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1、情景

 深い森のような匂いが満ちていた。

 その里の中心には丘の様に盛り上がった場所がある。上には一棟の家屋。古来この様な場所は神の宿る場所と解釈されることが多いのだがご多分に漏れず中心にある家は里の大事にしている祠の管理者の一族の屋敷であり、それはつまり里長の家屋だった。

 匂いの原因は屋敷に近い祠場に茂っている常緑樹だった。里で好まれているその樹は、花こそつけないものの肉厚の葉は深い瑠璃色で美しく、それが枝先で葉輪を作っていると花が咲いたように見え、しかも、その肉厚の葉や幹、枝の全てから芳香を漂わせていた。

 遠くにも香る匂いが、しかし、近くで嗅いでも強烈さはない。

 里にすむ者はその香りを好み、祠場でしか育たないその樹の枝を持ち帰る事を常としていた。結果として里の何処でもその深い森の様な香りがした。



 茜射す廊下はリノリウムでは隠しきれないコンクリートの固さ。

 革靴の足音は威嚇的とすら思えるもので、放課後の廊下には良く響く。遠くの喧噪と響く足音、しかし、音はそれだけではない。

 もう一つの音は金属音。

 指で弾くと、固い音を立てて廻る。くるくると、表と裏を見せながら。落ちてきたそれを右手に掴む。



 さて普通、小学校の校舎に通う時間なんていうのは六年間が上限だ。一年生から六年生まで。留年もなければ、二度入学することもないのだから六年で一杯一杯のはず。

 ただ、例外はどこにでも存在する。俺も例外の一つ。教師という立場である。

 大学に行って教員養成コースに入って、卒業して自分の通っていた小学校に戻ってきた。どうしてかと問われても答えることは難しい、教育者とは何かと立派な夢を語る奴や可愛らしくも子供が好きだと答える女や如何わしくも子供が好きだと答える男、そんな同級を見て考えた事もあったが、答えは出ない。

 それでも、と、言葉にするならば『忘れ物をしたような』感覚。だからこそ、自分の通っていた小学校を希望して帰ってきた。学校は何もかもがあの頃と変わりない。『忘れ物』をした自分が安堵するほどに。

 まぁ、勿論、自分の身長が高くなった分、目に見える物は変わっているのだが――建物は変わらないし、喧噪も変わらない。

 荒れていると言うこともない。

 そう、ある意味で全く『普通の小学校』という奴だった。



 変わらないのは個々の事象でなく流れ。

 誰かが卒業して、誰かが入学して、結果学校という物が大まかな形を変えないように。人が生まれ、人が死んで、結果世界という物が大まかな形を変えないように。

 そして、まぁ、学校の中で流行る物なんていうのもあまり変わらない。ある日の放課後、どうしようもないほどの日常の終わり。『忘れ物』見つけた日。その日に流行とは変わり、巡るものだと、まざまざと解った。



 放課後、廊下も赤く染まる夕方、最終下校時刻にはなっていないがそろそろ教室の鍵を閉めるくらいの時間。校庭からはボールの音や歓声、遊具の軋む音、走り回る音が聞こえる。最近何かと物騒で、だが、子供を外で遊ばせたいと思う親はそこらに点在する公園でなく校庭で遊ばせる事にしたようだ。

 校庭の開放は俺が赴任する前に決まった事だ。校庭に入れる裏門のところには大人が立っていて不審人物が入らない様に監視をしている。新入りの俺は何度かそこに立ったこともあるが、どちらかと言えばボランティアの保護者が立っている事の方が多い。

 点在する公園は公園で未就学児童、小学校に入る前の子供達が親に連れられて遊びに来ているので棲み分けが出来ていると言える。

 さておき、俺の仕事は監視じゃない。

 施錠、教室の鍵を閉めることである。一階の職員室を出て、上の階に上がりながら教室の鍵を閉めていく。学年が上がるほど上の階にあるので、必然、一年生から順だ。

 そして、四年生の教室に鍵をかけようとした時に、一つ、おかしな事に気が付く。声だ。声がすることは別におかしな事ではない。

 教室に残って何かをしている生徒は外で遊ぶ生徒に比べて少ないのは間違いないが、最終下校時刻はまだなので教室に生徒が居ることはおかしな事ではないからだ。

 しかし。


――声は悲鳴にも似て。俺は扉を開けた。


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