羊羹と芋粥
他愛もないお話です。
私が中三の時の話だ。
叔母が北海道土産として持って来た(オレンジと言うよりは)柿色のパッケージの羊羹を家族みんなでいただいた。
小豆ではなく金時豆が使われているというその味わいは、いつも食べている羊羹よりあっさりとしていて……ホットミルクとのマリアージュも最高だった!!
菓子皿に残った欠片を菓子楊枝の先でそっと掬いながら私は心の中でため息をついた。
『ああ!もっと食べたい!!……それこそ飽きるほどに!!』
そう! 私は“できた”長女で……“家族の平和”を守る為に、自らが羊羹を切り分け、他のピースより明らかに小さくカットした物を自分の前に置いていたのだった。
『そう言えば……“飽きるほどに食べてみたい!!”ってセリフ、どこかで聞いたような??』
私はこんな心残りと引っ掛かりを頭の中で転がしながら……食後のテーブルを片付け、母の横に立って洗い物を手伝っていた。
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高校生になってアルバイトを始め、“自分の裁量”が拡がった私は……父が函館に出張へ行くと言う好機を逃さなかった。
「私の為だけに買って来て欲しいお土産があるの!! 私、バイト代が入ったばっかだから!!」
私の勢いに押されて父はいくつかの有名な北海道スイーツの名前を並べたが、私はいずれにも頭を振った。
「いったい何が欲しいんだ?」
「前に叔母さんから貰った羊羹が欲しい!!」
こうして……出張から帰って来た父を私はわざわざ駅まで迎えに行って、“秘密裏のブツの引き渡し”を無事終えたのだった。
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家に誰も居ない日を見計らって私はいそいそとホットミルクを用意し、隠し持っていた羊羹の包みを開けた。
今回は杉の箱に収まった一枚流しの大容量タイプ!!
それを丸齧りするという暴挙に出た!
「美味しい!!!!」
私は涙が出る程の感動に打ち震えながら夢中で齧り付いた。
しかし四分の一を過ぎた頃から急激に食む速度が落ち……三分の一を過ぎるとまったく別の震えが私を襲い始めた!
「た、食べられない!! ダメ!無理!! 物凄い胸やけ!! 死ぬ!!」
かくして半分を残した状態でテーブルの上で果てていると学校や遊びから帰って来た妹ドモにその醜態を発見され、羊羹の残りはピラニア二匹が影も形無く食い尽くした。
私は二匹のピラニアの獰猛な食欲に震撼し、この顛末のお陰で長い間、羊羹がトラウマとなった。
そして……芥川龍之介全集や今昔物語で『芋粥』のお話に出会うたびに苦々しい共感を得たのだった。
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こんなイタイ少女?時代も遥か彼方となった昨今、私はデパ地下の『日本全国名産品』のコーナーで件の羊羹の「丸缶タイプ」を見つけた。
逡巡した挙句1本買って……やはり誰も居ない時に食してみた。
今回はパッケージの裏に糸がくっ付いていて、丸筒のお尻を押しながら糸で適量をカットするタイプだ。
そのお陰か、最後まで美味しくいただけて、すっかりトラウマは克服できた。
もっとも、それは……点てたお抹茶でいただいたからかもしれないが。
とにかく、今度は“ピラニアども”のお土産として買って帰る事にしよう。
おしまい
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