【愚痴】 19/39
前回が記念すべき50話目。
ということは……今回はさらに記念すべき51話目((
地下の私室は少々カビくさい。
貴族屋敷のある地上階にはしばらく立ち入れないので、アーチとモガには地下の一室が貸し与えられている。
他の銀雪民は簡易的な食堂や資料室での雑魚寝だが、アーチとモガはゲスト扱いらしい。
「はぁ、にしても……」
資料室での検索作業をとっくに終えて、アーチは一人で私室に戻っていた。
モガやマルたちの傍らでジエの手がかりを探していたアーチだが、いたたまれなくなり一足先に資料室を出たのだ。
マルが外の世界への憧れを語りだした時、どうしようもなく平静を保てなくなった。
「モガの奴、平気な顔であんな宣言しちゃって……まじかっつの」
――そのアコガレ……近いうちに叶えてやる。ゼッタイにな。
あんな言い切りする度胸、アタシにはない。
バクサからあんな話を聞いたのは二人一緒のはずなのに、考えてることが全っ然ちがう。
「討伐がどんだけ上手くいったとしても、よ。バクサの話がホントなら、銀雪民のみんなは……!」
モガの言うようなハッピーエンドはありえない。そんな風には、考えたくもないけど。
言いかけると同時に、誰かが私室のドアを開けた。
無事に下山できたとしてその後、銀雪民の身に何が起こるのか。その先はバクサから他言無用だと言われているので、突然の来訪音に飛び上がりつつ、ハッとして口を噤んだ。
たった今帰ってきたモガは知っている――――外傷や寒さによる不調もなく、たとえ五体満足で下山できたとしても。
下山すれば当然、過酷な寒暖差が待ち受けている。適応できる銀雪民は、多く見積もって一割。それがバクサの語った討伐作戦の予測だった。
アーチたちに告げたバクサの声音は、しかし事実の深刻さに反して重々しさはなかった。
まるで、自分とオウカはとっくに受け入れた、とでも言わんばかりに。
しかしアーチはその限りではない。
そう簡単に受け止めてちゃたまらない。
実情を知ってから三週間が経とうとしている今もそうだ。そうと知る由もないマルたちを前にすると、アーチはどう振る舞えばいいのか分からなくなる。
「おかえり。モガ」
「ああ、いま戻った。……ン?」
自分と比べ、モガは迷いなど無い風だった。
「浮かないカオだな」
「逆になんで平気でいられるのか訊きたいっての」
「オマエの考えているコトは大体ハアクしている。そこはカクゴの違いだ」
「覚悟ったって……どうしょうもなくない?」
モガは首元を探り、スイッチをオン。浅紅のマントが首と両の肩幅から展開した。
「ペガサス・アニマを倒し、オレの炎で銀雪民をも守り抜く。
マル、ロー、オウカ。
バクサ、クナシ、ユブウ……そしてユス。一人も停止させずに下山する。出来なければオレはモガシリーズとして、ジエに造られたギアニックとして失格だ」
「……だけどっ」
「オレを信じろ」
ジエからの贈り物であるマントを優しく握りしめ、モガは目の前のアーチに掲げる。
「オレとジエを信じろ」
宿民を全員生き延びさせたあの夜のように、モガは最後まで戦うつもりだ。
バクサから現実を突きつけられてなおも、銀雪民を救おうとする意志に揺るぎはない。
「アコガレは叶うとオレはマルに言ったが、アレは子供騙しの甘言じゃない。吹雪を断ち切れば、アイツの旅はジュウブンジツゲン可能だ」
「言うのは簡単だけどね……」
「? オマエだってそのつもりでここへ来た。そうだろう」
モガがホンキなのはわかってる。でもどうしてこう、融通が利かないというか気が利かないというか……。
「オレは気休めを言うつもりはない」
「もう……わーかった、わかってるって。アタシだってユスを連れて帰るためにここに来たんだもん。でも」
「でも、なんだ」
それをモガに言うのは若干の気まずさがあって、視線をさまよわせてから、
「ちょっと愚痴を吐きたかっただけだっての」
うす暗い部屋の隅を見つめて零した。
「グチ、か」
「そ。アタシにしては珍しくお疲れ気味の心を、頷いて受け止めてほしいの。こーいうとき、聞く姿勢のない男はモテないわよ」
「持つ? なにが持てないんだ」
「ばか。もういい」
寄る辺ない心地をため息一つ吐いて切り替えると、アーチは無造作に歩き出して、モガの横を通り過ぎた。
「アタシ身体洗ってく……うわっ!?」
突如、身体が安定を失う。
地震によく似た揺れは、地下全体で起こっている。
「アーチ!」
あわや横に揺られた身体を、モガの手の平に抱き支えられる。
両肩を抑えられたアーチの背中と、モガのアーマーが密着した。
「またペガサス・アニマが移動をカイシしたようだな」
至近距離にモガの声。
「う、ウン……そう、ね」
ぎこちなく頷くのがやっとだった。
