君に求婚したいんだ! 転生ヘタレ王子は悪役令嬢に愛を告げ…られるか?
「シンシア・クラム公爵令嬢! 貴様との婚約を破棄する! 俺はジュディと結婚する。二度と俺と彼女に近づくな!」
王立学園の卒業記念パーティー。その会場いっぱいに響く声。
人々が一斉に同方向を見る。視線の先には一組の若い男女。そしてそんな彼らに相対する貴族令嬢。
いま名を呼ばれたシンシア嬢だ。
豊かな金髪に、赤い薔薇と真珠をあしらった大振りの髪飾りがよく似合う。薔薇と同色のドレスに身を包む彼女は、高貴なオーラも相まって本気で美しい。
しかしその表情は険しく、綺麗な唇は硬く引き結ばれている。
それはそうだ。
たった今、婚約相手であるシェル侯爵家の次男、ダリル殿から絶縁宣言されてしまったのだから。
(ついに……。始まってしまった!)
とある世界の、とある王国で。
婚約破棄劇の火蓋が切って落とされた。
(分かっていたこととはいえ、胃が痛い)
差し込む刺激に、僕は顔をしかめる。
(僕、部外者なのになぁ。あそこに割って入んなきゃいけないのか)
身分的には咎められないけど。行きたくない。
アバローニ王国・第二王子エリオット。
これが現在の僕。
だけど転生前は、しがない日本の一般庶民だった。
つまり前世の記憶持ちってわけ。
さらにはここが、物語の世界であることも知っていて。
僕の……王子エリオットの役どころは、断罪された悪役令嬢にその場でプロポーズして救っちゃうという、"ヒーロー"の立ち位置だったりする!
そう。"ヒーロー"とは、"ヒロイン"のピンチに駆け付け、颯爽と助けるイケメンのこと。
で、なぜ物語を知っているかというと、生前、妹からさんざん聞かされてたからだ。
妹いわく、このヒーロー役のエリオットが格好良いから、"推し"なのだと。
確かに。伸びやかな長身に、秀麗な顔立ち。生まれの良さから出る気品。さすが神絵師が描いた、渾身の勝負絵。黒髪金眼の目を惹く美形だ。
誰だ、今。それ美味しいヒーロー役じゃん、なんて思ったの。
そういうの、余裕があるリア充じゃなきゃ無理だからね?
生前、クラスの隅で、目立たないよう生息してた僕に、男女交際のスキルはない。大学でも研究ばっかしてたし。
ちなみに今世は立場を利用して、登校しても割りと学園の研究室に引きこもってた。"ぼっち"とか言うな。泣けてくるから。
それが突然、めちゃくちゃ美人の、近づくことさえ許されないような学園の華に、公開プロポーズするって考えてみ? 保護者貴族や学生達に囲まれた中で。
うっ。想像だけで、精神も体重もすっごく削られる。
だから転生に気づいて以来、ずっと婚約破棄宣言を阻止しようとしてきたんだ。
ダリル殿にジュディ嬢を近づけないようにしようとしたりとか──。
ダリル殿とシンシア嬢の仲を取り持とうとか──。
他にもこう……裏からせっせと頑張ったつもりだったんだけどね。力及ばず。無念。
そして今日を迎えてしまった。
会場の中心で、耳目を集めて修羅場が繰り広げられている。
ほら見ろ、あのシンシア嬢の悲しそうな……。悲しそうな?
彼女は堂々とした態度で、毅然と言い返してる。
「あのですね。"婚約破棄する"、"はいわかりました"と簡単に済む話ではないでしょう、ダリル様。そもそもコレ、あなた様の一存ですよね? お父上の許可は? ああ、お尋ねするだけ無駄ですね。あればこんな馬鹿げた行い、なさるはずがありませんもの」
うん。手厳しいな、シンシア嬢。
僕が言われたら、すぐ謝っちゃいそう。
「なっ、なっ──」
対するダリル殿は顔を赤くして、言葉を詰まらせている。そして彼女を指差して、叫び出した。
逆上というやつだ。
「そういうところだぞ、シンシア! 貴様に男を立てる美徳も、可愛げもない。あげく、それらを備えたジュディをやっかみ虐めていた性根の悪さ。俺はもう耐えられない! 俺は俺の意志を貫く。我が人生に貴様は不要。俺はジュディと生きていくっ。父上だって、わかってくださるさ」
「ダリル様っっ」
言うだけ言って、ダリル殿とジュディ嬢は見つめ合い始める。
非道な悪役令嬢の障害に悩まされる、恋人たちの図。とでも言えば良いのだろうか。
悲劇に酔う二人に、シンシア嬢は冷めた目を向けている。
そしてきっぱりと言った。
「私は婚約破棄を認めません」
(んんっ、あっれ──???)
