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【平穏は去る】1 16/32

中学くらいからでしょうか。初詣での願い事はいつも(安寧ください)でした。


ということで、平穏は去るスタート

 モガがセンガと邂逅する以前の時間。


 モガが宿を出ていく数分前。

 アーチはモガの部屋で、モガとマントを一つにしていた。

 同じマントで二人ともをすっぽり包めるほどに密着し合う、二体のギアニック。


「オマエにオレのをくれてやる」


 強引に腕を引かれると、アーチは何か硬質なモノを握らされた。


「だからオレに、オマエのをくれ」

「……わ」


 宿の子たちが寝静まった時間帯に、誰にも明かさず二人きりの密室を作り、密やかに異性へ捧げるモノといえば。


(うわぁ、うわぁあ~。どうすんのよこの展開。どう聞いてもそーいうハナシよね、コレ)


 男女二人きりで作る客室の空気が分からないほど、アーチは子供ではなかった。もっとも、経験はないが。


「わかっ、……た」

「ああ。そうしてくれると助かる」


(じゃあ、アタシが握らされてるコレ(・・)って、やっぱりモガの……)


 先ほどからずっとゴツゴツと硬く、腕のように太い何かをマントの下で握らされている。それが何かはマントで隠れて分からない。


 モガが、顔を目一杯上げないと目を合わせられないほど近くにいる。


「オマエのも差し出せ。オレが隠しているうちに」

「出す、とか……ハッキリ言い過ぎ。馬鹿」


 モガがどういうつもりでこの行為に及んでいるのか分からないし、アーチはまだ自分がどうしたいのかすら曖昧だった。


「こうする他にない。オマエももう後戻りは出来んぞ」


 後戻りは出来ない、アーチの前にはモガしかいない、ということは。

 曖昧な心境が一気に塗り替わった。


「わかった、じゃあその、脱ぐから。モガは天井でも見つめてなさいよ」

「そう心配するな。センガを暴く手筈はすでに整えてある」


 マントに包まれながら、さらしに指をかけた時、モガの言葉に凄まじく肝が冷えた。


「……ん。あれ。モガ」

「今度はどうした」

「センガとか手筈を整えたとか、どういう意味?」

「まだチョオローから聞いていなかったか」


 互いのボディは寄せ合ったままで、モガはつらつらと釈明する。


「ツケを払い終わったオレが、一度宿を離れる」

「そうね。ん、一度?」

「宿にはあらかじめアームブレードを残しておく。そうして、センガがオレの方におびき出されるか、はたまた宿を襲撃するのか」

「ん~……??」


 話は、覚悟していたのとはまるで違う方向性で展開され、アーチは困惑を隠せずにいる。

 戸惑っている理由を、「チョオローから何も聞かされていなかったから」だけだと思い込んでいるモガは、乙女心を特に気に留めず話を続ける。


「センガの目的が分からない以上、どちらに転ぶかは分からん。だから、オマエにコレ(・・)を持っていてほしい」

コレ(・・)って……う~わ」


 ほんの少しだけアーチから離れ、モガは僅かにマントをたくし上げた。露わになったマントの下で、自分の手がモガの左腕を握っている。


 握っていた硬い何か。

 その正体は、腕のようにゴツゴツと太いのではなく、腕そのものだった。


「宿にもしもの事があれば、その時は迷わず使え。『ナカヨシ』のオマエにこそ、この左腕は相応しい」


 期待と気恥ずかしさを一人勝手にせめぎ合わせていた自分に、猛烈な虚しさが舞い込んだ。


「茶番も良いとこね」

「茶番。その通りだが、目的が分からない相手にいつまでも手をこまねいているのは(かえ)ってキケンだ。茶番でもなんでも打って出るしかない」

「はいはい。そうね。アンタはそういう奴だったわよね。知ってたわよ」


 じゃあ何か。

 部屋に来ることを秘密にさせたのも、わざわざ自分をマントにくるんだのも。

 全てはどこにいるか、本当にいるかも分からないセンガ様とかいう奴の目を反らすためだったってこと。


(突然アタシの手料理食べたり、妙に『仲良し』を連呼してそばにいたのも、飽くまでセンガを警戒してただけってこと? そうだとしたら……寂しいわね)


