【約束】3 33/39
オウカ……
「ありがとう、モガくん」
振り返って呟いてみたけど、モガくんはすでに赤黒い吹雪の外に走り去った後だった。
「親友に対して*《オーダー》なんて、我ながら不遜な統率者もいたものだ」
飄々とした独り言なんて、ただ戦意を保つための自己暗示さ。正面のペガサス・マキナに意識を向け直すと、たちまち武者震いが戻ってくる。
「関数まで使ったからには、成し遂げないと格好つかないよねぇ!」
パパ上とママ上は、目の前の仇にやられた。
生首だけになってなお敵意を漲らせるペガサス・マキナ。
怪奇現象を思わせる浮遊と底光りする赤黒い双眸。その両目で、今も我が子を探しているのか。
「キミの眼差しに宿る鈍い光。それを怨念だという者もいるだろうけど……ワタシはそうじゃないと思う」
ペガサス・マキナの瞳は怪光を湛えて揺らめく。ワタシの言葉を理解しているかどうかなんて、目を合わせても量りようもない。
それはわかってるんだけど、どうしてか言葉は止まらなかった。
ワタシとカノジョが、奇しくも同じ境遇だからだろうか。
「キミの瞳の輝きは、全身全霊の輝きだ。わかるさ、ワタシだって一児のパパ親なんだから」
これまでの戦いを経てペガサス・マキナが持つ生命力、チカラはだいぶ理解できたと思う。
だけど、謎はナゾを呼ぶとでも言おうか。
彼我のスペックを把握したからこそ、わからないことがあった。
「ワタシにひっそり受け継がれていたこのチカラ。このモガシリーズのチカラを有していたパパ上が、どうして負けるに至ったのか? あり得ないよね。だってもう、キミと対峙しても微塵も負ける気がしないのに」
数千年睨み合ってきたペガサス・アニマのマキナ態。そんな因縁の相手をこれだけ近くにしてもなぜだろう、心に余裕がある。分かり合える気さえしてきた。
「ずっと違和感があったんだ、パパ上とママ上がキミに敗北を喫した話には。だから、こうして相対して、むしろワタシは納得したよ。
パパ上と同じステージに立った今ならわかる――――キミたちと争い合う必要すらなかったんだ。バクサが、裏切りさえしなければ!」
「FIIIIIII-----n! FIIIIIII-----n!! FIIIIIIIIIIIII---------n!!!」
だのにキミは、まだ向かってくるというのか!?
「マキナのチカラなんかに負けるな! モガくんにも言ったけど、目的を忘れちゃあいけない! ワタシなんぞに構ってないで自分の子ぉ探したまえよ! キミはアニマの頂点として、もっと誇り高い存在だろう!? 元のペガサス・アニマに戻れよ!!」
やっぱり、もうしばらく、ワタシの下山はおあずけかもね。
この事態、きっと手のかかるヤツだから。
「ああ、嗚呼しまったな。モガくんへの命令、間違えたかも」
ペガサスの首から下に、新しい身体がみるみるうちに再生する。
「ロクをよろしく、とかにしとけばよかったかな?」
その身体をアニマと呼ぶべきかマキナと呼ぶべきか。
たぶんペガサスは瀬戸際なんだ。我が子を取り戻さんとするアニマに戻るのか、逆上を束ねてマキナに身を堕とすかの瀬戸際。
「いや、違うね。この逆境を切り抜けて、自力でロクに会いに行くとしよう。全身全霊で抗っている目の前の彼女を見習って、ね!」
パパ上のスペックを継承した今、彼女を倒すのは簡単だ。
しかし打ち倒すより、助け出すことのほうがずっと難しい。
ペガサスが錯乱の淵を必死にもがいているのは、見ればわかる。
子のイエティペガサス・アニマの存在が、彼女の自我を繋ぎ止めている。
ワタシは相手が誰でも、ペガサスでも手を貸すぞ!
