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【邂逅】6 6/32

相談は。

自分の気持ちや状況をわかってくれる人にこそ相談しよう。

親兄弟でもわかってもらえないケース。ぶっちゃけいっぱいあります。

「肉やわらけぇーーー!!!」

「「「うめぇぇえーーー!!!」」」


 その日の晩。自分の獲ったシカ・アニマ肉が大好評だったことを、モガは与えられた客室で聞いていた。


 モガは結局、昼も夜も食堂には行かなかった。

 正確には足を運べなかった。

 ギアニックが有機物を口に含むあの光景はここの宿民にとって当たり前らしいが、モガからすれば究極にグロテスクなのだ。


「入るわよー、って暗っ!? 明かりぐらい点けろっての」


 アーチが部屋の照明パネルに触れる。ギアニックの内部電力を吸い上げて照明がオンになる仕掛けらしい。木製の割にテクノロジーに富んだ宿だ。


「アーチか……ン、なんだ。その手にあるのは?」


 アーチの声と共に扉が開く。彼女がステーキの皿さえ運び込まなければ、モガはもう少し気前よい言葉を発してやれたかもしれない。


「くっ、悪いニオイだ。もう寝かせてもらおう。明かりも消せ」

「アンタの分はないわよ。これアタシんだし……って、ちょいまち。ハナシ聞きなさいよ」


 ドカッと床に少女らしからぬあぐらをかくアーチ。フォークに刺された肉塊をあぐあぐと貪る目の前の少女は、ギアニックだ。


(ギアニックの、ハズだろう)


 アーチが部屋の照明を消してくれてよかった。点けていれば、まず間違いなくモガは嘔吐(えず)いていただろう。


 モガは外の半月と目を合わせる。間違ってもそっちを見てはいけない。


「アンタ言葉数少ない割に表情筋は良く歪むのね」

「どういう意味だ?」

「アタシが食べてる前でマズそーなカオするなって言ってんの」


 しまった失礼なことをした、と思うより先に、


「なぜわざわざオレの部屋で食べる? 言っておくが、オレはマズそうな顔とやらを引っ込める気はないぞ」


 という疑問が口をついた。


「チョオローとかアンガスとか、宿のみんなが『剣の人にも食わせてやりたい』ってうるさいのよ。『せっかくいい仕事をしたのに飯抜きなんて仕打ちはないだろう』ってね。良かったわね」

「いい仕事? シカの一匹がか?」


 狩猟の時とは打って変わって、アーチはしっとりとした声音でそうよ、と呟く。

 年の離れた弟たちが微笑ましくてたまらない長女が、慈しむように続ける。


「おチビたちの声、嬉しそう。上の階(ここ)まで聞こえちゃうのね」

「? そうだな」


 美味い(うまい)、美味い、柔らかいぃー。子供たちの歓声が食堂からしきりに挙がっている。


 朝、モガに殺到した時と同じく、底抜けに無邪気な声。

 一片の悪意もない声に意識を傾けると、食堂に姿を見せてやれない事が少し心苦しくなるのは、錯覚だろうか。


「アタシが獲ったアニマはね、どれも肉が硬かったり、生臭さが残ったりすんのよ。死に際は電撃で筋肉が強張るし、かといって即死させようと連射すれば、より帯電して死後の処理が遅れちゃう」


 モガはイノシシの事を思い出す。たしかに電撃を受けてから事切れるまでには時間があったし、屠体(とたい)から血や臓物を取り除くにも、まずは電気が逃げるのを待たなければならなかった。


「オレが斬って獲ったシカ・アニマとはジジョウが違うわけだな」

「感電とかしないしね。アンタの獲物をアタシが捌いて、沢で冷やしてもう完璧。アンタこれ食べないのマジもったいないよ? ほら」

「いらん。それより今日の働きで、オレは宿賃を何割を支払ったことになる?」


 宿民が喜んでいるなら何よりだが、それはそれとしてモガは一刻も早くジエの捜索に出たかった。


 そのためにモガはまず、気絶していた約一月分の宿賃を払わなければならない。

 払うと言ってもこ、この商売は金ではなく物々交換などで執り行っているらしい。


(この原始的な世界では、すでにカネというガイネンさえも失われているかもしれない。おそらく貨幣そのものがソンザイしていない)


