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【平和】1 26/32

この欄。まえがきっていう名前がついた欄なんですけどね。


ココに何を書けばいいか悩む作家さんは多いと聞く……。私も()

 近くに誰かの気配を感じて、モガは目を覚ました。


「くっ……う」


 再起動したばかりで、意識がはっきりしない。

 重い身体を起こし、辺りを見回す。


 四方は、丸太のみで構成された簡素な造りの壁。

 藁のベッドが、自身の下敷きになっていた。


 天井を見上げて目を凝らす。

 天井も藁製で、丸太の壁に紐で括りつけただけの即席なもの。


 床はすのこだ。そのすぐ下に土の地面が見える。


 全体的に土と木材の茶色一色、辛うじて部屋と呼べなくもない馬小屋のような場所で、モガは意識を取り戻した。


(宿にこんな施設があったか……ン、誰だ?)


 誰かの気配は藁のベッドの斜め後ろ、ちょうど気を失ったモガを見守るような位置にあった。


「アーチ。無事だったか」

「アンタがアタシを助けたんだから、そりゃあ無事よ」


 今は夜なのか、小屋の中は暗い。そのせいで、アーチの顔がよく見えない。

 アーチは助かった、無事。

 喜んでいい内容のはずが、彼女の声はかなり不機嫌そうだ。


「他の宿民たちも無事か?」

「ええ。あれだけひどい事態だったのに、みんなケガ一つしてない。アンタのおかげね」


(みんな無事とは、センガも含めて無事、という意味だろうか)


 意識が鮮明になってくると、モガの記憶も少しずつ蘇ってくる。


 自分がセンガに決定的な一撃を与えて、センガのボディを切り裂いたこと。

 決着してなお、かつてのような『仲良し』に戻れないか、と考えていたこと。


 それから、雨が降っていたことを思い出した。

 雨で冷えた自分と、センガのボディ。

 そんな自分たちに冷たい目を向けたアーチのこと。


 モガがセンガを助けたいと告げるや否や、アーチは刺し殺さんばかりの鋭さでこちらを睨んだ。普段と違う光を放つ空色の瞳にゾッとしたのを覚えている。


(センガの凶行は許されない。死を(もっ)て裁けないオレはアマいか)


 こうしてモガが目覚めた今も、アーチの機嫌は良くない。

 ひょっとしたら、センガに同情した自分を責めているのかもしれない。 


(ああ。きっとアマいんだろう。制圧することはあっても、殺人などオレのプログラムにあるはずもない)


 他でもないジエに造られたオレが、自ら進んで他者を手にかけるなど、あるはずがない。

 頭の中で唱えるも、センガと争い合った記憶がモガの胸に(わだかま)


「難しい顔してるわね」

「こんな暗くても、オレの表情が見えるか」

「見なくてもわかるのよ。アンタは無口だけど、考えてることはいつも単純よ。一か月半も一緒に暮らしてれば、まぁ筒抜け」

「………………」


 一ヶ月半、と胸の内で繰り返す。

 はじめて宿に運ばれ、眠りっぱなしだったのが、一ヶ月。

 アニマ狩りを手伝い、センガと戦うまでが、約一週間。

 残りが空白の一週間。


 つまり、自分はセンガとの戦いを終えてから、一週間も眠っていたということか。


「何を遠慮してるか知らないけど、アタシに聞きたいことがあるんでしょ? さっさと聞けばいいじゃない」

「ここは――」

 

 センガは無事か。アイツは今どうしている?


