【第8週】 ■05■
得体の知れない何かがリンカの肉体へ侵入し、中身を侵食していた。
腰から太もも
太ももから足先。
体に滲みわたり。
肩から二の腕
腕から指先
体に滲み込んでゆく。
肋骨の裏側。
頭蓋骨の裏側。
何かが、その空洞を満す。
リンカの中身と入れ替わってゆく。
リンカは、何も抵抗出来ず。
恐怖に震え。
唯一動かせる目玉だけで、周囲を見渡した。
だが、周囲は白く靄がかかっていて
自分が何処に寝ているのかもわからない。
天井でシーリングファンが回転している。
自分の腕が揺れている。
次は肩から胸元が左右に揺れる。
まるで揺り籠をゆする様に、リンカは自分の肉体が揺れていると自覚した。
ごろんっとリンカの首が回り、不安そうなアオイと見つめ合う。
そして、アオイが自分の身体を揺すっていた事に気が付いた。
入浴中だったのか、アオイはバスタオル一枚で心配そうにリンカを見ていた。
リンカは腕を動かして、アオイの腕を掴む。
肉体の感覚が回復してきて、リンカの意識がはっきりする。
掴んだアオイの腕を頼りにして、リンカはゆっくりと起き上がった。
「凄いうなされてたわよ…、大丈夫?」
バスタオルを体に巻いたままのアオイが、彼女の横へ座り心配そうに顔を覗き見る。
じっとりとした湿り気がリンカの体にまとわりつき、風邪を引いた直後の様な倦怠感が彼女の身の内を支配していた。
隣にアオイが居る気配、熱気みたいなモノを感じる。
それがリンカの気持ちをザワザワと騒めかせ、座りが悪い様な変な気分にさせた。
「ここは…?」
正体の知れない居心地の悪さを無視して、リンカは室内を見渡す。
「もうっ!!ホント、大変だったんだからっ!!」
アオイがリンカへ告げる。
「また、あの人達と派手に立ち回って、血だらけになってたのを助けてあげたのよっ!!」
「…それは、ごめん…まさか、あんな事になるとは…。」
「それはそうだけどさぁ、ここまで一人で支えて移動すんの大変だったんだから…っ!!」
プンスカと軽い怒りを露わにして、アオイはリンカへ詰め寄る。
濡れた茶色に白いメッシュカラーのミディアムヘアが揺れ、シャンプーの香りがリンカの鼻先をくすぐった。
浴槽で洗った彼女の肌は、透き通るように白く。
お湯で温まったのか、ほんのり桃色が差している。
シュと浮き出た鎖骨。
ふくよかな胸元。
リンカは自然と彼女の肢体を眼で追った。
「…ちょっと、大丈夫?話聞いてる…??」
「…えっ!?あっ。えっ??聞いてるわ…っ!!」
「なら良いけど…、ほら、喉乾いてない…?」
うわの空だったリンカを心配して、アオイはミネラルウォーターのペットボトルを手渡す。
それを受け取ったリンカは、アオイの肢体に見とれていた事を悟られまいと、慌てた様子でペットボトルを煽った。
だが、意識から追い出そうとすると、さらに何倍も大きくなって、性欲がリンカの理性へ襲い掛かる。
広く柔らかなキングサイズのベッド。
殆ど裸体なアオイ。
ふわふわしたバスタオルから出た、艶めかしい太もも。
濡れてはみ出した頭髪の遅れ毛。
再びリンカの意識は、アオイの肢体へ集中する。
こちらを見ているアオイのクリンッとした大きな瞳。
あの瞳に淫らで誘惑した光を宿したい。
細い指へ指を絡ませ、
濃厚なキスを交わし、
スベスベした肌へ触れたい。
小柄で小動物的な可愛らしい雰囲気なアオイ。
でも、ふくよかでボリュームのある胸。
「リンカ?」
「うわっ!?えっ!?あ…っ!?」
「ねぇ…、アナタ、本当に大丈夫?体調が悪い…??」
「ん、うんっ…、そうだね少し…、悪いカナッ...」
心配そうにリンカの様子を心配しているアオイ。
そんな彼女に対して劣情を抱き、リンカはそれを必死に隠して抑え込む。
性欲のコントロールが出来ないなんて、今まで無かった。
まるで、性欲旺盛な男性になってしまったみたいだ。
そう思うと、自分が劣化して悪い人にでもなった様な気がする。
「うーん…、確かにずぅと調子悪そうだものねぇ…。」
腕を組み、アオイは眉間に皺を寄せて考える仕草を見せた。
「どっか、今のリンカの体を病院で見て貰う訳にはいかないかしら…?」
「アオイ、有難う。でも、体調不良は普通の病院では治せないかも…。」
そう呟いたリンカの脳裏には、少彦名大学病院でのやり取りを思い出した。
"ヨモツヘグイ"
そんな得体の知れない異生物が、自分の子宮に居座っている。
きっと、この体調変化もソイツのせいに違いない。
母体を危険から守る為に異能を発揮させる。
もし、普通の病院で強制堕胎を行えば、どんな事が引き起こされるか解らない。
「病院…、ビョウイン...あ。そう言えばっ!!」
パッと何かを思い出したアオイは、顔を上げて天井を見上げた。
「病院前で、車に乗って待機した時、ディライラ達をみかけたの…。」
「アタシは咄嗟に隠れたんだけど、その時に彼等の会話が聞こえて…。」
「うー…んとっ、そうだ、リンカを捕まえた後、どっかへ行く話をしてたのよっ!!」
そう告げるとアオイは両手をベッドへ突き、前屈みになってリンカを見た。
ちらりっとバスタオルの隙間から、ふくよかな胸がリンカの視界へ飛び込む。
「確かぁぁ…っ、ぎょく?ギョクト倉庫…?だったかしら?そんな名前の倉庫に用があるって…っ!!」
「えっ?あ。ギョクと?ギョクト倉庫っ??そうなの…。」
不意打ちを喰らったリンカは、慌てて視線を逸らして生返事を返す。
アオイの肢体は、リンカにとって"猫にまたたび"になってきていた。
リンカの脳内には、アオイの恥ずかしい姿が泡の様に浮かんでは消えている。
それを必死になって、リンカは理性で抑え込む。
「ねえっ!?リンカぁ聞いてる?」
「ごめんっ!!、少し疲れてるカモ…ッ」
耐え切れずにベッドへ転がったリンカは、アオイへ背を向けて身を縮めた。
突然に横になって、拒絶の体勢を取るリンカ。
アオイには、リンカが自分を避けようとしている事は理解できるが、自分に欲情しているとは気が付かない。




