【辺境】2 2/39
季節の中で冬が一番好き。過ごしやすい。あー雪国は……その、大変そうですね……。
「オウカ」
一般に、グレートヘルムと呼ばれる防具がある。つまりは円筒状のヘルメットだが、バクサの被るそれは手枷のようなデザインをしていた。
分厚い手枷のヘルムには、目の高さあたりに視界を確保するための隙間がある。しかし何人が隙間を覗き込んでも、彼の素顔は窺えず、彼もまた自身の素性を話したがるたちではない。
手枷の頭部と同じく、首から下も武骨な印象を受けた。しめ縄のように太い鎖で、巨人のように広い掌にバンテージを施している。肩パーツや股関節部にも大袈裟なくらいの鎖が巻き付いていた。
目鼻口に手枷。さらに全身を鎖で覆うギアニック。
拘束具だらけの彼の名は、バクサ。
バクサを一目見たギアニックのCPUには、もれなく「罪人」というキーワードが現れるだろう。端的に言って、バクサの装甲はそれほどに異様だった。
「オウカ」
雪の地表を突き破って、バケツが一本現れる。
バケツに続いて、タコ足のように長く連なる鎖が、クレバスの底から地表へと這い出た。バケツとつながった鎖がすべて這い出ると、それは人型ギアニックのシルエットに変化する。
鎖は捻じれて変成し、手足となる。バケツだと思っていたものが、そのままバクサのグレートヘルムとなる。
氷のハシゴを登りきったバクサの眼前には、雪景色・銀世界など生ぬるいホワイトアウト同然の猛吹雪が果てしなく広がっていた。
「オウカ。また『夫婦』の動向を気にしているのですか」
目的の人物は、横に落ちる雪の中でじっと一点を見つめて佇んでいる。寒さに震えるでもなくそうしていられるのは、銀雪民に例外なく備わっている「あるチカラ」のおかげだ。
「そんなところさ。『夫婦』が満月の真下へ移住を始めているのは、キミも知っての通りだろう、バクサ」
「ええ。ですが……」
こちらの心配をよそにして、ゆるりと答える青白いギアニックの名は、オウカ。
ここ数日、オウカには不可解な行動が増えた。
よもやオウカに限って銀雪民を裏切って夜逃げなどするはずもない。
だが、オウカの人と成りを知っているだけでは拭えない違和感が、バクサの胸に引っかかっている。
だからオウカが怪しいというよりは、どこかソワソワしていると表すのが正確か。
「『夫婦』の移住に合わせて形成される、この雪のモビルゲレンデ。それに合わせて、我々もつい最近山を渡ったばかりです。そこまで監視に気を張る必要もないかと」
自身を「貴族」と称するオウカは、日頃から鍛錬に励み、『夫婦』アニマの猛威にも動じず、過酷な雪のモビルゲレンデを切り拓きながら、力を持たない銀雪民を今日ここまで率いてきた。
オウカが貴族を自称するのも大げさではない。少なくともバクサはそう思っている。彼が持つ高貴ゆえのカリスマはたしかに銀雪民を導いてきた。
だからこそ、何かがおかしい。
「まさかとは思いますが、オウカには何か見えているのですか? この吹雪の中、それも肉眼で」
オウカは今も吹雪の向こうを観察している。今日だけでなく昨日も、その前日も。
オウカと並んでバクサも同じ場所を見つめるが、彼のカメラが捉えたのは鈍色の闇だけ。
クレバスの底で暮らすギアニック二人にとって、滅多に日の差さない猛吹雪の中は宇宙か深海、あるいは箱庭のようなものだ。
恒星すら光らない宇宙のはずなのに、茫洋な闇のはずなのに、オウカはしきりに何もない吹雪の向こうを見つめている。
それとも、オウカにだけは見えているというのか。
「バクサよ、逆に問いたい。キミは気づいていないのか?」
オウカからはさも当然のように、「見えている」と答えが返って来る。だとすれば、それはギアニックのセンサーでは説明のつかない、もっと生物に近い方向性の、生々しい気配の受信だ。
(その感覚は――――モガシリーズの子孫たる所以ですか、オウカ?)