――――フィィィイイィィィン。地上ではペガサス・アニマが嘶きとともに立ち上がっている。
たったそれだけの動作で、クレバスの地下全体が震撼するのだ。
「あ、あのさ……」
「?」
「もう抑えてくれなくても大丈夫だから」
「ン……細かい揺れは続く。気を付けることだ」
嘶きは移動開始の合図らしいとバクサから教わっていた。
ひとたび歩き出せば、もう大きく揺れることもないだろう。
それでもペガサス・アニマが一歩踏み出すたび、地下は断続的に細動する。いわば余震だ。
(これと立ち向かうってこと、もう決めてた。とっくに決めたことだけど…………はぁ、憂鬱)
私室を後にしたアーチは、揺られながら洗身場に向かう。
残念ながらクレバスの地下に氷風呂はない。代わりに冷凍庫のような部屋に濡らしタオルを持って、冷気に裸身を包む。
ミスト状の氷粒が宙を舞う。それをまとわせた濡らしタオルで身体を洗う。これがけっこう気持ちいい。
いや、普段なら気持ちいいはずだった。
今日はどうにも気分がサッパリしない。
戦うべき相手のことばかり考えてしまい、アーチの頭は一杯いっぱいだった。
「はぁ~、今日はもうダメね! 戻って寝よっと」
私室に戻ると、モガはスリープの準備を完璧に整えていた。
すでに布団を被り、あとは消灯するだけ、という状態。
「もうやり残したことは無いか。無いなら寝るぞ」
一大作戦を前にして、この余裕である。
「なんか妙に肝が据わってるわね、アンタって」
そのふてぶてしさときたら、分けてほしいくらいだ。
「さっきのグチを引きずっているのか?」
「あ、面倒な奴だと思ったでしょ。気にしなくていいっての」
アーチの口調がぞんざいになるのも仕方ない。
モガが横たわるベッドには、あと一人分のスペースが空いていた。
アーチは思念で照明を落とすとモガのすぐ隣へと身体を埋める。
「オレは、オレを造ったジエを信じている」
「さっきの話の続き? アンタには大黒柱があって良いわね、羨ましい」
まだ短い付き合いだけど、モガがジエに心酔してるのは分かる。
モガは不安なとき、挫けそうなときに、ジエを思い出しては自身を奮い立たせてるんだろう。
ただボディの造りが違うってだけじゃない。そういう芯の通った強さがあると思う。
(一般ギアニックじゃ及びもつかないほど超強いモガには、もはや不安って概念は無いかもしんないけど)
「ダイコク柱、か」
「そ。心の支え、みたいな? いわゆる信念と言い換えてもいいわね」
「今度はシンネン、ときたか」
モガのほうから、もぞと身じろぎの気配がする。
シャーベットが詰まった布団をシャリと押しのけ、こっちに近づいて来ているような……。
「オマエにもあるだろう?」
「ふっ!?」
突如、声が近い!
「オマエをオマエたらしめるモノが」
「な、なにっ。なんでちょっとこっち寄ったの?」
至近距離の真正面から顔を向け合う勇気はないので、ほんの横目にモガを伺う。
押し迫ったように響くモガの声は、アーチが過剰に反応しただけで、思っていたよりも遠くにあった。
広げた手の平よりは遠くだ。
しかし大して近くないと言い聞かせる割に、鼓動が大げさに脈打つのはなぜか。
同じベッドにいるだけで、いつもこうだ。
「オマエは自分を信じればいい」
「またテキトー言ってくれるわね」
「オレについて来たのはあくまで自分で決めたことだと、吹雪に見舞われる前に言っていたな?」
暗がりではあるが、モガの真っ直ぐな眼差しは見えずとも感じる。
「オマエはロクの平穏を願って、自らの意思でこんなヒドイ場所まで登って来た。そんな決断をしてのけた自分自身は、信じるに値しないか?」
「いやぁ、それは、ただ」
アンタが前を歩いてくれなきゃ、そんな大それたことできっこなかったよ。とは言えなかった。
「オマエは、宿民を思って行動できる自分自身を信じてやればいい」
「……………………」
「オマエは強い。オレのように関数や武装に頼らずとも、シンの通った強さがある」
「! …………そう、かなぁ」
「それに、すでに実績もある」
「実績って?」
本当にわからないか? と呆れ混じりの吐かれる細いため息が、アーチの耳をいちいちくすぐる。
「オレが戻ってくるまでの間、マキナの群れから宿を守り切った。その後、オレと共にセンガを止めた」
「それはほら、アンタが来てくれるだろうって思ってたから出来ただけで」
「いや。オレが居ようが居まいが、オマエは宿民のために動けるハズだ」
そこまで言われて、アーチはハッとする。
宿を守るために戦えたのは、アーチにとってモガが心の支えとなっていたから、それは嘘ではない。
でも、それ以上の心当たりがアーチにはある。
戦う覚悟がより固まったのは、ロクと小指を結んだ瞬間。
守りたいものが自分の背後にある、そう実感するから戦えた。
