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【邂逅】2 2/32

この回が投稿されているという事は、前話に引き続き作者はスキーをさぞ楽しんでいることでしょう

 モガはジエの研究室にいた。

 正確には、研究室にいた当時の映像を見ている。

 人間でいうところの夢を見ているのか、とモガは突然の光景に納得する。


「はーい、ちょっと後ろ向いてね」


 モガにそう促したのは、研究者然とした白衣の少女。

 ハイスクール生並みのモガより身長が足らず、研究者というには年端も行かない少女。

 彼女がジエだ。


「メンテナンスか。ジキ的には、少し早すぎるんじゃないか?」

「今日は特別でしょ。心配しないで、すぐ終わるから」


 特別。一体、メンテナンスのどこが特別なのか。

 一瞬湧いた疑問を消して、モガはジエに背中を向けてやる。


 ジエはゆるく縛ったブラウンの髪がモガの背中に触れるほど密着し、モガの脇の下から首元へと手を回してきた。


 (はた)から見ればまるで羽交い締め、いや抱きしめている図になる。


「危ないから……あんまり動いちゃだめ。ね?」

「? 構わないが、なぜ首元ばかりに触れる」


 ジエはしきりに首を触ってくる。彼女の手付きはいつものメンテナンスのそれと違う気がしたが、モガは素直に受け入れた。


「メンテナンスにしてはキョリが近くないか?」

「どうかな。それとも、モガもドキドキしてたりする?」


 ジエが小首を(かし)げる気配が、背中に感触として伝わる至近距離。

 声もモガの耳元(センサー)に近い。

 温かい柔肌と、その奥で響くジエの早い鼓動を、モガは背中で感じていた。


「『ドキドキ』の概念は知識として持っている」


 少女の早鐘に気づくもしかし、悲しいかなモガはギアニックだった。


「ニンゲンの、ハクドウの擬音だろう」

「うん……ウン?」


 ジエは心であちゃーと呟いたことだろう。

 モガの応答はすでに、雲行き怪しい。


「だが、オレにあるのはあくまで心臓部だ。ニンゲンの心臓ではない。つまり『ドキドキ』などしない。オマエになら分かるはずだ」


 自分の設計者であるジエなら分かるはず、という意味でモガが言う。


「うんうん。じゃあドキドキは置いといて。緊張はする? あ、二(ちゃい)のモガくんは緊張って何か知ってるかな?」

「緊張。ソレも分かる」


 首をまさぐっていたジエの指が、今度は自分の肩幅をつつっと撫でていく。

 背後のジエがどういうつもりなのかモガは気になって仕方ないが、他でもないジエに動くなと言われて逆らえる彼ではない。


「だが今はしない」

「どうして?」


 「愚問だ」とモガは前置きを入れた。


「戦闘中ではないからだな」


 モガは端的に答えたつもりだが、ジエの反応は芳しくない。


「困ったなぁ。やっぱり、二(ちゃい)に思春期の機微はむつかしいかな」

「なんだ。何が不満なんだ?」

「何でもないよ。それよりも……っと、はい完成。どう?」


 ゆるいおさげをワクワクと揺らして視界に躍り出たジエは、確認してと自身の首元をちょんちょんと示す。


「! いつの間にこんなモノを」

「内緒で。しかも急ピッチで(こしら)えたんだよ。どうかな?」


 ジエの指が触れていたモガの首元。そこから肩幅にかけて新しいパーツが取り付いていた。

 首元のトリガーを引っ張ると、それはフワンと飛び出した。


「これは……布か?」


 ショッキングピンクの布地が、新しく取り付いたパーツから生えた。

 ボディの黒と赤に不釣り合いなほど明るいピンク。そんな用途不明の布が、モガの首から下のボディ全体をすっぽりと覆い隠した。


「マントだよ。どう、カッコイイでしょ?」

「まんと……とはなんだ?」


 マント、という新しい武装(デバイス)にモガは身を包む。


 頭だけを露出した鐘のようなシルエット。これがジエ的にはカッコイイらしいが、しかし武装(デバイス)にしては見た目が間抜けで、モガは困惑するばかり。


「おお~、いい感じだよね、ね?」

「いいカンジ、とはなんだ。具体的な機能は? 何がどう優れているんだ?」


 どこから持ち出したのかジエは姿見を抱えている。鏡面に映る自分を見せられるもピンと来ない。


「差異は容姿のみ。新しい関数(メソッド)が組み込まれているワケでもない、か……ジエ」

「ほらカッコイイ。それとも可愛いかな? ピンクだし」

「オレに、これをどう使えというんだ」

「またまた、とぼけちゃって」


 照れ隠しなの? と映像の中の友が慈しみを込めて微笑んだ。

 真剣な疑問を照れだと扱われ、モガは輪をかけて困惑する。


「三歳の誕生日おめでとう、のプレゼントだよ」


 使い方を訊いたつもりだったので、ジエの答えは微妙に答えになっていない気もしたが、モガはそこから先を追及できなかった。


「ほんとうなら……ほんとうは、明日渡せれば良かったのに……」


 モガの本当の製造日(たんじょうび)は明日だ。

 明日、モガは製造(たんじょう)から丸三年が経過し、三歳になる。

 祝いが製造日の前日なのは、この日がモガにとって最後の時間だから。


「グスッ……ぅう。ごめんね。お祝いなのに、しかも今日が最後なのに……わたし、泣いちゃって」


 明日になれば、モガは凍結される。為政者組織に過剰火力と判断された彼は、許可が下りるまで起動できなくなるのだ。


 仮に許可が下りないまま人類が滅んだとしたら、モガを眠らせる凍結カプセルが朽ち果てでもしない限り、再び起動することもないだろう。

 少なくとも、向こう一万年くらいは眠ったままになる。


(そうか。この日がそうだった。この日がサイゴだったな)