 物々交換に差し出せるものなど何一つ持っていないモガとしては、宿の営みに手を貸すしかなかった。


「アンタの働きは、そうね……一日分かしらね、多分そんくらい」

「フム。何かしら一頭獲るごとに一日分、ということか。ならば、明日(あす)は二九匹仕留めるまでだ」

「分かってると思うけど、今日もここに泊まるんならプラマイゼロよ」

「ム。まぁいい。プラス一匹(とら)まえるまで」

「あと乱獲とかぜったい許さないから!」


 ガシャアァン。部屋に金属の衝撃音が響く。

 アーチが制止を叫ぶと同時に、モガに異変が起こった。


「ちょ、アンタ! 何よ急に、どうしちゃったの!?」

「少しバランスを崩しただけだ。問題ない」


 座っていたベッドから転がり落ちた。ベッドに手をかけて身を起こすも、平常時よりボディが重たい。


「少しってどころじゃないし! いきなり倒れるってどういう……あ、そうか」


 アーチの助けを借りてモガはベッドの側面にもたれる。


「なんだ? 何を一人で納得している」

「アンタやっぱ腹空かしてんじゃないの?」

「フンッ。ギアニックに空腹などない。あるとすればエネルギー切れだ」

「なによ、つまんない意地張っちゃって!」


 アーチ食べかけシカ肉ステーキ、その最後の一口を刺したフォークが、勢い良くモガへと差し出される。


「!? まさか……よせ!! やめろ!!!!」

「もう、あんまし世話焼かせないでよ! くそぉ、これじゃ寝てた時の方がよっぽど口に入れやすかったわ!!」


 寝てた時。

 口に入れた。

 つまりモガは、知らない間に有機物を摂取させられていた……?


