9、赤の音
「とうさまと……かあさま」
うん、と頷く。
「なんで」
「――そうだね、どうしてと原因を求めるなら、子供だった僕らが悪かったんだろう」
「でも――」
納得できない朱音。気持ちは分かる。
だが。
「危険なことを嬉々と試して、それで傷を負ったのは他人の責任じゃないだろう?」
「だけど、危ないって知らなかったのに」
「だったら、安全性の確認をしなかった僕らのせいさ。危機感が足りなかったんだよ」
生きることに痛みを伴うなんて知らなかったあの頃。初めて知った痛みは『致死の痛み』。生きているということはそれだけで、塀の上を歩くよう。落ちれば卵は割れる。
人も踏み外せば落ちていく。だが、どうなるのかは知らなかった。
「私たちは危険なの?」
良い疑問だ。狐狗狸としては甘いが。
「そんなことはないよ。ただ、『こっくりさん』というのは略式なのさ、小学生でもできる蠱物の召喚なんて本当はあり得ない。どこかの馬鹿な天才がそのあり得ないことをあり得させてしまったからそんな問題が起きた」
「馬鹿な天才?」
「後先を考えないで、でも、他の人には出来ないようなことをする奴のことだよ」
ふうん、と朱音は頷く。
「おねえちゃんは……」
「おかしい、か」
うん、と頷く。
「人が変わる、というのはどういう時だと思う?」
え、と言葉を詰める。解らないだろう。解らなくても仕方がない。何しろまだまだ人生経験が薄いし、朱音は成長著しい時期で変化を当然だとしているだろう。そのかわり周りが変わるのに敏感。翠花は大人びてきて変化は朱音に比べれば遅い。その翠花の変わりように朱音は違和感を覚えているのだろう。
「朱音にはまだわからないと思うけど、人が変わるのは外から変わることを促された時、そして、自身が変わろうと思った時だよ」
「……おねえちゃんは、変わりたい?」
「あぁ、そうだね」
どうしてか、その転機になったのは、間違いなく翠花が狐狗狸として初めて呼び出された時だろう。何があったのかは知らない。翠花は、少なくとも俺には話そうとしない。瑠璃葉はもしかしたら聞いているのかもしれないけれど。
「それも良い」
「良くないのっ!」
朱音が大声を上げる。どうしたのかと顔を覗けば両目に零れそうな涙。
「そ、それは、うちだけでは、いや、ってことじゃ、ないの?」
むせながら、朱音は言う、涙声。
どういえば良いかと、考えて。
「――朱音は父様の事好きか?」
ぶんぶんと、朱音は首を縦に振る。
「――朱音は母様の事好きか?」
ぶんぶんと、朱音は首を縦に振る。
「そういうことだよ」
「え?」
朱音はもう一度こちらをみる。涙と鼻水と、歪んだ目元。泣いて赤い。ちり紙をとって、それを拭う。為されるがままの朱音。
「何かを好き、ってことは、他の何かを嫌いになるってことじゃない。翠花は朱音も皆も嫌いになった訳じゃない。ただ、別の場所から僕らを好きでいようとしているのさ」
多分、と心の中で付け加える。娘を送り出したことはないが、少なくとも瑠璃葉はそうだ。自分の父親のことも母親のことも兄のことも好きなまま、俺の隣に居てくれた。共に居てくれた。俺の隣で、相対しながら、それでも家族を大切に思っていた。俺とは違う。
瑠璃葉を愛している、翠花を愛している、朱音を愛している、瑠璃葉の父も母も義兄もいい人だ。ただ、『向こう側』にそんな人はいない。人間が、嫌いな訳でもない。『どうでもよかった』というのが一番近いのかもしれない。それも少し違うけれど。朱音はそれでも涙を止めない。
「そっか、だったら翠花に好きだと言えばいいよ。沢山言って、伝えて、覚えて貰って。そうしたら、どこかへ行っても魂に残る。運命がまた、会わせてくれる」
そういうと朱音は少し黙って考えて、それから笑顔で、うん、と頷いた。
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