【童話】5 15/39
【メタルエイジのMO-GA】前回は14話でした。――――ということは。
今回は15話です。名推理です()
「――ってワケで、アタシはモガたちのところに行かなきゃいけないんだけど、いい?」
「まっかせろ! ねぇちゃんが仕事の間においらが童話ぜ~んぶみつけてやるぅっ」
ホコリっぽい廊下を通り抜けた先の資料室。
そこにアーチが足を入れた時、先にたどり着いていたマルが童話の捜索を始めていた。
朝食を終えるなり、すぐさま手伝いに来てくれたのか。
でも、今日だけはマル一人で探してもらうことになる。昨晩、寝ながらモガと打ち合わせた通り、アタシはペガサス・アニマ討伐会議のご意見番としてお呼ばれされたから。
「じゃっ、行ってくるわね」
「おう! ねぇちゃんが帰ってくる頃には五百冊くらい見つかってると思うぞ!」
さぁすがにそんなに無いっての。そんなにあったらモガは五百人兄弟くらいになっちゃうし。
やれやれとツッコミながら、オウカの応接室へ向かった。
******************
冷製の朝食を済ませた三人が、オウカの応接室に集う。
部屋中央の四角テーブルには地図が敷かれている。
そのテーブルを挟み、対面で座るモガとオウカ。そして例によって、オウカの斜め背後にバクサは控えている。
テーブルの地図には所々にテキストチップが張り付けられていて、その内一つを試しに読み取ってみた。
するとモガの脳裏に雪道の映像が流れる。相変わらず吹雪の絶えない険しい山道だが、両脇に並んだ太い木々が雪を阻み、下山ルートの見通しを確保している。
「クリアなストリートビューだろう? 今モガくんが見てるルートは、特に脱走経路にうってつけなところなのさ」
テキストチップには景観以外に気温・天候の推移、各種アニマとの遭遇率、標高など実に様々なデータが格納されていた。
「地理情報はバクサが長年頑張ってくれたんだ。フィールドワークの賜物だよ」
「恐縮です。この鎖が届く範囲ならば、いくらでも調べ上げましょう」
言って、バクサは追加の地図を大袈裟なくらいに広げる。そうすると、地図に貼られたテキストチップの数も十や二十ではとどまらなくなる。
「やれやれ、テーブルが足りないな。グッジョブだねぇバクサ」
「恐悦至極にございます」
……鎧から漏れる声は畏まったふうにも見えるが、実は内心ウッキウキで地図を広げているのではないか。
拡張に拡張を重ねられた地図。そこに描かれた山々は、最終的に地上で一、二を争う規模の山脈となった。
「モガくんは信じられるかい」
「ン?」
「テーブルの端から端すべてが、猛吹雪地帯だ」
地図を追加する度に、隣接する銀雪民の私室からテーブルを借りた。
それでもなお、地図はテーブルをはみ出ているが、これが雪のモビルゲレンデのリアルなスケール感なのだろう。
「オレとアーチが登っていたのは……っ、ココからこの辺りまでか」
指で示しながら愕然とする。三日三晩の工程で、地図の内のたったこれだけの距離しか歩いていなかったのか。
「ワァーオ! ってなるよね。ペガサス・アニマの権能が作り出す雪のモビルゲレンデも、昔はもっと小さい規模だったんだ。けど、あの忌々しい天馬の権能は年々チカラを増してきている」
「小さいとはいえ、並の山脈なら余裕を持って覆い尽くしてしまう程度でした」
バクサが追加で地図を持ってきたときはやり過ぎではと思ったりもしたが、実際に目の当たりにすると決して大袈裟ではないと気づかされる。
だがペガサス・アニマの圧倒的な権能を前にしても、怖じ気づく者はここにはいない。
追加分を合わせて、地図に貼られたテキストチップは数百に及ぶ。
銀雪民が長い時間をクレバス内で耐え忍んだおかげで、バクサたちのフィールドワークが雪の山脈を丸ごと網羅しているのだ。
