【平穏は去る】6 21/32
(ココのスペースの使い方。たまにはなんも書かない日があってもいい)
『モガにぃ……きて、くれたっ』
「ロク……! ダメだ、こっちへ来るな。気づいてくれ!」
『モガにぃ……おかあさんが、いないの、どこにも』
「はぁっ……っ、オマエの母はおそらく、……っ!」
センガはユスに為り変わって宿に来た。ということは、宿にたどり着く以前に本物のユスと出会っていたはずだ。
センガが本物のユスをどうしたのか、具体的には分からない。
少なくとも、決してロクと出会えないような状態に陥れたはずだ。
宿で鉢合わせれば、自身の潜伏が危うくなるから。
『ガキぃ、テメェのママンは死んだZE。もうウン百年も前にな』
『え……なにいって、るの?』
『モガや。冗談はやめんか。こんな大変な時に』
『≒《ニアライ~~~ズ》☆ へへッ……コレだろ、ママンって?』
目線が高くなり、通信から届く声音が淑女に変わる。
宿民たちが驚愕の目でセンガを見る。中でも、チョオローはひときわ戦慄に染まっていた。
『ごめんねロクちゃん。急にこんな事言ってビックリしちゃったね……そーです、私がロクのお母さんです。ザンネン!』
「ふざけるのもタイガイにしろ……センガぁ!」
目の前で起こった出来事を受け入れきれないのか、ロクは戸惑っている。他の宿民も事態を吞み込めずにいた。
ショックの只中で、ただ一人危機を理解した人物がいた。
『センガぢゃな……貴様ぁ!』
『ロクちゃん、ちょっとの間お外で待っててくれる? お母さんは宿のみなさんとやることがあるの』
『モガにぃ、は?』
『モガさんは死んだよ。ね? 良い子だから外で待ってて……ぐぇっ、』
一足早く正体に気づいたチョオローがユス、もといセンガを突き飛ばす。
『今のうちに逃げぃ、ロク! 皆もぢゃ、こやつはモガぢゃない。こやつこそ首謀者ぢゃぞ!』
『宿ジジイぃ〜……テんメェ~……!』
突き飛ばされたユスがモガへと為り変わる。
バリアブルスピアでチョオローを撥ね退ける頃には、ロクの姿は食堂から消えていた。
ロクはちゃんと、外へ逃げてくれただろうか。
「そうだ……逃げろ。オレが行くまで生きのびろ!」
『逃がすかよォ……・《プッシュ》』
『ぐほぉ、っ!?』
「! ――――」
一人の宿民が、腹を深く抉られてうずくまる。
狂刃と化したバリアブルスピアは、それだけでは止まらない。
『:《バッシュ》』
『ぎぇあっ……ぐぁあっ!』
うずくまった宿民の後頭部に、釘を打つような一刺し。
逃げ惑う宿民の心臓部を背後から一本突き。
どれもこれも死は避けられない一閃だった。
『も、モガ……殺さないでくれぇ!』
『けんのひと、どうかしちゃったの……ねぇ、なんでパパを』
『∴《ラッシュ》』
『ぶはぁっ!』
『ぎゅぶっ』
「なんだ……? ……この光景をオレに見せるのが救世か……?」
モガと宿民たちが初めて出会ったのが食堂だった。
さっきまでアーチの手料理を食べていたテーブルに血潮が飛び散る。
『一体何があったんだモガ! き、君はとても素直で! 畑仕事にも真面目で……嫌な顔一つせず、僕らを手伝ってくれたじゃないか!』
「あ、アンガス……チガウんだ」
『無口なあなたが怖いって子もいたけど……良い人だって、みんなすぐ気づいたわ』
「ミナール……キケンだ、ミナール!」
『あなたはこんな事する人じゃないわ! ちゃんと話してくれれば……』
『アリガトウミナール……∴《ラッシュ》』
テーブルの血潮が増えた。
「アンガス、ミナール、ナッジ。レイル、シア……ベアルブーツ。……あ」
『かーちゃん……とーちゃん、起きて、みんなしんじゃう、たすけて』
ジスタマインと、彼女をかばった夫のジエン。宿で出会って、そのまま夫婦になったそうだ。
アーチが羨ましそうに語っていたのを覚えている。
冷えて鉄塊となった母と父のボディを、息子のジージーが懸命にゆすっている。
「じ………ジージー。後ろにオレが……いやオレではない、チガウ、センガが!」
『エイヤっ』
バヂィッ!!
槍の威力に、小さな体が破裂する。
新しい血潮と親子そろいの鉄塊が出来上がった。
主観視点で繰り広げられるクリアな∴の光景が、モガの視界いっぱいに広がる。
ジエが整えただけあって、通信映像は高解像度。
自分がその場にいるような臨場感がある。
自分が殺しているんじゃないかと錯覚する。
『ンー、あと一歩足りねェ。なんか違ェ。なんでオマタのムズムズが止まらねェンだ! このモドカしさ……はっ、ソウカ!』
『やだ、やだよぉ。みんなぁ……けんのひと、カイブツから、ボクをたすけてくれたのにギぃ』
『もうやめてひゅブゥ』
『ころさないでころさないでころじっ』
『∴《ラッシュ》、∴《ラッシュ》、∴《ラッシュ》∴《ラッシュ》ぁあああッ!
∴∴∴∴∴!
うおお〜∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴!
∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴~~~ッ!!
∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴、∴《ラッシュ》!!!!