 製造日(たんじょうび)の前日を迎えた時点で、二人に別れを回避するすべは残っていなかった。

 機械ゆえ行動をプログラムで管理されているモガは、目の前で泣きじゃくるジエを置き去って眠るほかない。


 ジエとの最後の一時が、夢となってリプレイされる。

 別れの日を、モガは冷静な心地で見下ろしていた。


(これでユメも終わりか)


 一万年後の世界で意識を失ってから、モガは夢の中でジエとずっと一緒だった。


 あれは、モガの初回起動時。


「あれ、動かない。おかしいなぁ……わぁっ!?」


 初めて開いた自分の瞳が、覗き込むようにして眼前に迫るジエの顔面を補足したあの日。


「は、はじめまして。いきなり近くてごめんね……びっくりさせちゃった?」


 他にも様々な出来事を経て、三回目の誕生日まで稼働してきた。


 夢はジエや他の兄弟姉妹機(モガシリーズ)との思い出を繰り返し見せてくる。

 そんな彼らとの記憶(メモリ)もついに底を尽きる。すべての思い出を振り返ると、モガの意識は暗い海のような場所へと投げ出された。


(アイツは、ジエは。生きている間に、ブジにヘイワとやらと出会えたのだろうか)


 結局、モガにはジエの説く平和が分からずじまいだった。


 平和とはなんだ?

 目の前の人々を一体どんな明日へ導けば、『ヘイワ』はその姿を現すのか?

 モガはそればかり考えて日々を過ごした。


 ジエは何と言っていただろう。

 素晴らしくて、穏やかで、楽しくて笑顔になるとか。

 具体的なことはともかく、モガはジエからそう教わった。


 他にはなんて教わっただろうか。思い出したくて、もう一度夢を手繰り寄せる。

 意識の深海で手を伸ばす。もがくように腕を掻くと、記憶が荒波となって迫ってくる。


「大丈夫。いつか実現して見せる。トンチンカンなモガでもちゃーんとわかるように……ね?」

「その時までは、ずっとわたしのそばにいてくれなきゃだめ。じゃないと本当の平和が訪れた時、『これが平和だー』って教えられないじゃない?」

「だからね、モガ? お願い……」

「わたしを……」


(ジエ……くっ。オマエこそオレから離れるな! オレはまだヘイワとやらをリカイできていない……!)


 半分は夢で、半分は自分の想像が作る映像の海を、モガは必死にもがいている。


「モガ……、ガ。――……ガ――」


 少女が自分を呼んでいる。


 自身の回路が働きだすのを感じる。

 身体が起動(めざ)めようとしているのがわかった。


(よせ、やめろ。まだ目を覚ましてくれるな、オレのカラダよ!)


 夢を夢だと気づいてしまったが最後、意思にかかわらず覚醒に向かうのは人もギアニックも同じだった。










 モガの嗅覚センサーが濃ゆい血生臭さを捉える。


「んー? じー、えー。GA?」


 左の耳元に気の抜けた少女の声を感じて、モガは覚醒してしまった。


「『ガ』って書いてある。なによ、ガって。もー、(かす)れてよく読めないわね……」


 少女のものらしい不満げな声を、覚醒し始めたモガの聴覚センサーがキャッチした。

 どうやらモガのヘッドギアに刻まれた文字を声に出しているらしく、しきりにガぁ、ガぁと繰り返す。


(ダレだ……)


 少なくともジエの声ではなかった。

 彼女とは似ても似つかない、短気そうな少女の声を追いかけて、モガは目を覚ましてしまった。


「モガだ」

「うあっ、急に起きたわ」


 瞼を開くと、驚いた顔の少女がいた。

 いつぞやのジエと、似たリアクション。


「オマエが読もうとしているのは、オレの名前だ」

「……あ。そう」


 ジエと年頃が近そうな少女は、しかしすぐに驚きを引っ込めた。


 ベッドから身を起こし、声の主らしき白髪の少女を一瞥する。少女のスカイブルーの瞳が、ようやく目覚めたモガに対して無感動を投げている。


「そ。下にご飯あるから食べに来るといいわよ。なんかチョオローが言うにはあちこち壊れてたっぽいけど、もう平気そうね。じゃ」


 白髪少女は素っ気なく言うと、ベッドのそばから立ち去った。


(このジョウキョウに限ってユメではない……か)


 今ジエがそばにいないこと、変わり果てた世界のこと、諸々受け入れるしかないだろう。

 しかし、ジエのものと思って必死に耳を澄ました声の正体が、あの気だるそうな少女だったとは落胆だ。


 落胆どころか、むしろモガは警戒を強めた。

 モガが起き抜けに感じた、血生臭さの正体。


(このニオイ……アイツのことは警戒しておくべきだな)


 自分を叩き起こすほどの物騒な血生臭さを、あの少女は放っていた。








 

 

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