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【平和】6 31/32

ゆっくりしていってね。

隣で眠るアーチを起こしてしまわないよう、自分に添えられた彼女の腕を慎重に剥がした。そのまま忍び足で玄関に出る。


「よォ。へへッ、ゆうべはお楽しみでしたね」


 暗くてシルエットしか見て取れないがツルッと丸い頭部、凹凸の無い肩、腕、下半身。


 ピクトグラム人形の如き無個性なフォルムは間違いなくムガ……の姿を借りたセンガだった。


「あァ~♡ なんなら今日もお楽しみだったってかァ~?」

「お楽しみ……? まぁいい。用があるならここではよせ。アーチはもう眠っている」


 アーチの眠る小屋を背に、二人は土手を上がっていった。センガがポコッとせりだした道端の岩に腰掛けるのを見て、モガも彼の横で立ち止まる。


「いやいや、いや~ァ若いお二人のお濃密なお時間をおチョーダイしてまでお呼び立てしたのはね、深~いワケがァゴザイましてェ」

「いい。用件を聞こう」


 モガの視線は、小屋に囲まれた薪の火に自然と吸い寄せられる。

 遠くで揺れる灯りを眺めていると、今日という日の目まぐるしさが離れていく。心が頭上を佇む半月のように落ち着いた。


「平熱だなァニキぃ。がーるふれんどと同衾したンだろォ? フツーはもチョット惚気(ノロけ)て見せるモンだずェ?」

「ノロ? なんだそれは」

(しゃべ)ニーってヤツだよ。やれよォ」

「よくわからん。また今度だ。用件を聞こう」


 溜め息を吐かれるつもりはなかったが、センガは落胆している。


「ま、今はいいわな。それよりも――――見ろォ」


 平原に向かって、センガが腕を広げてみせる。腕の先には、やはり薪の火が三つ四つ灯っている。


「って、こうも暗いンじゃぁ他に目ェつけるトコ無ェか。アニキよォ」

「?」

「どうオモう? アレ」


 どう思う、とは。

 漠然とした問いかけに思えるが、モガにはセンガが何を言いたいかが分かった気がした。


「フッコウを思い出す」

「復興、ときたか。あァ、違ェ無ェなァ」


 宿民の居場所は、もはや宿というより集落だった。

 平原を切り開いただけの、野生にほど近い住処。宿民たちが完全に安心して眠るのも難しいのではと、モガは一万年前を思い出しながらセンガに語った。


「せめて宿が残っていれば、カレらも安心して過ごせたんだろうが……」


 そこまで口にして、モガは自身の迂闊に気づく。今の発言、マキナの珠に操られていたセンガは、責められたと感じてしまわないか。

 予想外の反応が返ってきた。


「まァ宿ァ盛大にブッ崩しちまったからなァ……アニキが」

「?」

「あれェ。アレへェ!? アニキ知らンのン!?」


 宿を崩した。自分が?

 センガに嘘をついた様子はない。


「ゼッサン気絶中のアニキが寝ぼけてマント起動したンだわ。センガ様をたすけるぅ、たすけるぅ~っつって」

「! あのホノオか」

「肝心の俺様はすでに宿ジジイの黒手術でフッカツしてたっけどなァ」


 ボディのダメージを修復するだけでなく、スクラップとなった宿民をも蘇生させた浅紅の炎を、寝ている間に発揮したのか。


「あのホノオが宿を燃やしたワケか……だが、それは妙だな」


 浅紅の炎がその権能で誰かを癒すことはあっても、火傷させることはなかった。

 一日を通して仕事に携わったモガだが、外傷の残ったギアニックは見当たらなかった。


「燃やしたってのは違ェのよォ。宿に使われたモクザイが炎でぜーんぶ育っちまったンでサァ」

「まさか。本当にオレがやったのか」

「宿の骨組みからナニカラ崩してェ~……みーんなガレキに生き埋めウめっとォ」


 それだけじゃァないのよォ。さらにセンガが語る。


「みろぃ。って、イマぁ暗くて見えねェが、草ァボボボーボ・ボーボーだったロ!? 平原も裏の森も辺り一帯ビョーで火の海にしちまいやがった! あの寝相はイカちぃぜェ、そりゃ川のそばで寝かされるワケだぜ!!」


 たしかにモガが戦いを終えた時点では宿は残っていた。その宿がなぜ無くなったのか、寝ている間の自分に原因があったとしたら色々と腑に落ちる。


 やたらと転がっていた丸太は、おそらく育ちきった宿の残骸なのだ。背を伸ばすほどの平原の草々も、スケールを一回り増した森もそういう事情か。

 あらゆる違和感がモガの中から消えた。


 モガは首元のトリガーを引いてマントを起動する。普段はしまいっぱなしのショッキングピンクを羽織ってみた。

 そうすることで、新しい事実を知れるわけでもなかったが。


武装(デバイス)マントにそれほどの力が。ジエはかわいいだのカッコイイだのとしか、口にしていなかったが)


