【辺境】6 6/39
うわぁ、新年度じゃん……。
と思うか、
うわぁーい!新年度じゃんっ!
と感じるか。
予約投稿の時点ではなんともいえないぃ……。
「くっ、何だ。眩しい……!」
強烈な光を瞼に浴びて、眠っていたモガの意識がスリープモードから引き上げられる。
「いや、朝日にしては目に刺さり過ぎる。コレは……カガミか?」
見知らぬ場所、自分がここにいる経緯すら不明なまま、強制的に覚醒させられる。しかし不思議と警戒心は湧かない。
すぐ隣に、穏やかな寝顔をアーチがいるからか。ボサボサと無造作な白髪に、起きているのかいないのかハッキリとしない幼い呻き声。開いた口から垂れるよだれ。
「おい、起きろ」
「んひぃ。すぅー、んふぅ~……」
あの雪の中、遭難同然の状況から柔らかなベッドにありつけたのだ。詳細は分からないが、おそらく自分たちは何者かに助けられた。そう思うのは希望的観測だろうか。
「アーチ、起きてくれ」
「んおっ……、はよ」
「レディならシャキッと起きたまえ!」
ラッパのようなハリのある声でそう命じたのはモガではない。
モガとアーチの他に、寝室らしきこの部屋にはもう一人いた。
「ん……どうした諸君? ワタシの顔に何か付いているかい?」
わずかに青みがかった銀髪の青年ギアニックは自分たち二人に向け、雪より白く長い腕を掲げるや「起きたまえ!」の合図を送る。
モガは事態を呑み込めないでいたが、見れば起き抜けのアーチはモガよりもっとよく分からないという顔で銀髪の青年を見つめていた。
「アンタねぇ、初対面でこんなん言うのもアレだけど、そこらの目覚まし時計よりウザイわ」
見つめる、では優しすぎる。眠い目をこすりながら、もう片方の目は青年をきつく睨んでいた。
「ソーリィ。しかし若い時間をムダには出来ない。さ、ワタシついて参れ!」
「オレたちをここまで運んだのはオマエか?」
「いいや、ワタシの部下が。今は色々と気になっているだろうが、順番に紹介しよう。さぁついて参れっ」
部屋の光に慣れてきたカメラアイが、片目を閉じて受け答えする青年の姿を捉える。
クリアな視界に現れた青年は王子様風な白いタキシードのアーマー、その第一印象は貴族と表すのが相応しい。王冠型のキャップも白で、装いの各所に金のラインで高貴な意匠が施されていた。
「何度も言わせないでほしいな……起床時刻だっ! そしてっ、ワタシの三歩後ろをついて参れッ!」
戸惑うモガたちを見かねて、目が覚めるほどの自信家は手を差し伸べる。シルクの手袋を模した手甲パーツは、青年の繊細な顔立ちにとてもマッチしているのだが、もう片方の手を気障ったらしく額に添わせているのが滑稽だ。
「案内しようじゃないか。我々銀雪民の拠点……クレバスシステムの全容をね」
「ン、システムときたか。たしかに妙な場所ではあるが……フム」
言いながらモガはアーチの布団を剥いだ。羽毛布団からバサッと音を立つように、この布団は抱けばシャリシャリとこすれ鳴る。詰め込まれた材質はそう、シャーベット状の何か。
クレバスやら銀雪民やらと言うだけあって、部屋は至る所に霜が走っていた。とうに年老いたこげ茶のフローリングにも氷粒は点々と居座っている。
「……オレのサーモグラフはたしかに低温を示しているが、ここは別段寒いワケでもない。コレは……?」
フローリングに足を下ろす。氷の粒が足ツボみたいに触れているはずだが、フットパーツが冷たいとは感じない。
冷気立ち込める部屋にも拘わらず、吹雪に倒れたのが噓のような適温。
自身の動作環境が極めて良好である事に、モガは自分が別の生物にでもなったかのような現実感の無さを覚える。
「気づいたかい。それについても追々教えるとしよう。だから……」
青年が納得と頷きながら言を添える。こちらの反応はある程度予想していたらしい。
