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【邂逅】5 5/32

頑張りすぎちゃいけないときもあります。

「頑張りまーす!」と

「助けてくれ~~~」を使い分けて生きましょう。

 アーチは呆れを通り越して軽い苛立ちを覚えていた。

 理由はもちろん一か月前に宿に運ばれた、あの「剣の人」だ。


 「剣の人」は今、重心を低くした臨戦態勢を取っている。

 周囲を見る、だけでなく音を聴く、嗅ぐ。

 本人が言うにはなんか白兵戦最強らしい。場数を踏んだ傭兵ギアニックの経験則で敵機の潜伏場所を想定、してるつもりらしい。


 レーダーの向こう側、センサーにも存在しない気配を「剣の人」は一気に手繰り寄せる――――!


「……そこかッ!」


 「剣の人」が道端の茂みを掻き分けた。


「な~にが、『そこかっ』よ。なんもいないっての、こんなとこ」


 中腰になって突き出る「剣の人」のケツを蹴っ飛ばしたくなった。


 宿を出てからずっと、「剣の人」のこんなテンションが続いている。そばにいるアーチとしてはお腹いっぱいだった。


 はぁ、こんな奴が。


(こんなのが本当に『片角(かたづの)の鮮血』なワケ? 信じらんないわ~)






 モガ、そしてアーチがいるのは、日当たりと見通しが開放的で平坦な通り。

 宿からもさほど離れておらず、平原と川に挟まれた長閑(のどか)な道だ。


 そう、至って平和で、危険の気配など微塵もないただの通り道。


「そこか……。いや、いない……」


 この長閑な土道のど真ん中で、モガが警戒するほどの危険性が襲い来るようには思えなかった。


「うざ。キョロキョロすんな、鬱陶しいわよ」


 モガの警戒が、アーチの目には大袈裟に映る。こんなやり取りがすでに三回目だ。


「フン……まぁいい。何も潜んでいないのなら問題ない」

「はぁー何がいるってのよ。ただの道だし、ココ!」


 宿賃を迫るアーチに連れられ、宿の裏の山へジビエ狩りに向かう道中。

 モガは(ちり)が吹かれる程度の異変さえ見逃すまいと、過敏なほど辺りに気を配っていた。


「何度も言うようだけど、宿の周りは超安全だから! ここ三百年不審者も事故も事件もないの! おかげでアタシはずーっと退屈なんだから!」


 モガが感じた何者かの気配。結局その全てがモガの杞憂気のせいに終わった。


 二人が目的地の森に到着する頃になって、ようやく警戒を解いたモガが口を開く。


「ところで、オマエは見たことないか? ボディを赤黒い金属で覆った自律兵器のことを」

「さーね。鏡でも覗いてみたら? ちょうど赤と黒だし」


 そういってアーチが指差すモガの左側頭部は、黒いヘッドギア。

 そのヘッドギアに付属の、角のような赤いアンテナ。

 モガのカメラアイを保護するは、赤バイザー。


 胴体のアーマーや脚部など、たしかにモガは赤や黒を基調としているが、


「あんなザコ兵器と一緒にしてもらっては困る」


 バイザー奥のカメラアイが、呆れるアーチの目と合った。察するにアーチは、自律兵器の存在を知らないどころか信じていない。


「あの宿に運ばれる以前、オレは妙な自律兵器に襲われたんだが。オレがこれだけ警戒しても見つからないとなれば、この辺りには現れないようだな」

「そうよ。さっきも言ったけど、トラブル(いさか)い一切ナシ。宿で暮らしてればそんなもん。アタシが生まれて今日この日までずーっとそう。理解した?」


 モガとて全ての疑問が解消した訳ではないが、ひとまず首肯して理解したふりをする。


(あの自律兵器でないにしろ、異様な視線はたしかにあったんだがな……さっきまで感じていた、あの気配はなんだったのか)


「あい、いい子いいこ。じゃアンタの仕事の説明だけど……まぁ、まずは見てなさいよ」


 ここから、二人にとっての本題がはじまる。

 気絶中の宿賃を払うべくモガに与えられた仕事。それはアーチが、宿の一員として営むジビエ狩りの手伝いだった。


「アタシたちが狙うアニマは、宿の食事になるイノシシやシカ、あと野鳥ね。とりあえずアタシが見本見せるから。アンタはついて来なさい」

「動物をアニマ……と呼ぶのか、ここでは」


 二人は森の木々に気配を隠す。

 こちらから仕掛けるためにも、モガは大人しく良い子に(?)していろとアーチから言い含められたので、彼は常に数歩後ろでアーチの狩りを見守った。


 昼間の空高い日差しを、これまた背の高い木々の葉が隠す。鬱蒼(うっそう)とした日陰の獣道を、二人は息を殺して進む。


 先導するアーチは朝と同じく軽装、しかし腰には猟刀が吊るされている。


(ホンモノだろうか。だとしたら、ソレ一本で野鳥まで獲るつもりか? まさか、そんな)


 傭兵は勘を使い狩人は観察眼でもって、獲物はすぐそこと同時に気付く。

 進行方向の大木横から、イノシシのものらしき牙が(わず)かに覗いている……!


