【人狼】1 35/39
前話の(作者本人の)感想:チョオローうぉおおお!!!!
「モガ。ありがとう」
モガはまず、目を開けようとした。
なぜだか瞼は上手く開かない、カメラアイのシャッターも閉じたまま。
前後左右も判別できない真っ暗闇の中で、しかし自分のボディだけがくっきりと視認できた。どうやら最初から目は開いていたらしい。
自分の姿のみがクリアで、周囲すべては暗い……? いや、この空間には自分以外に何もないのか。
下山に失敗してからどれほどの時が経ったのかさえ知れない暗闇の中で、誰のモノか分からない声がモガに語りかける。
「雪のモビルゲレンデを解放してくれてありがとう」
「なに……、どうしてオマエが、そんなことを知っている?」
正確には、正体不明の声ではない。
それはモガにとって最も馴染み深く、他の誰のモノより聞きたかった声。
分からないのではなく、ただ耳を疑った。
声は、手を伸ばせば届きそうな辺りから聞こえる。
「あの子の目を通して、あなたの戦いをずっと見守ってた。今のわたしじゃ、それくらいしかできないから……」
「かまわん……っ、そんなことはいい!」
声の主はジエ。
ジエがそこにいる、モガはそれが信じ難かった。
「今ドコにいる? オレはすぐにでも、オマエのもとへ駆けつける」
おかしな問いをするものだと、モガは自分でも思っているだろう。これだけすぐそばに存在を感じるのに、どこにいるのか、などと。
自分自身のそんな質問に、モガは気づかされる。
声ばかりが近づいてきて、いくら目を凝らそうとも彼女の姿は一向に見えない。
――残念ながらジエはここにはいない。冷静な頭で事実を弾き出す。夢か、ココは。
「ねぇモガ。ひさしぶりにお願いがあるんだけど、いい?」
どこにいるかという問いかけをスルーして、ジエが遠慮がちな声を作る。
「! 当たり前だろう。なんだ?」
ジエのお願いを前にして、モガは自分の質問など塵も残さずかき消した。
「なんでも言え、エンリョするな。オマエからのニンムを、オレが反故にしたことなんてないだろう? だから、なんでも頼れ」
「う、ウン、ありがとう……えー、っと、そんな大したことじゃなくてね。その、目を覚ましたら、ちゃーんとみんなにご挨拶しにいってね」
みんな。皆だと。モガは自分のいる時間が分からなくなる。
「ふふっ、おかしいの。とぼけた顔して。モガシリーズのみんなじゃないよ。銀雪民と、宿民のみんな」
銀雪民。宿民。その言葉で、モガはハッと後ろを振り向く。
ユブウがいつもの食い意地を発揮して、またローを困らせている。しかし今回のは特にひどいな、手の付けられないユブウの制圧に宿民のアンガスまで助太刀に駆り出された。やれやれ。
「な、なにを見せられているんだ、オレは」
肝心のジエは姿を現さないのに、なぜ、よりによってこんな光景を。
光景は、ローやアンガスたちだけではない。
自分と瓜二つなクナシと顔を合わせて、チョオローが腰を抜かしている。クナシも腰を抜かしている。二人して「ワシには兄弟機がおったんじゃなぁ」などと。
「アッチには……。ロク」
ロクが。
ロクが、ユスの氷像と向かい合っている。その表情は、ここからでは見えない。
「気になる」
「ああ。まぁ、な」
「あの子の事は、あなたがちゃーんと目を覚まして、その目でたしかめるべきだと思うよ」
後ろ姿は思い詰めるようでもあり、胸を張っているようでもあり、やっぱり虚ろにも見える。
そんなロクのところへマルがやってきて、突然の冒険トークを切り出した。ロクにかまわずマシンガントークを放つうち、ロクの背中がクスクスと揺れた。
「モガったら雪山からずぅっと眠っちゃってて気づいてないだろうけど、現在進行形でみんなにすっごく心配かけてるんだよ? 特にアーチって子は、ずっとつきっきりで」
「! アーチか」
前後左右、上下にも視線を回した。
アーチが心配してるとジエは言うが、モガの方こそアーチの体調が気がかりだった。
「……どこだ?」
マキナの粒子を浴びた影響で昏睡状態に陥ったアーチを、モガはずっと背に負ぶさって歩いた。
あの時は、アーチの鼓動が自分の背中を何度も叩いた。苦しみの中をもがくような激しい打ち鳴りを、モガは背中が覚えている。
「ここにはいないよ。……やっぱり気になるよね。アーチちゃん、可愛いし?」
「当たり前だ。無事に、平原まで守り届けると約束した。その約束の行方を、オレは見届けなくてはならない」
「そっか……約束、かあ」
呟いたきり、暗闇に沈黙が流れる。
何も起きない間、ジエは感情の一つも伝えてこない、ため息一つ漏らさない。
「じゃあ、もう目覚めないとね」
モガの脳裏に焼き付いているジエが、寂しげに顔を逸らして告げた。
「それだけでいいのか?」
「ぇ……なあに」
「オレへのニンムはそれだけかと訊いている」
