【約束】2 32/39
小さい頃の約束は、もうおぼえてません。
モガのマントに灯る浅紅の炎は強力なかわり、モガ自身のエネルギーを大量に消費する。
平原でセンガと刃を交えたとき、その代償のせいでモガは意識を失った。
もともとエネルギーを切らしかけていたマントが、突然の雨に打たれたのだ。
今回もそうならないとは限らない。
強敵との連戦に厳しい風雪に翻弄されながら、モガは最後の敵に相対する。
「あまり猶予はなさそうだ。手短に済ませるぞ、オウカ!
「オフコース。粒子の影響が出る前に決着だ――――A→B」
人型のオウカ・ブレンドアルガが姿形を変えていく。
両手両足は細長い四つ脚に、両手の双槍は頭部に装填され、幅広の雄角に。
「それが、オマエの新しいA→Bか」
オウガから受け継いだ黄金色の毛並み。その眩いボディに、アルガの変身者たらしめる赤紫色のまだら模様が走っている。
変身に変身を重ねた姿。
オウカ・ヘラジカでありオウカ・ブレンドアルガ。
この状態こそ、今のオウカが持ちうる最上の戦闘形態だ。
「ライドミー! 狙いを教えてくれれば、カレのどの部位にでも連れてってあげるよ!」
「そうだな……。ヤツの角は折った、吹雪を操るチカラは失っているハズだ。ともすれば、次は」
ペガサス・アニマがペガサス・マキナに変えられてしまった以上、吹雪を止めたのでこれで任務完了、というわけにはいかない。
マキナ由来の赤黒い粒子。ギアニックに有害らしいこの粒子は、近づけばボディを麻痺に陥れる。
コールドコードと浅紅の炎で麻痺をやり過ごしているが、あくまでイタチごっこを続けているに過ぎない。下山ルートに降られてしまえば雪以上に厄介になる。
「粒子を無視すれば、下山グループは壊滅するだろう。ホノオを纏えるオレはともかく、コールドコードのみが生命線の銀雪民たちは……」
それに浅紅の炎だって、いつまで保つかわからない。
目の前で圧倒的な威圧感を放つペガサス・マキナが、甲高い金属音で嘶く。
嘶きに合わせて周囲の粒子が不気味に蠢動する。
その様子が目に留まり、モガの狙いが定まった。
「――首だ。耳障りな喉笛ごと、谷底まで斬り落としてやる」
ペガサス・マキナの嘶きに反応して粒子が活性するなら、嘶けなくしてしまえばいい。
それに、いくら再生力が自慢といえど、首を落としてしまえば治せまい。
「アグリーっ。しっかり捕まってたまえ、跳ぶよっ!」
モガを背に乗せたオウカが、ペガサス・マキナの脚へ膝へと駆け上っていく。
Θ《シールドライン》を駆使し盾角をクモの脚のように広げ、ペガサス・マキナの足をホールドした。
ペガサス・マキナが追い払う動きで暴れるのにも構わず、ぐんぐんと高度を上げていく。
「くおっ、とと……木登りは赤ん坊以来だけどね、やってやるさ!」
ペガサス・マキナがもがきに合わせ、氷のミサイルとマキナの粒子が躍りかかって来る。
ときに防御姿勢を取り、ときに弾幕の隙間を縫うように突破。安定を失わず、二人は下半身を登りきる。
首めがけて腰を駆ける間も、オウカ・ヘラジカが振り落とされることはなかった。
「FyIIIIIII-----n!!!!」
「さらに応戦するつもりだね……Θ《シールドライン》!」
「我が焦熱よ……爆ぜろ!」
Θが、モガを赤黒い氷弾から守った。
浅紅の炎が、蚊柱のような赤黒い粒子を燃やし尽くした。
「一気に登るよっ、はあぁぁぁあっ!」
押し寄せる氷弾と粒子を排除し続ける。
オウカ・ヘラジカの健脚が、モガをペガサス・マキナの上体へと押し上げる。
ハリガネのたてがみを、銃弾の如き勢いで押し通る。
「FIn、FIn……GiiiiiAHhhhhh!!!!」
「モガくんここだ! ワタシたちのいるこの場所こそが、ペガサス・マキナの頸椎だ!」
ペガサス・マキナは両翼をはためかせて氷弾を生成するも、そのすべてが繭に変形させた盾角の絶対防御を前にして落ちていく。
さらにマキナの粒子を赤黒い奔流にして流し込むも、その粒すべてが浅紅の炎によって無効化されていく。
ペガサス・マキナのいかなる抵抗も退けて、モガはついに必殺の間合いにたどり着いた。
「ここで終わらせる! ≡《スケーライズ》」
ペガサス・マキナの首に抱きつく格好で、オウカ・ヘラジカは踏ん張っていた。