「――ここは、客室とずいぶんフンイキが違うな。オレの知らない建物が、まだ宿周辺にあったとはな」

「あー、このボロ小屋ね。なかったわよ。前までは」


 アーチが立ち上がり、ぱんぱんと尻を払う音が小屋に鳴る。


「ま、見て回った方が早いわ。外、出よ」

「ああ」


 モガが藁のベッドから立ち上がるなり、アーチはやっぱりとでも呟く。


「……ふぅん、アンタ()歩いて平気なのね」

「? ああ、まぁな」


 丸太の壁の一部が、玄関になっていた。

 戸のかわりらしい簡素な布を一枚(めく)ると、すぐ目の前に川原が現れる。


「ここは見覚えがある」


 チョオローと密会し、センガの潜伏を知った場所であり、川で冷やしたアニマの肉を、アーチに捌いてもらう即席の調理場でもあったはずだ。


 振り返って土手を見上げれば、宿の屋根がちらっと伺える場所。


「宿は……暗くてよく見えん」

「もう、キョロキョロしちゃって。こっちよ」


 アーチと土手を登っていく。普段よりも夜が濃いとはいえ、あるはずの宿が一向に見えてこない。


「これは。どういうことだ」


 果たして、土手を登りきっても宿は丸ごと消え去っていた。

 影を無くした宿のかわりに、丸太が存在していた。モガの三倍太い丸太がゴロゴロと無数に、これでもかと大量に並んでいる。


 平原に視線を投げると、三つ四つの薪が寄り添って燃えている。

 平原で唯一の灯りを目印に、ぐるっと即席の住居が並んでいた。


 藁を編んで円錐に整えたテント型や、モガが寝ていたのと似たような丸太組みの小屋型などが、平原の一角で点在している。


 モガの目には、土の上に並ぶ即席の建物が、戦災跡で目にした仮説住居と酷似して映った。


 宿と同じ木製でも、かつての立派な宿とは見栄えが程遠い。

 むしろモガに「宿が無くなった」という現実を突きつけてくる。


「もう夜遅いし、みんな寝てると思うけど。気になるなら会いに行けば?」

「いや……辛気臭いカオで起こすのはよそう」

「そ。まぁ明日でいいわよね。アタシも寝るわ。アンタも寝るんならこっちよ。一緒に戻ろ」


 アーチと並んで、川の土手を来た方へと降りていく。

 モガが遠くで眠る宿民の事を思っていると、ふと疑問がよぎる。


「アーチよ」


 玄関の布を捲る前に、辺りを見回す。

 この川原の付近に、モガとアーチ用以外の小屋は見当たらなかった。


「なぜオレとオマエだけ、他の宿民と別々にされている?」


 小屋がないのはむしろ当然ではある。ここが川のすぐ近くだからだ。

 氾濫の危険が高い立地に、わざわざ小屋を置くことはしないだろう。

 ではなぜ、二人だけが追放されたような離れで寝泊まりする必要があるのか。


「ああ、それね。それも明日話すわ。今日は疲れたから寝る」

「そんなに疲れていたのか。すまん。今はオレにも、気づいてやれるヨユウがないらしい」


 いかんせん自分が眠っている間に何が起こったのか、そればかりが気がかりだった。


「アンタにとっても応えるものなのね。宿がぽっかり無くなっちゃうってのは」

「応える、か。わからん。どうだかな」


 藁のベッドにボディを横たえる。少しのスペースを空けた所で、アーチも藁を潰したらしい。


 目を閉じた時、モガはアーチの一言について、少し考えてみようと思った。


 宿が無くなったことを、自分は悲しんでいるのだろうか。


(どちらかと言えば、人や土地がキズついて悲しむのは、オレよりもジエの方だった)


