【出土】1 20/39
20/39です。雪山編も折り返し地点ですね
翌日。バクサから通達で、ペガサス・アニマの移住が終わったと知る。
まずはモガとアーチ、それにオウカとバクサで地上階の安全を確認した。
「何よコレ……お城!?」
「上ばかりを見上げて歩くな。足元はガレキだらけだ」
中庭に出ると瓦礫もとい氷塊がそこかしこに転がっていた。
無造作に落ちている氷塊は、貴族屋敷や中庭中央の噴水があった辺りで特にうず高く積み上がっている。おそらく、元々は屋敷や噴水を形作っていた氷だ。
建材だった氷が崩れれば、瓦礫と表現するのも正しいか。
瓦礫の山の上には、新たに城が建っていた。最初から建ってました、とでも言いたげなほど堂々とした佇まいだ。
「ふふっ、オウカキャッスル。とでも名付けちゃおうか」
洋風な屋根が天を指す。塔のような先端に旗なんか取り付けられていた。ヘラジカの幅広な角と王冠、二つのモチーフが威風堂々あしらわれている。
「裁判長、よろしいでしょうか」
「おや、ワタシの事かい?」
「これまでの判例から察するに、その名称は銀雪民に受け入れられないでしょう」
判例、つまりオウカ屋敷は貴族屋敷に、オウカ王立図書館は資料室と、自然な呼称がされるようになった前例があるらしい。
「建物に自分の名前付けちゃうってどんだけ自信家よ。アタシこっち点検してくるわ」
貴族屋敷があった場所には城。
中庭の噴水広場だったあたりには、樹氷がこびりついた大樹。
あとはどれも以前と同じ、氷の壁と天蓋に覆われるのみだった。
ドーム状に閉じたクレバスに、これといったシンボルは二つ。
「城と大樹か。ペガサス・アニマが山を歩いただけで、クレバスの中がここまで変えられてしまうとはな」
貴族屋敷や噴水が倒壊したのはペガサス・アニマのせいにほかならないが、城や大樹といった新しい施設は、さすがにクレバスシステムの自動修復によるものだろう。
「じゃあワタシはアーチ嬢に同行しよう。エスコートも兼ねて」
中庭の大樹を目指して歩き出したアーチの背をオウカが追った。
「となればオレたちはアッチか」
「そのようですね。参りましょう」
モガはアーチたち二人とは逆側、城へと向き直る。
貴族屋敷を瓦礫に変え、あまつさえ踏みつけにして建つ氷の城。
モガの目には、それが得体の知れない物として映る。
外観から悪意は感じないが、屋内は果たして。
「ではモガさん。我々も安全確認を」
「ああ。アイツらはクレバスの外苑、オレたちは中だ」
二人はまず門から玄関、玄関からエレベーターがあった場所まで引き返した。バクサはエレベーターを起点に見取り図を作るつもりらしい。
「元あった屋敷が倒壊するのはリカイできる。しかし……」
テキストチップに間取りを書き込みながら歩くバクサの背に、モガは問いかける。
「その跡地に、独りでに城が建つのはどういうわけだ?」
「クレバスシステムの機能のようです。私が銀雪民の仲間入りをした当時、すでにこういう仕組みになっていました。ペガサス・アニマの動向に合わせて、クレバスシステムは形を変える……その原理を審議にかけた事もありましたが、解明できずに迷宮入りです」
銀雪民を守るクレバスが超自然的なものなのか、それともモガさえ知らない未知のテクノロジーなのか。
――確証はないが、おそらくは後者だな。
「キノウというからには、やはりクレバス全体が武装になっているのか」
「武装、というのが何を示しているのか私には判りかねますが、クレバスシステムが高度な技術の上に成り立っているのは、状況証拠が示す通りでしょう」
ガラッと変わった内部構造をぼんやり眺めていると、モガの脳裏にジエの設計図がちらつく。
――アイツの設計の中に、状況に応じて形を変える、あるいは屋敷などの破損した機構を再構築する。そんなキノウはあっただろうか。
「あれは……! モガさん、見つけました」
「? 何をだ」
「安全確保の争点、ですよ」
「ソウ、テン……?」
バクサは壁のある一点を手の平で示す。
壁には照明が取り付けてあるだけだった。
ヘラジカの角を模した燭台で、角の先端部分にロウソクを指す、城に相応しい古風な見た目の、しかし見た目以外はあくまでも電子の照明だった。
「争点なんて気取った名前で呼ぶのは、私だけですがね。見ていてください」
バクサが燭台を取り外すと、ぽっかり空いた壁の向こうにプラグの差し込み口が隠れていた。
「オレにはコードの接続部のように見える」
「その通り。しかし接続するのは、これです」
言葉と同時にバクサの鎧の関節部が、浮いた。
実体だったバクサの手足がホログラフよろしく消滅、代わりに手足があった部位から幾束もの鎖が引きずり現れる!