信じられないほど安定している彼の盾角を足場にして、最後の関数を呼び出す。
「もっとだ! ≡《スケーライズ》……もっと伸びろ! コイツの首を断ち切れるカタチに……!」
『グ、はぁっ……!? これガ、マキナの粒、子によ。る機能不、全カ……!?』
「不味いよモガくんっ、ワタシの中にいるアルガ殿がーーーー」
予想外だ。モガより、オウカより先に、アルガが粒子に侵されるとは。
頼もしかったオウカ・ヘラジカの背中がぐらついた。猶予は残されていない。
「それでも、もっと必要だ……≡《スケーライズ》ッ」
底を尽きて繭が解ける刹那、≡な刃を最大限に閃かせた。
「÷《ディバイド》ッ、デェアァァッ!!!!」
頸椎を砕く会心の手応えと共に、ペガサス・マキナの首筋からどす黒い油が飛び散った。
感覚としては、首の骨の半分はアームブレードで頂いた。だがそれ以上は骨が引っかかってしまい、一刀両断とはいかない。
「ぐっ、ヒドイニオイだな……」
返り血を想起する強い刺激が間近に迫り、嗅覚センサーをツンと刺す。
オウカはΘ《シールドライン》を解除、モガも油を被りながらペガサス・マキナの首から飛び退いた。
手負いとなったペガサス・マキナは、首がよりちぎれそうになるのも構わずに走り去る。
どこへ向かうでもない、苦しいままに、痛みを逃がすようにして走っていくのを、モガは自由落下しながら見据えていた。
「この臭い、あまり嗅ぐべきじゃあないね。粒子と同様、麻痺を起こすウイルスが潜んでいるかも――――あ」
オウカは空中でバランスを崩し、フラフラと地面に落ちていく。
「!? どうしたオウカ、しっかりしろ――――ぐっ」
何かを言いかけ、オウカは突如バランスを失った。そのままフラフラと落下し、真綿の雪に叩きつけられてしまう。
苦しみを堪え、辛うじて着地を決めたモガにもオウカと同じ不調が起こっていた。
原因には心当たりがあった。
「チッ、油のせいか。マキナとやらは、つくづくタチが悪い……」
また、あの麻痺だ。
「マキナのカラダから発せられるブッシツにはすべからく害がある、と思った方がいいらしい」
『ぐ、ぬぅぅ……我ノ中ニマキナノ毒が、ガガガ、オオオォ……ッ!?』
「! アルガ、オウカっ。しっかりしろ」
離れた場所でオウカは横倒れになっていた。落ちた時と同じ格好のまま、声を漏らして雪を掻く。
「ワタシは平気だ、苦しくはない。ただ、カラダがいう事を聞かなくてね」
近づくと、黄金の双槍で雪を引っ掻いているのがわかった。
「! ヤリに油がかかったのか」
身体全体が雪に浸っているのにも構わず、必死に、ひたすら、黒く染まった槍の穂先を雪に擦りつけている。
「ワタシが思うに、油さえ洗い落とせばアルガ殿も良くなると思うんだが」
『莫迦者ガァ……グッ、変身ヲ解け、っ!』
オウカはギリギリのところで踏ん張り、麻痺で動かないボディを無理やり駆動させ立ち上がった。
どす黒い穂先でどれだけ雪を引っ掻き続けても、雪を多少黒く染める程度で、ベッタリと冷え固まってしまった油は一向に拭える気配はない。
「くそっ、こんな……油なんかで負けるわけにはいかないのにっ」
『A⇒Bヲ解除するト言え! さもなくバ貴様は、我ノ道連れゾ……』
「リジェクトだね。ただでさえ症状キツいのに、コールドコード未投与のアルガ殿が一人切り離されたらどうなるか、分からないわけじゃあないよね?」
『我の事ハ持ち運べバいい。ロクヲ下山させた時と同ジように――――』
「それでキミに死なれたら、結局ワタシの負けじゃないか! ぐあぁっ……っ!」
言い争う間も麻痺は回る。
(くっ……症状がカイゼンしない。コールドコードの有無でこうもダメージが変わるのか)
モガが浅紅の炎を分け与えるも効き目が薄い。今すぐコールドコード生成、経口摂取させたいところだが、武装型ギアニックであるアルガには口すらない。
「ユスと同じ運命を誰か一人にでも辿らせてしまったら、クレバスを守り続けてきた甲斐がないんだよ!」
『……貴様ノ想いハ理解できた。だガ、もうA⇒Bヲ保つことガ出来ない。我ハもうゲ、ン、ka……い……』
「アルガ! オマエ、声がマキナのソレに……!」
