【人狼】4 38/39
「やぁモガ、ボキの料理はどうだったかナ?」
モガがゴチソウさんとつぶやくのを聞きつけたユブウは、やって来るなりスマートになった胸板を張る。
「それじゃあいい加減、ボキがユブウだって認めるナ?」
「ああ。まぁな。それより気になったんだが……」
完食した皿を差し出して尋ねる。
「以前まで食べていたヤツとは一味チガウな」
気に入らなかったわけではない。ただクレバスにいた頃の冷製料理とは何かが違っていた。
「オレは味の区別が付かない。だが、ボディのパフォーマンスが向上しているのがわかる」
「いわゆる隠し味のつもりだったけど、さすがモガ。そこに気づいちゃったんだナ」
ボキの料理が発展できたのは、モガのおかげなんダナ。
そう言い残すと、洗ってくれるつもりなのだろう、食べ終えた皿を川へ運んでいく。
「でも、起きたばかりのモガに『チミのおかげ』、なんて急に言われてわかるはずもないんだナ?」
「ああ。ココロ当たりはないな」
「気になるならついて来いナ。お皿かたしたらモガにイイモノ見せてあげるんだナ~」
川の水で皿を洗って(結局、モガが自分で洗った)から、ユブウのあとをついていった。やがてユブウがカマクラのうちの一つに入るので、モガもそれに続く。
「ココは……調理場に使っているカマクラか」
内側はこうなっていたのか。
中は存外寒くないな。
それがはじめてカマクラを体験した感想だった。
「いいよね、かまくら。外は暑いくらいだけど、中はクレバスの環境と似てるから、キンッキンの冷製料理も難しくないんだナ」
調理場に戻ったのは皿を帰すためだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
ユブウが調味料の並びに手を伸ばした。宿民から分けてもらったであろうそれらの中に一つ、ゴロンとした異物が置いてある。
「これだよ、これ。平原に下りてからずっと、ボキは作り終えた料理に一つまみだけまぶすことにしてるんだナ」
ユブウが取り上げたそれは人型の頭部ほどで、地面に落ちていれば岩か何かと見間違えそうな塊だった。
とても食べられそうにないが。
岩の表面をよく観察する。すると、みずみずしい光沢が見て取れた。
「氷……いや、雪か?」
「残念、正解は岩塩だナ」
岩塩と聞いてモガは思い出す。クレバスにたどり着く以前、÷《ディバイド》で砕いたイワダルマ・アニマの中からもルビーのような岩塩が見つかったのを。
「アーチは宝石と間違えていたアレか。だがコレは違うだろう。岩塩ではない。色がチガウ」
「ノン。特別製なんだナ~、この子は。料理人界隈では雪塩なんて呼ばれているレアモノだナ」
「ユキシオ……」
「モガがやっつけてくれたユキダルマ・アニマから採れた一品なんだナ」
だからモガのおかげなんだナ。
「宿民さんたちの助けもあって、下山は無事に成功。でも、そのあとも結構大変だったんだナ。
“王牙”が雪を作り始めるまで、みんな暑さに負けないように堪えてたんだナ。ボキも苦しくてしょうがなくて、朦朧としながら料理を作ってたら、この雪塩がだんだん大好きな果物に見えてきて……我慢できなかった、ついにかじりついちゃったんだナ」
環境の落差は、オウカが一人で背負い、危惧していた問題だった。それと奇妙な調味料が一体どう関わっているというのか。
(というかコイツ、あの非常時にわざわざ食いモノの回収なんてしていたのか。オレはこのユキシオとやらは適当なバショへ放り棄てたハズなんだが……)
「一舐めしたら驚く事に、雪塩のおかげで苦しさが和らいだんだナ! ぶっちゃけ食い意地に従っただけの発想なんだけどナ、雪塩を使った料理をみんなに振る舞ってたら、み~んな体調が目に見えて良くなったんだナ!」
|モガが勝ち取ってくれた雪塩が、環境適応を助けたんだナ。
そう言われてはむずがゆさを隠すようにして、モガは調理場をあとにした。
モガには料理の他にも確認しておきたいものがあった。雪塩入り冷製料理の効能を感じながら、もう少し雪の積もる平原を散策する。
「ユブウが言っていた“王牙”……これがそうか」
雪原地帯の中心に差し掛かった頃、モガはそれを見つけた。
「この辺り一帯、異常な冷気に包まれている。このキバの影響だとしたら、つくづく不可思議なチカラを持ったアニマもいたものだな」
モガの胴体を易々と貫いてしまいそうな氷牙が雪原の中心に屹立していた。
元は草原だった辺り一帯を雪原に変えるほどの冷気を発生させ、雪山の環境を再現することで、平温にさえ脅かされてしまう銀雪民たちを守っている風だ。
「アニマのキバから発生している冷気か。コレのおかげで助かっているのは間違いないだろうが、また妙なモノを見繕ったものだな」
「銀雪民から王牙と呼ばれとるヤツぢゃな」
王牙の前にして語り始めるチョオローと、モガの肩が並ぶ。
「こんな中心まで踏み込んでサムくないのか?」
「なに、ちょいと自慢したくのうてな」
チョオローは白い息をほぅと吐きながら、思い出す様に言葉を舞わせる。
「このバカでっかい王牙を抱えてな、よくあの雪道をせっせと下ったもんぢゃ、この老体のワシがぢゃぞ? そりゃもうどうやって平原まで帰って来たのか思い出せんほどの必死で必死で……」
思い出せない、と聞いた時にふとе№℃のことが頭に浮かんだ。
「このキバを調達するよう指示を出したのはダレだ?」
「? なんぢゃあ藪から棒に……ロクぢゃよ」
「ロクか。わかった。行ってくる」
運んだときの事は記憶に無く、しかしロクが指揮を執った事は覚えている、か。