だってそれが、パパ上が掲げてた責務ってやつだから。
「N→O――――ア・ユー・レッディ!」
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濃霧が視界を満たす明け方に、下山が始まった。
ペガサス・アニマの吹雪、あるいはペガサス・マキナの赤黒い粒子こそ消え去ったが、解き放たれた大自然はなおもモガたちに牙を剥いた。
「コレが雪のモビルゲレンデに変わる以前の、本来の姿なのか。だとしたらこの雪山は、ペガサス・アニマの吹雪などなくとも相当キツイな」
伸ばした腕の先すら不明瞭。
足の踏み場さえあやふやになる。
下山ルートの正誤も、まるで判断がつけられない。
果てしなく雪深い登山道をモガは下る、下る。下っていく。
視覚に頼ってはあっという間に道を外すだろう。自身の歩幅を一定に保ち、記憶に書き込まれたルートを正確になぞる。
(測量を思わせるこんな方法でしか、下山の手立てが残されていない。もし……)
マキナの粒子が引き起こすコールドコードの機能不全により、アーチは倒れた。
目を覚まさない彼女を、マントの炎の内側に背負って。
粒子をもろに浴び、物言わなくなったアルガを抱えて。
そしてクレバスで待機を余儀なくされた銀雪民を率いて、ずんずんと雪を踏みつけていく。
(もし何の比喩でもなく、一歩でも足を踏み外したら、オレの後ろについてきたヤツらは全員終わりだ。オレが手ずから、死地へ案内することになる……!)
足裏が強張るのは寒さからか、戦慄ゆえか。
『止、マれ』
電池を切らしたように眠っていた、アルガの電子音。突然の声に、限界が近いモガの瞼がハッと開かれる。
「ようやく目を覚ましたか。それで、この雪の中を立ち止まれると思うのか?」
何が何でも下りるしかない。下山する以外に道はない。立ち止まったらスクラップだ。極限極地で追い詰められて余裕が無いのは自覚している。そんなモガが、アルガの警告に苛立ちを覚えるのも無理はない。腕に抱えたアルガの警告を無視しようと決めた。
そんな決断と同時だった。
地面が震えだしたのは。
――――新手だ。
「ユキダァァァァァアアア!!!!」
濃霧の向こうに大岩を思わせる無骨な影が浮かび上がる。
図体を見た瞬間、頭の隅で記憶がチカチカと湧き上がった。
(雪のモビルゲレンデに巻き込まれる前日、うっかりイワダルマ・アニマを突き起こした。コイツのシルエットからは、アイツによく似た気配がする)
「ユキダ、ユキダ、ユゥゥキィィィダァァァアアア!!!!」
咆哮とともに濃霧が晴れる。
イワダルマ・アニマと同じく大小の塊を数珠つなぎになった手足。頭部と胴体を兼ねた、ひときわ大きい塊。
イワダルマ・アニマと唯一違うのは、身体を構成する塊が岩や砂利ではなく氷や雪であるところ――――さしずめ、ユキダルマ・アニマというわけか。
登場に驚く気力もなかった。ただ、隊列を足止めされるのは望ましくない。
「……………………イワのヤツと同じように――」
アーチを背に負ぶったままで、モガはユキダルマ・アニマに左腕を差し出した。
その指先が剣先に変わる、前腕がアームブレードに組み換わる。
「――斬って捨てるまでだ。≡《スケーライズ》」
伸長させた長大な刃で、ユキダルマ・アニマの巨体を剛断する。それがモガの描く勝利の図だった。
「÷《ディバイド》……!」
氷を砕く横一文字の手応えはしかし、いつまでたってもやってこなかった。
驚くべきことに、濃霧の向こうにあるユキダルマ・アニマのシルエットがその場から消えた。
「この霧の濃さだ、見間違えでもしたか……?」
本当に、一瞬にして姿が失せてしまった。
ユキダユキダの咆哮は幻聴で、ユキダルマ・アニマのシルエットは霧が見せた幻覚で……そんな幻ばかり見えていては、オレももはや限界だな。
「ルートを把握していたバクサはもういない。敵襲。カツラク。低体温。リスクの尽きないジョウキョウだというのに、すぐ後ろをついてくる銀雪民のイノチはオレにかかっている。コレほどまでに追い込まれては…………バグってしまいたくもなる」
ユキダルマ・アニマなど幻で構わない。しかし背後の銀雪民たちのどよめきが、現状はそうではない事を告げてくる。
(ザンネンながら、ヤツはいる。どこだ……!)
