恋愛結婚という概念のない国で、真実の愛に目覚めた侯爵令息に婚約破棄をすると言われました
この作品は、武 頼庵(藤谷 K介)様主催『if物語企画』及び
柴野いずみ様主催の「ざまぁ企画」参加作品です。
誤字報告ありがとうございました。
「アリス・キャンベル、貴様との婚約を破棄し、マーシャ・ドリスとの婚約をここに宣言する」
ここ、王立魔法学園の創立記念パーティーにて、声高らかに宣言したのは、アリス・キャンベル侯爵令嬢の婚約者、ザラン・バイデル侯爵令息である。
「理由をお伺いしても?」
「フン!知れたこと。貴様と婚姻するより、真実の愛で結ばれたマーシャと婚姻する方が我が家の利益になるからだ」
「真実の愛...ですか、するとバイデル侯爵令息は今まで不貞をしていた、ということでしょうか?」
「不貞ではない!真実の愛だ!!」
ザランは唾を飛ばしながら怒鳴る。
「はぁ。それではバイデル侯爵家の利とは何でしょう」
「察しが悪すぎるな、だから貴様は婚約破棄されるのだ。我がバイデル侯爵領にはミスリル鉱山がある。そして、マーシャの実家であるドリス子爵家が経営しているドリス商会は国内最大手の商会だ、貴様の加工業や魔道具開発などよりよほど利益になるからだ!そんな事もわからんのか!」
言いたい放題である。
「婚約破棄は了承致しました。しかし、婚姻に関することは両家の合意と貴族院の承認が必要、また婚約破棄となれば貴族裁判にて判断を仰ぎましょう」
「なっ!貴族裁判だと!」
ザランは貴族裁判と聞いて焦った。そこまで事を大きくするつもりはなかったのである。
「はい、婚約破棄となると慰謝料などの話もありますし、ここにいる皆様が証人ですので、今更撤回も出来ません。なので裁判となりますね、そうなると公平性を保つために私とバイデル侯爵子息、ドリス子爵令嬢はこのまま裁判まで拘束される事となります。しばらく家に帰れませんのでそのおつもりで」
「な、なんだとぉぉ」
そして、3人は学園の騎士に拘束され、軟禁場所へと連行された。
学園長はこの事態をすぐに3人の実家に報告した。
キャンベル侯爵は司法省の捜査員による調査を依頼、今回の原因を追求するつもりである。
ちなみに王立魔法学園の創立記念日は真夏である。
それには、建国時の国の状況と関係がある。
もともと春に行われていた建国祭であったが、その当時は国内が荒れていた。
その時に騎士団と、魔法師団が協力して、内乱を抑えたのが夏だったのである。
そのため、その年の建国祭は真夏に行われた。
同時期に魔法師団長は、魔法学園を設立した。
その後は、建国祭は元々行われていた春に、魔法学園の創立記念の行事は夏に行われている。
この事から、魔法学園の創立記念日は、第2の建国祭の日ともいえるのだ。
そういった背景もあって、創立記念には軍の関係者や、文官、司法省、財務局の人達も参加していた。
その者達は、この大切なパーティーを個人的な理由で台無しにしたバイデル侯爵令息に、怒りを募らせていたのだった。
◆
アリスのキャンベル侯爵家とザランのバイデル侯爵家の婚姻はもちろん政略的なものであるが、それは当然である。
何故なら。
この国には恋愛結婚という概念がないからである。
キャンベル侯爵家は金属などの加工業が盛んで、今回の婚姻は、バイデル侯爵家のミスリルを使った魔道具の開発事業を新たに新設するための政略的なものである。
今回ザランの一方的な婚約破棄宣言であったが、通常であれば、両家当主によってなされるものであるが、創立記念パーティーでの宣言により、目撃者(証人)が多数であり、事実上決定したも同然である。
しかし、アリスの言う通り、婚約破棄となれば有責側の処分を決定するため貴族院にて貴族裁判となる。
(婚約解消であれば、貴族家同士で話し合い、決まれば貴族院に届けて承認を得るだけで済む)
ザランがこのような暴挙に出たのには理由がある。