こういう話だったっけ? そういえば詳しく知らないな。
破棄は認めないらしい。そうか。それもそうだね。でもダメ男だよ、そいつ。
あああ、しかしその方が問題はないといえば、ないのか?
混乱する僕は、ちょっとシンシア嬢の立場を思い返してみる。
彼女は『公爵家の令嬢』ではある。だが公爵である父親は、すでに亡くなっているのだ。
シンシア嬢自身が、数週間後の成人の儀をもって、女公爵となる。クラム公爵家のトップにして唯一の跡継ぎ。
現在のクラム公爵位は空位というわけで、その地位は彼女の後見人が預かっている。
あ、ちょうどシンシア嬢が、諭すようにダリル殿に話してるね。
「我が家の事情はご存知のはずです。近々私は、爵位の継承が認められます。クラム公爵家は現在、伯父上がみてくださっていますが、ご多忙な伯父上にいつまでもご負担はかけられません。成人後は速やかに私が女公爵となり、共に領地を支えてくださる伴侶を必要としていました。そのためにあなたと婚約していたのです。今更"無し"は、無いでしょう」
「だからこそ、だ。このままでは愛のない結婚を強いられ、一生貴様の尻に敷かれる。そんな人生は耐えられん」
「お願いです、シンシア様! どうかもう、ダリル様を解放して差し上げて! 私が虐められたことは、水に流して差し上げますから!」
(何言ってるんだ、このふたりは)
貴族間の政略結婚をなんだと思ってるのか?
特にダリル殿。イヤなら最初から辞退してろよ。
そんでジュディ嬢。キミそれ、格上の公爵令嬢に言っていいセリフじゃないからね。
シンシア嬢が静かな声で、ジュディ嬢に返している。
「そもそも、その虐め、ということ自体、身に覚えがないのですが。公の場でいい加減な発言をすると、己が身に還って来ますよ?」
「──ヒッ」
ジュディ嬢が青ざめた顔で、ダリル殿の陰に隠れる。
庇うように前に出たダリル殿は、憎々しげにシンシア嬢を睨みつけた。
「ジュディを脅すつもりか?! そして虐めの事実を揉み消すつもりだな! 身分を笠に着てやりたい放題がすぎるぞ、シンシア!」
つい成り行きを見てしまってる僕の耳が、背後の囁きを拾う。
"シンシア嬢は、あんなに可憐なジュディ嬢を虐めていたのか? 酷いな。すっかり怯えてるじゃないか"。
"日頃よほど怖い目に遭わされていたのかな。婚約破棄されても、仕方ないんじゃ……"。
(……。あんな常識外れな発言を真に受けるなんて、どこの馬鹿だ)
胸のうちに、ムカムカと不快な気持ちが沸き上がる。
思わず声の方を見ると、相手はビクッと身を竦めた。若い男子生徒たちだ。
ジュディ嬢はさすがピンク髪の男爵令嬢。味方を作るのが上手いらしい。
婚約破棄阻止のため、僕は主要人物たちをたぶん、他よりも注意深く見てきた。
シンシア嬢は孤高で誤解されやすくはあるが、卑怯な虐めをする性格じゃない。
なのに、いつの間にか彼女に非があるようになっていく空気に、居心地の悪さを感じた。
(無関係な僕が不安なのに……。さすが公爵家を背負う人間は、凛として揺るがないな)
感心しながらシンシア嬢を見ると、微かに。
ほんの僅かだけど、彼女の片手が震え……、すぐにもう一方の手が、さり気ない仕草でそれを隠した。
(あっ……)
気丈に振る舞ってはいても、頼れる味方がいない場所で、ひとり戦う緊張。
それを見せるまいとする努力。
そんな彼女の内心を、見てしまった気がする。
(そりゃ……、心細いよな。だってまだ十代の少女だ)
ふいに、前世の妹を思い出した。
普段は虚勢を張っていた意地っ張りだったけど、本当はとても怖がりで──。
僕の出番なくていいんじゃ、と思い始めていたけど、ひとり頑張る女の子を捨ててはおけない。
なんせ長年、気になってた子だ。
(シンシア嬢に求婚する役どころだったけど、彼女が破棄を望まないなら、そっちで助けるべき?)