忽然と消えたように見えたユキダルマ・アニマのシルエット。
敵の動きをモガのCPUが反芻する。
あれは消失したのではなく、正確には沈み込んだのではないか。
「オマエたち、さがれ!」
敵は横振りをかいくぐる動きで、雪の下へ潜り込んだ。
あまりに一瞬のうちに消えたので、そう動いたという確証はない。
しかし雪の下に潜んだのだとしたら、モガには身にしみて思い当たる技が一つあった。
「サイガの雪隠れと同じかっ。足下をケイカイし……ぐっ」
再び起こる地響きにさらなるどよめきが上がる。こちらを襲わんと、雪の下でユキダルマ・アニマが蠢いているのだ。
「くっ、バランスを保てん……ヒヘイしきったカラダでは立つことすらままならん……!」
雪崩を引き起こしかねない揺れが、前後左右あちこちで起こる。
なのに、震源の見当をつけられない。
疲れと寒さが思考を鈍らせ、モガの瞼を重たくする。
「どこ、にいる……!」
必死に周囲を見回しながら、背中からずり落ちそうにもなったアーチを右手で押し付ける。
『A⇒Bセよ。そして、さらなるレベルへとU←Tセよ……』
「!? アルガ、目が覚めたかっ」
アーマーの内側にしまい込んでいたアルガが、浅紅のマントをすり抜けてふっと眼前に浮き上がる。
『共ニ戦え』
「アルガ、……ああ」
「我と――――ではない。此奴と共ニ戦え……U←T」
コヤツと、だと? 誰の事だ。
U←Tとはなんだ?
モガの内側にアルガの気配が溶け込んで、完全に融合する。
A⇒Bの電光に呑まれ、モガは赤紫と浅紅の戦士、モガ・ブレンドアルガに変身した。
『これで終ワりではない』
言葉と同時、モガの疑問が氷解する。
アーチが。
『オウガのスペックをその身に宿すオウカ。彼奴から着想ヲ得て我ガ編み出シた、この関数。とくト刮目セよ』
背中に負ぶったアーチとモガとが、見えない回路で繋がれていく。
『感ジるか。その回路こそがU←T。二人でひとつ、究極ノ共闘ヲ実現する関数なり』
「二人でひとつ……そうか」
不可視で未知の回路から、温かいチカラが流れ込んでくる。
「オマエがつなげたのか。オレと、アーチを」
「今の貴様はモガ・ブレンドアーチ。アーチの"眼"を使いこなすがいい。彼奴のスペックは眼に潜在している」
眼、か。
たしかにアーチはアニマ狩りでも日常的にも、ここに来てからというのも、遠くだろうと鋭く見分けをつけていた。
ちょっとした特技に過ぎない。モガもアーチも、そんな程度で片付けていた。
「コレが……っ、アーチが目にしているセカイ、なのか」
本人もモガも大して気に留めなかったのだから、甚だしい思い過ごしだ。
「あの赤ク黒い吹雪ノ向こうで、今もオウカはオウガノ関数ヲ使イこなしている。貴様モ他人ノチカラだろうと、やってやれない事ないダろう?」
目を凝らさずともわかるのだ。
具体的には二時の方向、二〇度視線を下げた地点にユキダルマ・アニマは潜んでいた。
「まったく、つくづく頼もしいヤツだ、コイツは」
眼が強くなったとはいえ、何も透視しているわけではない。
ただ、目ざとくなっただけだ。
一面に積もった雪の地面はどこも同じに見えていたが、今ならわかる。
「――――そこか」
雪上のわずかな違和感とモガ・ブレンドアーチの眼が合う。
目ざとく捉えた違和感、それはユキダルマ・アニマの気配そのものだった。
「突き立てよバリアブルスピアッ、≡《スケーライズ》!」
レーザーの如く雪を搔き分け、地中深くに潜むユキダルマ・アニマを必殺の穂先がグサッと捕捉した。
「恨みはないが、好き勝手に暴れさすワケにはいかないんでな……Å《リーダブルボルト》ッ!!」
(オウカ……)