プラチナを思わせる白と青みの腕がすっと上がった。オウカが指差しで灰色の吹雪の闇、その一点をバクサに示す。
指差す先が雪山の麓なのか、あるいは雪峰の稜線なのかすら、極寒のノイズばかりでバクサには形さえ見て取れない。
「この雪と氷に覆われたモビルゲレンデに……吹雪を払う不死鳥が来るぞ」
「不死鳥、でございますか……まさか、片角の鮮血が?」
バクサが声を返すと、オウカは不服そうに吹雪から背を向ける。振り向いたオウカの諌めし気な視線がぶつかった。
「鮮血か。その呼び方は物騒で好かないな。おまけに、キミの紳士さをも台無しにする。控えたまえ」
しまった。オウカの機嫌を損ねたのは蘇生の炎を操るギアニックの登場ではなく、自分の言動からだったとは。
「これは、不躾でした」
相変わらずの気難しい反応を見れたことで、バクサは内心で安心した。少なくともオウカがいつもの態度を取る間は、『夫婦』に恐れをなしているわけではないと分かるから。
「私は別に、紳士のつもりはないですが」
「それでもだ。民の前ではやめたまえ」
吹雪を睨むのをやめ、クレバスへ続くハシゴを二人で降りていく。
バクサの頭上から、後をついてハシゴを降りるオウカの声がかかった。
「館に帰投したらプランを練り直すぞ。こうなれば、今度の作戦にモガを組み込むしかあるまい」
ハシゴを降りつつ、バクサはオウカのいる真上を仰いだ。見上げてもオウカの足裏しか目に入らず、表情は伺い知れないが、彼の声音はわずかに弾んでいる。
「かしこまりました。しかし、彼が協力的とは限りませんよ」
「その点は問題ない。ワタシの中のパパ上も、そう言っている」
オウカの父。オウカの先代。
オウカの口からその単語を聞いた時、バクサの肝が酷く冷えた。
「お父君ですか」
バクサに人間と同じ心臓があったなら、きっと凄まじい拍動を打つに違いない。追い込まれた獲物が恐怖に染まった時のような、あるいは断頭台で死を待つ瞬間のような、どこかへ逃げ出したくなる鼓動。
「オウガ……我がパパ上の、モガシリーズの血が共鳴する感覚が、ワタシのここにある」
「血が共鳴……それはいささか、ギアニックらしからぬオカルトでございますね」
クレバスの長いハシゴは、会話でもしていなければ退屈を生む。だが、それにしたってオカルトと来たか。
銀雪民との対話でも、ゲリラ的に小競り合いを仕掛けてくるユキザル・アニマとの戦闘行為でも、普段から判断が合理的なオウカにしてはらしくない。
いや、オウカのよく言う「貴族の嗜み」にオカルトが含まれている可能性もあるか。
「オカルトか、そうだとも。だがワタシはたしかに感じているよ。モガシリーズ同士呼び合い、引き寄せ合う感覚……いや、定めか。そう、定めの刻は近い」
「…………」
「もっともワタシ自身はモガシリーズではなく、その後継機だがね」
『夫婦』が何千年と渡って発する猛吹雪によって、多くの山の環境は変わってしまった。
山が丸ごと雪に埋もれ、生きていけなくなった土地を切り開き、クレバスに見せかけて地中にギアニックの生態圏を作る。それこそがオウカの先代にしてモガシリーズの一人であるオウガがなした偉業。
銀雪民のパイオニアたるオウガによって築かれたクレバスシステムの中で、バクサやオウカは暮らしている。
一般の銀雪民が暮らしているだけあってクレバス内は安全、しかし一歩地表へ這い出ればこの吹雪だ。
「彼は……不死鳥はここまで来れるのでしょうか」
ハシゴを降りる手足は止めぬまま、疑問が口をつく。
「それを含めての作戦立案だ。カレの位置は分かっているから、おそらくキミに迎えに行ってもらうことになるだろう、バクサ」
しかし、クレバスの中で暮らすといっても、その生活が穏やかだったのは何千年も昔のことだ。
銀雪民たちの営みが円満であれば、バクサが吹雪を闇だと思うこともない。
元凶は『夫婦』と呼ばれる二体のアニマ。アニマの操る吹雪を退けない限り、オウカやバクサたち銀雪民に安寧は訪れないだろう。
