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【邂逅】7 7/32

メンタルやられがちなお方は「傷つきやすいひと」なのではなく。

「傷つくのが得意なひと」なんですよ。

不器用に生きる全てのひとよ。いっしょに長所に変えていきましょ。


「ギアニックに風呂などいらん。不具合が起きたなら、メンテナンスすればいいだけのハナシだ」

「それ言い方変えてるだけでしょうが。アタシたちにとってメンテナンスっつったらこれしかないじゃない」


 アーチは服を、モガは胴体のアーマーを脱ぎ去った。

 足を踏み入れた浴室には、個人で使う程度の浴槽が一つある。

 そしてモガとアーチの二人以外には誰もいない。


 大浴場もあるらしいが、そちらは客用とのこと。ここは宿民だけが使う、いわばスタッフ用の浴室らしい。


「ここのギアニックにとっては、風呂がメンテナンスの役割を果たすのか。コレも……宿民がそういうキカクだから、と受け入れるしかないか」

「何言ってんだコイツ。どこ住んでても大体そんなもんでしょ」


 宿民の間では、湯浴みと書いてメンテナンスと読むらしい。


 すっぽんぽんのアーチが、ヘッドギアと金髪を併せ持つモガの頭をガシガシ洗ってやっている。食事同様、まるで人間がそうするように。


「ふ~ん、アンタなかなかやるわね」

「? 何のハナシだ」

「髪。ちゃんと洗えば、けっこうキレイな金髪になるじゃない」


 アーチの指先が、泡越しにモガの髪を滑っていく。

 モガの右側頭部、すなわち人側の汚れを流すうちに、モガの金髪はアーチの白髪(はくはつ)以上のツヤと滑らかさを取り戻していった。


「納得いかないわね」


 ムカつく。と一つ呟いてモガの左側頭部、すなわちヘッドギア側をスポンジでガジガジと洗っていく。

 髪質への嫉妬で手付きが荒くなったのは言うまでもない。


「妙だな、アーチ」

「なーにが『妙だな』よ。それとも朝ご飯の時みたく、またケチつける気?」


 朝のやり取りをかなり根に持っているらしく、アーチは意地悪く口を尖らせる。

 しかし、モガが言いたい事はまた別にあった。


「なぜそこまで『ドキドキ』している」


 あの当時の密着したジエの鼓動と、頭を洗うアーチの手から伝わる脈のペースが見事な一致を示していた。


「……はぁー? 勝手なこと言わないでくれる? こんなん欠片(かけら)もときめかんわ」

「ン。コレは『ドキドキ』とやらではなかったか」


 この入浴とやらも形式は違えどメンテナンスで、しかもアーチの身体つきがジエとよく似ていたせいか、モガはアーチの鼓動を錯覚したようだ。

 思い違いだったな、と思考を流していく。


「いや、たしかにオマエの言う通りだ。そもそもオレの知る限り『鼓動するキノウ』を持つギアニックなどソンザイしない」

「そーそー。何を根拠にアタシがドキドキしてるー、なんて思ったのか聞きたいくらいよ」

「オマエのハクドウは常に手の平から伝わって来ている……と思っていたが」

「ふうん、いい加減なセンサーね。アタシが今までに狩ったどのアニマも、心臓は胸にあんの。手の平じゃわかんないでしょーよ」


 それからモガの頭を洗い終えるまで、二人は口を(つぐ)んだ。


 風呂での身体の洗い方などギアニックたるモガは無論知らないので、ボディの方もアーチが洗ってやることになった。


「こんなの今日だけなんだから。ったく、自分で洗ったこともないとか、どんッだけ贅沢な暮らししてたのよ」


 石鹼(せっけん)をまとったアーチの手の平が、モガの素体をぬるりと撫でていく。

 素体、つまりアーマーのさらに内側。より弱点に近く、うっかり人目に晒すなどもっての外な部分。


 普段は守られている繊細な箇所に触れている事を自覚すると、アーチの手付きは自然、気遣わし気なものに変わっていった。


「ったく。自分で洗いなさいよ、このっ……」


 彼女は自分とモガの差異に戸惑いつつも、デリケートな部位はそうであると察して、より丁寧に、丹念に洗っていく。


「ツッコむべきか迷ったんだけどさ」

「なんだ?」

「アンタが着てるコレ何。水着……タイツ? ってやつ?」

