【接敵】4 12/32
わく!
わくわくわく!
「アンタが食堂に来るなんてどういう風の吹き回しよ。それもこんな時間に」
器の野菜を食べ尽くして、ちょうど手持ち無沙汰を感じた時だった。
温まったシカのステーキと米の椀が並べながら、アーチが訊いてきた。
「今までぜっっったい食べようとしなかったじゃん?」
「まぁな。だがオマエも見ていただろう?」
ナイフとフォークを駆使してステーキ……ではなく、米を搔き込む。正しい食べ方のつもりなのか、モガは頬にどれだけ米粒を付けようと澄まし顔を崩さない。
「オレがこの二人に̚拐かされて来たところを」
「あ~……やっぱ、そういうことね」
乗り気ではなかった、飽くまでも自分は連れてこられただけだと告げられ、アーチはつまらなそうに目を伏せた。
「ボソッ……やめろってのは引っ張るなって意味だったか……驚かすんじゃないわよ。てっきり、」
彼女の心境を露ほども察さず、モガは続ける。
「無理矢理に来させられはしたが、今のオレにちょうど良かったのかもしれん」
「ちょうどいいって? 仲良しだからーとかいう例のヤツ?」
「ソレもある。だがソレ以上に、少しチョオローと話をつけてきた」
数分前、風呂上がりのモガはチョオローの書斎を訪れた。
センガの正体はおそらく……アイツ。
物騒なうえ目的も不明なセンガを放っておくわけにはいかない。
だから決行は今夜、すぐだ。
センガの目論見を暴き、宿に煙る不穏を払う。
その暁にある真の平和なら、きっとジエも笑顔を取り戻すだろう。
チョオローとはそんな風なやり取りを交わした。
モガはチョオローに、センガを引き寄せるための『エサ』を仕掛けてもらったのち、ユスとロクに食堂へと連れられて今に至る。
「宿賃のツケを払うのに十分な働きだった、と。チョオローはオレにそう言った」
「借金返済ってこと。おめでと」
「その過程ではオマエにも世話になった。カンシャしている」
「うんうん。どういたしまして。で? それとアタシのご飯とどう関係があるっての?」
「留まるリユウが無くなったからな。今夜中にここを発つ」
「…………ぇ?」
頬杖をついていたアーチの視線が、ばっとモガを向く。
「? 何を驚いている。最初からそういうハナシだっただろう」
絶句したままのアーチが、モガには不思議でならなかった。
宿賃分を勤め上げたら、すぐに出発。たしかに急な話ではあるが、そもそも宿賃を払うようモガに迫ったのはアーチだ。
元々こうなる運びは決まっていたはずだが、現に目の前のアーチはショックを隠しきれていない。
(宿の事件にオレが巻き込まれたのか、それともオレが宿民を巻き込んだのか。おそらくは後者だろう。すまない、アーチ)
「アーチさん」
気を遣っていたか、しばらく口を挟まなかったユスがポツリと切り出した。
助かる、とモガは思う。
アーチのショックの理由がいまいち掴めない自分の言葉では、よりアーチを追い詰めたかもしれない。
「私たちが部屋で休もうとした時、たまたま廊下でチョオローさんとすれ違って……」
ユスが口を動かす間、モガも口を動かしていた。経緯が繰り広げられる中、ひたすらに米を咀嚼する。脂身たっぷりのステーキより幾分かは抵抗感が少ない。
「チョオローおじぃ、いってた。モガにぃ、今日でさいご、って。だから、もっと食べてって、おねがい……したっ」
ロクがたどたどしく説明する横で、彼は無心にステーキを貪る。
味はしないどころか、本当にギアニックの食べ物かすら訝しい。
ステーキは、咀嚼のたびに酸が湧くような悪寒を催した。アーチの手前、それを露わにするべきではないことだけは、モガにも分かる。
手料理とやらは本来、ありがたく受け取るべきものなのだと、食べてみて実感する。
今度は、日が落ちる頃に客室まで届いた子供たちの歓声を思い出しながら咀嚼してみる。
(本当にエネルギーを賄えているのかはともかく、ジュウソクカンはある、気がする。コレがメシか)
なるほど。
「そ、アンタもついに出発ってわけか……って、」
二人が経緯をアーチに伝え終えるまで、モガは一度も器から顔を上げなかった。
そろそろ食べ終わろうか、という頃合いになる。
「モガ、アンタがっつき過ぎ。もっと味わって食べなさいよ。必死か」