「吹雪を払うその時は近い……頼むぞ」
「はっ!」
「ところで、キミは歌劇が好きか?」
「はっ? ……歌劇ですか」
一芝居打った方が都合よく事が運ぶぞ、きっと。オウカが意味ありげに質問を投げる。
長いハシゴが終わりクレバスの底に足を着かせながら、バクサは今回の任務に一悶着ありそうな予感を感じていた。
オカルトの次は歌劇と来たか――――。
「歌劇のことは知りませんが」
バクサは述べた。
硬いヘルメットの中で含み笑いを浮かべながら。
「裁判なら、山ほど。それも傍聴席ではなく、常に最も高い席から眺めておりました。芝居をしろとおっしゃるならば」
仰せのままに、と慇懃に頭を垂れた。
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「アーチ。見ろ」
人ならば寒さに震える高高度の山。先程まで大岩が暴れていたその山の広場で、モガとアーチはそれぞれ寝袋を並べていた。
アーチが言うに、大岩の正体はイワダルマ・アニマと呼ばれる生物らしい。
装甲の厚い戦闘車をも断ち割るモガの÷《ディバイド》関数。その剛刃を受けた岩が、日の沈んだ今も広場で真っ二つに体を開いている。
亜光速にも及ぶ剣速を求めた/《スラッシュ》とは違い、物質を切断することに重きを置いた一太刀を最後に、巨岩は沈黙。
残念ながら今回の敵はジビエではなくただの岩なので、アーチが恨めしがったサイコロステーキ肉が返らないのはもちろんのこと、普段のアニマ狩りと違って食材らしい食材すら戦果として手に入らなかった。
「よかったな」
「なにがよ。お肉をダメにした上、急に襲われて……マジでビビったんだから」
モガが唯一の戦利品を見つけたのは、イワダルマ・アニマの亡骸――――もはやただの岩にしか見えないそれを広場の端に撤去していた時の事だった。
イワダルマ・アニマの中心部、すなわち頭脳の辺りにそれは嵌まっていた。
「コイツを見ろ。オマエの欲しがっていたモノがある」
体内に手を伸ばす。無彩色を詰め込んだ岩の断面と対照的な薄赤い石が、有象無象の石粒を押しのけるようにほのかな輝きを放っている。
「え。これって、まさか」
「ああ。そうだ」
アーチの脳裏にルビーの三文字が浮かぶ。
目の前の薄赤い石は、他の砂粒と比べても確かに異色を放っていた。アーチの瞳に、宝玉として映るのも無理はない。
「塩を振りたがっていたろう」
「宝石……!?」
「塩化ナトリウム……岩塩だ」
「はぁ〜……ちくしょうっ」
やけくそ悲鳴を上げるアーチを横目に、モガはアームブレードで岩塩をくり抜いた。
用済みとなった岩を今度こそ完全に撤去して、平穏を取り戻した広場に寝袋を敷き今に至る。
「昨日より冷え込んでいるな。アーチ」
「んー?」
日が落ちた広場に横になる二人。今夜はこのまま野ざらしで眠りに就く。
元の時代を生きていたニンゲン・アニマがこの冷え込みで野宿をすれば死にかねないが、モガたちギアニックには関係ない。
強いて言っても活動に必要なエネルギーが多少増しになる程度で、寒さは二人の行軍に支障をきたさない。
「モビルゲレンデが近づいているショウコだろう。オレたちが目的を果たすのもそう遠くはない」
「だといいわ。さっきみたいに肉をダメにしちゃうなんて、もうたくさんよ」
気だるげな声が返ってくる。寝袋に身体を滑らせて間もないが、アーチはすでにスリープの準備が整っているらしい。
これ以上は声をかけず、早々に眠るべきとモガは判断した。元々アーチは疲労を溜めていたし、明日以降も歩き通しになる工程を考えると、ボディを十分に休めてもらった方がいいだろう。
そう思っていたが、アーチはともかくモガは中々寝つけずにいた。
右側の瞳を閉じ、左側のカメラアイも内部カバーで覆う。
しかし、スリープモードは発動してくれない。
(チッ……今日も、か)
この三日間、モガは同じ理由でスリープモードに落ちられないでいる。
理由は明白、単に寝袋に慣れていないのだ。