「宿の皆は何も教えてくれなかった」

「そりゃあアレだ、気ぃ使われてンデねェン? セキニンカンジねェよォにサァ」


 ロクの事センガの事、これからの宿民の行く末などを案じるのが手一杯で、モガ自身あまり気が回らなかった、というのもある。


「それを伝えるためだけに、こんな夜更けに抜け出してきたのか?」

「ん~にゃ、ちゃうで。一つはお別れをしに。もいっこはァ……取引の続きだ」


 はて。お別れ、とは。

 急すぎるだろうと口をつくことは、モガにはばつが悪すぎた。自分もアーチに対して似た態度を取った時を思い出すと、胸部内部に悪いものが引っかかった。


 取引とやらも身に覚えがない話である。


「ク~イズ。ご覧の平原は現在、ゼッサン復興中ですが……」


 何を始めたのかと横目にセンガを見る。辺りが暗いせいで、センガの表情を見て取れない。


「この景色ィ……。ここだけの景色だと思うか?」


 復興が必要なエリアが、ここ以外にもあるかどうか。

 張本人たるセンガは一体どんな心境でそれを問うているのか。

 明るかったとしても、ムガの『▽』しかないフェイスから心を汲み取るのは難しい。


「オマエのようなヤツと、一週間前の惨劇が、今の世界では(・・)珍しくない。……ということか?」

「今の世界でも(・・)珍しくないっちゅーコト。アニキが寝てる間に、マエの俺様みたいなやべェのが幅キかせてたンだぜ」


 これからセンガが何を言い出すつもりなのか、だんだんモガにも分かってきた。


「だからすぐにでも別行動、か」


 センガが今回の事件に負い目を感じているかどうか。

 センガを信じたモガには、その答えも分かっていた。

 誰かが虐げられている。本来ならば、それを知って黙っているセンガではない。


「そゆこと。日が昇る前にコッソリと抜けるわよ。ンでもって、今度こそホントの意味で救世の日々が始まンのサァ」

「だがいいのか? せめてチョオローのマカイゾウとやらを外してもらった方が」


 平原の外を一歩出ればマキナとの戦闘が日常になるだろう。

 モガが宿に運ばれる以前、ジエを探して当てもない放浪をしていた頃は、毎日のように襲い来るマキナを鉄くずにした。


 モガと剣を打ち合えるようになったとはいえ、ボディがムガのままでは心配するなという方が無理だ。


「いいのいいの。今の俺様はコイツでマキナを下僕にデキる。いわばモンボ……いやマンボよ」


 ツルツルボディのどこに仕込んでいたのか、マキナの珠をこちらに向ける。


「スカウトリングの方が近ェか。なんぼ使おうが壊れねェみてェだし」

「ソレを使う気か。キケンではないか?」

「間違えて食わなきゃヘーキだな。コイツをダレかに呑み込まされたってェのが、俺様の自我がバグる前の、最後のキオクだ。俺様がイカれっちまったのは、たぶんその日からだ」


