【辺境】7 7/39
私は暑さに弱いです。ぶっちゃけ。
学校や会社の人の目さえなければ四月でも四十月でも半袖半ズボンで過ごしたいくらいです。ぶっちゃけ。
「やはりというべきか……ここのリョウリはすべて冷製なのか」
近くのテーブルに並んだグラスがモガの目を引いた。注がれている中身が、液体ではなくシャーベットだったのだ。
「げっ、マジで? ……お肉とかは無いカンジ?」
アーチはアーチで料理の皿をしげしげ観察している。
「肉料理をご所望とあらば……ご覧、アーチ嬢。ここにステーキがある」
ステーキと称して差し出されたのは、パキパキびっしり霜の降りた、およそ火の通っていない肉塊だった。
「おほぉ~っ、このお肉アタシが使っていいの!?」
「Oh……使う、とは。まさか料理に使おうというのかい? この皿は出来立てだぞ!」
入って来た時から、会場の至る所でシャリシャリ、シャクシャクと氷粒の咀嚼音が聞こえているのには気がついていた。青年の態度から察するに、銀雪民はこのステーキのように氷を含んだ料理たちを当たり前に食しているらしい。
「じゃあなに? 霜降り肉ってかホントの霜じゃん……冷凍の生肉じゃん?」
「コイツは脂っこいモノを好む。他にないのか?」
「おいモガ、デリカシー。脂っこいモノを好むっ、じゃないわよそれじゃアタシが食いしん坊みたいじゃん」
「冷えて固まった脂はとびっきり美味だと思うが……銀雪民の食べ物に慣れてもらうのは、まぁ追々でいいさ。キミたちにも食べやすい料理をワタシが手ずから見繕ってこようじゃないか」
料理を取りに行くのかと思いきや、青年は考え込むようにおとがいに指を押し当てた。ふむふむと唸りながら、会場の空席に視線を走らせている。
「では、その壁際のテーブルなら目立たないだろう、しばし席について待つといい」
さっと背を向け、青年は料理がたんまり乗ったテーブルへ行ってしまった。その後ろ姿に、モガはいまだ気を許さずに視線を送る。
モガにしてみれば補給源が凍っていようが脂っこかろうが、果ては荒山で食べそこねたサイコロステーキのように砂が混じっていようが関係ない。
ギアニックなのだから有機物の摂取など等しく忌避すべきだと思うも、郷に入っては郷に従えという言葉を昔コイネガから教わった。今は青年に言われた通りに動くべきだ。
「うわぁっ、モガ見て! この壁……」
モガが肩の力を抜かない一方、アーチはというと警戒心よりも異郷への好奇心が勝っているらしかった。
示されたテーブルに付くや否やアーチの口から興奮が溢れる。指さした壁には、中庭で遊び合う子供ギアニックたちの姿が映し出されていた。
「これは窓……じゃないわよね」
「ああ。遠くから見れば窓に見えなくもない。だが、これは……?」
アーチが凝視する壁の景色を、モガも不審げを隠さず覗き見る。子供たちが中庭で屈託なくじゃれ合っていて、その微笑ましい光景自体におかしな点は無い。
問題は別にある。
「バルコニーから見下ろした中庭は、もっとキョリがあったはずだが……」
「まってモガ、あっちの壁にも!」
斜めに視線を上げ、天井近くの面に目を移す。そこに映っていたのは草の茂った平原に佇む老人のギアニックだった。
深緑色のローブをまとい、傍らに杖を置いて一休みしている彼は、モガにとっても記憶に新しい人物。
「チョオロー!? なんでこんなとこにいるワケ!?」
「いや、チョオローがここまで付いてきたハズはない。ここの氷の壁は一体……」
そう、チョオローが氷の壁面のすぐ向こうにいるわけではない事は分かる。
中庭で遊ぶ子供のギアニックしかり、氷の壁面に映し出されているのだ。透けた氷の向こうの景色が見えるのではなく、氷面そのものがスクリーンになっている。
「まさか、フクザツな光の反射が平原からの景色を見せているのか?」
「えぇ~……? 天然の望遠鏡ってコト? それはさすがに、えぇ~??」
納得しがたい事であるが、現に氷面には平原の光景が映っていた。
「お待たせ、紳士淑女。果実と野菜がメインの皿を持ってきたぞ」
会話を聞いていたのかいないのか、青年が帰ってきた。上品な所作で、両手に携えた皿をテーブルにそっと給仕した。
「もう待ちくたびれろう。こちらで良ければ、どうぞ召し上がれ」