「ぶっ倒れてまでやせ我慢すんな! おらっ、お食べっ」

「もがっ!! んっ、ぐ!?」

「はい、ゴール。下で食べてるおチビたちだって、今みたいに野菜を克服したもんよ。アンタも観念して咀嚼(そしゃく)なさい」

「…………………………」


 目の前にいるのは宿のシェフだ。ぶぇっ、とステーキを押し返そうものなら、きっと無理矢理にでも押し込んでくるだろう。モガはそれだけは勘弁だった。


 かといって嚥下(えんげ)はおろか、咀嚼のたびに脂分の感触がぞくりぞくりと口内を這い伝わる。


 口からフォークをぶら下げたままピクリと動けずにいるモガはまさしく、舌を力なく垂れ下げる動物の屠体に同じだった。




 ****************




「こりゃまた随分ぐろっきーぢゃなぁ、ヌシ」


 木組みの廊下をふらついていた時。モガは深緑のローブに杖を突く老人とばったり遭遇した。

 ふさふさとした眉毛の向こう側で、モガを捉える老人の目が――――カメラアイが、心配そうに揺れる。


「オマエはたしか、長老と呼ばれていたな……うぅぷ」

「吐かない吐かない。しゃんと自分で歩きなさいよ、ほんと世話焼けるんだから」


 アーチに肩で担がれ、モガはどこかへと運ばれる。有機物の食事が相当(こた)えたらしいことを、チョオローは見て取った。


「チョオローは呼び名ぢゃな。あと長老ぢゃのうて、ワシゃ言うなればここの宿長ぢゃな」

「ああーもういいから、いいから。チョオローも手伝ってよ」

「ナニをぢゃ?」

「見ての通り。剣の人を風呂まで運ぶのよ」

「ぅぶ……風呂、だと? ……バカな。風呂に入るのはニンゲン、だけでいい……おぇ」


 例によってモガは施しを拒否する。


「はいはい。一匹オオカミごっこは終わりよ。いい子だから」


 もちろん遠慮のつもりではない。人間が必要とするような食事や入浴など、この機械の身体が受け付けない。


「こんなフラフラで大丈夫(だいぢょうぶ)かのぉ」

「さすがに風呂ぐらい入れるわよ。ねぇ?」

「ありえん……オレはギアニック……電源とメンテナンスさえ出来れば、それでいいはず……だのに」

「こういうのを茫然自失というのぢゃ。剣の人ダメそうなのぢゃ」

「ギアニックは……ただギアニックであれば、それでいいハズだ……ぅ」


 危ぶまれるモガの不調に対して、宿の室内浴場はすぐそこまで迫っている。


「……アーチ」

「なによ、自分で歩けるようになった?」


 行く手に浴場の入り口、という目の前の現実を意識したモガは、次第に自分を取り戻していく。


 バッ、とアーチの肩から身体を離した。


「オレはもう寝ると言ったはずだぞ」


 言うや否や、チョオローとアーチの間を通り越して部屋に戻ろうとするモガ。しかしアーチはそれを咎める。


「風呂がありえないっていうけど、アンタこそありえないわよ。森で一匹仕留めたんだから、当然キツイ臭いがつくわ。その臭みを風呂嫌いってだけで放置するなんて」


 臭い、という単語にモガの顔がぱっと上がる。


「気づいてないようだから教えてあげる。今のアンタは土と獣臭、それに血生臭さをプンプンさせてんの。自分じゃわからないからって、そんな身体で宿をほっつき歩かれたらハッキリ言ってみんなが迷惑。そこんとこ、ちゃんと理解しなさい」


 ビッシと指差しで糾弾される。

 と同時にモガは、血生臭さと聞いて寝起きの出来事を思い出す。


「その発言、オマエにも当てはまるだろう」

「なによ。言いたいことでもあるっていうの?」


 気づいていないようだから教えてやろう。

 モガは悠然と腕を組んだ。


「一ヶ月眠っていたオレが、なぜ今日になって目を覚ましたか教えてやる。アレは獣と血のニオイだったか……オマエから発生するキケン性の高いゲキシュウを、嗅覚センサーが感知したからだ」


 目を覚ました当時、アーチはヘッドギアの掠れた文字を読んでいた。顔がやけに近かったのを、モガは覚えている。


「いや、ちょっ……やめなさいよ! アタシが臭うとでも」

「一ヶ月の眠りを覚ます程度には、な」

「ぐぬぬぅ……っ!!」

「……フッ」


 アーチは地団駄でも始めそうな形相だった。


 部屋から。

 食堂から。

 階段から、騒ぎに気づいた宿民たちが何人も聞き耳を立てていた。二人の顛末を珍しがって見守る。


「ちょうどいいぢゃろ……アーチや」


 やれやれと声を漏らしたのは、一番近くで散々なやり取りを見せられたチョオロー。


「さっきの通り、剣の人はお疲れのようぢゃ。ヌシが入浴を手伝ってやるがええ」

「は? 混浴? わざわざアタシまで一緒に入れって?」

「そうは言っとらんわ。風呂の使い方を教えた後で、順番に入るとかナントカ……あるぢゃろ?」


 まぁアーチが一緒に入りたいのなら、ワシゃそれでも構わんがのぉ。チョオローは戯れ言程度にそう付け加えた。


「アーチ」

「なによ。デリカシーない奴は黙ってなさいよ」


 半泣きのアーチに、モガは腕組みを崩さないまま言葉を継いだ。


「おそらくだが。チョオローは遠回しに『オマエもカラダを洗い直せ』と伝えたいのだろう」

「デリカシーない奴は黙ってなさいよ!!」

「ええい、これ以上議論の余地はないぞい! つべこべ言わず、二人とも風呂くらい済ませて参れぇー!」


 宿民たちは、各々の部屋や階段の隅でチョオローの絶叫を聞く。特に大人はみな一様に「嗚呼(ああ)チョオロー、若いお二人と思って相当面白がってるなぁ」と、微笑ましい心地で見守った。














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