 席を外すなら、飲み物を飲み干してからだぜ。

 モガは忠告の内容より、胸に満ちる感慨深さに夢中だった。


「オレのオトウトが自立している」

伊達(ダテ)にアニキより一万年多く生きてねンだわ」

「本当に一人で行くつもりか?」

「おうよ。それに実を言うとな。もう近くまで仲間が迎えに来てンだわ、コレが」


 センガは平原に背を向けて、平原と逆向きで岩に座り直す。

 アーチが眠る小屋と、その一歩奥に川が流れている。センガに習って同じ方をモガも向いた。


「仲間……コイネガか。それともギガやメガか?」

「トコロがどっこい、兄弟たちじゃあねェ」


 センガの視線は小屋や川よりはるか遠く、森の暗がりに飛んでいるようだった。木々の辺りに仲間がいるのだろうか。

 弟の友人なら一目見たいが、遠く暗くて叶わない。


「このメタルエイジに一万年も揉まれりゃあ、新しい居場所は向こうからやって来る……。だからってママンを忘れる白状モンはぁ、このモガシリーズにゃいねェケド」

「それなら」


 一緒にジエを探しに行かないか。モガからそう持ち掛けそうになった時、


「まぁまぁ愛くるしいヤツらだぜ。アイツらのおかげで一人ボッチの救世旅よかおもれー」

「それは。なによりだ」


 センガの口調は純粋で楽しげだった。

 世の中のギアニックすべてを汚い言葉で罵っていたセンガはもういない。

 このセンガにとって大事な物を取り戻せたようで、本当に良かった。


「あとアレ聞いてくれよォ、仲間に鍛冶屋がいてよォ、ソイツならジジイの魔改造も取っ払ってくれンぜ、きっと!」

「フッ。なによりだな」


 だからモガはジエ捜索の誘いを止めた。

 センガはようやく自分の夢を見つけたらしい。

 ならば、好きにさせてやりたいと思った。


「ユメか。そういうことか」


 夢。

 呟いた一言が、パスワードのように胸に落ちる。


「たった今、オレにも夢ができた」


 先ほどの、アーチに驚かれてしまった、その直前。

 ジエを差し置いて宿民たちの未来を案じた自分は、きっとバグに侵されたものだと取り乱した。

 アーチたちの優先順位がジエの安否より上回る、そんなバグに。


 すべてはモガの勘違いだった。


「オレの夢は、平和だ」

「アニキの言うヘイワが当たった試し無ェかったなァ……はぁ~あ」

「フッ。まぁ聞いてくれ」


 モガが平和と聞いて一番に連想するのは、賑やかな声が溢れたあの食堂だ。料理を喜ぶ子供たちの声が聞こえると、目を閉じていても眩しい。隣で聞いていたアーチもウットリと満足そうにしていたのが、妙に記憶に焼きついている。


 次に思い起こすのは、メンテナンスだ。アーチが付き添っての入浴メンテナンスだったが、彼女が自分を「モガ」と呼ぶようになったのはあの時から。

 メンテナンスを風呂の形式にする意味は、まだモガにはよく分からない。それでもアーチや宿民たちにとっては、大切な時間だったに違いない。


「言葉に起こすのは難しいが……」

「オォイ、アニキが聞けって言い出したンだぜ?」

「ああ。チョオローの言葉を借りるなら……そうだ。共に過ごした時間というのは、ただ流れるだけで趣があってな。それからコイネガの比喩(ひゆ)を借りるなら……草花の冠のように穏やかな営みがあった」


 話していると、すべてを奪われた平原が余計辛いものに見えた。


「平和とは他者との時間に宿るモノだったんだ」

「ほォ……して、アニキならどうする?」

「まずは宿を取り戻す。カレらの安寧に……平和に、宿は欠かせない」

「ママンが聞いたら泣くぜオイ」

「そう……かも、しれない。だが」


 センガのシルエットがゆらぁっと立ち上がる。

 もう仲間のところに行ってしまうのだろうか。


「おかしなことを言っているつもりはないんだが……そうか。オレはいつも間違えていたからな、仕方ない。ヘイワについてはまた考えなお――――」

「馬ぁー鹿」


 馬鹿と評され、モガのボディがガクンと揺れた。

 センガが肩を組んできたのだ。


「ムスコが百点取ったらママンは普通泣くだろがぃ! 感涙モンだぜェ」

「カンルイ。なんだそれは?」

「ママンに直接『ぼくへいわしってるよ!』って報告してやンなァ。そすりゃわかル。やれやれヤったねェオォイアニキぃ」


 センガの、というよりムガの滑らかで攻撃に不向きな拳がぐりぐりと脇腹に押し付けられる。


「これがカンルイなのか。いい加減な事を口走ったわけではない、ということでいいんだな」

「教えてやんねェ。ママンキッチリ見つけてェ、直接教わンだぜェ!」


 歓喜の拳をひとしきり受け止めると、やがてセンガは仲間を追って森の方へ消えてしまった。


「センガ……達者でな」


 センガの背中を見送って、それから平原に灯る薪の寂しげな揺らぎを目に焼きつける。


 頼りない火とこじんまりした小屋を眺めていると、モガと宿民たちで求めるべき未来が明瞭になっていく。

 モガの気持ちは宿民と一つになった。


「オレが一人で動いてもダメだ。カレらと一緒でなければ、な……」


 まずはアーチから頼まれた宿の再建に着手すべきだ。宿民にとって、宿は平和の象徴といえる。


 東の山麓街にいる大工集団へ依頼に行こう。

 遠出になるらしいので道中の護衛が必要だろう。そして大きな宿を建てるとなると莫大な報酬もネックになるというが、交渉の場にモガがいればそちらもスムーズに進むだろう。


「それに、ジエを知る人物がいるかもしれない。マチとなれば人も多くいるハズだからな」


 宿民でいえばチョオローがすでに一万年前を生きているので、単純計算で三十余人のうち一人は情報を握っている可能性があることになる。東の山麓街とやらに新情報を期待してもいいはずだ。


 そろそろ小屋に戻ろう。どこかの誰かのように寝不足でパフォーマンスを発揮できないとなれば、センガに笑われてしまう。


 明日に向けて早く寝るべきだ、そう思って土手を下り立った時。


「よォ」

「! オマエは」


 土手下(どてした)で、センガがばつ悪そうに待ち構えていた。

(ここまでついて来てくれた聡明な読者様なら、私が次に言うことがなにか。)

(もうお分かりですね)











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