「これだけ情報が揃っているならば、あるいは――」
言いかけたモガの言葉をバクサが引き継いだ。
「凌駕しうると私は考えています。今の段階では机上の空論、裁判なら状況証拠みたいなものですが……」
「謙遜するな。これだけ材料を揃えてくれたんだ、プランの練りようはいくらでもある。統率者的に言わせてもらえば、率いるにも確信が持てるというものさ」
決着を前にした二人の気が逸る様子を、モガは一歩引いた心持ちで眺めていた。
銀雪民が気の遠くなるほどの時間、吹雪に抗って生きてきたのは聞くまでもない。
クレバスシステムと呼ばれるだけあって不自由ない生活が保たれてこそいるが、数日前に訪れたばかりのモガでさえ閉塞感を募らせている。
アイスコープ現象が見せる景色は、例外なく吹雪の向こう側だった。銀雪民は口にこそしないが、遠い異郷への憧れ、渇き、飢えを抱えている。
オウカやバクサだけではない。
銀雪民の皆が、渇望をせき止める吹雪に終止符を打ちたがっているのがモガには伝わる。
モガ、オウカ、バクサ。吹雪にケリをつけるためにはもう一人、協力を仰ぐべき人物がいる。
「ゴメンおまたせ。ちょっと資料室に寄ってて……うわ、なによこの地図……地図なの? 大きすぎっしょ……?」
「ようやくか、アーチ」
「始めちゃってた?」
「本格的な話はこれからさ。さ、適当に座りたまえ」
アーチはモガのとなり、オウカやバクサの対面に腰掛ける。
「失礼しま~す……って、オウカたちが遠いわね」
「これだけデカい地図を広げていれば、それも仕方ないな」
「アーチ嬢、地図に貼ってあるテキストチップは問題なく読み取れているかい?」
「んー、平気よ。これは天気予報ってやつ? 宿じゃ見た事無いけど」
試しにどこぞの天候予測を覗いているらしい。アーチの瞳には今、ほぼ吹雪一色の天候予測データが映し出されている事だろう。
「問題なさそうだね、よし始めよう。ペガサス・アニマを討伐し、銀雪民全員を下山させる。そんなワタシたちに立ち塞がる障害は、全部で四つ」
それまで紙媒体だと思っていた山脈の地図が、オウカの号令に反応して四つの画像に切り替わった。
その内の一つには見覚えがある。つい最近交戦したアニマ。
「ユキザル・アニマの群れか」
「イエス。で、こっちがユキザル・アニマの上位種。先代が将軍サイズと呼んでいたイエティ・アニマ」
地図もとい画像の一つをオウカが指さす。ユキザル・アニマの群れの中心に将軍と思しきアニマがいた。
「コイツがショーグンか。バクサが騎乗手をやっていたのとは別個体か?」
「ええ。私が従属させたのはあくまでユキザル・アニマ。体格は大将サイズですが、それはあくまでも身体が一回り大きいだけ。よくご覧ください」
モガはもう一度ボスザルの画像に目を落とす。
新雪と同じ白い体毛の下に、尋常でないほど隆起した筋肉、堅甲な骨格が見て取れた。
他のアニマと体格差は一目瞭然で、一段と重圧感がある。
「一番の差異は、やはりこの部分でしょう」
「! キバが凍っているのか」
下顎から太く鋭く、二本の透明が伸びていた。透明度の高い氷の牙は、確かにユキザル・アニマにはない凶器だった。
「なんでも、先代はコイツの事をオニ・アニマだと思っていたらしいよ」
「鬼ぃ~、フィクションのアレ?」
「フィクションのアレだよ」
氷でできた牙など充分、架空じみている。イエティ・アニマの氷牙は、たしかに鬼の角に匹敵する猛々しさを放っていた――――コイツレベルならば、ペガサス・アニマとつがいになるのも頷ける。
「でもさでもさ、ペガサス・アニマって要するにウマでしょ? イエティ・アニマはどう見てもサル系じゃない。この二匹がホントの夫婦になっちゃうワケ?」