方針変更かと思案した途端、先ほどとは真逆の言葉が、シンシア嬢から発せられた。
「仕方ありません。こうまで敵意を向けられて、そんな相手を伴侶にするほど私も愚鈍ではありません。わかりました。貴方の言う"婚約破棄"を認めましょう。シェル侯爵家の有責で」
きっぱりと、シンシア嬢が言い切る。
途端に、ダリル殿とジュディ嬢がワッと喜びあった。
(後半の言葉はたぶん、聞いてないな)
シェル侯爵家の有責だ、とシンシア嬢は言ったんだが。
おそらく多額の慰謝料が発生する。
縁組に関する、シェル家の契約違反だ。
「残念です、ダリル様。あなた様の今後を思うとお気の毒ではありますが、ご自分で選ばれた道なので、頑張ってくださいませ」
「は? 何の事だ」
間の抜けた声を出すダリル殿の横で、ジュディ嬢が急にイキリ出す。
「なんですか、シンシア様! ダリル様にも、何かするおつもりなの!? いくら公爵令嬢でも、そんなの許されませんから」
「私が何かしなくても。果たして今後、ダリル様の居場所が侯爵家にありますでしょうか? 家は、ご長男が継がれるのでしょう」
「そ、う、だが?」
「ではあなた様は? ジュディ様の男爵家には、ご嫡男がいらっしゃいますよ」
はっとしたように、ダリル殿が固まる。
(嘘だろう、ダリル殿。まさか考えてなかったのか?)
クラム公爵家に婿入りした場合、女公爵の夫としての生活が保障されていた。
だが、その人生は自ら手放した。
シンシア嬢がなおも言葉を続ける。
「それに我が家からも、正式に抗議させていただきます。シェル侯爵は、勝手に婚約を破棄したあなた様を、そのまま家に置かれるかしら?」
「そ、それは、もちろん……。父上は息子に理解のある方だから……」
「この騒ぎは、伯父上のお耳にも入るでしょう。伯父上から、侯爵家へのお叱りもあるはずです。家同士のパワーバランス、今後の段取り、すべてをふいにしたわけですから。まさか私の伯父上が……、クラム公爵家の後見が、国王陛下だということ、お忘れではないですよね?」
ダリル殿から、ガーンという効果音が聞こえた気がした。
そうなのだ。シンシア嬢の伯父とは、僕の父。アバローニ国王だったりする。
つまり彼女とは、イトコ同士の間柄。
「よくて幽閉。もしくは除籍からの平民落ち。糧を得るために、力仕事などの労働に従事することになるかも。大丈夫、船乗りなど、稼ぎは良いそうですよ?」
港の屈強な男性たちは、ずいぶんと荒い。
貴族子息の扱いなど知らないから、乱暴するか、別の方向で可愛がるか。下手したら身ぎれいなうちに、どこかに売り飛ばされてしまう可能性もある。
僕と同じ想像を、ダリル殿もしたのだろう。青くなったダリル殿の隣から、ジュディ嬢が数歩、後ずさる。
「えっ、ダリル様、おうち追い出されちゃうの? うちは無理ですよ」
「ジュディ? ──っ! 誰が男爵家なんかの世話になるか」
「男爵家なんか? ひどいッ、ダリル様。"身分なんか関係なく、お前が大切だ"って言ってくださったくせに」
「お、お前こそ。俺の金と地位が目当てだったんだろう」
「そんな! 私はただ……、なんでも任せておけって言うから……。ちょっといろいろ買って貰ったり、庇っていただいただけで……」
ジュディ嬢がその瞳に、涙を浮かべ始める。お得意のお家芸だ。
ダリル殿が苦々しく舌打ちした。
「ちっ。おいシンシア。貴様の目論見通りだ! 喜べ、婚約破棄を取り消してやる。俺を婿にするといい」
(うぉ──い???)
