【平和】5 30/32
スゴイことに気づいちゃいましたよ、私。
サブタイに30/32とありますね。ということは。
30話も追いかけてくれている読者様がいらっしゃるということです。そうですよね?
胸いっぱい!
宿の消失と変わり果てた姿の平原。事変の傷痕は、モガが考えていたより根深い。
宿民の三倍長い夕飯を済ませ、一日の終わりを告げる宵の明星が見えなくなる頃、自分の弟機が引き起こした悲劇の影響をあらためて重く受け止めた。
宿が無くなった事への動揺は、ある。宿民たちは平然を装って小屋づくりに精を出すが、顔に疲労が滲んでいる気がする。
聴覚センサーを澄ませば、夕飯に現れなかったロクを心配する宿民の声をキャッチすることができた。ロクがいない時、子供たちの気持ちは特に沈んでいる。ロクの心が快復しないことで、それぞれに思い悩んでいるのが分かる。
(アンガスの人生以上に長く在った宿が消え去った事実。そして、いまだ癒えないロクのココロ。この二つに対して、オレはどうオトシマエをつければいいんだ?)
自分と宿民を取り巻く様々な事情がすっかり変わってしまっていた。
センガの細工についても不明な点が多すぎる。センガに宿を襲うよう仕向けた黒幕は誰なのか。マキナの珠なるテクノロジーも得体が知れない。
そういった度重なる心配が祟ったのか、寝不足のアーチ。
ロクの傷心。
考えるべき事物は多い。モガは思考を巡らせながら、土手を越えてアーチと共用の小屋に帰っていった。
新しく聞かされた情報が多く、モガの容量は限界を迎えていた。一度スリープして整理するべきだろう。
これからの宿民たちのために、自分がどう動くべきか。それからジエを見つけるための方策も立てたい。
思考のおかしさに、モガははたと気付いた。
(宿民のために動き、その次にジエの捜索だと? バカな。このバアイ、オレはジエを第一に優先するべきではないのか……?)
自分の中で、絶対だった優先順位が崩れる音を聞いた。
昼間の発言を思い出す。
アーチでさえ十四番だというのに、ジエが二の次。
自分に施されたプログラムに、他でもないジエのプログラムに、バグが発生したのか。
モガは唐突に自分が心配になる。
バカな。
宿民のためとはいえ、自分がジエを放棄しようとしている?
バカな。
プログラムで構成されているはずの自分が、正体不明の衝動に制御を奪われている!
玄関に見立てた布を捲って、小屋の中へ入った。
「ちょ……誰!?」
「!?」
「アンタ、誰なのっ……何とか言いなさいよ!!」
まさかと思って、モガは自身の顔を触る。
左手がヘッドギアを触った。
右手が人間の顔を撫でた。
よかった、いつも通りの頭部がある。
(見た目まで変わってしまったワケではない、か。……ならなぜ!)
安心するのも束の間、慌てた声が打ち合う金属音に変わる。
暗くて見えなかった小屋の一か所に閃光が生まれた。
見覚えのあるプラズマの輝き――――アーチがこちらに電撃矢を向けていた。
矢の光が、こちらを見て恐怖に強張るアーチの顔を浮き彫りにする。
と同時に、矢の光がモガの顔を照らし出した
「って、モガかい! ビビッて損したわ……」
強盗と鉢合わせたような表情が消えた。
かわりに思いがけない剣幕が顔を出す。
「夜入る時はひと声かけなさいよ! 真っ暗でなんも見えないんだから!」
「は…………っ、少し考え事を、していた」
光がしぼみ、アーチのクロスボウが引っ込んでいく気配がした。
思えば打ち合う金属音は、アーチが腕を武器に換装させる際の音だったのだろう。パーツを打ち鳴らすほどに慌てていたらしい。
「ジエを忘れる……いや、ほったらかしてしまうような。そんなイメージが急に湧き上がった。モガシリーズたるオレに限って、そんな欠陥があるハズもないんだが……」
「はぁ? はいはい、ジエさんね。そんなことよりさぁ」
「『そんなことより』ではない」
「アタシになにか言うことあるでしょ? それとも、それに気付く余裕すらなくなっちゃったの?」
モガは責められてようやく、自分の至らなさを痛感する。
「スマン。オマエへのシャザイが先だった」
「まぁよろしい。宿のみんなは小屋生活にも慣れてきたけど、アンタは初日だもんね」
「慣れた、ということはないだろう。一日を通してジョウホウを集めたが、疲れた顔をしている者も少なくなかった」
聞きながら、アーチは藁のベッドを移動させている。目を凝らすと、何やらモガのベッドと寄せ合わせている。
「ああ、これ? 寝床、狭いのよね。二人分でちょうどいいのよ」
「おい。侵略されては困る」
「勘違いすんなし。一緒に寝てちょうどいいのよ。昨日気付いた」
今日一日に疲れ切ったアーチとしては決定事項らしく、おやすみとでも言いたげにボディを預けて藁を潰す。
「ま、今っさら気にすることないっしょ。風呂まで入ってるわけだし。そもそもモガは弟が関の山だし」
アーチの意思に、モガとしても文句はない。むしろ反対などして、寝不足らしい彼女の安息を邪魔するべきではないと思う。
すぐ隣に身を置き、横になって藁を潰した。
すぐ右にアーチがいる。昨日と同じだ。
眠ろうと瞼を落とした時、不意にやり残したことを思い出す。
「しまった」
「ん、どしたの?」
