【辺境】4 4/39
辺境は英語でフロンティーア!
辺境は英語でフロンティーア!
辺境は英語でフロンティーアっ!
騎乗手に操られるがまま群れの大将のイエティ・アニマがモガに勝負を仕掛けてくる。
頑健な肉体と雪崩をも引き起こしかねない馬力を備えた骨太の牙獣。
「やりなさい、イエティよ!」
騎乗手からイエティ・アニマへ手綱の鎖から指示が送られているか、雪の牙獣は鈍器を束ね詰め込んだような鈍重なパンチをモガに見舞う。
「グォォォ……!」
「貴方の拳は今、私の操縦によって審判を下す裁きの鉄槌となるのです……ハァッ!」
「グゥゥオォォォォォオオ!!!!」
騎乗手が鎖を振るう動きに合わせ、イエティ・アニマの瞬腕はしかしモガの目前で空を切る。
「鈍い……な」
鎖につながれたイエティ・アニマの猛攻と相対しながら、モガは不意に違和感を抱く。
「ぐ、ぐ、ぐ……グォォ……!」
「オマエ、さっきからどこを見ている……?」
群れの仲間を討たれた仇討ち。
研がれた牙と振り翳す腕は、テリトリーを脅かす者への粛清。
それはきっと、野生に生きる群れの大将として持って当たり前の矜持だろう。一匹の獣として、仇なすモガへ爆裂させて当然の苛立ち。
イエティ・アニマの拳から、烈火のごとき憎悪が伝わってくる。しかし、憎悪のパンチがモガを捉えることは一度としてなかった。
「グォォォアアァァア!!」
「……そういうことか」
仇討ちというには遅い拳。一向に焦点の合わないイエティ・アニマの視線。
イエティ・アニマが抱えているであろう怨嗟の深さのわりに。仇を目の前にしたわりに。
あまりに勢いを感じない。
「もっとです、もっと! イエティよ、もっと力を発揮するのです!」
「イエティ・アニマ……オマエの立場、今ならばリカイしてやれる」
数回攻防を繰り返すうち、モガは気付く。イエティ・アニマの拳には実に複雑な感情が乗っていた。
イエティ・アニマの持っている立派な巨躯に対して、しかしその戦いぶりに凄みがない理由。
戦闘の中で、彼の拳はモガへ雄弁に語った。
「グゥゥゥ…………」
鎖につながれ、騎乗手の指示によってしか戦えないことへの虚しさ。
「もっと、もっと力を入れなさい!」
大将でありながら、群れの仲間の助太刀に入れなかった無力感。
「ゥゥウ、ウゴォォォ……!」
そして何より、頑強な四肢の奥底に、手も足も出ない現状への怒りを秘めている。
それは抑圧された怒り。
如何なる光景を目にしようと何をすることも許されず、上から頭を押し付けられ、抑圧の重みに耐えかねた心は歪み、やがて元の形に戻らなくなる。
怒るべき場面で怒れなくなる。感情に起伏が無くなり、群れを取り巻くどんな状況にも波風が立たなくなる。
つまりは、イエティ・アニマの心は諦めに支配されていた。
「これだけのチカラを持ちながら……ずいぶんとヒクツなモノだ」
「ククク。こんな戦い方をしているんです、卑屈などと言われるもの仕方ないでしょう。ですが……今の発言、名誉毀損罪が余罪にあがるやも知れません。くれぐれもお気を付け……」
「ゴォォォアアアアァァァァァアアア!!!!!!!!」
この大将が本当に牙を剥き腕を振るいたい相手が誰なのか。
自分たちが荒山を訪れる以前に、テリトリーを脅かしたのは誰か。
手合わせし、拳を交えたモガには分かり切っていた。
しかし今なお跨られ、鎖につながれたイエティ・アニマにはどうしようも出来ない。
なぜなら、察するに牙獣につながれた鎖は騎乗手ギアニックの武装だからだ。
「指示……いや。もっと言えばシグナル、コマンドといった類か」
「なんです、先ほどから? 私が取り仕切る裁判中に私語は慎んでほしいものですが……」
「オマエがその黒いクサリをどこで手に入れたのか、誰が造ったのかは知らないが、かなり複雑な設計であることは間違いないだろう。対象をショウアクしコントロールする……か」
少なくとも、ジエとは関連のないシロモノだな。他者を操ろうなどと……カノジョにはありえん。
「手掛かりにもならないゲドウなら心置きなく切り捨てるまでだ」
「静粛に。……被告人、黙らないようなら法廷からは退室願います」
次の指示を出さんと、騎乗手が手を振り上げた。イエティ・アニマの身体から騎乗手の手へ、たっぷりと鎖が垂れ下がるのをモガは見逃さない。
訪れた好機、咄嗟に脳内で÷《ディバイド》関数を呼び出した。
「黙れ、か。いいだろう、ハナからキサマに言うことなど特にない。もっとも――」
バギィン。÷《ディバイド》の剛刃が鎖を断ち切り、イエティ・アニマを自由へと解き放った。
砕けた鎖の欠片が吹雪の向こうに吹き飛んでいく。
束縛を離れたイエティ・アニマの拳が向かう先は一つ。
「コイツは言いたくてたまらないようだがな」
グ。
ォォォオオオ…………!