皿に乗ったフルーツたちは、それぞれ瑞々しい彩りを放つ。そしてやはり、相変わらず料理には氷粒が散りばめられている。
しかし先ほどの霜ステーキと違い、運ばれてきた野菜とフルーツたちは、モガの目にも見栄えが良いものだった。色ツヤの良い食物の彩りを、氷粒の乱反射が引き立てる。
「わぁ……おいしそ」
「フッ、嬉しいね」
正体不明の壁を見たリアクションとは異なる、静かな感嘆の気配があった。
「食べていい?」
「どうぞ、と言ったが?」
スプーンを差し入れるとシャクと鳴る、音にアーチは息を吞む。
「モガくんもどうぞ、遠慮してくれるな」
「ああ。オレは後でいただこう。それよりこの壁のことだが――――」
「んーーーーぅおいしー!」
「そうだろう、そおだろぉとも。先代から伝わる料理が喜ばれて、ワタシも鼻が高ぁいぞ!」
二人の歓声を聞きつけてか、周囲の視線が自分たちの席に集まる。
(騒がしくなってきたな)
コレも美味だぞ、あの果実も上品な旨みが~。
うまっ、甘~いっ。
「ねえちゃんっ! これかけてみて」
「わっ! ……びっくりした~」
どこから現れたのか、幼い体躯を藁傘に包んだ雪ん子ギアニックが、袋に入った赤と緑の液体を差し出す。
「おぉ? ボクくん、コレはなにかなぁ」
「ソースだっ。あとぼくくんじゃなくて、おいらはマルだぞっ」
「ソース? その割には色とりどりね……水っぽいし」
アーチが受け取った袋の色を見て、モガの脳裏がチリっと焼けた。赤と緑にイチゴ、メロンと一見関連のないワードタグが結びつく。
「ハロー、マル坊。そしてその袋はソースではなくてだな」
「それは……カキ氷か」
一万年前の遠い記憶が掘り起こされ、CPUに予期しない負荷がかかる。軽い倦怠感の中、モガは一万年前の夏の一幕を思い出す。
「モガくん、コレを知っているんだね」
「ソレはジエがよく好んで、口にしていたモノだからな」
少し味に興味が湧いた。機械たるギアニックが人間の食べ物を口にしたところでどうなるはずもないが、それは一万年前の話だ。
昔こそ叶わなかったが、今ならジエが味わっていたものを自分も共有することができる。
「マルボウといったか。ソイツはどのテーブルに置いてある?」
求められた雪ん子はしかし、さっと青年の膝裏に隠れた。
「アンタ、顔と声が怖すぎよ。相手はおチビちゃんなんだから、もっとこう目線を合わせて……大丈夫よマル坊~あのお兄さん怖くないからね~、マル坊が持ってるその……ソース? ジュース? が欲しいんだって~」
「シロップだな。ジエがよく好んで、口にしていたモノだ」
「ジエさんの事はわかったから! ……あじゃなくて、どうかなマル坊? おねえちゃんにも分けてくれる?」
「もちろん! ソースは白い氷にかけて食べるんだよ」
「Oh……だからマル坊、その袋はソースではなくてだな」
マル坊と呼ばれた雪ん子ギアニックは小さな背をめいっぱい伸ばし、白い無地の氷粒の山を配膳する。
「ご覧、アーチ嬢。このように、シロップをかけた氷を食べるんだ」
白地の氷に染み込んでいく赤いイチゴの液体。
新雪のようにふわふわだったそれが、ホロホロと沈み込んでいく。
甘味が下層へ行き渡っている。
「これがカキ氷……んふ、甘~い」
「アーチ嬢のお気に召したようで何よりだ。どれ、モガくんのもワタシが……」
「オレは自分でやれる。シロップを寄越せ」
「おっと、そうかい。まぁ、キミの場合はそうだろうな。モガくんと先代との仲を、ワタシも話には聞いているし、カキ氷なんてお手の物か――――」
モガは渡されたメロンシロップに夢中で、もはやそれ以外の情報は入ってこない。何か青年が言っているが、モガはそれに一瞥もくれずにシロップの深緑色を見つめていた。
「色以外の特徴は、たしかによく似ている。道理で……」
荒山で食おうとしたサイコロステーキに対して、拒否反応は九九.二%を示していた。
それがどうだろう。今、シロップを目の前にしても拒否反応は〇.一%にも満たない。
「道理で、水を飲むコトにだけはテイコウがなかったワケだ」
アーチがカキ氷を咀嚼する。そのテーブルの向かい側で、モガはメロンシロップを飲み干した。
居合わせた誰もが啞然としたのは…………、言うまでもない。
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