あまりに虫の良い、そんなダリル殿の言葉に思わず仰け反りそうになる。
「お断りです」
シンシア嬢が即座に拒絶した。ほっ。
(だよな? 元鞘も円満解決かもしんないけど、こんな反省も謝罪もない男、受け入れようとしたら逆に止めるよ)
「なにっ!?」
(いや、意外でもなんでもないから。そこで何で驚くかな)
「あなたはもう要りません。婚約破棄は成立しました。私がクラム家の総意ですから。大体、私に対して敵意を抱いてるような方と、一緒に過ごせるものですか。いつ寝首をかかれることか。恐ろしい」
「きっ……さま……! 後悔するぞ! 大体今夜のことで、貴様の悪辣さは貴族間に知れ渡った! 俺以外の誰が、お前なんかと結婚するというんだ!」
「悪辣、とは何のことです」
「ジュディを虐め倒したこと。それに大勢の前で、男をやり込めようとする、卑劣さだ!」
大勢の前で、婚約破棄を始めたのは誰だったのか。
(あーあーあー、このまま出番がなければいいと思ってたのに)
ダリル殿がクズ過ぎて、これ以上、シンシア嬢に不要な傷を負わせたくない。
"彼女は強い。だから平気だろう"。そう判断出来るかもしれない。
だけどいくら強くても。不当に貶められると疲弊する。
瑕疵のない彼女が、晒し者にされる謂れもないはずだ。
余計なお世話かも知れないけど。
僕は見てしまった。何度も自分を奮い立たせようと、手に力を込めているシンシア嬢を。
「さすがに……、割って入っても良いだろうか」
そう言いながら騒ぎの場に歩んだ僕に、たくさんの視線が注がれた。
シンシア嬢がすっと脇に避け、下げる頭に軽く手をあげて返す。
出ちゃったからには。
"ヒーロー"だとか、そんなことは関係なく、僕は僕に出来ることをしようと思う。
(大丈夫。いまの僕は王族だ。よほど大ゴケしない限り、何とかなる!)
落ち着いた声を出すよう努めながら、一言一言つないでいく。
「一部始終見させてもらったが。先ほどから何度も出ている"虐め"とやら。シンシア嬢は、身に覚えがないといっていた。ジュディ嬢は具体的に、どんな被害に遭ったというんだ」
「きゃっ。エリオット様っ」
途端にジュディ嬢の声音が変わるが、気にしない。
「聞いてくださいまし、エリオット様ぁぁ。私、学園でシンシア様に酷い目に遭わされたのです。連絡なく教室移動で放置されたり、持ち物を隠されたり、食堂で足を掛けられて転んだり。極めつけは階段から突き落とされかけたんですよ」
「…………証拠は?」
「私が階段から落ちそうになった時、シンシア様の後ろ姿を見ました」
「なるほど? 言い分は分かったけど、それでシンシア嬢を犯人だと決めつけるのは早計だし、また、言いふらすのは感心しない。冤罪だった場合、一方的な名誉棄損になるよ」
「そんな! 間違いありません!」
「そうか。ではそれを教師に相談は?」
「え、っ。してません。そんな大事にはしたくなくて……。皆様にご迷惑をお掛けするから」
急に戸惑うジュディ嬢だが、すでに大事すぎるほど大事になっている。
「で、ダリル殿に相談したと。ところでジュディ嬢、学園には映像を記録する装置が設置されてること、知ってるかな」
「映像を、記録?」
「うん、そう。貴族子女が通う学園だからね。警備体制も万全だし、万一に備え、各所に魔道具が置かれている。映像記録装置も、その一環だ」
「へえ! そんなのがあるんですね?」
感心したような、のんきな声があがる。
「あるんだよ。僕が作って、取り入れて貰った。入学時に説明があっただろう? 教師に相談していれば、すぐに検証してくれていたはずだ」
そうなのだ。前世の概念をこっちに持ち込んだ結果、こういうのあるといいよなぁと思うものは、片っ端から研究開発していった。"ザ・王子"の富と権力で、そのための機関も設立したし、自分でもいくつか発明した。
魔力がある世界が物珍しくて、解析してるうちに映像の記録まで出来たんだから、ご都合主義が素晴らしい。たぶんチートというやつだ。転生モノの醍醐味だね!
