【邂逅】3 3/32
スキー旅行から現実世界に帰ってきました。
「ご飯。冷める前に降りて来なさいよ」
少女は背中を向け、モガに言い放った。
ぴちっと縛った白雲のような白髪。後頭部やこめかみを流れる髪束はクセ強くうねっていて、アサガオのツルを連想させる。逆に、髪のかからないうなじの人肌は眩しかった。
人でいう耳辺りに、彼女をギアニックたらしめる聴覚センサーが備わっている。人肌とは違う、金属パーツの光沢がこれまた眩しい。
それなりの胸をさらしで覆い、その上からレザーアーマー。下はダボついた迷彩ズボンという武闘派な装いが、ぶっきらぼうな口調と相まって勝ち気な印象を抱かせる。
(あれだけヒトに似ているギアニックも珍しいな……、オレの右顔も大概だが)
全体の容姿は非常に人間に近いが、左腕だけは違った。滑らかな人肌やツヤが光る白髪、スカイブルーの瞳はまさに人間そのものだが、左腕はいかにも金属製、機械然としている。
そこそこ筋肉質ではあるものの、華奢な白髪少女に左腕の無骨な質感がミスマッチだった。
だるそうに部屋を出ていく白髪少女の後ろ姿に、モガはつい「やはり違うか」と漏らす。
見た目の年頃以外は、あらゆる要素がジエと異なる。目が覚めるほどに違う。
一人になってから、モガはあらためて部屋を見回した。
「なんだ、この部屋の建築様式は。まさかオレは……」
しっかりとした作りのデスクとベッド、テーブルがある。いずれも味のある木製でこじんまりとまとまった部屋は、どうやら宿の一室らしい。
モガとしては部屋の雰囲気が「人工」というより「お手製」なせいで、ギアニックの自分が人間のように扱われている気がして落ち着かない。
「ユウカイされたのか。気を失っている間に」
そんなはずないだろ。少女の言葉から察するに、階下ではギアニックのエネルギー源となる燃料か電気を補給してもらえるらしいのだから。
ギアニックのエネルギーをご飯、とは妙な表現ではあるものの、少女の態度に敵意は感じなかった。
モガが拉致を想起したのも、仕方ないと言える。彼は宿を、特に民宿ほど長閑な施設を知らなかった。
宿泊施設として馴染みがあるとすれば行軍のテント泊だけだ。
あるはずもないトラップを警戒しつつ、モガは窓枠に歩み寄る。例のごとく右も左も分かっていないモガは、せめて自分が今どこにいるのかを知っておきたかった。
(倒れたバショからそう離れていない……ように見える)
外は似たような平原がひたすら続いていた。見下ろした緑の風景にはときおり川が横切り、木々が小規模に森を作る。それ以外は、すべて原っぱだ。
広大な草原が地平線の果てまで続き、地平のさらに向こうから白い峰が顔を出す。高度のある雪の山脈が、空を支えるように連なっている。
「マチもクニもありはしない。この世界は、なんだ」
いまだ現実とは思えない光景に、モガは歯嚙みして拳を握る。
様変わりした世界で通信もできず、他者との接触も図れなかったモガはとにかく情報がほしかった。
(腐っても仕方ない。まずは自分が置かれているジョウキョウを把握しなくてはな)
白髪の少女が出ていった後を追って、部屋を出る。
木の廊下、木の階段。階下からは人間の料理の匂いが漂ってくる。
(このニオイ。ニンゲンのエネルギー源だろう。とするとさっきのオンナは調理用ギアニックか?)
階段を一つ下りるたび、魚や肉の焼けた匂いと、賑やかな大所帯の声が強く大きくなっていく。楽しげな空気感が、感情の機微に疎いモガにも伝わってきた。
(食器の音だな、ニンゲンがいる。何でもいい、ジョウホウを掴むチャンスだ)
開きかけの扉を押し、モガはゆっくりと食堂に足を踏み入れた、すぐ後。
「あー! けんのひと、おきた~!」
「「「おきた~!!!!!」」」
ほんの一瞬、モガは目を疑った。食堂に居合わせた人々の様相が、自分の知る『人々』とあまりにもかけ離れていたからだ。
(魚型なのか……いや、鳥もいる)
水生生物らしいヒレや鱗を持つ魚人のギアニックもいれば、厳めしい嘴と羽毛の鳥人型ギアニックもテーブルに座している。
四肢関節から金属らしい質感が窺えるので、鳥人や魚人の彼らもギアニックなのだろう。機械にしては鱗や羽毛の質感があまりに生物的だが。
(どいつもコイツも未知のシリーズだ。どのクニでも見たことがない。それに小型まで。いや、子型というべきなのか。実用的とは思えないが、一体何の目的で造られた……?)
