【気配】1 9/39
はじめて視聴した深夜アニメは天体のメソッドです(唐突な自己紹介)
センガの情報通り、ユスはいた。
モガの目前に現れたのはユス本人ではないが、クレバスに彼女がいたという痕跡が氷像として残っている。
モガは確信した。あの猛吹雪地帯と、このクレバスを含めたすべてが雪のモビルゲレンデなのだ
青年が凍ったユスの背に手を当ててポツポツと吐露する。
「そしてユスとワタシの間に出来た子どもが、ロクだ」
肩を並べる青年とユス。二人の視線の先、声も届かない場所のロクは、いまだ宿民たちに向かって何かを懸命に訴えている。
「ロクが生まれてすぐ、ユスは氷に変えられてしまった。出産時にかかる母体への負担が大きすぎて、コールドコードが機能不全を起こしたんだ……すべてが急な出来事で、悲しむ暇もなかったよ」
「凍った姿に変えられた? まさかとは思うが、その氷像は……」
「お察しの通り――――ワタシの妻・ユス本人さ」
「……ッ」
「そういうアニマがいるんだ。吹雪を操って自然界を支配する異常なアニマが」
となりでアーチが息を吞んだ。モガも、黙って聞く以外にしてやれることがない。
「ワタシはクレバスの外でユキザル・アニマの群れを迎撃していたんだ。奴らは申し合わせたように、満月の白夜に襲撃を仕掛けてきた。よりによって……」
ユスの背中に置かれた青年の手の平が、彼女の肩へと伸びる。そのまま抱き寄せてしまいそうなくらい、青年の後ろ姿には悔しさが滲んでいた。
貴族屋敷を案内する時のような、わざとらしい自信家の振る舞いとはかけ離れた、痛恨の過去を背負っているのが分かる。
「『夫婦』アニマを前にパパ上たちが倒れ、残されたワタシとバクサ、それにユスの三人でどうにかクレバスシステムを保ってきたが……ピンチ。彼女がこの姿になってからは、もう綱渡りの連続さ」
「オウカ……すみません。私が至らないばかりに」
「おっといけない。その先は言わせないぞ」
騎乗手、バクサが重そうな頭部を下げかけると青年、オウカが気障っぽく手で制した。
「ネガティブになるな。士気が下がる発言をしては、せっかくの紳士が台無しだぞ」
「……くどいようですが、私に紳士のつもりは無く……」
「特に今は、モガくんたちがいる前だ」
オウカがモガたちに向き直る。クレバスを取り巻く事態の深刻さを、その端正な顔に深く刻んでから、告げる。
「キミたち二人が何のためにここを目指したのかを、ワタシは解っているつもりだ。だからこそ頼みがある」
――――キイィィィィィィン。キイィィィィィィン。大切な頼みを聞き届ける直前に異音。
バクサの腕や脚部に取り付く鎖が、前触れもなく震え出した。
それだけに終わらない。鎖が打ち合う音の他に、そこかしこの氷がギュムギュムと圧迫されて唸りをあげる。
「くっ。地震か」
「なになに、一体どうなってんのよ!」
キイィィィィィィン。
鎖の打ち合う音が続く。
聞く者の危機感を煽る音だ。
音が、外敵に警戒せよと促す。
バクサ本人の鎖から発せられる以外にも、音は中庭、貴族屋敷とあちこちで発生している。
「このクサリの音……なんの騒ぎだ?」
「襲撃の警報だ。我ら銀雪民を煩わしく思っているユキザル・アニマがゲリラ的に攻めて来たのさ! モガくんとアーチ嬢は屋敷に逃げ込みたまえ。話は後だ……バクサ!」
「はっ! 銀雪民全員、食事会場に避難させます」
「よし……っ、万が一ユキザル・アニマ共にクレバス内部へ攻め入られた時は――――」
「委細承知、私が食い止めます」
クレバスの外にユキザル・アニマが大挙しているらしい。
