【平穏は去る】2 17/32
サブタイが【平穏は去る】で、今話の登校日が3月11日(東日本大震災)。個人的にはかなり因果を感じます。
私自身は直接の被害を受けてはいないものの、当時を思い出さずにはいられません。毎年、もはや周囲はいつも通りですが、私は内心ソワソワしております。来年もきっと同じでしょう。あの出来事は永遠のテーマ、くらいに思ってます。
……いつか、あの日を題材にした作品を投稿したりするかもしれません。
(本編は通常営業ですよ。)
慌てるチョオローに連れられて、アーチは玄関から宿の外へ。
「何よ、アレ……?」
平原の地平線がぐつぐつと揺らいでいる。
いや、ただ揺れているのではない。夜より黒い「何か」の群れが、彼方から近づいて来ている。
「アーチねぇ。くろいの、いっぱいいる、よ」
「何か」の群れはどこか物々しくて、危険な感じがする。
少なくとも通常の生物が発する気配ではないと、アーチは思った。
狩りで遭遇する森の動物も充分に危険だがこの「何か」は異様で、常識外れで、防衛本能が叫び出すような得体の知れなさがある。
「アーチや、ヌシはモガに剣を貰わんかったか?」
「もら……、ったけど。なんでそれを?」
チョオローに呼ばれてからも、アーチはモガの左腕を大事に抱えたままだった。
この左腕にモガのアームブレードが格納されているのは昼間に目にした通りだ。
子供たちが言うには、モガはそのアームブレードでデッカイ怪物を倒し守ってくれたんだとか。で、疲れ切ったモガはその後宿まで運ばれて――――って。
「まさか……? アレと戦えとか言い出さないでしょうね」
「万一の時はアーチが宿を守ってくれると、モガが」
黒い影は刻一刻と近づいて来る。幸いな事に、足は遅いらしい。
「聞いてないけど!? アタシが対処すんの? 勝手が過ぎるでしょその話!」
「えぇえ、モガから何も聞いとらんのかぇ」
「知らないわよ。アタシはなんも……」
――宿にもしもの事があれば、その時は迷わず使え。
モガがそんな風な事を、言っていた気がしなくもない。
「……なんも」
――心配はない、オレは片腕でも平気だ。オマエは電撃の矢とオレの腕、使いやすい方を適宜切り替えて戦うといい。
言っていた気がしなくも、なくも、なくもない。
「なんもなんもなんも……」
宿にいる十余人の大人たちは普段、日中は畑仕事や釣り、宿経営など穏やかに平和を謳歌しているものばかり。あとの半分は子供たち。
そんな宿で唯一、山に狩りへ赴き肉食獣とも一戦交えるギアニックが一人。
モガには及ばないまでも、直接的な命の取り合いを経験しているのは、ここにいるアーチだけだった。
――オマエにオレのをくれてやる。
(そ、そのやり取りは関係なくて……!)
――だからオレに、オマエのをくれ。
「わー! わかったわよ! やってやる……アイツがアタシに託すってんなら……ビリビリ矢っ!」
アーチは左腕を展開する。ひとまずモガの左腕はズボンの腰に突っ込み、自身のビリビリ矢で応戦するつもりだ。
左腕が傘のような三つ又に断ち割れ、銃身を形作った!
「あ、アーチねぇっ、こわい……」
「チョオロー、宿のみんなを外に出さないようにして」
「うむ。承知ぢゃ」
チョオローが宿の中に消えていく。
その後ろを、ロクもついていく……はずだった。
「アーチねぇも……中、はいって、いっしょに!」
小さな手が、アーチのズボンの裾を引っぱる。
クイクイと、心細さを訴えるような力加減だった。
「ありがとロク、おねぇちゃんは平気よ……そうだ! ユスと一緒にいてあげて」
「それが、いないの! ……いっしょに、ねたはず、なのに……っ!」
「そんなっ……もしかして」
ひょっとしたら、すでに宿の中に「何か」が入り込んでいて、ユスは……!
