わないとっ♪」
女医はそう軽口を叩きながら、診察券が入ったクリアファイルをタニヤへ渡した。
苦笑しつつも、それを受け取ったタニヤはファイルをリンカへ回す。
「ごめん、リンカ」
「ちょっと、先に会計に行ってもらえる…?」
「え??あっ、…うん。」
リンカはタニヤの言われるままに立ち上がると、一礼して診察室から待合室へと立ち去った。
「また、"移送"ですか…?」
リンカがドアを閉めた事を確認すると、タニヤは女医に告げた。
「うん。」
「今回も経過は上手く行っているわ。」
女医は椅子をクルリッと回すと、タニヤに向き直った。
「彼女は、とっても優秀ネッ♪」
「"良いオカアサン"だわ…っ★」
「今回もしっかりと移送してちょうだいね☆」
ニッコリと微笑みながら女医は、作成した紹介状をタニヤの前へ差し出した。
タニヤはそれを無言で受け取ると、診察室からリンカが待っている待合室へと去った。
「むぅ~っ」
「今回で三回目だよ…っ!!」
助手席でリンカは、頬を膨らませて悪態を吐いた。
別の大学病院へ向かう車の中。
「しょうがないよ、先生も言ってたでしょ…?」
「そうだけどさぁ…っ」
「どうせ、今回も精密検査されて…」
「"残念ながら、妊娠していませんでした"って言われるんだよっ」
「…きっと…っ」
ガクリッと糸が切れた操り人形の様に、リンカは肩を落とし、俯いた。
「なぁに?」
「リンカは子供欲しくないの…?」
「アタシとの子供…。」
「そんな事ない…っ!!」
パッと顔を上げ、グイッとリンカは運転しているタニヤへ近づく。
そのまま、どしんっとぶつかる勢いでタニヤの頬へキスをする。
「そんな事ある訳ないじゃん…っ」
「タニヤの子供産みたいもん…。」
リンカは小さく恥ずかしがりながら、呟く。
そして、するりっと腕を伸ばしてタニヤの赤い髪へ触れた。
「こらっ、運転中だよ…っ」
「あぁん、だめだったら…っ」