「だからついて参れ、二人とも」
青年はモガを見て、アーチにも視線を渡す。彼女は余程シャーベットの布団が気に入ったのか、眠たそうにしつつもようやくとベッドから這い出た。
「ふあぁ……っ、ついて参れ〜だってさぁモガ、どうする?」
「ひとまず、ついていくしかなさそうだな。注意していくぞ」
眠い目をこするアーチにモガは歩けと促す。
その時、モガはあるものを目にした。
アーチの口元から顎へ、先ほど垂らしていたよだれが氷柱のように顔にこびり付いている。
この短時間に凍結したのか。だとすれば、やはりこの場所は普通ではない。
「………………」
「な、なによ……」
ほんの一瞬、指摘するかどうかに迷う。
「…………いや」
「ジロジロ見んなっ。寝起きなんだから」
以前ニオイを指摘した際、「デリカシーがない」と逆に指摘し返されてしまった一幕を思い出す。
「そのままでいい。行くぞ」
結局見て見ぬふりを決め、部屋を出ていった青年を追いかける。
アーチのよだれが凍ったなら、ここが尋常じゃなく低温なのは間違いない。青年が言うように、あたかも本当にクレバスの中かと信じてしまえるくらいに冷えた場所だ。
「なんなのよもう……気になる、じゃない」
背の高い天井、高い窓枠、見通すほど遠く長い廊下。
どうやらここは、貴族が暮らす館のような建物らしい。それもかなりの大きさだと分かる。内側から見ただけでも、絵に描いたような貴族屋敷の外観が思い浮かんだ。
青年の長い足は迷いなく回廊を進んでいく。自分たちが起きた後の行動を予め決めておいたに違いない。
青年の歩調から、モガはどうにか意図を探ろうとした。
「うはぁー、息が白い。冬の平原よりずっと寒いわね、ここは」
「おっと、そんなはずはないんだが……寒いかね、アーチ嬢」
さっきの寝室と同様に回廊も冷気が充満していた。床に霜、石材の壁は所々が氷面、そして透明度の高い天井のシャンデリアが氷そのもので出来ているように見えるのは、果たして目の錯覚か。
「いや、ホントいうと寒くないんだけど。ただ見た目が寒そう過ぎて錯覚というか、見るだけで震えるというか……」
「ああ、そういうことか。それはここに来て間もない頃、皆が味わう違和感だ」
「みんなってのは?」
会話しつつも、青年の歩調は狂わない。青年にとってはこの会話自体が予定通りなのかもしれない。
やがて三人は回廊の中心に到達する。
青年がバルコニーに続くガラス戸――ガラスではなく、氷の板かもしれない――を開け放った。
「ワタシの民さ。吹雪の外からやってきたギアニックたちは、安全なクレバスシステムに流れ着いては身を置き、やがては銀雪民になっていく」
バルコニーに出るよう手で示され、モガから先にガラス戸を越える。
外の景色は幻想的だった。
「すごっ、キレ~イ! ……ってコレ、まさかぜんぶ……」
貴族屋敷の絵に描いたように優美な中庭、誰もがイメージする通りの光景がある。
ただ一点、そんな外の景色にも特異な事が起こっていた。
「凍っちゃってる……噴水とかも」
アーチがポツリと言葉をこぼしたのを耳にして、モガも同じ方向に目を落とした。
ずっと昔に空へと噴射されたであろう水流は、今や氷柱と化している。零度を下回る気温によって、時間が止まったままの噴水。
バルコニーから見下ろす凍った噴水は、まさに氷の花だった。綺麗と思うか、恐ろしいと感じるべきかは、リアクションに困る。
「雪のモビルゲレンデが引き起こす異常な吹雪が原因でああなったとしたら……忌まわしい花だな、オレにとっては」
時間が止まったままなのは、噴水だけではないようだ。
「モガ見てアレ、あっちの木。樹液が虫を巻き込んで凍ってる。コハクよ、コハク!」
眼下の木々のどれかを指差してアーチは言う。