それは最近流行している恋愛小説である。
真実の愛に目覚めた二人がお互いの婚約を破棄して幸せになる、というものである。
恋愛結婚という概念のないこの国ではそういった新しい感覚を好んだファンにより、たちまちベストセラーとなった。
ザランはもともとアリスとの婚姻をよく思っていなかった。
美人ではあるが、婚約時の顔合わせでは終始無表情で笑顔の一つもない。
見下されているようにも感じる。
バイデル侯爵家にはミスリル鉱山がある。
金属加工や開発なんかよりはるかに価値がある家格なのだ。
それに比べてマーシャはいい。
子爵家だが国内最大手の商会長の娘だ。
愛想もいい。俺のような身分の人間にはマーシャが相応しい。
それこそが真実の愛だ。
真実の愛は何よりも優先される。
ミスリルをマーシャの商会で売れば、直ぐに大金が手に入る。完璧だ。
マーシャこそ俺の婚約者に相応しい。
真実の愛で婚約破棄をしたという話を聞いて、ますますその思いは強くなっていった。
しかし、それはフィクションであって、あくまで想像による架空の物語に過ぎないのである。
今回の事はこれを真に受けたザランとマーシャによる暴走なのであった。
◆
貴族院にて裁判を執り行う日となった。
「それでは開廷する」
裁判長の宣言により裁判が始まった。
参加者は当事者3名とキャンベル侯爵、バイデル侯爵、ドリス子爵である。
バイデル侯爵とドリス子爵は青い顔をしている。原告側なのであるが。
「原告側」
裁判と言っても法律を犯したわけではないので、検察官や弁護士が居るわけではないし、原告、被告というのも要求する側とされる側という立場上のものだ。
あくまでバイデル侯爵令息とドリス子爵令嬢の婚約のためにキャンベル侯爵令嬢との有責婚約破棄を認めてもらう、というものだ。当然それに伴う慰謝料や損害賠償なども審議される。
平民の場合は当事者同士で行うのであるが、貴族家のため、貴族院が執り行う。
(貴族の婚姻や離縁に関する事は貴族院が承認し、国王陛下の許可が必要なためである)
裁判の進行役が今回の審議理由を述べる。
「はい、本審議は原告のバイデル侯爵令息とドリス子爵令嬢としては、真実の愛によって結ばれたバイデル侯爵令息とドリス子爵令嬢との婚約をするために、被告側であるキャンベル侯爵令嬢の有責による婚約破棄を要求するものです。また、この婚約にはそれに値する利があるとの事です」
「原告バイデル侯爵令息、ドリス子爵令嬢、この要求に相違ないな。発言を認める」
「はい、俺たちは真実の愛で愛し合っています。それに我が家のミスリルをドリス商会で販売すれば魔道具の開発より多大な利益になります。そのための婚約破棄です」
「はい、その通りです」
裁判長は深くため息をついた。
「真実の愛とやらはさておき、なぜミスリルの販売が魔道具開発より利益となるのだ?」
「開発というのは、まだ出来るかどうかわからない、ということですよね、でも商会ならすぐにミスリルを販売する事が出来ます」
ザランは胸を張って発言した。
「ミスリルをどうやって売るのだ?」
裁判長は呆れているが、これは公式裁判なので、手順は必要である。
「そ、それはドリス商会が」
「ミスリルといえど加工したり魔道具にしないとただの石だぞ、そのようなものが売れると思うのか?」
「え?」
ザランは最大手のドリス商会なら何とか出来る、という馬鹿な考えをしていたのだ。
「だから、ただのミスリルの原石が直ぐに売れるのか、と聞いておる」
「そ、それはドリス商会ならどうとでもなるはずです」
裁判長はドリス子爵に発言を許可した。
「それで、ドリス商会はそのような事が可能なのか?」
「い、いえ加工品ならともかく、原石となれば販売はまず不可能でしょう。それに仮に販売先があったとしても利益を出すことも出来ないでしょう」
「え、おい!マーシャ!お前はドリス商会なら大丈夫と言ったな!騙したのか?!!」
「え、あ...」