ユキザル・アニマの群れはおそらく、モガたちの真上に位置している。天蓋からパラパラと落ちてくる氷粒が、ユキザル・アニマの無遠慮な進軍を伝え来た。
「オウカといったか。騎乗手が避難ユウドウなら、オマエはどうする?」
「愚問だ。ユキザル・アニマはワタシが手ずから追い払う」
宣言と共に駆けだしたオウカをモガが追う。
「わわっ、ちょっと、モガ!」
「ならばオレとアーチも連れていけ。オマエの言う万が一とやらで、天蓋の下敷きになるのはかなわんからな」
「しょーがないわね、アタシもいっちょやりますか!」
モガの疾走に、オンにした浅紅のマントが翻る。炎を灯していなくとも、薄青い氷との対比が眩しい。
「キミはともかくアーチ嬢は……っ。いや、考えている場合じゃないか」
オウカが一瞬だけ逡巡を露わにするも、臨戦態勢のモガと肩を並べて走るアーチを見やる。
行き先を力強く見据える彼女の瞳には、雄弁なまでの覚悟が乗っていた。
「ラジャー……仕方ないな。キミたち自身の動き方は、キミたちの判断に委ねよう。ワタシはワタシの責務を果たすのみだ――――先代から継いだ責務をね!」
中庭を囲う壁、その一部分に向かって、オウカは走る。モガたちが散策した際には何の反応も示さなかったはずの氷面が、まるで自動ドアのように道を作った。
『クレバスシステム』と呼ばれるだけあって、壁はメカニカルな挙動で開く。程なくして動作が終わり、完全な閉鎖空間だったクレバスの壁に細長い一本道が出来上がった。
(まさかとは思うが、クレバス全体がこのオトコの武装なのか)
オウカにのみ反応する仕掛けなのだとしたら、あるいは。
モガは思索にふけったのも束の間。
「ここが、ただの地底洞窟ではないと思ってはいたが……」
氷で覆われた長い一本道は、人型ギアニックが一人二人並ぶのがやっと。その先を行くオウカの背を追いながら思わず呟いた。
「よもや、これほどとは……」
遠い昔。
ジエが。
彼女が巨大な地下シェルターを早急に用意したいと言ってきたことがある。
ジエが十歳の頃だったか。他国との戦時中、ひっ迫した戦況を憂いたジエが父親に進言したのだ。
事前に設計図のテキストチップを手渡されていたモガは、すぐに用意出来るハズもないだろうと諌めたのだが、モガの窘めに構わず彼女は父親へ談判した。
一国のリーダーたるジエの父親も、モガと同じ結論を抱いたらしかった。困り果てたような笑顔で、「ちょっと……難しいかな」などと告げるのがやっとだった。
唯一同じでなかったのは、ジエのリアクションだ。
モガにはむくれ、設計図をひったくって去ったのに対し、困った顔をする父親の前では「やってみせる。やくそくっ」と無邪気に言ってのけたのだ。
「これを登っていく。諸君、くれぐれも足を滑らせるなよ」
氷で覆われた長い一本道は、突然終わった。天然の洞道だと思っていた床や壁が、いかにも人工の廊下にさま変わった。
モガの目の前にハシゴが現れる。無機質な天蓋の層を貫いて上へ上へと続くそれは、見上げても終わりが見えない。おそらく、登った先がクレバスの外だろう。
「うへぇ……長すぎ。どんな造りしてんのよ、ココ」
「…………コレは……」
それは大規模で大雑把で、子どもの空想みたいな設計図だった。
なぜ空想で終わってしまったのか。原因は、その設計プランに資金や土地、手間暇が考慮されていなかった点にある。
しかし当時、すでにモガの他にもジガと呼ばれるギアニックを作っていた彼女だからか、設計図の内容自体は専門的に仕上げられており、技術者が目を通せば問題なく着工にかかれる代物だった。
ジエが子供ながらに、大真面目に書いたものだと分かる。