「ボウゴキコウだ。断っておくが、コレを脱ぐのは設計的に無理だ」


 モガの首から下は黒い極薄の軍用繊維でぴちっと(よろ)われている。

 アーチと同じような人型、しかし戦闘用ゆえアーチの人肌とは違う。


 モガが戦闘用である以上、カラダに直接触れることは叶わない。これから先、その事実をもどかしく思うとしたら、モガとアーチのどちらからだろうか。


「そういえば、この宿以外に建物が見当たらないが、まさか街は無いのか。宿があるのにか?」

「そのまさかよ。おかげさまで退屈よ、ほんと」

「タイクツか。朝もしきりに呟いていたな」


 平原と河原に囲まれ、ただ一軒の宿がポツンと建っている。森への道すがら、ここはかなり辺境の地だとモガは知った。


「何百年もここだけで生きてりゃ嘆くほど暇にもなるわよ。まぁそれだけこの宿が――――平和な証拠でもあるけど」


 平和。

 宿が平和の証拠だと、アーチは今そう言ったのか。


 モガに無いはずの心臓がドクンと一つ脈打った。


「オマエは」

「動くな。ちょ、いきなり立つなっての」


 立ったモガから泡が降り落ち、アーチの(おもて)を白く塗った。


「オマエは知っているのか。ヘイワとやらが一体何モノなのかを?」

「ちょ、うっさい。声デカいって」

「教えてみろ」


 普段と違う自分に気づいていないのか、モガは彼女の肩を上から捕まえる。

 腰を抜かしてへたり込んだアーチへ、さらに迫った。


「答えろ。……答えてみろアーチ」

「いや近い近い。()っか! わかったから離せし」


 近すぎ近すぎとアーチが抵抗しなければ、身体が押し付きそうな勢いでモガは食い下がった。


「おち、落ち着きなっての。そんな立ったままじゃ上手く洗えないでしょうが」

「……………………」


 モガは何も言わない。ただまじりまじりとアーチを見つめて答えを催促する。

 一方でアーチは、急な出来事すぎて何を質問されたかすら覚えていられなかった。

 

「わかったわかった。いや、アタシはなんもわかってないけど。聞きたいことがあるなら、ほら」


 ほらと、アーチは胴体のアーマーを拾い上げる。

 風呂に入る際モガが脱いで、あとで本人に洗わせる予定だったものだ。


 アーチは自分の肩からモガの手を引っぺがし、その手に拾ったアーマーを握らせた。


「それ自分で洗えたら答えてあげる。アタシが答えられるかは知らんけど」


 アーチの提案に我を取り戻し、モガは素直に従った。

 風呂椅子(いす)に座り直し、アーチの見よう見まねでスポンジを手にし、石鹼を泡立てる。


「これは洗浄剤の一種だろう? ギアニックの機能が回復するとは思えないんだが」

「そーねー。臭いと汚れを落としてるだけよ」


 石鹼の効能は一応、モガも知識として持っていた。

 だから、本当に訊いておきたかったのは次の質問だ。


「ニオイと汚れを落とす。ニンゲンと同じモノを使って、か?」

「なにそれ。どゆこと」


 予想はしていた、とモガは胸の内で独り言ちる。


「アンタ何が言いたいの?」

「オレもオマエもギアニックだろう」

「それも言葉変えただけじゃん。ギアニックは人間でしょ」


 アーチはウンザリを隠さず声にする。

 朝食の風景からなんとなく察してはいたので、今となってはただの確認に過ぎないが。


(それにしても、ギアニックこそが人間、ときたか)


 この世界に起動してから、モガはずっと人間とコンタクトが取れていない。

 強いて言えば、振る舞い的にもチョオローと呼ばれた老人だけは、この宿で唯一の人間だろうと思っていた。


 しかし彼と相対したときの、眉毛の奥から覗かせたカメラアイ。物々しく光るあのレンズは、紛れもなくギアニックの機構だった。彼もまた人間ではない。


「フム。じゃあギアニックじゃない方のニンゲンはどうだ。この宿にはいないのか?」

「知らないわね。アンタが言ってるのって、たぶんおとぎ話じゃないかしら。ロクでも卒業してるわよ」


 まるでジエや人間など最初からいなかったような言い草だ。


(いや、アーチがニンゲンを知らないだけ、ということもある。それに)