ザランが怒鳴り散らした。
「バイデル侯爵令息、審議中である。静粛にせよ」
「え、あ、はい申し訳ありません」
全くの予想外の展開に混乱するザランであった。
「裁判長、発言の許可をお願いします」
キャンベル侯爵が申し出た。
「許可する」
「今回の計画はバイデル侯爵のミスリル鉱山で採れた鉱石を、私の工場にて精錬加工し、それを魔道具に使用するために開発部門を設立し、開発の完成後、販売へと移行する事業計画です。その関係強化のための婚姻です。既に開発者や研究所の建設も始まっております。婚約を破棄されるなら、その損害賠償をバイデル侯爵とドリス子爵に請求します」
バイデル侯爵とドリス子爵は今にも倒れそうだ。そんな事はとっくに分かっていたからである。
キャンベル侯爵の発言は続く。
「それで、私の方の有責との事ですが、何か根拠があるのですか?バイデル侯爵令息」
「そ、それは真実の愛の方が正しいからです」
はぁ。キャンベル侯爵はため息をついた。
いくら恋愛結婚の概念が無いと言っても、婚約者が居るなら、婚約者以外の異性と何をしてもいい、ということではない。婚約者としての義務というものがあるからだ。
「裁判長、ここに司法省の捜査員が調査した、私の娘アリスとのここ半年の婚約期間のバイデル侯爵令息の行動の調査報告書がありますので報告の許可をお願いします」
「許可する」
「バイデル侯爵令息はアリスとの婚約期間、一度も夜会のエスコートやプレゼント、デートすら行っておりません。そして、逆にそれらをドリス子爵令嬢に行い、そのための支払い済の婚約費用を使用しております。これは横領であり、婚約者の義務を果たしていないどころか、婚約者に対して行うべき事をドリス子爵令嬢にしています。これはまぎれもなく不貞行為です。真実の愛とやらがこの横領と不貞を覆すものでなければ、こちらからバイデル侯爵令息の有責による婚約破棄を申し立てます」
「そ、そんなの真実の愛の方が正しいに決まってるだろ!」
「だから、婚約者の義務を果たさずそれを他のご令嬢とした事と横領した事が正しいと証明しろ!と言ってるのだ!こちらは司法省の捜査員の報告書で証拠を提示しているのだぞ!」
キャンベル侯爵もそろそろ爆発しそうだ。
「裁判長、バイデル侯爵令息では話になりません。原告側であるバイデル侯爵とドリス子爵の発言を求めます」
「許可する」
「それで、どう説明するおつもりですかな、バイデル侯爵、ドリス子爵」
「め、面目次第もございません」
「は、はい申し訳ありません」
「それではバイデル侯爵令息の不貞と横領を認める、という事でいいですね」
バイデル侯爵とドリス子爵はその場に崩れおちた。
「おい!アリス!助けろ!」
思わず怒鳴ったが全員の冷たい視線を感じたザランもさすがにヤバいと思ったのか言い直した。
「アリス、頼む、助けてくれぇ!」
裁判中なら法廷侮辱罪となるのだが、もう裁判は終了し、敗訴が確実な側が取り乱す事はよくあることである。
こってり絞られて落ち着くまで投獄される事にはなるが。
ザランとマーシャはまだ何かお互いで騒いでいたが騎士に連行されて行った。
◆
数日後、判決が言い渡された。
当然ながら原告側の訴えは棄却、バイデル侯爵側有責による婚約破棄となり、バイデル侯爵とドリス子爵に慰謝料と損害賠償金をキャンベル侯爵に支払いを命ずる判決が言い渡された。
アリスがあの場所で裁判の事を言い出したのは、ザランとマーシャを拘束させるためだ。
一度家に話を持ち帰る暇を与えたら、勝ち目のない裁判なので、バイデル侯爵やドリス子爵が裁判の中止を画策し、自分達の保身の為に何をするか分からなかったからである。
キャンベル侯爵の魔道具開発は国家事業計画であり、損害賠償金は侯爵家と子爵家の全財産をもってしても支払えるものではなかった。
結局、ミスリル鉱山の権利、ドリス商会の経営権をキャンベル侯爵に譲渡するしかなかった。そうすると両家共慰謝料を支払う為には財産と爵位を手放すしかない。