「チョオロー!」
「まぁ落ち着きんさい。アーチ、ちょい耳借りるぞい。実はユスなんぢゃが……」
チョオローがわざわざ耳打ちで伝えてきたのには、訳があった。
ロクがいる前では、決して口に出来ない事実だった。
「わかった。……ロク」
アーチが視線を合わせてやると、安心したのかズボンからロクの手が離れた。
その両手をクロスボウではない手で包んでやる。
ロクの両手は、包み込むのに片手で足りるほど幼かった。
小さな手が微かに震えている。
「ちょっとの間怖いかもだけど……チョオローのそばにいてあげてくれる?」
「アーチねぇ、は?」
「おねぇちゃんはここで、その……ちょこっとやることがあるから。チョオローとモガが勝手に言ってるだけだけど」
ロクの眼差しから、なかなか不安の色が消えてくれない。
「おねぇちゃんなら心配ないって。終わったらすぐ会いに行くから。そんで、帰る頃にはおねぇちゃんきっと疲れ果ててるから、そん時は久しぶりにいっしょに寝てほしいかなー、なんて」
包んでいたロクの手を解放して、アーチは小指を立ててみせた。約束、と。
「仕事終わるまで、チョオローと一緒に待っててくれる?」
「……………………」
ロクの細い小指が、アーチの小指と健気に絡み付く。
「まってる、ね?」
結び目を確かめ合うように上下して、どちらからともなく小指を離した。
チョオローに手を引かれ、ロクも宿の中に消えていった。
(チョオローの言ってた事がぜんぶ真実なら、ここはアタシが食い止めないと……みんなが!)
小指に残る少しの締め付け感が、アーチの心に火を点ける。
遠くに見えていた「何か」の群れが、かなり大きくなっていた。
ビリビリ矢で狙いを付ければ、当たる程度には。
平原の闇に向かって左腕――――クロスボウを構える。
力を籠めると、腕だった箇所に電気の矢が番えられていく。
(こんなに殺す気で撃つのは初めてかも。でもやらなきゃ……アタシが!)
電撃の威力を物語るが如く、ビリビリ矢が激しく明滅する。
群れの真ん中で、ひときわ大きな影が蠢いている。アーチはその大型に狙いを定めた。
照準の位置が頭なのか胴なのか分からないが、身体のどこか一部に当たりさえすればいい。
たったそれだけで、ビリビリ矢の高電圧は耐え難い感電を引き起こす。感電なら、当たり所なんて良くても悪くてもお構いなしだ。
「――――ふッ!」
夜の闇を切り裂き、平原の草を二つに分かち、一条の雷霆が突き抜ける。
森の動物に放つのとは桁違いの殺傷能力が、巨大な「何か」の影にぶち当たった。
「命中っ。今度は別の奴に、一発……ふッ!」
遠く離れた距離を活かした狙撃で、次々に「何か」を迎え撃つ。群れが宿に迫る前になるべく多くを倒しておきたい。
「ふッ! ……ふぅッ、ふぁああッ!」
五射、六射。命中の手応え通り、影は次々に動きを止める。
「ビリビリっ、ビリビリ矢ぁッ!」
だんだんと群れが近づいてきて分かった。
「こいつら、どんだけいんのよ……」
群れらしい、としか捉えられなかったシルエットが、一匹一体を目で判別できる距離になる。
ビリビリ矢で倒した十数倍以上の大群が迫っていると、いちいち数えなくとも分かった。
「はあぁぁあッ!」
アーチは狙いも大雑把に矢を放った。乱射したところで、どれかには命中する。
この数で宿に殺到されれば、一人ではとても防ぎ切れない。
とにかく数を減らさないとダメだ、こんな数相手に宿を守り切るなんて絶対むり!
「しっかりしなさいよアタシ。後ろにロクやチョオローがいるんだからっ」
ビリビリ矢を撃つ、撃つ、放つ。いくつもの雷光が闇に呑まれていった。
一匹一匹ずつ倒せてはいるものの、地平線の向こうからさらなる個体が現れる。
大きくなった群れは、平原を覆い尽くすほどに成長していた。
アーチには目の前の「何か」が、無限に続く闇のように思えた。
「ふッ! この……」
懸命にビリビリ矢を撃ち飛ばしながらも、アーチは顔を伏せた。
左腕のクロスボウはしっかりと構えたまま、しかし表情に諦めの色が滲みだす。
自分の放つビリビリ矢と敵の規模を見比べながら、どうするべきか思考を彷徨わせた。
一人で戦うのが無理なら、みんなにも手伝ってもらう? 危なすぎ、ダメね。
アタシじゃ守り切れないって素直に伝えて、みんなで逃げる? でもそれって、宿を捨て置くってこと。そんなの無理だから。
この場にモガがいてくれたら。
こんな状況でも、アイツならどうにかしちゃうのかな。
「くっそおぉぉぉおおっ!」
一、二。
三、四、五、次々に発射。
流星が夜を駆けるが如く、渾身のビリビリ矢が暗い平原を突き進む!
