【第7週】 ■05■
「我々は、それを…、」
「"ヨモツヘグイ"。」
「…と呼んでいますの。」
ディライラは誇らしげに胸を張り、リンカの問いへ応える。
「そして、貴女の様にヨモツヘグイを妊娠している女性。」
「我々は彼女達を"イザナミ"と称しています。」
「リンカさん。」
「貴女のお腹に居るのは、人間では無いの。」
「何と言ったら良いのかしら…?」
「"寄生"?」
「"器官"という方が、近い印象かしらねぇ~っ♪」
頬に手を当て、ディライラは他人事の様に呟く。
「"器官"…?」
「ナニ言ってるの?」
「人じゃないって…、何なのよっ!!」
「アタシの子宮へ、何を詰めたのっ!?」
リンカの肉体の内側に黒く冷たい液体が、どぉっと流し込まれた気がした。
不安。
恐怖。
怒り。
そんな、黒々とした冷たさと重みが、急速に体内へ満ちて染み込んで行く。
「"ヨモツヘグイ"を成長させるには…、」
「それに適した適合者が必要なの♪」
「女性なら、誰でも良いって訳じゃないのよ~♪」
嬉しそうにディライラは微笑み、自慢げに語る。
「アレルギーってあるでしょう?」
「アレを引き起こす原因物質は、"アレルゲン"って呼ぶのだけど…。」
くるくると宙へ人差し指を回し、ディライラは思い出す様に宙を見上げた。
「男性に気持ちよく中出しを決められて…、」
宙を指していた人差し指、それに親指とでOKマークを形作った。
もう片方の人差し指でその輪を突くゼスチャーをして見せる。
それは、セックスを表すゼスチャー。
「ご懐妊っ★」
「…て、言うのが普通なんですけど。」
「その精子が、アレルゲンになる事もあるのよぉ♪」
卑猥な行為を表すゼスチャーを解き、両手を合わせる。
「"ヨモツヘグイ"は、アレルギーを引き起こしやすくってぇ。」
「適合しない女性は、強いアレルギー反応を引き起こしてしまいますのっ。」
「でも、"安定期"に入れば、誰にでも移植可能になりますのよっ♪」
両手でディライラは自分のお腹を囲み、妊娠したゼスチャーを見せた。
「だから、適合者の子宮で育成して…。」
ディライラはリンカのお腹を指差した。
「安定したら、ヨモツヘグイを摘出させていただいて…。」
「それで、改めて適合させたい別の女性に移植しますの♪」
「…まさか、そんなっ!?」
リンカはディライラに指し示された自分のお腹へ触れた。
「アタシは…、」
「今まで3回…、妊娠治療を受けたわ…っ」
「じゃあ、それは…!?」
「まさか、嘘でしょ…っ!?」
リンカの体内には、黒々とした気持ちと感覚が溢れ出すほどに満ち、
その重く暗い感覚が、彼女の動きを封じた。
自分のお腹に居る"子供"。
それは、子供じゃない"異物"。
今まで行ってきてた妊娠治療。
全て嘘だった…?
そして、脳裏に浮かんだ一番の疑問。
「た。た。タニヤは…?」
「当然、タニヤもこの事は知らなかったでしょ…?」
リンカはゆっくりと呟いた。
「…。」
きょとんとした顔をして、ディライラはリンカを見た。
「彼女?」
「あぁ…、物部タニヤの事?」
「…ごめんなさいねぇ~っ♪」
わざとらしく、ディライラはリンカを拝む様に両手を合わせた。
「この事をご存じないのは…、」
「貴女だけですの…っ★」
ペロリッと舌を出し、小馬鹿にするような笑みを浮かべる。
「我々が必要としたのは、適応する"容器"ですわ。」
「"ヨモツヘグイ"が安全に"着床"と"育成"出来る"容器"。」
「それがアナタなのよ、リンカさん♪」
「本当、申し訳ございません。」
呆然としているリンカへ、形式的に軽く頭を下げる。
「今まで騙して妊娠治療を受けさせて…。」
「でも、前回の2回行った治療でも、立派な"イザナミ"が誕生していますわ♪」
「…イザナミ…?」
「何?それは…?」
ディライラの言葉にショックを受けて、蒼白になりながらもリンカは問う。
「"ヨモツヘグイ"の驚異的な能力は、生存本能の強さですの」
「その強さは、受胎した女性を超人化させる。」
「リンカさんも心当たりございますでしょ?」
「"ヨモツヘグイ"で、人よりも優れた能力を得られた女性。」
「そんな女性を我々は"イザナミ"と呼んでいますのよ♪」
得意げに、
自慢げに、
嬉しそうに、
ディライラは胸を張りつつ、呆然としたリンカへ告げた。
「今までアタクシが行ったご無礼は、ホント…、」
「申し訳ございません、謝罪いたします♪」
「だから、今度は一緒に頑張りましょう…!!」
そう告げると、ディライラは片手をリンカへ差し出した。
「ぜひ、アナタにはアマテラスに入っていただきたいの…っ!!」
「ヨモツヘグイを安定して妊娠出来る女性を失う事…。」
「それは、我々アマテラスとしては、大変な損失ですわっ!!」
ディライラは立ち上がり、リンカの片手を強引に握った。
「貴女のその能力。」
「これからも、女性の権利向上に役立てていただきたいと思っておりますのっ!!」
握ったリンカの手を包む様に、両手で掴む。
「この世界は、男尊女卑で成り立っていましてよっ!!」
「でも、少しずつだけど変化はしていますの…。」
「例えば…」
「医大入試の男女差別が発覚してから、女医が増えた。」
「男女均等法によって、様々な分野の職業で女性は増えた。」
「でも、そんな遅々とした歩みでは、駄目ですわっ!!」
ブンブンと、リンカを掴んだ手をディライラは振る。
「こうしている間にも、女性達は虐げられ、搾取されていますのよっ。」
「男どもは勝手に戦争を引き起こし、民族浄化と称して、」
「敗けた国の女性へ集団レイプを公然と行う。」
「女性の身体に商業価値を付け、その姿や肉体を販売している。」
「何故、女性だけが金と体を搾取されないといけませんの…?」
「男が主役の世界には、終止符を打たなくちゃいけませんわっ!!」
カッとハイヒールで床を踏み鳴らし、
立ち上がったディライラは、力強く声を上げた。
「"イザナミ"は、そんな新世界を造り出しますのっ!!」
「超人な力を奮って、男達を駆逐するのよっ!!」
希望に満ち溢れ、嬉々とした表情でディライラは振り返る。