ギアニックたるモガにとって寝具を使うのはあまりにも人間くさい行為で、一万年前と現在とのギャップを嫌でも感じてしまう。
宿で過ごした時もそうだが、人間らしい営みに触れると、嫌でもジエが思い出される。
正確には、ジエを思い出すことで彼女のいない現状に気づいてなお、わずかな焦燥感しか湧かない自分というものを突き付けられる。
(エネルギーを保たせるためにも眠っておきたいんだが、こればかりはままならんな)
それからしばらくの間、モガは眠ろうと必死に粘っていたが、一向に眠らない自分のボディに辟易し、ついに目を開いてしまった。
瞼を開くと、闇に慣れた瞳に無数の星の瞬きが刺さった。
自分は今、雲より高い場所にいて。
夜空をじっと仰いでいると、モガはときおり重力が消える錯覚を覚える。
モガは知らないが、人はその感動を「吸い込まれそうな夜空だ」と表すことが多い。
時間はさらに経過する。星々が東から西へ移ろう動きを、モガは目を開いて観察していた。
心なしか、ここ数十分で周囲の気温がぐっと下がっている、気がする。
(チッ……まるで眠れん)
宿のベッドや小屋の藁ベッドの時はどのようにして眠りに落ちていただろうか。
次第に寝袋が鬱陶しくなり、手足をもぞもぞと置き直す。姿勢を変えて、落ち着いたかと思いきや、また寝返りをうつ。
「ちょっと」
絶え間なく続く布擦れに耐え兼ねて、アーチが中空に声を上げる。
「……騒がしかったか」
「またいつものヤツ?」
スリープから引き戻された影響からか、アーチの声はくぐもっていた。
「ああ。まるで眠れん。ニクを摂取したおかげで、眠らなくとも明日の活動に支障はないだろうが……」
「ふぅん、しょうがないわねー」
一体なにが「しようがない」のかは不明だが、アーチの意図が分からないモガとは裏腹に、彼女の声は起きてクリアになっていく。モガの不眠に付き合うつもりなのか。
「なんか話しましょ。例によって、アタシが寝落ちするまでだけど」
「だが、一体なにを……」
「そうよね。じゃ、今日はこういうハナシ。さっきアタシ、ちょっと疲れてたしさ。『責任取んなさい』とかなんとかって、つい言っちゃったけど……」
「わかっている」
モガが夕食の準備をしていた時、たしかにそんなことを口にしていた。
「たとえセンガの情報が誤りだったとしても、オトウトのしでかした不始末はオレが埋め合わせる。アニとして、必ず」
「ちょい。なに一人で先走ってんのよ、人のハナシは最後まで聞きなさい」
宿民たちにとって宿とは、いわば平和の象徴。
誰にとっても最も大切だった宿を再建したいという宿民の総意を無視し、モガは二つの目的のためにアーチを北へ引き連れてきた。
ジエの手がかりにありつけたい自分自身の目的。そしてもう一つは、母親を失ったロクの心を救うために。
宿の再建が後回しになることに関して、チョオローをはじめ宿民たちにも一応の了承をもらったとはいえ、自分ひとりのワガママで宿民の行く末を変えてしまったのだ。
だからアーチに責任を取れと告げられても、言われるまでもない、当然だと思っていた。
アーチから、続きの言葉を聞くまでは。
「ここまで付いてきたのはアタシが決めたことだから」
「言い出したのはオレだ」
「それでもよ。もちろんセンガのハナシが嘘だったら、アイツはもういっぺんカラダをバラされるだろうけど……それはそれよ」
物騒なイメージが瞼の裏に描かれる。センガの凶行を思い返せば然るべき報いでもあるとはいえ、そうなっては欲しくない。
「アンタがロクの事を考えてくれてたの、アタシにはわかったよ。だからアタシも東に行くのを先延ばしにしてアンタについてきた」
ユスという女のギアニックに為り変わったセンガは、自身をロクの母親だと騙って宿民に近づいた。
あの夜の出来事を、幼いロクが正しく受け止められているか定かではない。それでも確かな事は、あれ以来ロクが発作のように塞ぎ込むようになった事実。
ロクの心に傷が残っているのは明白だった。