つい漏れた一言に、アーチは顔を寄せて食いついた。
互いの囁きすら隠せない至近距離にアーチを感じる。
「センガに、ジエの手がかりを訊きそびれた」
「会ってくれば。どうせその辺にいるでしょ。チョオローの小屋とか」
聴覚センサーにほど近いからか、声に混じる不機嫌が手に取るように分かった。
この手の話題はやはりよそう。自分の疑問を優先するより、今日のところはアーチを休ませるべきだ。
「いや、いい。オマエにはしっかり休んでもらわねば、明日の狩りでオレが困らされる」
「あそ。それがいいわね。今日はもうどっこも行かなくていいのよ」
アーチの言葉通り、今日はもう眠ろう。
焦る必要はない、明日からもセンガは平原にいる。チョオローたちとは、そう取り決めた。
モガが小屋を出るつもりはなくなった反面、アーチがまだまだ物言いたげに身じろぐ。
「それにほら。センガはたぶん、ジエさんの手がかりを何も知らないはずよ」
「! 本当か? オレのかわりにアイツと話したのか」
「そうよ。そのかわり、探しに行く当てもないアンタに大役があるわ」
期待を宿らせた声で、アーチは流れるように事情を伝えてくる。
「遠い東の山麓にちょっとした街があるの、知ってるかしら? そこに腕のいい大工集団がいて、アタシたちの宿を建てたのもその大工たちなんだって。でね……」
ここからが本題、と勿体ぶる。
「依頼にはモガにもついて来て欲しいの。一から宿を建てるのって相当大きな取引になるけど、アナタとその剣なら、けっこうな交渉材料になるわ」
モガはなるほどと、アーチの言いたいことを理解する。
ここの宿の部屋貸し以外で商売を目撃したことはないが、金銭がないこの時代において取引の主流は物々交換らしい。
では宿建築の条件にアームブレードを売り渡すのかと思えば、そうではない。
「オレが労働でツケを支払ったのと同じか」
「それ。それよ」
「宿を建てるに値するほどの、何かしら利益をもたらせば、あるいは代金を工面できるかもしれん、ということか」
もはやジエの捜索とは何の関連もない議題だが、モガの心は意外なほどやぶさかではない。
「アナタが言うように、宿のみんなはくたびれているわ」
モガを抱くアーチの手が、縋りつくみたいな力加減で彼を締め付ける。
「みんな不安なのよ。生まれてからずっと一緒だった宿が無くなるなんて、誰が経験したことあるの?」
宿民の顔色はモガも窺っていた。皆一様に折れまいと振る舞っていたが、今の宙ぶらりんな現状が続けば、やがては気持ちがバラバラになってしまう。
生まれた地を離れる決断をする者が出る、穏やかさを失う者も出る。チョオローでも統率を執るのが難しくなるだろう。
「おねがいモガ。アタシたちと一緒に来てくれる?」
宿民が置かれている状況は、戦災地の生存者と酷く似ていた。
一万年前、実際に光景を見ていたモガに、平原を放って置く選択肢はない。
モガが答えを伝えると、アーチはすぐに安心して眠りに就いた。
アーチの寝息が聴覚センサーにかかるのを感じながら、モガもようやく目を閉じる。
アーチの胸部が右肩に押し付けられている。その胸の奥から彼女の鼓動が、モガの肩をとくんと叩いてくる。
(鼓動を感じる。ホンニンはドキドキなどしないと、いつだったか言っていたが……)
瞼の裏で、モガはジエとのメンテナンスの一幕を映像に起こす。
――――メンテナンスにしてはキョリが近くないか?
――――どうかな。それとも、モガもドキドキしてたりする?
あのやり取り以降のギアニックには、鼓動をする機能が標準搭載だったりするのだろうか。
(ありえるだろうな。コイネガ曰く、ジエは『お茶目』なるタイプらしいからな)
眠るまでの間に、モガの頭を実に様々な記憶が流れていった。
――――なぜそこまで『ドキドキ』している。
――――……はぁー? 勝手なこと言わないでくれる? こんなん欠片もときめかんわ。
(アーチのヤツ。ドキドキするならすると素直に言えばいいだろうに。一体何をはぐらかす必要があったのか)
中々寝付けないモガの瞼に、最後の記憶が流れる。
これは、つい昨日の記憶。
――――そんじゃ、ほら。気まずくなる前になんか話しなさいよ。
――――モガが気にしてる事って、多分ぜんぶ明日には分かる。それより、明日には忘れてもいいような、もっとくだらないこと話そ。
そうか、わかったぞ。会話とは!
鼓動がどうとか、一見どうでも良さそうな疑問こそあの場で満たせばよかったのか。
「案外と難しい」と言わしめた会話をいつの間にか理解していた。
残念ながらアーチはもう眠っているので、実践は出来ない。
(明日、また寝るときに尋ねればいいか)
ジエ捜索の手がかりと、アーチの鼓動と。
消えた宿、消えないロクの傷。
手付かずの物事が多すぎて、モガは明日がもどかしい。
先にアーチが眠ったせいで、彼女ともどかしさを紛らわし合うことも叶わなず、モガはなおさら退屈だった。
こういう時、アーチなら。
(オレが眠りに就いた後。アーチは何を思って過ごしたのか)
悶々とするモガを知ってか知らずか、誰かが小屋の壁をノックした。
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