 一万年前なら、ジエが悲しむから、モガも悲しんだ。ジエが平和がイイと言うから、モガも平和を望んだ。


 ではジエのいない今回はどうか。モガの悲しみは、一体どこから来たのか。

 悲しみが自身の内から湧き上がるのを、モガははじめて自覚した。


「モガ」

「!」

「眠れないの?」


 声のする方に顔を向けても、小屋は暗くてアーチがよく見えない。ただ、モガを気遣って身を起こした気配があった。


「一週間近く眠っていたようだからな。今さら眠り直すというのも無理なハナシだ」

「ハァ……」

「スマン。溜め息を吐かれるような事だったか」


 アーチも疲れているようだ、余計な気を遣わせまいと、モガはもう一度目を閉じる。


「まったく、ほんとうに手がかかるんだから」

「!」


 身を起こせば頭突けるほど近くから、声がかかる。

 いつの間にか馬乗りとなったアーチが、モガの右頬を指先でなぞった。


「湿ってる……濡れた跡」


 アーチが触れたのはモガの顔の右半分、精巧に人を模した側。

 つまり、モガが悲しければ涙も流れる。


「湿る、濡れるか。オレの知る限り、ギアニックに泣くキノウはないが」


 本人は今日まで気付かないし、初の涙も暗くて確認できないが、どうやらジエがモガをそう(・・)造っていたらしい。

 アーチは悲しみのモガに、自身のボディをきゅっと押し付けた。


「アンタほんとうにどこから来たのよ。アタシだって、宿が崩れた時は泣いたわよ。たぶん、少しくらいは」

「おい。ここで寝るつもりか?」

「アタシはともかく、寝られないアンタは明日までヒマでしょ。話し相手になってあげなくもない」


 小屋は暗く、一万年前と違って雑多な明かりもない。

 モガの涙のすぐ右側にアーチがいる。見えなくとも、ボディ同士が触れあっているので分かる。


「言っとくけどアタシは眠たきゃ寝るから。起こすんじゃないわよ」

「ああ。それは無論だ」


 眠りやすい体勢を探っているのか、アーチがしきりに身じろぎするのを、モガは敏感に気取っていた。


「そんじゃ、ほら。気まずくなる前になんか話しなさいよ」

「会話か……案外と、難しいな」


 眠るための体勢が定まったのか、アーチの声音がしんと落ち着く。

 眠る準備を整えた囁き声が、聴覚センサーに添えられた。


「大した事じゃないわ。明日には忘れてるような内容でも、いいの」


 何でもいいと囁かれてもしかし、モガの脳に何でもかんでもは思いつかない。


「オレはともかく、オマエまでこんな遠くに追いやられているのはなぜだ?」

「それ。明日話すって言ったっしょ?」

「会話か……案外と、難しいな」

「ふふ、馬鹿ね」


 アーチが脇を小突く。つい呻きそうになるのを、モガは我慢した。


「でも、追いやられたってのは違うわ」


 そっと小声が続いた。


「宿のみんなは、たしかにまぁまぁ村社会ってカンジだけど、アタシたちが村八分にされたって思ってるなら、それは勘違いよ」

「オマエが平気ならそれでいい。もしオレの巻き添えでこんなトコロに飛ばされたのだとしたら、それは良くない」

「大丈夫だから……あ、もしかして」


 いたずらっぽさを含めて、アーチが囁く。


「アンタが泣いてたのって、アタシがみんなから除け者にされてると思って、だったり?」

「さぁな。別の事を訊いてもいいか?」

「ふふふ。なあに」


 アーチにとって仇であるセンガの安否を、この場で訊いていいものか。

 逡巡が少しの沈黙を作る。


「アタシたちの宿は無くなった。みんなは無事。他にアンタが気にすることといえば……アイツの事かしら?」

「見透かされていたか。敵わないな」


 不満げな鼻息が、聴覚センサーにあたる。


「ほっておきなさい、あんな奴のこと。今はアタシと話して」

「ン……ああ」

「アイツの名前はもう出さないで。色々、出来事思い出しちゃうから」


(センガが話題だと、アーチと話している事にならないのか。会話か……案外と、難しいな)


 アーチの不機嫌な理由が、センガにあるということはわかった。

 センガの非道を鑑みれば、アーチが話を突っぱねるのも当然の反応だと思う。


 恨みや怒りを抱くのが普通。だがすぐ横にいるアーチの拗ね方からは、恨みや怒りほどの激しさを感じない。


「モガが気にしてる事って、多分ぜんぶ明日には分かる。それより、明日には忘れてもいいような、もっとくだらないこと話そ」

「そう言われても分からん。オマエが話題をテイキョウしろ」

「たとえば、お互いをどう思ってる、だとか」

「『仲良し』だな」

「そーれーは。アイツが置いてったイタズラ書きに、そうしろって指示があったからでしょ」


 モガはそれ以上を口にしなかったが、頭で思い返す――――あるいは、キッカケはそうだったかもな、と。


「アタシは、モガのことは、おチビたちと同列に見てるわ。モガとアタシも、おチビたちとアタシも、血は繋がってないけどみんな弟みたいなものよ」


 自身を弟と評するアーチ。

 モガは黙って続きを待った。


「モガじゃ仕方ないわよね。好き嫌い多いわ、風呂入れないわでおチビたち以上に世話が焼けるんだもの」


 世話が焼ける、か。モガはその言葉を、目を閉じて反芻した。


 一万年前なら、モガにお節介を焼くのはジエだった。平和の意味を根気よく教えられたり、人間とギアニックの違いを説いてもらったり。


 モガの瞼の裏に、穏やかな光景が浮かぶ。ジエがいて、他の兄弟姉妹機が欠けることなく揃っていた一万年前の日々。


 アーチの言葉でモガの頭に、あるギアニックの姿が浮かぶ。世話が焼けるどころか、たびたび手を焼かされたギアニック。


「以上。ハイ次、モガはアタシをどう思ってんの?」


 アイツは、センガはイタズラ好きで、モガシリーズの中でも末の方で、誰かに構われていないとひたすらに(やかま)しかった。

 センガがうっかりで戦場に踏み込んだ時も、オレは相当ハラハラさせられたものだ。


(一万年経っても相変わらずだな。オレは今現在、オマエのことが心配でならん)


 アーチもかなり疲れているらしいし、他の宿民も寝静まっただろうから、今日は眠ろう。


 明日……明日には、色々と明らかになるだろう。


「ちょっと。聞いてんだけど?」


 モガの瞼は落ち切っていて返事がない。

 かわりになだらかな呼吸を返してくる。胸部のアーマーが落ち着いたリズムで上下していた。


「ハァ……あっそ。寝ちゃったの?」


 人肌の頬を浅く(つつ)く。

 アーチの指先が、モガの肌にちょんと沈んだ。


「ふふ。こっちっかわはけっこう柔らかいのね」


 反応が無くなったモガのボディを、アーチはしめやかにまさぐった。

 頬以外のパーツ、たとえば肩や腿なんかも、寝返りをうつフリをしてさりげなくさする。


 しつこいくらいに何度も触れたが、彼からの反応が無い。思い切って頭を撫でてみる。


 モガは本当に眠ったらしい。

 無抵抗なモガを見下ろして、アーチは唇を湿らせた。


「んじゃ――――いいよね。いただきます、と」


 天井を向くモガの口に、アーチは音もなく唇を重ねる。

 何も知らず気持ちよさそうに眠るモガに自分自身を覆い被せ、さらなる秘密を増やしていった。
















 

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