「信じがたいが事実さ。生殖行動の記録もあるし、日を追うごとに腹も膨らんでいる。バクサが撮ってくれているよ」
「異種姦……罪深い情事ですよね。その罪を立証する証拠品、すなわち決定的行為を記録した映像なら、いくらでもこちらに」
「いい。いいのよ。見せなくてよろしい」
ククッ、と鎧から笑いが漏れる。
「冗談はともかく。ペガサス・アニマに仕掛けるとなれば、夫たるイエティ・アニマとの交戦も避けては通れない。だよね、アーチ嬢?」
「そ。モガをペガサス・アニマのところへ差し向けるつもりなら、イエティ・アニマは他の誰かがカバーしなきゃゼッタイダメ」
「オゥノゥ。ただそうなると……ううむ」
「私の手が足りませんね」
バクサが一歩身を乗り出して、四つの画像を順々に指で追う。
「仮にモガさんがペガサス・アニマ、オウカがイエティ・アニマを相手取るとしたら、残る障害は二つ。夫婦の配下であるユキザル・アニマの群れの対処、そして下山ルートに潜む危険箇所」
「夫婦が残りどれくらいの群れを抱えているか、その全容は計り知れないけど、おそらく兵はまだ残しているだろうね」
誰かが戦わなくてはならない。とオウカは固く締めくくる。
「ならば、こっちにあるキケン箇所とはなんだ? 人員を割く必要があるのか」
「もちろんでございます。雪のモビルゲレンデは常に形を変えています。センガさまは『ろーぐらいく』のダンジョンだと証言しておられました」
つまりなんだ。昨日今日で道や地形が変化するとでもいうのか。
「吹雪が比較的弱いルートを選んで下山するには変わりないんだけど、雪の下がワタシたちには未知数なのさ。昨日まで岩場だった雪の下が、隠れたクレバスになっていたりする」
無論クレバスシステムのことではない。落ちたら一巻の終わり、本当の意味でのクレバスだ。
「そのために私がいるのです。我が鎖を地中・雪中に巡らせて危険箇所を察知する。そうすることでより確実なルート選択ができるというもの。しかし、そこへユキザル・アニマが群れで押し寄せれば……」
「捌ききれない、というわけか」
「裁ききれないのです」
なるほど、課題は理解した。
下山案内にはバクサともう一人、護衛役が必要なのだ。戦えるのはモガとオウカだが、夫婦アニマを放置するわけにもいかない。
モガとオウカの他に、あと一人いれば。
「じゃ、アニマの群れはアタシ担当ってことね。りょーかい」
「だが群れの規模がわかっていない。クレバスシステムを侵しに来た時のような大群だとしたら、クロスボウでは不向きだ」
「う……で、でもどうすんのよ。このままじゃ銀雪民のみんなが危ないわ」
「アームブレードを持っていけば、あるいは」
「またぁ!? それってアタシにロクな説明もせず決行した作戦でしょ! しかもアンタ右手だけで戦ってセンガに返り討ちにあった事もう忘れたの?」
「チッ、それはそうだが……だが。このままでは銀雪民を、ユスを危険に晒すことになる」
オウカとバクサが置いてけぼりを食っているが、ヒートアップした二人は気づかない。
「野暮を承知で訊きたいんだが、やっぱりアーチ嬢も戦うつもりなのかい?」
「当ッ全。黙って見てるワケない。アタシだって目的があってここまでやって来たんだから」
「グラシアス……戦ってくれるんだね。ならば、きっとやりようもある」
アーチに前線に立つ意思アリと見るや、意見ありとバクサの手が挙がる。
「では、私からよろしいでしょうか?」
「遠慮することないぞ」
「ユキザル・アニマの群れと、安全な下山ルート選択を同時に行うのは極めて困難です。しかし、その二つは必ずしも同時に襲い来るとは限りません」
「同時でないから、キミ一人で両方を担えると? 負担が大きすぎやしないかい」
