【邂逅】4 4/32
みんな無理せずがんばろうね
(ギアニックが有機物をエネルギー源にしていた……そんなことがあり得るのか?)
モガは食堂から追いやられるように、起きた時と同じ客室に戻って来た。
部屋の窓際に寄りかかり外を睨みながら、モガは食堂での出来事を何度も反芻する。
ジエはギアニックの第一人者だった。ジエがギアニック周りのテクノロジーで他国に後れを取るはずはない。
しかし、そんなジエのもとにいたモガにとっても未知のギアニックたちが現れた。
(あのギアニックたちが敵対国の手の者なら、オレなど寝ている間にスクラップにされてもおかしくなかった。だが、そうならなかったということは)
今更ながらボディの動作確認をする。起動直後に行わなかったのは、行うまでもなく快調だったからだ。
パフォーマンスは良好。それはつまり、この宿のギアニックが倒れたモガを手厚く扱った証でもある。
(オレのカラダにこれといった異常はない。むしろ、ジョウキョウを踏まえればオレはアーチとやらに介抱されていたのでは……?)
再起動してからというもの、受け入れ難い事実が多すぎる。
思わず掌で口を覆い、堪らず天井を仰いだ。
この世界で初めて起動した時の、遺跡と化した人口施設をはじめ、機械生物とでも言うべきおぞましい魔物。
見え隠れする膨大な時間の流れを、決定的な事実へと変えた同年代の戦闘車。
「果ては、ようやく出会えたギアニックがあんなマネを……くっ」
ステーキを口にする白髪少女の姿が浮かび、モガは嘔吐いてしまう。
一体全体この世界はどうなっていると呟きかけた時、扉がノックされた。
「誰だ?」
「あの、わたし……」
小さな背を目一杯伸ばし、ドアノブにギリギリ手を届かせた子供のギアニックが入ってくる。
「ロクっていいます。あの、わたし、ごはん……お持ちしてきたん、ですけど」
ロクと名乗る女児の――未知過ぎるため、見た目ではいまいち判別がつかないが、一人称からして女――魚人型ギアニックが、小さな手にお盆を持ってモガに歩み寄る。
ヒレで覆われた耳や腰、腹と背で異なる色をした皮膚が魚類を想起させた。
未発達なのか、褐色の背中にはところどころ鱗が生えていた。窓からの日光を受けて沢の飛沫のように光っている。
そんな背中の逆側、生白い腹部はぽてぽてと柔らかそうにも靴底のゴムのように固そうにも見えた。
人と魚の特徴を併せ持つ、まさしく半魚人型の幼児ギアニック。
(たしか、大勢の子型どもがオレに群がるなか、一人食事を続けるヤツがいたような……)
料理を控えめに頬張るロクの姿が、モガの脳裏に映しだされる。
「アーチとかいったか、食堂でアイツとのやり取りを見ていただろう。オレは食べられない」
「ですが……ずっとねむってたんですよね。おきたときっておなか、空いちゃいますよ、ね」
バッテリー切れならまだしも、腹が減るという感覚をモガは知らない。
子供相手に辟易は見せまいと、腕を組んで外の景色に向き直る。
「ロクといったか。ここのギアニックは、どいつもあんなナマモノを摂取しているのか」
「せっ……しゅ?」
わからない。と言いたげな気配を背中に受ける。
「ン。食べているのかと訊いた」
「はい。いつもアーチねぇや、ほかの、みんながとったり、つくったり、です」
緊張しているのかロクはたどたどしい。それでもロクは質問を正しく捉えて答えを返してきた。
「そうか。おそらくオレはアイツ、アーチとやらに悪いことをしたんだろう」
「おこ、ってました。すこし、怖い」
「それは……オマエにも悪かったな。だが無理なものは無理だ。オレとオマエたちとでは、ギアニックとしてのキカクが違う」
ロクが運び込んだお盆にはスープと肉が載っている。あれらを食べて平気でいるところを鑑みれば、作りの違いだと結論付けるほかない。
モガからすれば考えられないギアニック工学の技術が盛り込まれているが、そこはそういうものだと受け入れる。
(ジエを譲るつもりはない。だがオレが眠りこけている間に、世界が変わったのも事実だろう)
「世話になったと伝えておいてくれ。オレは発つ」
「え、あ。そっちは、だめです……!」
結局、ここに長居をするべきではないと判断した。
アーチやロクから悪意こそ感じないが、どうしたって疎外感はある。
変わり果てた世界を目の当たりにするたび、そして今の世代のギアニックとの違いを目にするたび、自分はどこかよそ者扱いされている気持ちになる。
もうたくさんだ。ジエを探しに行こう。
「おい。…………コラ」
押した扉を向こうにアーチが立っていた。空色の瞳は無言で不服を訴えている。
「おい無視すんなし。それに発つって何? どこに行く気よ」
「これ以上の迷惑はかけない、ということだ」
かけるべき言葉が、それ以外に分からなかった。
通り過ぎようとするモガを、アーチは意外な言葉で呼び止める。
「宿賃は?」
……………………。
「やどちん。なんだそれは?」
「だから宿賃よ。アンタはここで一か月くらい眠ったままだったんだから」
「一か月。またしても眠りこけていたか、オレは」
「払えるんでしょうね。アタシらの宿だってボランティアじゃないのよ」
「払う。代金のことか? オレはギアニックだが?」
「……? だから?」
モガはそうか、と呟く。
「ギアニックが金を払うようになったのか」
そういう時代に変わったのか。
モガは再三に渡ってジェネレーションギャップに打ちのめされた。
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