そして、たった一体を破砕すると雷光は立ち消え、辺りに闇が舞い戻る。
ほとんどの流れ星が地表に傷一つ与えず、大気圏で燃え尽きてしまうのと同じ虚しさ。
『まだ終わっていない……アーチ。しっかりしろアーチ!』
モガの声が聞こえた気がした。
アーチの聴覚センサーに幻聴が届く。今、一番聞きたかった声音が自分を励ましてくる。
アーチはビリビリ矢を構え直した。
『そうだ。それでいい……まだ行けそうか?」
アーチの前には依然、仄暗い光景が広がっている。
問題ないかと訊かれれば、状況は絶望的だと言わざるを得ない。
「……っ。当然ッ! ここまで来たら、なんだってやってやるっての……ふッ!!」
一喝と同時に放った一矢が群れの一体を射貫く。倒れたのを確認するより早く、次のビリビリ矢を唸らせる。
「アタシとしたことが、こんなんじゃアイツに合わせる顔ないじゃない……ふッ!」
奮い立つ心のままに、一心不乱に腕を閃かせた。
「流石だな。オレは裏手の森からのマキナをケイカイする。正面は頼んだぞ、アーチ」
「!」
妙にリアルな幻聴にハッとする。しかしアーチが振り返るも、モガはいなかった。
代わりにあったのは、何よりも大切な自分たちの宿。
「どっちにしたって、情けないとこ見せらんないじゃないっ!」
守るべき存在を背に、不安を吹っ切って矢を放つ。
(今、こいつらのことマキナって読んでたわね。モガは)
近くで見ると「何か」は――マキナは――身体がパイプや鉄板などのジャンクパーツで構成されていた。
その形態といい、瓦礫同然のジャンクパーツがひとりでに動いていることといい、マキナはバケモノと呼ぶに相応しかった。
先頭に立つマキナは、オオカミらしき姿をしている。イノシシやゴリラ、大昔の戦闘車を背負ったヤドカリのマキナもいる。
個々の姿を判別できるようになるほど、アーチとマキナの群れは近く迫っていた。
最も近いオオカミ・マキナから順に電撃を浴びせて倒していくが、それもすぐに限界が来る。
ついに、射撃をするには距離が足りなくなった。
アーチが少し駆け出すだけで接近戦、つまり剣の間合いになる。
これ以上近づかれれば、射撃で対応しきれなくなる。
「大丈夫。モガが教えてくれた通りにやれば……」
「GIiiKuRu……GIiiKuRu……」
「は、うぅ……っ」
平原のそこかしこでマキナの鳴き声とも、金属音とも取れない異音が響く。
未知なる危険への恐怖、それ以上の抗い難い不快感が迫り上がってくる。
(遠目からでも感じてたけど、あらためてわかったわ。こいつら、ほっといたらゼッタイダメなヤツだ……!)
クロスボウを左腕に格納し、肘から外してベルトに引っ掛ける。
ズボンの腰に挟んでいたモガの左腕を取り出し、すぐさま挿げ替えた。
「平気、よね……?」
自分の肘関節がチン、と鳴る。それはモガが力を貸してくれる合図。
ぐっと左手を握って、開く。モガの左腕と回路が繋がっている事を確かめる。
たった一動作しただけで「これは強そうね」と信じさせられる、頑丈な手だった。
「うん、平気に決まってる!」
左腕が組み換わる。
緑の電光が溢れ出す。
アーチの闘志に呼応して緑の粒子が寄り集まり、アームブレードが顕現した。
電光の眩しさは強靭な証、刃の鋭さが物語る切れ味。
(すごい……。まるでモガが『一緒に戦え』って言ってくれてる、みたいな……)
アームブレードを携え、マキナの群れへと歩み寄る。
歩いた分だけ、刃の光が平原の闇を押し返した。
マキナたちがたじろぐのを確認すると、自身の恐怖も潮が引くように退いていく。
アーチは確信した。
この平原で一番強いのが誰かを。
手近なマキナに踏み込み、叫んだ。
「――――/《スラッシュ》ッ!!」
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