ギアニックばかりが目立つが、傍らに杖を置いて料理を口に運ぶ老人もいる。
禿げた頭と対照的な、ふさふさと豊かな口髭と眉毛が特徴の老人。
深緑のローブでボディの質感はわからないが、料理を口にしているので生身の人間とみて間違いないだろう――――とモガは目算した。
モガの足元でわーわーと歓声が上がる。
「たすけてくれたひと、やっとキタ~!」
「「「キタ~!!!!!」」」
「ええい……なんだオマエたちは!?」
「えええー!? 川でごはん釣ってたら、けんのひとがたすけてくれたんじゃん!」
「「「じゃ~ん!!!!!」」」
まだ一○○センチにも満たない子供たちは、食べていた料理を放ってモガを囲った。
機械らしい装甲を持つロボットタイプの子型、人肌や瞳などが人間に近いタイプもない交ぜになってモガに大勢群がる。
鱗とヒレを持つ魚らしい子型も。羽毛と嘴を備えた鳥の子型もいる。
いずれの形態も二足歩行をしていることから、彼らはやはりギアニックらしい。
(だが、それでは、この光景に説明が付かない)
見間違えではないかとモガは思う。特徴に差はあれど彼らはたしかにギアニック。
それが人間と同じ食事をしているなどと、あり得ない。
「川釣りだと? 知らんな。それより、ここは一体どこなん――」
「いやだぁぁあショック!! けんのひとワスれちゃったの!? おれたちのことチョーかっちょよく守ってくれたのにぃ!?」
無邪気な叫びにモガの当惑が塗りつぶされる。
「いい加減にしろ。オマエたちのことなど、オレは知らない……!」
モガの声に険が混じる。それに気づいた誰かがパン、と手を打った
「はいはい、おチビたち。その辺にしときなさい。朝ご飯の途中でしょ」
先ほど部屋にいた白髪少女が子供たちを諌める。がしかし、子供たちの勢いは止まらない。
「くっ。小型がウロチョロと……オイ!」
「アーチの言う通りぢゃな。まだ剣の人も起きたばかりぢゃし、そっとしといてやるがええ」
白髪少女の制止に、人間と思しきローブの老人も賛同する。
「じぃじがそー言うなら……」
「「「言うなら……」」」
こうして子供たちはトボトボと食卓に戻っていく。
食堂の席に子型十余人、
大人のギアニックも十余人、
老人が一人。満席になったのをアーチと呼ばれた白髪少女が見届ける。
「ったく、アンタたちときたら。アタシとチョオローと何が違うっていうのよ……」
ぶつくさと不満を漏らしたアーチも、ローブの老人・チョオローの隣へ腰を掛けて食卓に加わる。
その光景にモガはまたもや目を疑った。なぜなら。
「ボッと立ってないで。アンタも空いてるとこ座んなよ」
「エンリョする。見ての通りオレはギアニックだ。ニンゲンの飯は食わん」
「は? そりゃみんなギアニックであり人間でしょうが……。まぁいいわよ、文句言うなら食べなくたって」
いただきます、とあちこちで声が上がる。
アーチが食器を手にした。彼女の目の前には脂っこいステーキが乗った皿がある。
まさか食べるというのか。
ギアニックがか?
「おい待てっ。オマエもギアニックだろう?」
「もぐおぐ……|あっあー、あんあっえいうおお《だったら、何だっていうのよ》?」
「っ、錆びるぞ」
咄嗟に肩を掴んでの制止は、しかし誰の耳にも留まらず食堂の上を滑っていく。この場の誰一人として料理を口に運ぶことにためらう素振りを見せない。
「ゴクン……ぷはぁ、アンタね」
いかにも金属質に悪そうな脂と塩分を呑み下したアーチは、依然として座ろうとしないモガをキッと睨め上げた。
「今日の当番はアタシなの。アタシが作ったもので錆びるですって? バカ言わないで」
「なんだ? オレの方が間違えているというのか」
「そうよ。アンタよりおチビたちの方がよっぽど素直に言うこと聞くわ。食べないなら部屋で大人しく眠ってなさい。さっきまでそうしてたみたいに」
食器を置いてアーチは立ち上がる。モガに向けられた空色の瞳は人間さながらに歪んでいた。
「チッ……そうさせてもらおう」
「ふん。何様のつもりよ」
踵を返して食堂を出るモガ。その背をアーチは心底鬱陶しそうに見送った。
「ヒソ……アーチねぇがおれたちのこと素直だって。怖っわぁ……ヒソ」
「「「……アーチねぇ、大人げなぁ……」」」
「うるさい。アンタたちもさっさと食べなさい。チョオローも今日は好き嫌いしないで。当然お肉も残さないで」
「ぢゃ!? ……子供たちの言う通り、今のはちょっとばかし大人げないぞ」
アーチがコップの水を乱暴に飲み干す。腹立たしくコップを置いたせいで辺りに露が跳ねた。
「なによ。まさかチョオローまで錆びるとか言うつもり? お肉が嫌いだから? ほんと有り得ないから」
「ワシの好き嫌いのことぢゃのうて。子供たちにも言ったが剣の人は目覚めたばかりぢゃろ? ちぃと混乱しとるだけぢゃないかと思うてな」
「……っ、それは」
何かが喉に引っかかる心地がして、アーチは食べる手を止める。
「時間が経ったあとで、ちょっくら様子を見に行くとええ」
「アタシがぁ? ……めんどくさ」
チョオローの提言で話は締まる。
一名ピリピリしながらも、やがて一同は食事を終えた。
(評価・感想お待ちしております)