元々この婚姻はキャンベル侯爵は反対だったのである。
それは、希少なミスリルを盾に明らかに悪い条件を提示してくるバイデル侯爵の態度が気に入らなかったのである。
国家事業計画なのだから普通は協力的であるはずなのにだ。
その息子にしてもとても頭のいい青年とは思えなかった。
婚姻後、娘が苦労することは目に見えて分かっていた。
しかし、ミスリルの確保は必須だ。バイデル侯爵も分かって条件を悪くしているのである。
とはいえこの国の婚姻とはそういうものである。
結婚というのは、政略的なものである。
アリスも分かっているので何も言わない。
なので、真実の愛とやらの話が出てきた時には、キャンベル侯爵も笑いが止まらなかった。
この国では愛とか好き嫌いだけで婚姻を結ぶことはない。そういった仕組みも法律も無いのだ。
今までの娘からの話からバイデル侯爵令息の不貞は間違いない。
司法省の捜査員の調査も直ぐに終わり、確実な証拠も手にしたのである。
しかし、このままバイデル侯爵家とドリス子爵家を潰してもあまりキャンベル侯爵家にはメリットがなく、慰謝料すら満足に支払われずに終わってしまう。
そこで、バイデル侯爵には子爵への降格とミスリル鉱山の鉱石の採掘、ドリス子爵には男爵への降格とドリス商会の運営の手伝いを命じた。
ドリス商会はキャンベル商会と名称を変更し、アリスを商会長に任命した。
これで、ミスリルも魔道具の販売もすべてがキャンベル侯爵家のものとなったのである。
ザランとマーシャは既に今回の事で勘当され、平民となっている。
婚約するなどと言っていたが、もう実家を勘当されているし、そうでなかったとしても二人の婚姻に意味はない。
何度も言うが恋愛結婚という概念がないのである。
この国ではあくまで婚姻とは家と家の結びつきなのだ。
それは平民でも変わらない。
親のいない子供には必ず養子縁組が成立出来るような制度が整っている。
しかし、親から勘当された者まで面倒を見るほど世の中は甘くない。
その後の二人がどうなったかは分からない。
家がない者にまともな仕事があるわけがない。
この国では結婚していない男女が同じ家に住むことは犯罪なのである。
バイデル子爵もドリス男爵も、これからキャンベル侯爵のために馬車馬のように働かなければならないのだ。
勘当した子供の事など考える余裕も無いであろう。
アリスには、また縁談の話もあるだろう。キャンベル侯爵家はより大きく強くなった。
実はアリスには密かに想いを寄せている人が居る。
小さな頃からずっと。
自分の想いに気づいた特には少し動揺したが、その大切な想いは心の中の宝箱に大事に入れて、蓋を閉じた。
だから結婚したいとは思わなかった。
その人の家とは婚姻を結ぶ理由がないからだ。
もし、恋愛結婚という概念があったら、歩み寄って結ばれていたかも知れない。
でも、タラレバの話をしても、意味がない。
ザランとの婚約の時もそういうものだと何も感じなかった。
魔道具の開発にはミスリルが必要だから婚約した。それだけだ。
そして、ザランとの婚約を破棄したが、特に思う事は無かった。
ミスリルが手に入ったので良かったと思っただけだ。
キャンベル商会の商会長に任命された。
これからは、その商会を頑張るだけだ。
この国では好きだからという理由で婚姻を結ぶことはない。
アリスは今日も密かにその人を想い続ける。
この想いが届くこともないだろう。
今後もこの想いが叶うこともないだろう。
心の中の宝石箱に入れてある大切な想い。
大事に仕舞っておこう。
アリスはずっと想い続けるだろう...いつまでも。
この国には恋愛結婚という概念がない。
でも、真実の愛というのはあるのかもしれない。
物語という小説の本の中だけではなく。
アリスの心の中に...きっと。
おわり
最後までお読みいただき、ありがとうございました。