 たとえ人類全員が滅んだとしても、ジエだけはきっと……生きているハズ。


 アイツにならそれができるハズ。

 ジエのもとに帰還せねば。

 どこだろうと必ず馳せ参じよう。


 今はまだ、宿賃のカタをつける必要があるが、必ず。


「じゃ、アタシ先入るから。アンタもアーマー(ゴツイやつ)洗い終わったら入れば?」


 アーチはようやく身体を湯に浸からせ、ふぃーと一仕事終えた吐息を漏らす……が。


「ちょちょちょちょ? アンタなに入ろうとしてんの?」


 同じ浴槽に入ろうとするモガをアーチが止める。


「? 洗い終わったら来いと言ったのはオマエだろう」

「いや言ったけど。そうじゃないわよ」


 アーチはモガのボディを一瞥、そして溜め息。


「アーマー着けて湯舟に入るのはマナー違反って教わらなかった?」

「チッ。洗えとか着るなとか、ここの生活は面倒が多い」

宿(うち)以外も一緒よ、いいから脱ぎなっ。ってうっわ内側泡だらけじゃん……アンタほんと子供みたいね……」


 とことんなまでに肩を落とし全身でやれやれを表しているが、さすがは宿の長女、「しょうがないわね」の一言で呆れを片付ける。


「もう、流してあげるからこっち来なさい。そう……そうよ。いうこと聞けるじゃない」


 モガは諦めて言われるがままに従った。

 彼女の手で再び丁寧に洗われた後、向かい合う恰好で湯舟に浸る。

 個人の浴槽は二人で使っても決して狭くない大きさだが、どちらからともなく譲り合った。


 湯が僅かな動作で波立つ。

 気恥ずかしさや妙な意識が、水面の揺らぎだけで相手に伝わってしまう気さえした。


「調子狂うわね……」

「?」

 

 どちらかと言えば、モガよりアーチの方が空気に敏感で、もじもじとした態度をとる。


「ちょい、剣の人」

「? さっきからどうした?」

「べつに。ただ、お風呂の時くらい楽にすりゃいいのにって思っただけよ」

「わからんな。普通に風呂に浸かっていたつもりだが」


 真正面のアーチを見据えて訊く。湯気のせいか、なかなか彼女と目が合わない。


「また入り方を間違えたか?」

「んー、いいからほら、背中こっち預けなさい」


 ちゃぷん、アーチはモガを迎え入れるように腕を広げてみせた。


「それは……。少しキュウクツではないか?」

「別に気にゃしないわよ。おチビたちにだって同じコトしてきたんだから。一緒よ、いっしょ」

「ふむ。そういうモノだったか」


 モガは素直に背を向けて、アーチの方へと身を落とした。


「そうよー。大体ね、好き嫌い多いわ風呂入れないわでおチビたちより子供っぽいアンタの事なんか誰が……ぁ、んっ」

「平気か?」

「いや()っも。アンタ加減しなさいよ、おチビたちのよりデカいんだから。主にこれ(ヘッドギア)が」

「オマエがやれと言うから、オレは」


 ああたらこうたらがあったのち、お互いが温まった頃に風呂を出た。


 「モガ」と、水滴が滴る背中に呼びかける。


「こらモガ。また濡れたまんまでアーマー着たりして。それこそ錆びちゃうじゃない」

「ン。今度はなんだ。まだ言いたいことがあるのか?」


 問答無用でアーチにアーマーを脱がされた。

 しっとりと湿った指でモガの素体をペタペタと探る。


「言いたいことってかさぁ……あーあ、こことかぐしょぐしょ。バンザイしなさい、バンザーイ。言ってることわかる?」


 ほら、手ぇあげて。


 長女的な世話の焼き方に、モガはまたしても大人しく従った。

 シカ・アニマの脂っこいステーキを食わされたあたりからか、モガはギアニックの規格がどうとかの事情を色々諦めている。


「こうやって水気を拭き取らない、と……っと。はいオッケー」

「フン、終わったか」

「終わったか、じゃないわっ。ほら、いつまでもすっぽんぽんでいないで、早く」

「やっていることが生身のニンゲンに近すぎる。慣れないな、こういうのは」


 アーマーを着終え、ボディの動作確認を済ませる。


「どうよ、サッパリしたっしょ? それとも……アンタの事だから吐いちゃう? さっきみたいに」

「吐いてはいない。それに動作は良好だ。文句などあるはずもない」


 パフォーマンスは良い。入浴の何が効果をもたらしたのかは知れないが、たった一人の寂しい遺跡で目覚めた日より、ずっと良い。


「カンシャする」

「そ。でも次からは一人で入んなさいよ。めんどくさいんだから」


 アーチは麻のズボンをすっぽりと穿き、上はさらしのみという大雑把な着替えを済ませて「んじゃ。おやすみ」と廊下へ出ていく。


 アーチの後ろ姿が完全に消えた頃、モガははたと思い出した。


(オレとしたことが……ヘイワとやらについてのジョウホウが聞けず(じま)いだったな)


 明日(あす)にするか、と一言残して室内浴場を後にした。

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