 アーチがおすわり、的なジェスチャーを見せた。


(! ……見ていろ、ということか)


 モガは木陰に身を隠す。

 猟犬にするような「待て」だが、彼は極めて従順に従った。


 牙を覗かせるイノシシ・アニマとの距離を、アーチは静かに目算した。

 直後、アーチの左腕が皮膚を無視して三又に断ち割れていき――クロスボウへと形を変えた!


(左腕に武装(デバイス)だと……オレのアームブレードとよく似ている。コイツ、軍用ギアニックだったか。見かけによらない。だがそれよりも)


 左腕から新たに生えたクロスボウは、たしかに狩猟に相応しい威力が有るように見える。

 しかしイノシシを射るという割には、肝心の矢が(つが)えられていない。


(タマのない銃器でどうしようっていうんだ?)


 モガの疑問をよそに、目の前の少女は音もなくクロスボウを構える。すると、


(電流……っ、プラズマだと)


 矢があるべき場所に、幾筋もの閃光が満ちていく――――。


「ふッ!」


 電撃はまさしく一条の矢となり、大木からはみ出たイノシシの牙めがけて迸る。避雷針さながらに命中すると、森の静寂が一気に断末魔に塗り替わる。


「ビギィぃぃいイイ!!!!」

「よし、アンタはそっち! 囲うよ!」

「! ああ」


 指示で猛然とダッシュ、大木の裏へ回り込む。

 大木。

 モガ。

 そしてアーチの三点で、苦しみに悶えるイノシシを囲う。


「――ィぃぎイイぎぎ、ぎギギイィ!」

「……囲って、それからどうするんだ。仕留めるんじゃないのか?」


 イノシシは依然として痙攣を起こしている。

 殺してしまうならチャンスのはずだが、アーチは再度「待て」をする。


「電気帯びてるから、もうアタシたちから手出し出来ない。ただ、もしアンタ側に逃げ出したら感電覚悟で斬って。おチビたちが言うには、アンタ剣の人なんでしょ?」

「ああ。リョウカイした」


 左腕を前方にかざし、武装(デバイス)アームブレードを展開。左肘から先、前腕や手指もろとも緑の刃に換装した。


「――ぴギギイィいいい!」


 何もしないと言うが、アーチはいまだ油断なくクロスボウを向けている。


「――イいぃィイぃ……フゴォッ、フゴォ、……」

「…………」

「まだ近づいちゃダメ。アンタまで通電するわよ」


 イノシシの身体が横倒しに倒れる。


 それからイノシシは浅い呼吸を何度か繰り返した後。

 逃れ難い何かに全霊で抗うような一鳴きをしながら。

 激しく身体をのけぞらせた。

 

「ギギぎゅぅゥウうーーーー!!」

「………………」


 のけぞった体勢が元に戻った時、イノシシはすでに事切れていた。

 構えを解いたアーチがイノシシだったものに歩み寄る。


「アタシがいいって言うまで、アンタは近づいちゃダメよ。さっきも言ったけどめちゃめちゃ帯電してるから」


 土の上に跪き、イノシシの屠体(とたい)に左手をあてがう。

 クロスボウは、いつの間にか人型の左手に戻っていた。


 いつの間に戻していたのだろう。このイノシシが死んだときだろうか。


 では一体いつ、イノシシは死んだ? アーチが電撃を当てた時か、取り囲んで逃げ道を閉じた瞬間か。

 はたまた自分たちが見つけた時点で、イノシシの死は決まっていた?


(? オレは今、何を考えていた? まるで、今まで動かしたことのない回路が動きだしたような感覚……)


 我に返って、モガはアームブレードを格納する。そうして左腕を人型に戻した。


(オレの中で、本当に新しい回路が働いたのか? 死にゆくイノシシを見ていたことがきっかけとなって、か?)


 アーチはさっきから何も言わない。ただその左手を、倒れて土が付いたイノシシの頭に押し当てている。


 ジエとは似ても似つかないはずの白髪の少女。

 屈んで、小さく丸まった彼女の背中に、今だけはジエの儚げな面影が重なる。


「弔っているのか、ソイツのこと」

「は? 違うわよ。帯電してるって言ったじゃん。危ないから電気逃がしてんの」


 やはり違うか。背中が悲しげに見えた気がしたが、錯覚らしい。

 モガはさっさとジエの面影を追い払った。


「だとしたら、もうジュウブン逃がし切ったんじゃないか」

「アタシの電気は特別なの。この大きさなら二、三時間はかかるし、見張っとかないと他のアニマが感電しちゃうかもしれない。アタシはここから離れられない」


 背中で語る、という言葉が噓に思えるほど、アーチの声に感傷の色はない。

 いやに平坦すぎる声音のまま、アーチはモガに次の指示を飛ばした。


「そこでアンタの出番よ。慣れた得物を使っていいから、獲物が苦しまないように仕留めて。仕留めたらマッハでアタシのとこまで連れて来なさい」





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