アルガが電池切れを起こした機械のような声を発するのと、オウカ・ブレンドアルガのアーマーが赤紫と黄金の電光に解け始めたのは同時だった。
「こ、これは一体……アルガ殿? ワタシの中にあったはずのアルガ殿のデータが……感触が消えていく。何が起こっている?」
「アンシンしろ。アルガなら平気だ」
「し、しかしモガくん、変身が」
オウカの意思でもアルガの意思でもない変身解除に戸惑うオウカの肩に、モガは手を置いた。
「安全装置が働いただけだ。一定のダメージを感知したら、A⇒Bが変身者の負担になる前に変身が解けるようになっている。オマエのような、無茶に走る変身者が出るだろうと慮って、ジエが設計したモノだ」
オウカを包む変身解除の電光は、しかし次第にアルガの赤紫でもオウカの黄金でもなくなっていく。
アーマーの内側からプラチナの粒子が漏れ出して、それすらも消え去ると、オウカ・ブレンドアルガは二人のギアニックに分離した。
「参ったな。つまりここからは、ワタシ一人で戦うしかないみたいだ」
「戦うだと? 何を言って――――はっ」
窮地に反した、オウカの不敵な宣言を聞いた。それと同時、モガの視界に二つの異変が飛び込む。
A⇒Bが解け、元の姿に戻るはずのオウカが。
そして、オウカの視線の先に。
逃げ出したはずの、ペガサス・マキナが。
「これがワタシの潜在能力。アルガ殿が、パパ上のチカラを引き出してくれたのか――――じゃあ、せっかくで悪いけど、モガくん」
オウカ・ブレンドアルガの内側から現れたのは、マキナの粒子に侵されたアルガと、オウカ。
ではなかった。
「オマエの、その姿……オウ」
「*《アルガ殿を連れてクレバスまで逃げるんだ》。
そこにアーチ嬢もいるから、
*《彼女と銀雪民を連れて、下山の先導をよろしく頼む》」
見たこともないプラチナのタキシード型アーマー――いや、正確には一万年前に見た。オウガに備わっていたもモノと全く同じ――を身に着けたオウカの*《オーダー》を耳にした。
その途端、モガの足は意思に反して動き出す。
「この関数は、オウガの……! くっ、抗えん」
オウガのアーマーを纏ったオウカが、異形のペガサス・マキナに対峙する。
ちぎれた胴体を棄て、首だけになってなお、ペガサス・マキナは人魂のように浮遊して我が子を探した。
……この辺りにいないと分かり、辺りに憤怒の粒子を散らす。
そのペガサス・マキナに背を向けて、モガは*《オーダー》に従ってスリープに落ちたアルガを拾い上げた。
このままではオウカの*通りになってしまう。
「ペガサス・マキナを、放ったまま、で……下山など出来るかっ!」
「平気さ。ワタシは一人で立ち向かうわけじゃあない。このカラダを見ての通り、今のワタシにはパパ上がついている」
「オマエの事も放っておけないと言っているんだ、この期に及んで飄々なフリなどするな!!」
「キミこそ、目的を忘れるな!! あんまり頑固なら命令変更だよ――――*《ほんとうに守りたいものを守れ》!」
その*《オーダー》はモガに効果てき面だった。
あるいは*《オーダー》などなくても、ただの言葉だけでモガは決心したかもしれない。
モガの守りたいものは、約束。
アーチを守ると約束した。
マルに世界を見せると約束した。
「……アーチはクレバスに居るんだったな?」
「そうさ。粒子が入り込まないだろうから、エレベーターホールにそっと横たえておいたよ」
「行ってくる。オマエの方も手短に済ませて、銀雪民たちにさっさと追いつくことだ。いいな」
モガは*《オーダー》の強制力のままに雪を蹴った。
命令遂行のためにどこからともなくチカラが湧き上がるのも、*《オーダー》の機能が働いているからか。
湧き上がるチカラのまま、浅紅の炎は燃え上がる。皮肉すぎる疾走を発揮して、二人の距離を圧倒的に突き放す。
赤黒い吹雪を突き抜ける疾走のさなか、モガはほんの一瞬我に返った。
わずかな正気を振り絞って、モガは後ろを振り返る。
しかし、オウカの姿はすでに赤黒い吹雪の向こうだった。
それがオウカにまつわる最後の記憶。
あとはもう、記憶さえ曖昧になるほどの全力で深い雪を突き進んだ。
(小さい頃の約束は忘れましたが、評価・感想はいつまでもお待ちしております)