ぎぎぼぎぼぎぼ気”持”ぢじい”い”いぃぃ~‼』
自分の右手が、自分の槍が宿の仲間を殺めていく。
殺される直前の恐怖に晒され、竦み上がった仲間の表情と目が合う。
もう一度夢だと勘違いしたくなった。
何人もの仲間に怖がられる。説得を試みられる。
でも最後には、死で強張った顔が血だまりに沈む。例外はなかった。
「クル、オーモン、テリッサ。おのれ………センガぁ!!」
悪夢には間違いない。直視し難いが、映像から顔を背けることもできない。
せめて焦点を逸らし続けていると、映像の端に何かが動くのを捉えた。
(チョオロー……まだ息がある!)
『ふぅ……そろそろイくか。アニキの左腕も回収しねェといけねェ』
宿民の亡骸を蹴散らし踏み荒らし食堂を横切る。
湿った足音と、興奮で乱れたセンガの鼻息が食堂のぬるい空気を混ぜる。
センガは自身の狂乱を抑えようともせず、食堂の扉を突き破った。
『……ぁ』
『あれ、ロクちゃんマダいたの!?!? どうちたの~ヨチヨチぃ♡』
ロクが不安げな瞳でこちらを、センガを見上げている。
「どうして……なぜなんだロク。なぜ逃げなかったんだ!」
『モガにぃ、おかあさんがね、ここで待っててって』
「お、オマエは何を言っている……?」
モガは愕然とした。
母を信じて待っていたというのか?
この異様な状況で、本当に母が迎えに来ると思っていたのか?
――――許せないのはセンガだ。
『ロクちゃん寂しかったねぇ〜。ってイケネ、イマ俺様ぁ女形じゃねェ。アニキだったは』
『良い子にしててねって、だから……待ってた、の』
『あ~あ。ナルホド。ようし、モガにぃがおかあさんのとこ連れてってあげよう。アニキのイうコトちゃんと聞けるか?』
自分の顔で笑いかけられでもしたのか、ロクは懸命に頷いた。
期待に応えたい、良い子に出来るもん、とでも言い出しそうなが純粋さが見ていられなかった。
「モア、どこにいる。こうして通信しているのに、サーバーのオマエが見ていないはずないだろう」
ロクの手を引いて、センガが宿の外へ出た。
外にはアーチがいる。つまり、センガがやろうとしている事は一つしかない。
自分が食い止めなければ。
「救世とは何なんだッ‼ こんなことをして何になるって言うんだッ……モアよ、応えてくれッ」
モガを目にした宿民と同じように、モガも神に縋りたかった。
自分の祈るような声が、遠くなっていく。
センガからの映像が途切れ途切れになる。
悪夢だった通信がようやく切断されようとしている。
通信が途切れる間際、宿の外でジエが戦っているのが見えた。アームブレードを振るって、宿を守ろうと必死なのが伝わってくる。
(すまないアーチ。オマエの守りたかったモノはもう、全て……っ)
『ハァアァァェェぃイ、アーチおねいさん注☆目ゥ!!!!!!!!』
センガのひしゃげた声にアーチが振り返った時、通信が完全に途絶えた。
モガの意識は真っ暗な虚無に投げ出される。
どんなに抗議しても、センガにしてやられた自分に、もう出来ることはない。
機能が完全に停止して死んでも、自分は宿民と同じ場所へはいけないだろう。
センガの邪悪を見破れなかった自分は地獄へ送られるのだ。
こんな通信など地獄の序章に過ぎなくて、今度は自分が宿民に殺されるのかもしれない。
殺されるたびに生き返り、殺されるために生き返り、アーチやロクからも報いを受けて最後にはスクラップになる。ギアニックの地獄はきっとそんな場所だ。
「生き返る、生き返りか。もしオレが生き返って駆けつければ、アーチやロクだけでも救える……か?」
我ながら馬鹿馬鹿しいと思った。だが考えずにはいられない。
またアーチと狩りをし、ロクやチョオローと食事を共にする明日。
いまだ有機物は受け付けない。だかいつか克服し、満足そうな自分の顔をアーチに見せられる日が来るのではないか。
そんな平和な営みが、もう二度とあり得ないのだろうか。
死んでしまった宿の皆をも再起動させ、穏やかな日々を取り戻す方法がないものか。
ジエなら知っているかもしれない。ギアニックの創始者なら、彼らを甦らせるプログラムでもなんでも作れるはずだ。
真っ暗い意識の海を漂っていると、モガの前後に道が浮かび上がる。
ああ、今度こそ自分は死ぬのだろうか。
(ジエよ。オマエはどっちにいる。どっちに行けばオマエに逢えるんだ?)
正面の道は現実感がなくて真っ白。とにかく明るくて気持ちよさそうな場所に続いている。
川を横切る必要がありそうだが、そこを超えた先に花畑が見える。
死んでいった子型の宿民が、大人たちに草花の冠をプレゼントしていた。花冠のおかげか、皆の顔つきは安らかだ。
(! なんだ、後ろからか……?)
背中側の道はごう、ごうと燃えている。
道を焼く炎は、ジエがくれたマントとよく似た浅紅色をしていた。
(暖かい……フッ。まんとと同じ、おかしな色のホノオだ。アチラに行けば、このまんとの意味でも分かるのか?)
業火がひしめく覇道を、モガは選んだ。
燃え盛る浅紅の向こうで、ジエの呼ぶ声がしたから。
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