「フッ、気づけたようだな。ならば、もはやオレからは何も言うまい」
自分の帰りを、ロクが待っている。
ユスを連れて帰れる可能性があることは、確証がなかったから教えてない。
けど今度こそ、本当の意味でロクを守りたい。
じゃあ、やるしかないじゃない。
「けどペガサス・アニマは強いわよ。アタシたちが想像できる範囲を超えるレベルで。ちなみにこれ、愚痴とかじゃなくて現実問題ね」
「シンパイするな。オマエはオマエに出来る事をやればいい」
ペガサス・アニマはアーチとオウカで相手をする、というのが暫定的に決まっている。
A→Bしたヘラジカ形態のオウカは、新雪に捕らわれぬ細く長い四つ足のおかげで雪上でも機動力を発揮できる。
回避をオウカ・ヘラジカに任せ、騎乗したアーチが射撃で攻める。
要するにヒットアンドアウェイが有力だとされていた。
「アイツが頼りになるオトコなのは間近に見た」
オウカには悪いけど、急に寂しさが込み上げる。今回タッグを組むのは、モガではなくオウカなのだ。
モガと一緒の方がいいなんて、言葉にすれば子供っぽ過ぎる言い分だと思うけど。
「どうだ。もう不安など無くなったんじゃないか?」
「んー……そうね。愚痴に付き合ってくれてどうも」
「ならばもう寝るといい。オウカたちの話では、ジキに上に戻れるらしいからな」
上に戻るとは、つまりペガサス・アニマの移動が終わることを意味する。
移住を終えたアニマというのは大概、ほどなくして出産準備に入る。
しかも今回のケースでは、移住は本来の出産予定日を押しのけて行われたので、一日も待たずに出産を始める可能性すらある。
「ホントに目の前なんだ、決戦が」
「ああ。また愚痴を言いたくなったか?」
「いーや、まさか。この流れで卑屈になるわけないっしょ」
ペガサス・アニマは強い、でもロクを思えば戦うしかない。
自分の行動を信じて、オウカと出来る事をする、か。
自分を信じろ、自分とオウカを信じ……そう念じるけど、やっぱりあと一声足りない。
「ね、モガ」
「どうした。オレはそろそろ本当に寝るが?」
「べつに大したことじゃなくて。今日だけ、その……」
意を決して、一息で言うべきだ。
あんまりムズムズしてみせると、この気恥ずかしさを気取られてしまう。
こんな気持ちをモガに知られるなんて、なんか無性に悔しい。
「腕、……かして」
うう、我ながらモガに甘え過ぎだろうか。
「腕だと? 何のために」
「不安な夜をやり過ごすためよ。これ愚痴とかじゃなくて、定期的に必要なことだから」
適当に誤魔化しつつ、アーチはさも当たり前な風を装って自分の左腕を取り外す。
「はいコレ、代わりにアタシの腕かしたげるから」
「オレは別段ヒツヨウないが……」
「片腕で寝ちゃバランス悪いでしょーが、遠慮すんなし。ハイ腕もーらい」
突然の申し出にモガは呆れ気味だった。腕パーツ交換を迫るアーチに対し、モガはまるで訳が分からないものを相手にする風で。
訝しみながらも、モガは左腕を差し出して応じる。ベッドの中でお互いの腕を交わすなんて、アタシとしたことがかなり特殊な癖かも。
「気が済んだなら、今度こそ明日に備えて寝るコトだ」
「ん。ありがと」
モガの左腕を自身の肘に挿げ替える。
チン。と布団の中からくぐもった金属音が鳴った。
前腕部の、付け根の締め付け感が心地いい。
(なんかモガに腕を引かれてるみたい……やっぱり、ヘンなカンジ)
目を閉じて眠りに落ちるまでの間に、アーチは考える。
どうしてこう、他人のパーツを装備する行為には、背徳感が伴うんだろう。
しかもモガは、部位を交換することの快感に気づいてない。
(ヘンなカンジだけど、イヤじゃない。この気持ちを、モガに隠れて独り占めしちゃってるんだ、アタシ……)
気がづくと、アーチは自分の左腕を胸に抱いていた。意思に関係なく強まる鼓動が、ギュッとあてがったモガの腕を押し返す。
まだ宿があった頃の、はじめて頭を洗ってやった記憶が蘇る。
大げさに鳴る鼓動が、頭を洗う手の平からモガに伝ってバレたあの一幕。
あの時と同じで、うるさい胸にモガの腕をあてがうと、この瞬間の言いようのない高まりもすべてモガに筒抜けなんじゃないかと、そう錯覚してしまう。
(知られたくないくせして、自分から押し付けちゃってる……どうしたアタシ)
それでも眠れなくて、今度は腿で取り押さえた。
モガの腕を股にあてがい、腿を締める。
モガの腕の冷えた金属製が、熱くなる股に気持ち良い。
アーチは気づいているのか、それとも無意識なのか、こうやって人知れず遊んでいる間は、ペガサス・アニマへの不安を忘れられた。
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