「ッ! なにを……!?」
この鎖には、大将サイズのユキザル・アニマを縛り上げ、そのまま谷へ投げ落とせるだけの馬力がある。
どういうつもりか、バクサは突如として武器を展開した。
「誤審なきよう。この行為に事件性はありません」
「そう言われて、ケイカイするなというほうが無理だろう」
鎖を展開したバクサからは、騎乗手として出会った時の不敵を感じる。
触手のように蠢く鎖は、重厚かつ柔軟。センガの×%《バイパー》関数同様、軌道が読みづらい。
そのうちの一本が烈しく蠢動する!
「――ッ!」
モガのボディを貫くかと思われた鎖は、先ほど見つけたプラグの口に吸い込まれていく……。
モガが身の危険を感じた矢先だった。状況が呑み込めないでいるモガを放置して、バクサは納得げに一つ頷いた。
「これでよし、です。内部構造の把握も捗りますよ」
モガは傷一つ付くことなく、一方バクサは一仕事終えた風だった。
「さぁ、今回のクレバスはどんな設計でしょうか……ふむふむ」
事態を呑めないモガを差し置いて、バクサは見取り図に書き込みを続ける。
「何が起こったかわからない、そんな様子ですね」
「…………」
「判らないまま応戦した結果、いざ裁判では正当防衛と見なされない場合もあります。くれぐれもご注意を」
「オマエこそ。今のをジョウダンで済ませるつもりか?」
「いいえ、そういうつもりでは。私はただ……ふむ、これは……? オウカとアーチさんの方で何かあったのでしょうか?」
城の構造を見取り図に記すバクサの手が止まる。
なにを訝しんでいるのか、モガは話を掴めずいるが、おそらくプラグ口に挿入した鎖が関係している。
「こうして、鎖を争点からクレバス全体に伸ばすことで、構造を確認しているのですが……」
「警報や避難誘導を、そのクサリにさせていたようにか?」
「そうです。見取り図はこのまま書き上げてしまいましょう」
伸ばした鎖がバクサの耳目の代わりを果たし、安全確認はそれで終わる。
テキストチップの白紙は一気に見取り図で埋まった。それを持って、バクサは来た道を引きかえす。
「安全確認はそれでいいとして、さっきはどうした?」
「本件では驚かせてしまい、大変な失礼を致しました」
鎧で重々しいバクサの頭部が謝罪とともに下がる。
本人にその気があったかどうかは定かではないが、手足部から広げた鎖が、モガには威嚇にも見えた。
それこそをバクサは詫びているんだろうが、モガの気がかりは別にあった。
「見取り図を書きながら、オマエは何かをハッケンした。違うか?」
「ええ。そのことでしたら、共に中庭へ参りましょう」
バクサの鎖は城のみならず、中庭にまで及んでいるらしい。「クレバス全体」というからには、ひょっとすると地下の資料室なんかにも伸びているかもしれない。
「そのクサリで異変を見つけたのか?」
「ええ。オウカたちが長時間、大樹のあたりで立ち止まっています」
大樹か? 氷で構成されている以外に変わったところはなかったと思われた。
むしろ屋敷や城さえ氷で造られるこのクレバスでは、普通の木より氷の木のほうが正常なくらいだ。
「異変といっても、その全てが有罪とは限りません。物資の可能性もあります」
「物資だと?」
「寒さがより厳しくなれば防寒着、アニマが多い地域では護身用の武具など。場所や時勢に応じて支援物資が出土するのですよ」
馬鹿なとごちりたくなるが、事実だろう。
アイスコープ現象、オウカのコールドコード。モガは不可思議な物事をすでにいくつも目の当たりにしてきた。
「クレバスが崩落し、新しいクレバスが形作られる。するとどういうわけか、その場その場で欲しかったものが、クレバスの各所に転がっている」
「じゃあアイツらは、物資を見つけた可能性がある。か?」
「その判決で間違いないかと」
アーチたちに何が起こっているか具体的には分からないが、少なくとも中庭に向かうバクサの足取りに焦りはない。