オウカの懸念をいいえ、と一言で伏せる。
「ユキザル・アニマの群れが積極的な行動を取るのは、『夫婦』のどちらかが統率力を発揮した時のみ。逆を言えば、『夫婦』が我々の動きを察知してからユキザル・アニマが動き出すまでの間にはタイムラグがあります」
「つまりオレやオウカが『夫婦』への攻撃をカイシした直後だけは、ユキザル・アニマの群れを警戒するヒツヨウもない。そう言いたいわけか」
モガ、そしてオウカには、バクサの考えが伝わりつつある。
「ええと、じゃあ……ユキザル・アニマの群れが来るより早く、一気に下山しちゃうってこと?」
「いえ。私達が先制出来るとはいえ、さすがに山を下りきるほどの猶予はありません」
「えぇ~……アンタたちのハナシゼンゼンわからん、結局どうすんのよ。勿体ぶってないでハッキリ教えなさいよ」
いきり立つアーチの肩を、となりに座っていたモガが両手を添えて抑えつける。
アーチを座らせながら、モガは答えを言い当てた。
「オレがイエティ・アニマを倒せばいい。ユキザル・アニマ共が、下山に追いてしまうより先に」
「そしてイエティ・アニマを倒したモガくんは、その足で下山組を追いかけて合流。そうすればバクサは無防備を晒さずに下山ルートの選択に集中できる。後からやって来たユキザル・アニマの群れは、モガくんに任せればオーケーだからね」
モガとオウカが継いだ説明を聞き終え、バクサは我が意を得たりと頷き返す。
「ペガサス・アニマに及ばないとはいえ、イエティ・アニマも十分に強大な相手。モガさん一人に討伐を請うだけでも恐れ多いのですが、その上、迅速に倒さなければ作戦は大きく破綻してしまう。そこで……」
議題に上がったプランでは、前提としてモガがイエティ・アニマを素早く倒す必要がある。討伐のみならまだしも、戦闘が長引けば長引くほど、銀雪民たちの安全は保障できなくなる。
「そこでアタシか!」
「ええ。平原でセンガさんに見せつけたコンビネーションがあれば、イエティ・アニマも敵ではない。あなた方二人なら、この作戦も実現しうるかと」
センガに大打撃を与えた※《クロスオーバー》という関数は、平原での決戦で突発的に生まれた関数だった。
今回もアーチと連携して行動できるなら、モガとしても異議はない。
(アイスコープ現象がオウカたちにあの日の戦いを見せていたのか)
モガの頭の中で、凶器に満ちたセンガとイエティ・アニマの姿を並べてみる。
見比べると自信が湧いた。至高のモガシリーズであり、加えておぞましいチカラを宿したセンガに通じた連携技が、一介のアニマに過ぎないイエティ・アニマに効かないなんてことはないだろう。
「プラスこのプランなら、モガくんが下山組と合流できる以外に、アーチ嬢がワタシの助太刀に入れる! ヘラジカにA→Bしたワタシの機動力とアーチ嬢の射程が合わされば……ヒットアンドアウェイだ、ヒドイ返り討ちに会うこともないさ」
むしろ一方的に体力を削り切れるかもね。上手くいくさ。きっと。
勝ち目を掴んだムードで討伐会議は終わった。
決行はちょうど一週間後、満月の深夜。その日ペガサス・アニマが最大の隙を見せる。すなわち出産予定の日時だ。
決戦までにやるべき準備は多々ある。
一週間の間に作戦概要を銀雪民に通達し、大移動の準備をしてもらわなくては。
下山にどの程度の日数を要するかは不明だが、少なくとも吹雪を越えるには丸一日かかる見込みらしいし、吹雪を越えても山道はまだ終わらないだろう。
避難民はお客さんではない、その間の食料くらいは個々人で背負ってもらう。
銀雪民の指揮はオウカたちに任せるとして、モガたちはモガたちで戦闘の準備をしたかった。