──まあ夢中になって、やり過ぎた感は否めないけど。
ところでジュディ嬢は、いまの意味に気づいたかな。
「説明なんてあったかなぁ」なんて、首をかしげてる彼女に、僕は淡々と告げた。
「つまりキミの周囲で起こった事件も、すべて記録されている。どうかな、今この場で確認することも可能だよ。装置導入の責任者として、僕は端末も権限も持っているから」
「えっ」
「パーティーを中断するのも心苦しいけど、この騒ぎでもう中断されてるし。皆も気になっているだろうから、真実をつまびらかにするのは有りだろう。キミやシンシア嬢のためだ。良いね?」
「……あっ……」
"嫌"は言わせない。そう誘導した。
「少し照明を借りるよ」
会場の人間に聞こえるように呼びかけ、装身具から操作して、演出用の照明装置にアクセスする。
途端に再現映像が天井に結ばれた。
空間に浮かぶ、学園生活の日常。くだんのジュディ嬢の記録は、あっさりと見つかった。
そして明らかになる事件のあれこれ──。
教室移動は彼女が話を聞いていなかっただけだし、食堂も勝手に転んだ。持ち物や階段に至っては、シンシア嬢のいない場所で自作自演。
「虐めは見受けられない。どうやら全部、キミの勘違いのようだけど?」
記録を見終えた後、問いかけると。
真っ赤になったジュディ嬢が俯いて「あ、」とも「う、」とも声にならない呟きを漏らしている。
かと思うと、がばっと顔をあげて、明るく言い放った。
「ごめんなさーい、シンシア様ぁ。ジュディ誤解してましたぁ」
テヘペロ、じゃないよ。それで済むわけないだろう。
見ろ、シンシア嬢の絶対零度な雰囲気を。
この後求婚する僕の身にもなってみろ。いや無理だ。今日はもう、このあたりでいいんじゃないかな。これで勘弁してほしい。
「よく確かめもせず卒業生たちの記念すべき場で騒ぎを大きくしたこと、しっかり絞られると良い。もし"勘違い"ではなく"悪意"が確認された場合は、然るべき処分が待っているから、自分の身で責任をとるように」
「へあっ?」
実は嘘を見抜く魔道具もある。多分クロになるだろう。
「そしてダリル・シェル侯爵令息。キミの責任はもっと重い。高位貴族である以上、己のしたことはわかっているね?」
「そ、んな……。そんなつもりじゃなかったんです、エリオット殿下。どうぞ父や陛下にお執り成しを──」
「執り成しなら、キミが傷つけたシンシア嬢に頼むべきだろう」
僕の言葉に、ダリル殿がシンシア嬢を見る。
「! シ、シンシア。頼む、軽い冗談だって分かってるだろ? 笑って許せてこそ、度量の広い女だぞ」
「狭くて結構です。笑って許すなど、ありえませんから」
「く! このアバズレめ! 氷のように冷たい貴様を、愛する男は誰もいない! この先も独り寂しく生きていけばいいっ」
「そうだろうか。シンシア嬢の魅力は留まるところを知らず、いつだって輝いている。僕もこの後、彼女の夫候補に名乗り出る予定だけど、果たして相手にして貰えるかどうか。──競争相手が、多そうだろう?」
「「「!!」」」
はっ。つい王子様ムーブのまま、ポロリと予定が口に出た。
周りの人たちが、息を飲んだのが伝わって来て、思わず焦る。
そんな僕の動揺を、ジュディ嬢の高い声が遮った。
「エリオット様には、もっと相応しい相手がいますわ! 例えば愛らしくて従順な、私みたいな──」
「殿下はシンシアに騙されているんです! 外面だけはいいヤツなんで!」
外面が良かったら、こんな窮地に立たされてないだろ。
不器用だから、孤立無援で奮闘したんだ、シンシア嬢は。
「いい加減、聞き苦しい! 警備兵。ダリル殿とジュディ嬢が退場だ。ふたりにはパーティーを台無しにした責任も問いたいから、案内する場所を間違えないように」
さすがに苛立って兵を呼んだら、めっちゃ速やかに元凶ふたりを連れ去ってくれた。
これで心の平安が──。
「あの……、エリオット殿下……。助けてくださり有難うございました」
戻って来なかったぁぁぁ──! シンシア嬢がいたんだった!(そりゃそうだ)
「ああっ、いや、こちらこそ、差し出がましいことをしてしまって」
「いいえ。すごく心強くて、とても救われました」
「そ、それは良かった。あっ、えと、さっきの言葉は、その」
狼狽えてどう言い訳しようかと慌てる僕に、シンシア嬢が寂しげに頷く。
「わかっております。彼らを懲らしめるため、おっしゃってくださったのでしょう。でなければ、殿下が私の夫候補になってくださるなんてこと──」
「あっ、いや、あれは本気で──」
(っつつつ、しまったぁぁぁぁぁぁぁ!!)