 センガ様だなんて、あんなのおチビたちのイタズラに決まってるのに。

 内容が内容だけにお仕置きが必要かもしれないけど、アタシに黙ってそこまでする必要無いじゃない。


「紛らわしいわね。アタシじゃなかったら勘違いしてるトコロだったわよ?」

「勘違い。何を勘違いする必要がある?」

「う、や、別にアタシが先走ったとかじゃなくて……ん? アンタ、今度は何のつもりよ?」


 ようやく話を掴めてきた。と思った矢先、顔を上げるとモガはまたもや不可解な行動を取っていた。


 上目遣いのアーチより、さらに思い切り首を上へと曲げ、モガは天井を一心に見つめている。


「まさか、センガ様は天井にいらっしゃる?」

「そうではない」

「だから紛らわしいってば。じゃあ何よ?」

「脱ぐまで天井を見ていろと、オマエが」


 腕を脱ぐまで、というつもりの発言だろう。


「脱ぐわけないでしょ。ったく、センガを暴く手筈だか何だかわかんないけど、出てくならほら、もう行った行った」


 マントの中でさらしを押さえつけ、もう片手ではシッシと追い払う仕草を向ける。

 服を脱げ、という意味で受け取ったのか、アーチは勘違いしたままだった。


「それもそうだな。オマエはまだアームブレードを扱って間もない。ならば――」


 もう行くのだろう、モガは窓枠に足を掛けた。

 アーチのボディからするりとマントが離れていく。

 (じか)に受ける夜の空気がいつになく冷たい。


 月に照らされたモガは今にも飛び立ちそうだった。


「――心配はない、オレは片腕でも平気だ。オマエは電撃の矢とオレの腕、使いやすい方を適宜切り替えて戦うといい」

「戦う。アタシが。何と。ってか誰と??」

「もしものハナシだ……。オマエは強い。センガ相手ならジュウブンにやり合える。じゃあな」


 そう言い残してモガは窓枠を飛び降りた。モガのいた空間の景色が、宿の裏手の森に切り替わる。


 モガは森へ行ったんだろうか。

 呆然とする頭で考えるも、彼が何を伝えてきたのかよく思い出せない。


「ろくに話もできてないし……はぁ」


 とりあえずもらった左腕はモガの布団にでも隠しておこう。秘密で呼びつけて、あまつさえ自分ごとマントで包み隠そうとしたぐらいだ、正直よく分からないけど隠した方がいい気がする。


(成り行きとはいえ、片腕でどっか行っちゃったんだ……アイツ)


 早合点しすぎでしょ。もうちょい説明してくれればアタシの腕くらいかしてやったのに。


「やれやれってカンジ。いつものことだけど」


 風呂をメンテナンスと称した事といい、アイツ特有のズレた納得にはいつも微笑ましくさせられる。

 まるでおチビたちを可愛がる時のような、でもそれとはちょっと違うような……。モガの左腕に布団をかけながら、アーチはそんな感慨を抱く。


「ん。待てよ……?」


 この腕を渡された事が秘密なら、そもそも自分がモガの部屋にいる事も、同様にバレてはいけないのではないか。


(モガの奴、チョオローの部屋にあったイタズラの事、本気にしてるのかしら……?)


 そうまでして必死に隠す必要がどこにあるのかアーチには分からないが、彼女にとって確かな事が一つ。

 口実が出来上がったのだ。


「本気ならしょうがないわよね……いいわよ。アタシも隠れてやるわよ」


 モガがいなくなった部屋で、確固たる口実を一人呟いた。その場にいない誰かに言い訳をするようでもある。


 彼が数日間使い続けたベッドに、自身の身体を滑り込ませた。


 モガは普段どんな格好でここに寝るのだろう。

 手を組んで寝るか、背を丸めて寝るのか。

 いや、きっと大の字に寝るのが癖なのだろう。宿に来て初めて目覚めた日は、そういう寝相だった気がする。そして顔は、若干右を向いていた気がする。


(そうそう。アイツの顔が右向いてたから、ヒマしてたアタシはヘッドギアの文字を読んでて)


 想像に想像を重ねたら次は、その寝姿と自分が重なるように寝る。

 アーチはモガより一回り細い。背だって小さい。モガのそばに並べば、自然と上目遣いになってしまう。


 男女の体格差を思い出しながら、イメージしたモガの寝姿と自分の寝姿を重ねる。

 身体がブルリと打ち震えた。布団の中で、寒いはずもないのに。


(今の、もっかいほしい、かも……)


 枕に鼻を押し付けると、ヘッドギアの金属臭と髪を洗った石鹼の香りが同時に鼻孔をくすぐった。両者が混ざった匂いは独特で、きっと彼だけが持っている匂い。


 隠れるため、隠れてるだけだからと、布団を頭から被った。

 ベッドの先客だったモガの左腕を、胸にしっかりと抱き直す。


 これが良くなかった。


 モガの左腕を見ていたら、食堂で頭を撫で回すも不完全燃焼に終わったあの時の欲求が舞い戻ってきたのだ。


 自分の左腕が一時的にモガの所有物となったことを思い出しながら、残り香を求めて身体をまさぐろうとしたあの時。


 食堂ではモガたちの闖入で中断させられたが、今は違う。

 モガの部屋に来客者など滅多にいないはずで、その上今回は本人の左腕がすぐここにある。


 アーチにとって条件は健全(かんぜん)に揃っていた。






 窓枠から覗く月が、左から右へと移ろう。

 彼女がモガのベッドから顔を出さなくなってからしばらく経った。少なくとも、月の動きが見て取れるだけの時間が流れた。


 彼の左腕をオモチャのようにして操るうち、閃く。

 モガの手で脱がせてもらおう。


 下着(さらし)の端に彼が指を掛けた、その時だった。


「アーチや、ここにいるかのぅ!?」

「っッッッ……~~~!!!!!」


 ドアが勢い良く開け放たれて、アーチの心臓は心停止の一歩手前。


 訪れたチョオローの声は切迫し切っている。

 ゆっくりとした動作で頭から布団を剝がすと、声の慌てよう通りにふためくチョオローが立っていた。

 なぜアーチが、よりによってベッドでうずくまっていたか、などと気にする余裕もない事態が起きたらしい。


「おお、おったかアーチや! とにかく降りて来とくれ、平原の向こうが大っ変なんぢゃあ~!」


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