緊急性は高くないと見て取り、モガはそれきり話題を打ち消した。
そしてもう一つ、別に訊きたかった事をバクサの背に投げかける。
「それで、オマエがオレを襲わんとしたのはどういうリョウケンだ?」
「申し訳ございません。少々、試したくなりまして」
「フン……確かにな。コールドコードが無かったとはいえ、オレは一度オマエに敗けている。イエティ・アニマやペガサス・アニマへの対抗力がオレでは心許ないか」
「それこそ誤審……いえ、誤解です」
ペガサス・アニマの名前を聞き受けて、バクサの声に緊張が帯びる
「試したかったのは、ひとえに私自身の力です」
「? オマエはジュウブンに強い。手合わせすればわかる」
「そうでしょうか?」
「…………どうした、バクサ」
モガはバクサを評価するが、バクサは頷かない。
安全な下山とペガサス・アニマの討伐は確かに大きな課題だ。
しかしバクサが素直に頷かないところを見ると、作戦が困難を極めるという以外に、彼を追い詰めている要因が他にもありそうだった。
「私はすでに敗訴を喫しています」
「ハイソだと……? オレにもわかるように言ってくれ」
「過去、ペガサス・アニマに敗けているんです。オウカの両親と私、三人編成で下山作戦を実施した際に」
オウカの両親。つまり先代の銀雪民統主にして、モガシリーズ〇〇三・オウガも作戦に参加していたのか。
「討伐は失敗。返り討ちに会った三人のうち、生き残ったのは私のみ。遺体さえ持ち帰れず、オウカは一人になった……」
バクサがオウカに付き従っていたのは、単に上司と部下だから、という事情ではないらしい。
手枷を模したグレートヘルムの奥で過去を語るバクサがどんな表情をしているのか。
「オマエも他の銀雪民と同じか。ここのヤツは皆、自分のウンメイを吹雪に翻弄されてばかりだった」
「その通りです。私もオウカも、幾度と歯を食いしばってきました」
二人の主従関係のバックボーン。それを慮ると、モガでさえやるせなかった。
「だが、過去の失敗と今のジツリョクは関係ない」
「ええ……おっしゃる通りかと」
「昔に負けていようが今のオマエは強い。戦ったオレが、証言台に立ってやる」
「ふふふ……貴方からは証言は、もう頂いています」
前を行くバクサが振り返り、言葉の意味を掴みかねているモガを笑う。
「私の鎖は強そうに見えましたか?」
「?」
「いえ、何も言って頂かなくて結構です――――先ほどの驚き様が、全て物語っていますので」
「……自分を試したいと言っていたな」
「ええ」
「襲い掛からんとしたのは、そういう事か」
「貴方様ほどの戦人に脅威と思って頂けるなら不肖バクサ、揺らぐことなく戦えるというものです」
本気で戦い合うつもりは無かったとはいえ、力不足の焦りからモガを驚かそうとしたことは事実らしい。
回廊を引き返し中庭に向かう間、バクサはそのことを謝罪し続けた。
鎖を展開した時に見えたバクサの不敵さなど、すっかり鳴りを潜めている。
戦闘に際して発せられるあの威圧感を、本人は自覚しているのだろうか。
(はじめて敵として遭遇した時は、厄介なヤツだと思わされたモノだ)
少なくとも臨戦態勢のバクサには、自分を有罪にしろと頭を下げ続ける姿からは想像できないプレッシャーがあった。
クレバスで目を覚ました当初こそ警戒したが、バクサが敵でなくて良かったと、今なら素直にそう思える。
「バクサよ」
「有罪に……はい?」
「オマエはまだ、オレに奥の手を隠している。そうだな?」
「奥の手……ですか」
やはり無自覚か。
「おそらくは、そのヨロイの奥だ。これ以上失いたくなければ気づくことだ、そのチカラに」
中庭に着いてなおも、バクサはモガの言葉にピンと来ていない。
「つまり私が詐欺罪を犯していると。証拠は?」
「ショウコはない。だがオマエにとって、オレはもう証人なんだろう?」
作戦では頼りにしている。
そう告げたのを最後に、モガは考え込むバクサの横を追い越した。




