【第8週】 ■04■
「ああ♪そうだね、忘れてたよっ♪」
彼は厚く鍛えた胸板の上へ、ワイシャツを着こむ。
「いつも通り、良きに計らってくれたまえ♪」
そう告げると、彼はネクタイを締めた。
「はいはい、どうせ…」
「私は"都合の良い女"ですから。」
彼女はアタッシュケースを椅子へ置き、彼へ近づくとネクタイのズレを直した。
「おおっ!!そんな事はないよっ、トモエっ!!」
「僕は君に公私共に、どれだけ助けられているか…っ!!」
ネクタイを整えたトモエへ、彼は大仰に抱き着いた。
硬く程よい筋肉に包まれ、トモエの中にある女が揺れ動く。
だが、それを抑え込むと彼から身を離した。
「だが、そうだねぇ…。」
「この僕の気持ちを言葉だけでなく、何か形で示せたら…。」
逃げた彼女の腕を掴みつつ、彼は何事かを考える。
「いいえ、お気持ちだけで結構ですっ♪」
「それに、私も貴方の"金庫"には、お世話になっていますし…っ♪」
彼の掴んだ手を解き、にっこりと笑ってトモエは軽く頭を下げた。
「ウチの"ローズィ・フロイド"へ寄付もいただいていますし…。」
「"金庫番"としてお賃金もいただいてますから♪」
「そうかい?」
「何か悪いねぇ~…っ。」
彼は上着を羽織り、前ボタンを閉めた。
彼がキリリッと背筋を伸ばした姿は、やはり映画スターの様な風格がある。
完全に身なりを整え終えた彼は、部屋のドアへ手をかけて退室しようとした。
そこで、立ち止まると後ろに控えていたトモエの方へ振り返る。
「あっと…、そうだ…っ!!」
「実は近々に男女均等法改正前の審議会を発足する話があるんだが…。」
「その有識者会議に、フェミニスト代表として参加して貰えるかな…?」
甘いマスクで彼は、にっこりとトモエへ微笑む。
「…はい、よろこんで参加しますわっ♪」
即答でトモエは快諾し、軽く唇が触れるキスをした。
「そうかいっ♪」
「それは良かったっ♪♪」
彼は再びドアを開きかけ、彼女に振り返る。
「放置していると、すぐ青鞜党の奴等がしゃしゃり出るからねぇ~っ」
「君みたいな"真のフェミニスト"が居てくれて僕達も助かるよっ!!」
彼のスマホが鳴動し、ハイヤーが地下駐車場へ到着した事を告げる。
「おっと…、君との楽しいアバンチュールも…、」
「…タイムアップの様だ…っ。」
「では、後は良きに計らってくれたまえっ♪」
そう告げると、彼だけがホテルの部屋から退室する。
「はい、承知しましたわ。」
ホテルの部屋に残ったトモエは、熟年夫婦が夫を送り出すかの様に彼を見送った。
天井でシーリングファンが回転している。
ゆっくりと粘つくような熱気を掻き回していた。
相当ガタがきているみたいで、ファンが回るたびに何かが転がる様な音が聞こえる。
リンカはベッドの仰向けになって、そんな光景を眺めていた。
空気は熱い。
湿気を含み、肌に密着するような暑さ。
それにリンカには、他人の肌が触れていた。
仰向けに寝そべった彼女の上に、男が覆い被さっている。
体重を預け、彼は必死にリンカの上で腰を蠢かせていた。
それを無感情に受け入れ、リンカは呆然と回るシーリングファンを眺めている。
下半身を密着させ、男は必死になって欲望を彼女の肉体で発散していた。
「…あ。」
「これ…、夢だわ。」
ふと、無感情にリンカは思う。
夢というより、昔の記憶。
リンカを抱いている男は、ゲイジー。
彼女の上司で、肉体関係を結んでいた男。
彼に抱かれて居た時、見ていた天井の光景。
天井でシーリングファンが回転している。
熱く。
暑い。
風邪でもひいて、その高熱にうなされているみたいだ。
ゲイジーは、リンカより年上の男。
もう良い歳の中年男性だ。
短く刈った金髪。
太くがっしりとした鼻と輪郭。
鍛えられた筋肉質な身体。
そう、こうして仕事が終わった後にセックスしていた。
だが、今はとにかく暑い。
リンカの身体自体が凄い熱を帯びているようだ。
じわりっと、何かが肌を流れ落ちる。
その奇妙な感触の元へ、リンカは視線を向けた。
蕩けたゲイジーの指。
ゲイジーの指がチョコか蝋の様に溶け、形を保てなくなっていた。
「…え??」
驚いたリンカは、セックスを中断して身を起そうとする。
だが、身体には力が入らず、ぴくりとも動けない。
彼女の上で、独特のリズム刻み続けるゲイナー。
その姿は、動く度にどろどろと形が崩れ、溶け落ちて行く。
すでに両脚は溶け、大腿骨が白く剥き出しになっている。
指の骨は、バラバラになって汚泥の様になった肉と血に流されていた。
彼の武骨な鼻が崩れ、丸い眼球と眼窩がむき出しになってゆく。
金髪の刈り込んだ髪は、ずるりっと落ちて、リンカの膨らんだ胸へ流れる。
天井でシーリングファンが回転している。
暑く
熱い。
身体の内側から燃えるような熱を感じ、ゲイナーはそれで溶けたとリンカは思った。
血と体液が吹き出しながらも、ゲイナーは機械の様に一定のリズムでリンカを犯している。
リンカの肢体は、ゲイナーだった液状の物体に沈んでゆく。
頭蓋骨から目玉が溶け落ち。
肋骨の奥で心臓と肺が蠢いているのが見えた。
ゲイナーは溶けて赤黒い泥の様になって、リンカの肢体の上を流れて行く。
よく見ると、リンカは自分の下半身に"穴"が開いているのを見た。
女性性器の穴ではない、浴槽の排水溝みたいな"穴"。
ゲイナーだった物は、リンカの"穴"へと吸い込まれて行く。
赤黒い汚泥が渦を巻きつつ、リンカの下半身に開いた黒く深い穴へ呑み込まれて行く。
そして、彼女はねっとりとした粘液質な感触を自分の内側に感じた。
菌糸が侵食してくる様な
スポンジが水を吸い込む様な
リンカの肉体に、そんな感触が滲みわたる。