ふいに、夢がぼやけて消える感覚がやってくる。ジエが言うように、モガのボディがそろそろ目を覚まそうとしている。
「………………」
「………………」
「………………、会いたい」
「!」
弾かれるまま、モガは手を伸ばしていた。
「会いたいよ、モガ……!」
きっと、ジエも同じように手を伸ばしている。
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「また、探しに行くジュンビをしなくてはな。次のアテに向かって」
ずっと閉じられていたモガの両目がバチっと開く。
モガは雪山の中腹辺りから、救援に来た宿民に担がれてようやくもといた平原にたどり着いた。
それから数日もの間、彼はスリーブから覚めなかった。
もう何日も動いていないボディをのそっと起き上がらせる。軽く肩を回して動作テスト:絶好調。
「いや。探す前にやらなくてはいけない事があったな」
ジエたっての任務だ。あれはしょせん夢の中で起きた出来事で、しかしモガに無視できるはずもない。
モガは寝床を後にした。
丸太の小屋からぬっと頭を出すと、正面に見覚えのある川が流れている。
宿が焼けて無くなった後に造られ、一時的にモガに与えられた離れの小屋だ。
「……平原、か。オレはこうして、生きて帰って来ている」
センガと決着をつけた日からというもの、すっかりこの小屋がモガのもう一つの居場所になっていた。
自分はついさっきまで雪の中を歩いていたはずだ。
自分の知らないうちに全てが終わっている感覚すらある。覚えているのは、ただひたすら歩き通した事ばかり。
川と反対側、原っぱの土手を登って、平原の景色に目を向ける。
ほんの少し小高いだけの土手から南を向けば、地平線や海まで一望できた。
「出発前と変わらない景色があ……る?」
平原の一角がモガの目を引いた。
宿民たちお手製・丸太の仮住まいが固まって建ち並んでいる。
それ自体は出発前と何ら変わりない、宿民たちの現集落だ。
問題はそのすぐ隣、異常事態はすぐそばまで広がっていた。
「雪が……降っているだと?」
見上げても空は晴天で、雪は降っているわけではない。
正確には、雪は発生している。
その一角だけ異様なまでに大気が冷えており、宙に撒いた川の水がたちまち雪に変わっていく。
よく見ると、そんな雪原の中に雪と同じ白の半球体がぽつぽつと立ち並んでいる。
それらが何かをモガは全く知らないが、どことなく住居であることだけはわかった。どの半球体も、ギアニック数人が出入りできるくらいのスペースを確保していたから。
「雪以外にもなんだ、あの白いのは。小屋なのか、アレは?」
思わず漏れた独り言に、背後から答えが返ってくる。
「かーまーくーら。わかる? かまくら」
「カマクラ? 小屋なのか、ソレは?」
「ぶぶー」
「ふむ。違ったか。異様なイデタチなのだな、カマクラとは」
「いや違くないけど。アタシの無事を確認するのが、まず最初っしょ?」
振り返ると、モガが思った通りのギアニックがいた。
緩い口調とは裏腹で、アーチは複雑な顔を見せる。モガを心配しているようでもあり、雪のモビルゲレンデが決着して清々しそうでもある。
「なんにせよ、オマエがブジそうでアンシンした」
「どーも。ってそれもコッチのセリフだし。アンタってば、戦いが過ぎるといつもねぼすけ決め込むんだから。こちとら心配なのよ、毎度毎度」
「スマン。どういう仕様かは知らんが、自分ではどうにもならんらしい。それよりも……」
視線を切ったモガの目が、様変わりした平原に向けられる。
雪原に突如造られたあのカマクラとやら。あれは一体何なのだろう。
「もしや銀雪民たちは、アレの中に住んでいるのか。あの辺りにだけ、雪が積もっているが」
カマクラと呼ばれた半球体が住まいの役割を果たしているらしいことは、遠目からでも見て取れた。
モガは反射的にカマクラの数を数える。
ざっと十戸はある。だが二十戸はないな――――九十余人いた銀雪民に対して、たったあれっぽっちのカマクラで足りるものだろうか。
「まさかとは思うが……銀雪民のヤツらはっ、もう」
訊くも、隣に立つアーチの顔を見れない。
下山を果たせなかった銀雪民や、下界の環境に適応できなかった銀雪民。
モガが起きるまでの間に、すなわちスクラップになっていった銀雪民が半数程度いたとしたら、あるいは十数戸のかまくらで事足りるかもしれない。
「気になるなら見に行ってみれば?」
「それは、そうだが……」
「起き抜けだから無理はしちゃダメだけど……ま、ヘーキか。いこっ!」
心の準備などお構いなしに、アーチはモガの手を引く。
ネガティブな想像を置き去りにして、モガは連れられるままに平原へ下りた。
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