イエティ・アニマが備える氷の双牙と圧倒的な筋骨を前にどう立ち回るべきか。バクサからの情報を参考にアーチとの動き方を予め決めておけば、意思の疎通も上手くいくだろう。
(サクセン自体はベストだ。決行がすでに待ち遠しいぐらいには、そう思える。強いて不服を言うとすれば…………)
モガの胸中に、たった一つだけ気がかりが残る。
(一週間ではジエの手がかりを見つけられそうにないな)
今後の動きを確認し合ったのち、会議室をもとの状態に戻す。
物々しかった作戦テーブルが応接間のそれに戻っていくのを、若干の心残りと共に見届けた。
「アーチ、オマエ、この後はどうする?」
「もちろんアンタの兄弟の童話探しっしょ。会議に出るからって、マル坊に任せっきりにして来ちゃったのよね」
「ならばオレも行こう」
言わずもがな、ジエの手がかりが見つからないからといって作戦の決行日をずらすわけにはいかない。
出産の好機を逃せば、このクレバスに次はない。
次のチャンスがないことを、オウカやバクサからハッキリ聞かされたわけではない。しかしクレバスにしばらく身を置いたモガにすれば、困窮した現状が透かし見えるようだった。
具体的には、食事がそうだ。きっと今晩の夕飯のメニューがモガの憂慮をより確信に変えるだろう。
クレバスでの生活が限界を迎えつつある、という憂慮だ。大方、杞憂でもないはずだ。
「考え事?」
「ン、いや……オマエが気にするほどじゃあない」
「当てたげよっか?」
二人を乗せたエレベーターが資料室のある地下へと落ちていく。
「アタシとじゃ不安なんでしょ、イエティ・アニマと戦うのが」
「フッ。オマエと戦場に立つのは、思っていたほどやぶさかではない」
アーチが意外そうに顔を上げたのと同時に、エレベーターの扉が開いた。
出口を跨いで配管剝き出しの廊下に出る。地下は相変わらず埃っぽくて薄暗い。
「? 明かりが点いている……」
「マルがいるんでしょ」
「マルボウ一人にしては騒がしいな」
カビ臭い雰囲気を押しのける大勢の人の気配を、廊下の奥から感じる。マル以外に誰かいるのか。
「共闘するのもやぶさかではないと言ったが……」
「? なによ」
「オマエが自分の分を弁えている限りは、だ。無茶をすれば足手まといにしかならん」
「へいへい、所詮アタシは我流の猟師ですから」
「オレの指示に従えば、キケンはないと約束してやる。ここまで付き合わせた、せめてもの責任だ」
資料室は廊下を渡った向こうにある。先ほどから感じる人の気配は、やはり資料室から漏れ出ているらしかった。
照明が明るく灯っている。
「責任ね。何度も言うけど、あんま背負い過ぎず……」
「オマエ一人分ぐらいで、キャパオーバーになどなるモノか。今度こそ守ってやる」
コールドコードが身の内にある今、騎乗手・バクサの時のような不覚も取らないだろう。
資料室はマルを含め、銀雪民でごった返していた。
「うわわっ、な、何事よコレ」
「アーチねぇちゃんおかえり!」
検索パネルを片手に手を振る雪ん子ギアニック。
「おいらだけじゃ無理そうだから、みんなに手伝ってもらってたんだ!」
検索パネルを操作しているのはマルだけではない。
クレバス内のどこかですれ違ったことがあったような雪ウサギ型ギアニック。彼女は慣れない手つきながら、一心に蔵書一覧をスクロールしている。
コワモテで近づき難かったホッキョクオオカミ型の彼は、厳めしい面影を消して困ったように鼻を引く突かせていた。
普段活字に触れていないのか、大量の文字を目にして発作を引き起こしている、そんな様子。
助っ人は三人、四人ではない、クレバス内の総銀雪民・九十人余りが集結しているのではないか。
「アンタが呼んだの!?」
「いやいや! おいらは友達を何人か連れてくるだけのつもりだったんだけど……」