人工施設然とした周囲の雰囲気につられてか、モガはふと思い駆られる――――あの設計図が絵空事で過ぎ去ってしまったのが惜しい。
「モガ! あんま上向くんしゃないわよ。べつに見られたって減るもんじゃないけど、納得いかないっ」
「…………ン、ああ。……」
頭上を登っていくアーチに、モガは生返事をするのがせいぜいだった。
見上げれば当然、アーチの下半身が目の前に迫るわけだが、わざわざ見るなと釘を刺してくるほどのモノでもないだろうに。
設計図の中の地下シェルターには二点、特徴的な造りの通路があった。
今まさに登っているここは、地下深く潜るための縦穴だ。地上の戦渦から逃れるために、とにかく地中深くにまでハシゴが達している。
そして細く長い一本道は易く進軍を許さず、敵襲を待ち伏せるに最適。それらのどちらも、異常なmで造るよう指示書きがあったと思い出す。
どこまでも伸びるハシゴといい、今し方歩いてきたクレバスの通路といい。
この場所は、ジエの設計図と奇妙に符合する。
(ジエは……父親との約束を守ったんだな)
クレバスシステムとジエに繋がりがあるとしたら、この旅はモガの予想以上に重要な手がかりとなる。
雪のモビルゲレンデでの戦いを乗り越えたら、一気にジエに近づけるかもしれない。
「モガくん、アーチ嬢」
頭上からオウカが呼びかける。
「……準備はいいかい?」
戦闘を前にする緊張だろうか、オウカの声は幾分か硬い。ハシゴを登り切ったオウカは、氷面に取り付けられたコントロールパネルを操作する。
「二人とも、登ってこられたね……よし、起動」
ゴゥンという起動音と共に登って来た縦穴が閉まり、通路は箱型の密室となる。
「部屋全体がエレベーターになっているのか」
エレベーターは自分たちを連れてさらに上へと浮き上がる。壁の向こうでゴソンゴソンと擦れる音がしきりに鳴っていた。
「もしかして、雪ん中かき分けて登ってんの? このハコ」
「コレクト。扉が開いたら即、アニマ共と戦闘開始だ。もう一度聞くけど準備はいいかい?」
モガは左腕を握り込む。内側に格納されているアームブレードの存在を確かめることで、自身の闘志を後押ししているのだ。
その隣で、アーチが左腕をクロスボウに変形させる。本来のクロスボウならレール部分に矢を番えるのだろうが、かわりにビリビリ矢ことプラズマが迸っている。
その紫電の明滅が、並々ならぬ殺傷能力を物語っている。
「A→B!」
関数を呼んだのは、重心を低く構えたオウカ。
(オレも知らない関数だな……)
ギアニックの源流たるモガシリーズのモガでさえ目にするのは初めての関数だった。
A→B関数により、オウカの姿が組み換わっていく。
人型から四足歩行へ。
劇的な変化の関数、か。
これと良く似た技ならモガも見覚えがないわけではないが、A→B関数はオウカオリジナルだろう。
フォームチェンジも終わらぬ間に、エレベーターの扉が開く。向こう側にはもちろん、無数のユキザル・アニマが押し寄せる。
「ア・ユー・レッディ!」
雪原に大挙するユキザル・アニマへ、宣言の如き気合いを上げるオウカ。
「――――ッ、ニンムをカイシする!」
オウカに続いてアームブレードを展開したモガが、吹雪さえ押し返す勢いで駆けていく。
「どこまでだって、アタシはアンタに付いていくっての!」
エレベーターの手前に陣取り、クロスボウを腰だめに構える。モガとオウカ二人への援護射撃が可能な位置だ。
モガたち三人の背後には、銀雪民の平和の象徴たるクレバスシステム――――絶対に突破されてはならない。
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