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4、或いは、誘蛾灯

 怖い物知らず。自分の力を恃んでいる人はそう呼ばれる。自分に出来ないことなど無いと思っているから。

 だが、自分に力もないのに、怖い物知らずの人もいる。それはつまり、無知だ。

 本当の意味で、『怖い物』を『知らない』というだけの。そういう奴は大切な何かを無くす時まで恐怖の意味を知らない。

 十二年前の俺もそうだった。

 小学生、卒業目前の時期だったと思う。

 記憶は曖昧で定かではない。

 禁じられた遊びとその代償。

――うちの学校にあの決まりが出来たのはきっと、あの時の俺たちのせい。

 だから、記憶を封じていたのだ、きっと。

 けれど、まだ曖昧な霧のような記憶の中ではっきりと像を結ぶものもある。

『何でも、答えてあげるわよ』

 そういって何もかもを見透かすような目をしたのは、十二年前の瑠璃葉だった。



「あまり、変わってないね」

「時間の流れや時の過ごし方が違うのよ」

 あの時の瑠璃葉は当時の俺と同じくらいの少女だったと思う。

 着ている物も余り変わらない。ただ、当時は背中に流していた尻尾のような物は二本しかなかったし、腰紐も一本だった。裾の長さは違った……というよりも、脚が長くなった分だけ裾が高くなったのだろう。

「ずっと、会いたいって思ってた」

 瑠璃葉は甘え見上げる視線をくれる。

「大人はあんまり、あんなことしないから」

「ごめん、待たせた?」

「――ふふっ、期待しないで待ってたわ」

 悪戯っぽく笑う瑠璃葉。

「……見た目はあんまり変わってないけど、大人になったんだね」

「ふふ、まぁね。君は? 大人になった?」

 首を傾げて尋ねる瑠璃葉。やっていることは軽い調子だけれど、彼女の眼を見ればそれがどの程度真剣な問いなのかはわかる。

「大人になりたいと、思ってるよまだ」

「そう、なの?」

 あぁ、と答えて、スーツのポケットを探り固い感触を取り出す。

――それは一枚の十円玉。



「質問には答えてくれるんだよね?」

「帰れ、と言われない限りはね」

 そう、と俺は頷く。

「紙は?」

「あれは……いうなら、口の代わりね。私がいるから要らないわ」

 そうだった、と前置きをして。

「君の口から聞きたいんだ」



――君に返して貰った『僕』は誰かを君よりも好きになることがあるだろうか?

――君は僕を好きになってくれるのかな?

――僕が君と一緒に生きていく方法はあるのだろうか?

 あなたの心が選ぶのは私だけよ――。

 あなたと同じ、十二年前からずっと――。

 それがあなたの選ぶ道なら――。



 翌日以降、彼は学校に出ていない。数日後、同僚とアパートの大家が彼の部屋に入ったときに見たのは綺麗に掃除された部屋。

 ただ、流しには少し濁った水が張られたカップが二つ。コタツの電気は付きっぱなしで、コタツの天板の上に一枚の十円玉と瑠璃色の葉っぱが一枚あった。


――部屋には森に吹く風を濃くした匂い。

 もうその部屋に主は戻らない。


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