「さしずめ、芋づる式について来ていただいた。そんなところでしょうね」
モガの背後から更なる助っ人が入室。手枷型のグレートヘルムが、資料室の出入り口をぬっとくぐり抜ける。
「ば、バクサまで!」
「こう言ってはなんですが、もっと早くお申し付けください。まさかこの蔵書数を総当たりするなんて」
「そうだそうだぞ! アーチねぇちゃん、人手が足りないならもっと早く言えよな! おいら一人じゃ大変だぞ」
「あはは、言えてる……ゴメン」
マルが相手とはいえ、あまりにも真っ当な抗議にさしものアーチも平謝りするしかない。そこへ、
「おや、みんなお揃いだったか」
バクサの背後から更なる助っ人が入室。白い貴族服の美男が、するり優雅に入り込む。
「|ヒューマンウェーブタクティクス《人海戦術》! 資料室にこれだけの銀雪民が集結するなんて壮観だね、これなら……」
「これならゼッタイ見つけられるっ! みんな、どうもありがとっ!」
「フッ、オレも探すか」
これだけの人数がいれば、本当に見つかるかもしれない。たとえ猶予が一週間しかないとしても。
自分の事でもあるし、銀雪民たちに任せきりではばつが悪い。そう思って検索パネルに向き合うが、モガは結局文字が読めなかった。
「まぁしょうがないわよ。というか、これを期に読み書きを覚えるのもいいんじゃない。アタシ、今晩からアンタの家庭教師になったげよっか?」
おそらくこれから先もジエの手がかりは探す事になるだろう。文字媒体の手がかりに出会うたびアーチ一人に頼り切ってしまうようでは当然、重要なものを見逃す恐れもある。
「助かる。なら早速だがタイトルの表記だけでも――――」
フィィィイイィィィン――――突如聞こえたウマの嘶きが言葉を遮った。
クレバス内でもっとも地の底にいながら。
ペガサス・アニマは吹雪の遥か向こうに位置しているはずながら。
嘶きの主を近くに感じた。
話に聞いていただけだったペガサス・アニマの存在感が、より色濃いものに感じる。
雪のモビルゲレンデに滞在する限り、その圧倒的なプレッシャーから逃れることはできない。
直感がそう告げていた。
――キイィィィィィィン。バクサの鎧に絡まった鎖が音を立てて揺れる。
鎖は他にもクレバス内の至る所に張り巡らされていて、音を聞かんと資料室の壁や床に耳を澄ますギアニックもいた。
それまでジエの手がかりを探していた銀雪民たちが騒然とした。
鎖の擦れる音には、警戒を促す響きがあったから。例えるなら、避難訓練の警報のような。
「このクサリの音、またユキザル・アニマどもか」
「いえ、この音は……!」
「皆の者聞いてくれ、決して地下から出てはいけない! ワタシは屋敷に残っている銀雪民を誘導して来る! 皆はここにいるんだ」
オウカは銀雪民全員に通達するや、自分一人エレベーターで屋敷へと上がっていく。
「置いていかれてしまったが、オレたちは行かなくてよかったのか?」
「オウカに任せましょう。私は貴族屋敷に張り巡らせた鎖を遠隔で操ることで、避難の遅れた銀雪民を地下から誘導します」
どうやらオウカもバクサも、銀雪民を一人残らず地下に入れ込むつもりらしい。ユキザル・アニマの群れを撃退しに向かった時とは、少し異なる動き出しだった。
「お二人もここを動かないでください。今回の警報は襲撃ではありません――――『夫婦』アニマが移住を始めました」
移住。つまり「夫婦」アニマは、生息圏を大きく変えようとしている……?
出産を間近に控えたアニマが、果たして大移動などありえるのだろうか。
立てたばかりの作戦が、根底から覆されようとしている――――。
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