「言っとくけど山麓街はちょー遠いから。出発すれば、長いことロクと会えなくなる。でも、今あの子を置いていくのは……」
「……心配か」
「ええ。本人は平気だっていうけれど……」
アーチは自分の事を「モガの身の回りの世話役」だなどと冗談めかすが、本当は違う。
モガがジエを探すために奔走するように、彼女もまた自分のやるべき事を成しに来ているだけだ。
モガは先ほどまでの自分の思考を恥じた。
自分のワガママでアーチを引き連れ、結果として、宿民たちをひっかきまわしているのでは、そんな自責の念があった。
おこがましいにもほどがある。
アーチは宿民たちのために自分にできる最大限を考えて、誇り高く決断したのだ。
(自分のワガママで連れてきてしまった、などと……笑止)
「そんなわけで、もしセンガの情報とやらが空振ったとして、アタシたちにはアンタを責めてる暇はないの。だから、あんまし背負い過ぎないことね。わかった?」
「ああ。よくリカイできた」
「そ。よしよし。んじゃ早く寝なね」
「……ゼンショする」
その言葉を最後に、モガは目を閉じた。すぐに眠れるものでもないだろうが、目を閉じなければどうしようもない。
依然として気温は低下を続けている気がする。山の天気は変わりやすいと聞くが、星空には一片の雪もない。
「――――あとね」
モガが固く目を閉じ、いくらかの時間が流れた頃。
最初からモガに聞かせるつもりがないのか、はたまた、ただの寝言かも分からない。
囁くには少し遠い位置の寝袋から、か細い呟きが聞こえてきた。
「アタシ、モガに期待してる。この気持ちは、宿のみんなも同じだと思う。だけどね――――」
だけど、きっと。
アタシが一番、アナタを頼りたがってる。
お願いモガ。頑張って。
たとえ雪山でどんなことが起こっても、アタシの気持ちは変わらないから。
期待、してる。
「アタシも……がんばるからぁ~……んがぁ、もがぁ」
今のは寝言か。そう訊きたいはずの相手は先に眠ってしまった。
「キタイ。キタイ、とな。これが、」
モガに責任はないが、モガは期待されている。
「キタイ。いや、期待というヤツか」
期待してる。その言葉にモガはピンと来た。
瞼の裏で思い出すのは、センガが襲ってきたあの夜の事だ。
宿の食堂でセンガに破壊された宿民たちを、モガが蘇らせた。
その後、宿民皆に「アーチを助けて」と懇願された。
「期待か。セキニンよりずっと重いな。いよいよ背くワケにはいかない」
あの決戦で宿民たちに託されたものと同じだけの、大きな思いを背負ってここにいる事を、改めて実感する。
責任とは異なるプレッシャーがある。だが、モガのやるべき事は最初から変わらない。
そして。
次の日の早朝。
満天の星空が朝焼けに変わる頃。
「アーチ、しっかりしろ……起きろ!」
雲一つなかったはずの星空に、夜明け前の金星が見えてこない。
明けの明星どころか、二人の前には朝日すら昇らなかった。
「山の天候は変わりやすい……チシキとしては知っていたが、よもやコレほどとは」
吹雪だ。
朝にかけて降り始めた横殴りの雪が、雲より分厚く朝の光を遮っている。
「起きて戦え。でなければ、何のためにここまでついて来た!?」
昨夜まで砂利と岩だった広場が、うっすらと新雪に覆われた。乾いた砂よりいっそう白い雪が、岩塊となったイワダルマ・アニマの亡骸を冷やす。
寒さ包む銀世界の中にポツンと、アーチが無防備に眠っている。
今朝方から、モガの呼びかけに応えなくなって。
肩を掴んでアーチを揺すった。
彼女のボディは氷のように冷たい。
死後硬直が過ぎたように硬い。
「「「ゴアアアアァァァーーーーー!!!!!!」」」
重低音で、しかも複数の雄叫び。バッと振り返るも吹雪に阻まれて全貌は伺い知れなかった、いかにも獰猛な獣の声。
得体の知れない雄叫びが、動けない二人のすぐそばまで迫っていた。
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