モガにはどれも同じに見えた。どの草木も一様に、葉を生やすかわりに雪を付けている。花のかわりに樹氷を咲かせている。
「コレをオレたちに見せて、どうしようっていうんだ?」
雪景色といえばそうだが、そこに温かみやロマンは一片もない。
凍えた水、霜の走る草木、雪を含んだ大気。吹雪の中で意識を失くしたモガの瞳には、その全てが空恐ろしく映る。
命の気配、その一切を許さない、モガは冷酷なまでの自然の意思を目の当たりにした。
「そんな怖い顔をするな。ここを寂しい場所だと思うなら、それは誤解だ」
さぁ、中へ入ろう。モガたちを導きながら、青年は屋敷内へと引っ込んでいく。
次に案内する場所も決まっているようで、青年の足取りには相変わらず迷いがない。モガたちは青年と一緒になって階段を降りていった。
「キミたちのように吹雪の外からやって来たギアニックは珍しくないし、クレバスの中は絶対に安全だからな、危険を冒して出ていこうとする者もいない。ここは決して寂しくなどないぞ。むしろ騒がしいくらいさ」
青年は背中を向けたままで続ける。
「地上に帰って元の生活に戻ろうとする銀雪民の方が少ない……外があんな状況では、な」
その一言を口にした瞬間だけ、青年の自信ありげな歩調が乱れた気がした。
「その割には、オレたち以外のギアニックが見当たらないが?」
「それ。アタシもずーっと気になってた。だんだんうさんくさいわよアンタ!」
二人の不審を、青年はなおも背中で受け止める。
「まぁまぁステイ、待ちたまえ。順番に案内すると言ったろう? そのあたりの事情も含めてだな」
わざわざ向き直って弁解などせずとも、ワタシは最初から潔白である。
二人と取り合おうとせずに背中を向けたまま歩く彼は、そうとでも言いたげな佇まいだった。
「ま、今日この一日くらいはゆっくりするといい。キミたちは今、様々な事が気にかかっているのだろうが、じきに分かってくるさ」
わざとらしいくらい不遜に振る舞うのはなぜか。コレも自信の表れなのか。モガは釈然としない。
「ちなみに、慣れないクレバスの中では分かりづらいかもしれないが、今は朝だ。二人とも空腹だろう。お待ちかね、我々銀雪民の食堂に着いたぞ」
青年が扉を開く。貴族屋敷、一階の大ホールが丸ごと食堂になっている……というより、もはやパーティ会場に近い様相だった。
会場では大人も子供もない交ぜとなって朝食にいそしんでいた。人型ギアニックも入れば、その他動物の特徴を有したギアニックも目に入る。
パッと見て視界に入ったのはカモシカ型やウサギ型など、どことなく雪国を思わせるモチーフが多い。彼らの中には毛皮を模したアーマーをぶかっと厚着する者もいれば、さらし一枚のアーチ同様極端な薄着で過ごす者もいる。
「こんな場所にいちゃ、暑いのか寒いのかよくわかんなくもなるわよね……目に映るもんはぜんぶ冷たいのに、震えるどころか適温だもん」
「そこはこのワタシのおかげだ。コールドコードを服用したギアニックは、極限の環境下に適応できるようになる」
青年が自身の胸を人差し指でつついて見せた。
「キミたちのカラダも、すでに銀雪民と同じ造りになっているはずさ」
眠っている間に何か組み込まれでもしたのだろう、吹雪の極寒にやられたにも拘わらず、零度以下のクレバス内をこうして平気で活動できているのが証左だ。
意識の無い間に細工されたことについて、意外なほど不満は感じない。
ただ、しかし。起きて一万年が経過したあの日のように、自分がひとたび眠ると世界では色々な事情が変わっている。
自分はそういう星の下に造られたのか。
巡り合わせが少し可笑しかった。
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