ちょうどいい、ロクの様子も見に行きたかったところだ。
「あの子はすごいのぉ、未来を見通すチカラぢゃと言われても驚かんわい。なんせロクは王牙の他にも次々と予言を的中させおって……あっ、コラァー! 人の話は最後まで聞かんかい!」
足を止めて振り返ると、チョオローの手に予想外なモノが握られていた。
モガがチョオローの手のひら一点に視線を注ぐ。
「チョオロー、それをドコで」
驚くままに声が出る。
チョオローが手にする、その武装はまさか。
「サイガの武装……テミスエスパーダ」
「んぢゃ。必ずヌシの助けになるから拾って来てとロクにお願いされて、ワシゃあ一肌脱いだんぢゃ」
不敵に光る真鍮の剣……だが、刃部分が丸ごと無くなっている。
チョオローは柄だけとなったテミスエスパーダをモガに握らせた。
「てみすえすぱあだ、ちゅうんぢゃろ? コレをヌシに渡すようあの子に頼まれてのぅ……およ?」
「? どうした」
「いや、大したことぢゃないでな。ワシとしたことが、誰に頼まれたのか失念してしまったわい。ロクぢゃなかったことはたしかなんぢゃが……うぅむ。ワシもクナシのようになってしまうんぢゃろか……」
とにかく、そのイカツい剣はヌシに任せたぞい。そう言い残すや、チョオローは凍えたのだろう足早に雪原地帯から去っていった。
「刃の抜けた剣なんぞ託して、オレにどうしろっていうんだ……まったく」
記憶の欠損をブツブツと嘆くチョオローの後ろ姿に、モガはごちった。
土手から平原、二集落の境目に位置する食事場所を越えて、雪原地帯に差し掛かり、中心地に王牙。
そして王牙さえ通り過ぎて、モガは雪原の果てまで歩いた。
たどり着いた果てに、目的のギアニックが佇んでいる。
「ココにいるんじゃないかと思っていた」
「……あ、モガにぃ」
「チョオローはそそくさと草原に帰っていった。オマエは寒くないのか? こんな離れに一人でいて」
背が低いロクの足首は完全に雪に埋もれていて、見ているこちらが凍えてしまいそうだ。
そうまでして、なぜロクが雪原の果てに足を運んだのか。
「いや、一人ではなかったな」
モガはロクから視線を上げる。
自分より背の高い大人の女性ギアニックと目が合った。
「ユスか。
………………氷像のままだな」
「うん、でも、へいき」
クレバスではじめて会ったときと何一つ変わらない姿で、ユスはモガの前に現れた。
それを無事ととるべきか、変えられなかったと悔やむべきか。
固まったままの氷像を目にすれば、ロクに何を言うべき事は一つだった。
「五日後に目を覚ます、だったか。訊きたいことはたくさんあるんだが、まずは……その、」
「まって」
スマン。と口が動く前に遮られる。
「わたしが、さきにいう」
足下のロクがぐっと視線を上げて、モガに面と向かう。
「みんなはわたしの、言ったこと、よげん? みらいし? っていうけど、ちがうの」
「? ジッサイその通りに事態が起こったんじゃないのか」
銀雪民たちが無事だったのは夢じゃない、モガがこの目で確かめてきたばかりだ。
ロクが未来を見通したからこそ、チョオローたちが下山を助けることができたのだろう。
「お母さんが、まぶたのうらで、教えてくれた」
「ユメの中で、何を教わった?」
「わたしが、みんなのために、できること」
「? つまりオマエは未来を見たわけじゃなく、未来を教わったというのか」
実際に未来を占ったのはユスで、ロクはそれを伝えたに過ぎない。そういうことも、あり得るのだろうか?
ロクはこくんと頷くと同時に、「それでね」と首を振った。
「もう、お母さん、教えてくれないの。わたしがねむって、夢をみていてもいても、ぜんぜん」
「……」
「おきて、ちょくせつあってみたら何かわかるかもって、おもった、んだけど……ぜんぜん」
「………………。すまない」
「ううん。へいき。お母さん、あと五回ねておきてをくりかえしてって、さいごにいってたから……信じる」
お母さん。またくるね。
ユスの氷像をあとにして、二人は平原に帰っていく。
途中、王牙の刺さってある降雪地帯に差し掛かったとき、ロクはポツリとたずねてきた。
「そういえば、みんな、モガにお礼、いってくれた?」
「礼か? 直接会ったヤツからなら、あったが……それが?」
「だめ、みんなが、いうべき。あの牙、モガが勝ってくれたおかげ」
自分が勝った。それを聞いて、王牙の出どころが腑に落ちる。チョオローが回収して王牙と名付けられたのは、あのイエティ・アニマの牙だったのか。
(オレの倒したイエティ・アニマが、偶然にも銀雪民を救う一助になっていたか……)
ユキダルマ・アニマから採取した雪塩といい、幸運としか言いようがない。
「アレは……成り行き上、戦うしかなかった相手、というだけだ」
自分のおかげと言われてもモガ自身、勝ったというより助かったという心地だ。たまたま手に入れた戦利品に、成し遂げたという実感は湧かない。
「それでも、銀雪民のみんなは。モガがたすけた、んだよ?
モガがたくさんたくさん戦ってくれたこと。お父さんをたすけようと、あきらめないでいてくれたこと。ぜんぶお母さんが、教えてくれた通りだった。それに……」
ロクが来た道を振り返る。雪のずっと向こうの果てから、彼女が集落を見守っていた。
「お母さんと、会わせてくれた。今度は、夢じゃないところで。ありがとう、モガにぃ」
ロクは頬を染めながら、小さな手でモガの両手をかき集め、ぎゅっと握りしめた。
(70話か……!)
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