「グォォォオオオオオォォァァアアアァァァアアーーーーーーー!!!!!!」
他者を従属させる武装は砕け、制御を失ったイエティ・アニマから振り落とされる騎乗手。足場の悪い新雪の上でも体勢を崩さず着地してのけた。しかし直後に怒りの鉄拳が迫る。
「イエティでなく武装を狙った一撃。良い答弁ですね」
ガギィィン。イエティの拳が騎乗手と正面衝突した。
大自然の怒りを込めた野生の一撃。その威力を前にした重装備のギアニックが、自然を我が物にしようとした罪深い騎乗手が、崖下へ落ちていく。
この戦闘の一秒先を、少なくともモガはそう予見していた。
「片角の鮮血と呼ばれるだけある、さすがと言う他ない」
鎖でバンテージを施した手甲を、前面にクロスして構える騎乗手。
重い装備と大きな体格が、衝撃を受ける騎乗手の脚、腰、肩に安定を生む。
驚くべきことに、騎乗手は手枷を模したグレートヘルムから踏ん張りの声を漏らしながらも、イエティ・アニマの鈍重なパンチを真正面から受け止めてしまった。
「どいつもコイツも……、この時代のギアニックは見た目以上にチカラ持ちだな。オマエといい、アーチといい……ユスといい」
騎乗手の鉄壁によりイエティ・アニマの拳が完全に制止する。しかし攻防は騎乗手のガードだけに終わらなかった。
「判決――――С《コンスト》」
パンチを受け止めたバンテージの鎖がひとりでに掌から離れ、至近距離のイエティ・アニマへ飛びかかる。
「関数だと……? ジエが手ずから造ったギアニック以外で、これほどの拡張性を有しているヤツがいるのか」
鎖はまるで触手。重装の隙間から際限なく伸びる両手の双鎖は、重力に逆らいイエティ・アニマの巨体を這い上る。
(また操るつもりなら……砕き割るまでだ)
牙獣は、気味の悪い虫を服から追い出すような必死さで鎖を払おうとするも、やがて鎖は毛糸玉のように彼をСし宙に浮かせる、そして。
「さよならです。仮採用の裁判官よ」
「グ、ガハァァ……!」
ムチを振るう軌道で牙獣は吹雪の向こうへと投げ出された。その方角はたしか、昨日モガたちがイワダルマ・アニマに追い込まれた場所。
「ヴォォォオオオーーーー!?」
すなわち、崖下だ。
イエティ・アニマの雄叫びが断末魔に変わったかどうかは、声も姿もすでに吹雪に消えたので分からない。
気にしてる余裕はないのだ。
妖しく揺らぐ双鎖を携えた、不敵なギアニックがこちらに歩み寄って来る。
「さぁ、もはや執行猶予ははありません。片角の鮮血よ。最期に何か言い残したことはありますか?」
「……オレにはまだ、果たさなければならん目的がいくつも残っている。こんなところでは死なん」
豪胆にも自らの乗り物を捨ててのけた騎乗手に、毅然とアームブレードを構える。
(あのクサリ、他者を操るなどという高度なキノウを持っていながら、イエティ・アニマの巨体を投げる馬力まで発揮できるとは。タダの武装にソレほどの容量があるとは思えないが……)
騎乗手を油断なく睨みつつ、背後で眠ったままのアーチを再度盗み見る。かけてやったマントの炎が発動していないのを確認し、モガの脳裏に選択肢がよぎる。
(マントは自発的に発動するハズだろう? 極寒の環境下にいながら炎に頼らず眠っていられるということは、アーチは寒さに耐性があるのか? ならば――――)
アーチには悪いが、そのマント、今はオレが使うべきか。
「クククク……いけませんねぇ。言うに事欠いて、まだ死ねないと申しますか」
閃いてから突き動くのは早かった。モガはアーチにかかっているマントに手を伸ばし。
「しかしすでに判決は下りました。かつて司法を司った私の一言が、そして今や自然の意思までもが、貴方様の死を望んでいる」
「……ッ!!」
自然がモガの死を望む。まさにその通りだとモガは思った。
マントに伸ばした手が凍ったように微動だにしなくなったのである。
「クッ……ッ一体、いつからこんなことに……ッ!」
意思に反してボディの働きが急速に低下していく。
辛うじて稼働するCPUが、走馬灯にも似た自問自答を繰り返す。
昨日まで晴れていた荒山に吹雪が吹き込んできたのはいつ頃だったか。
なぜボディがこんなになるまで、自身の異変に気づけなかったのか。
雪のモビルゲレンデとは何なんだ! この異常気象が、ただの吹雪ではないことは本能で分かる……。
「さよならです。被告人モガ」
アーマーの隙間から雪が侵入する。
じんわりと広まる冷たさが気力を吸い取っていく。
騎乗手の言葉を聞いたが最後、モガは意識までもが凍結した。
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