うわぁ、これ絶対、引かれちゃうよ。"便乗して何言ってんだコイツ"って軽蔑される流れ……だ。あれ?
シンシア嬢が、見たことないくらい真っ赤だ。
髪につけた赤い薔薇よりも。身にまとう赤いドレスよりも。
顔はもちろん、細い首筋、滑らかなデコルテから形の良い耳まで。
全身が淡い赤に染まった彼女は、どんな花よりも美しくて。
僕は一瞬、我を忘れそうになった。
そうだよ、白状するよ! 他人の体で、うだうだゴネてたけど。
僕は昔から、シンシア嬢に惹かれていた。
物語とか関係なしに、純粋に好きで。"高嶺の花"だと焦がれて来た。
だから彼女が悲しい思いをしなくて済むよう、婚約破棄だって阻止したかったんだ。
でもダリル殿の様子を見てると、彼と結ばれた後、幸せになれる要素はなさそうだった。
僕は覚悟を決めて、彼女を見つめる。
「シンシア嬢さえ迷惑でなければ。正式に求婚させて貰っても良いだろうか。僕は次男だし、陛下もお許しくださると思う。ずっとキミを見ていた。呆れられるかもしれないけど、キミのことで心の中がいっぱいだった」
「嬉しい、です……。私がイトコのお兄様に、エリオット殿下に憧れてたこと、お気づきでしたか? でも殿下はいずれ、公爵位と家系を授かるお方だから……」
王家の男子は後継者以外、いち家系を授かり、臣籍降下するのが倣い。彼女はそれを考慮したという。
(え?! 憧れてた?? 知らない、知らない、気付くわけない!)
ヘタレの鈍さを舐めないで欲しい。
そんな大騒ぎな心を隠して、表の僕は彼女を口説く。
「僕が賜る領地を調整して貰えば、クラム公爵家が大きくなり過ぎることはない。家格の釣り合う次男ということでダリル殿が選ばれたなら、僕にもチャンスを与えて欲しい」
「はい。はい殿下。お申し込みを、喜んでお待ち申し上げております」
春の女神が降臨した。
シンシア嬢の満開の笑顔に、ワアアアアッ、と会場中が歓声で沸き上がる。
あちこちから、"情熱的だー"という叫びや、"王国一の天才がプロポーズしたんじゃ、勝ち目がないだろ"という嘆きまで、たくさんの声が弾け散った。
(ああっ、場所! すっかり忘れてた!)
シンシア嬢しか目に入ってなかったけど。パーティー会場のド真ん中だった。
どうやら僕は、物語のヒーローのように、公開プロポーズをやっちゃったらしい。
おずおずとエスコートに差し出した手に、シンシア嬢の繊手が触れる。
(どうしよう。天使に触れられて、このまま昇天しちゃいそうだ)
だけど今生こそは、幸せに長生きしたい。周りに人が多い分、寝食忘れて、研究に没頭する危険も少ないだろうから。
何より隣のこの笑顔を、守り続けるために。
前世の妹よ。兄ちゃんはヒーロー頑張ったぞ!
愛する人がいれば、人は誰だってヒーローになれるんだと、僕はひとつ学んだのだった。
お読みいただき有難うございました!
こちら柴野いずみ様の主催の「ヘタレヒーロー企画」参加作品となります。
今日、締切日ーっ。ギリギリー。
旧作で参加しようと思ったら、ジャンルが参加条件外だったのです。あわわわ。
実はこの作品を書くにあたり、最初にシンシア視点(1日遅れで公開中)で書いてから、エリオット視点で書き換えました。なので、シンシア側から見た、イケメンなエリオットもあります(笑) 普通にテンプレなやつです!(笑) 「短編 婚約破棄を認めて差し上げるわ ~淑女を辞めたら、幸せが訪れました」https://ncode.syosetu.com/n2349jp/良かったら両面から見てやってくださいヾ(*´∀`*)ノ
クラム、二枚貝。アバローニ、あわび。シェル、貝殻でした。ごめ…、名前思いつかんかったん…。
お話を楽しんでいただけましたら、下の☆を★に塗って応援くださーい。よろしくお願いします。 ( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )⁾⁾ペコリ