「味わう必要はない。こうやって食べるのが好みというだけだ」
「必要ないってアンタ……あーあ、もういいって。無理して食べてるのバレバレ。残せば?」
「そんな無礼を『ナカヨシ』に働くつもりはない。平らげる。水をくれ」
モガは食べ続けると見て、アーチは無言で立ち上がる。
やがてテーブルに戻ってくると、モガのそばにコップの水をそっと置いてやった。
「はぁ……呆れた」
「カンシャする」
「ほんとよ。アンタが来てからずぅーっと、呆れさせられっぱなしなんだからアタシ。分かってんの?」
「へわにあっへいう」
「はいはい。モグモグは口を閉じてしましょうね~……ふふ、ほんとう手がかかるんだから」
アーチに笑顔が戻るのを、ユスとロクは見届けた。
「身体に差し障ってもいけないので、私たちはここらへんで。さ、ロクちゃん」
「アーチねぇ、おやすみなさい」
ロクが手を振ると、アーチも応える。
「モガにぃ、も。おやすみなさい」
モガが一つ頷いたのを最後に、扉が閉まる。
こうして食堂は、モガとアーチの二人きりになる。
「風呂の前にも伝えたが……」
残り一かけらとなったステーキを口に放る直前、モガから切り出した。
「出発の前に受け取って欲しいモノがある。コレを片付けたら、悪いがオレの部屋まで来てくれ。くれぐれも一人で来ることだ」
食べ終わるや否や、モガは「支度がある」と部屋に戻った。
モガ一人分の少ない洗い物を片付け、アーチもすぐに跡を追って部屋へ向かう。
モガは部屋にいた。ただし、アーチには見慣れない格好をしていた。
「で。何の用なのよ。もう夜遅いわよ?」
「来たか、アーチ」
「モガ……その格好は?」
初めて見るマント姿のモガに、アーチが訊く。
今から一万年前、モガが三歳の製造日にジエからもらった鮮やかなピンクのマント。
首回りの付属パーツから膝辺りまで、モガの身体をすっぽりとピンク色で覆う。
するとマントは、赤と黒の精悍な人型だったはずのモガを、ピンク一色、ずんぐりと鐘のようなシルエットに変えてしまった。
「まんと、とやらに特に意味はない。戦いの前のケイキヅケだ……」
「ふぅん……まぁなんでもいいけど」
アーチは遠慮なしにモガのベッドに腰かける。モガはというと、ずっと窓の外を睨んでいる。おそらくは、森の方角だ。
ずんぐり。
鐘のてっぺんから頭だけをむっくりと露出、というお茶目に見えなくもないモガの姿が、アーチには微笑ましく映る。
「おチビたちがもっとおチビだった頃を思い出すわ」
「? 何のハナシだ」
「よくスモック着せてたなーと思ってさ。気にしないで、なんでもないわ」
森から視線を動かさないまま、モガが続けた。
「格好に意味はない。だが気休め程度には、相手の目を欺ける。それでアーチ」
モガは用心深くアーチを捉える。
目の前の、アーチに見えるこの少女は、果たしてセンガではないだろうか?
「オマエがオレの会いに来た事、誰にも気づかれていないか?」
「まぁたぶん。わざわざ喋ることでもないし」
「ならば、問題ない」
このアーチがセンガではないと、モガは踏んだ。
もっと言えば、信じた。
本能のレベルで拒否した手料理を決死の覚悟で平らげたように、目の前の少女を受け入れる覚悟を、モガはもう決めたのだ。
万が一、アーチがセンガだったとしても、やるべき事は変わらない。
「オレのそばに来い、アーチ」
「へ……な、なによ」
おそるおそる歩み寄るアーチに、モガも近づいていく。密室の窓からモガが離れると、二人の影は外からでは完全に見えなくなる。
「ところでアーチ。オマエ、他の服は持ってないのか?」
風呂の後はレザーアーマーを着ないらしい。アーチはさらしとダボついた迷彩ズボンとかなりの軽装。これ以外の装いを、モガはおよそ目にしたことがない。
「あとでで構わないが、いつもの防具を着けておけ。オマエはその方がイイ……おい。もっと近くに寄れ」
「ちょちょ、ちょっと待てっての。せめて何をするつもりなのか教えなさいよ。あと、近すぎ」
「あまり大きな声を出すな。何のためにナイショでオマエを呼んだと思っている?」
「だから何のためよ――――や、ちょっと、だめ……だから、勝手に」
モガのマントの隙間からアーチの身体へ手が伸びる。アーチは必死にその手を拒むも、自身の左腕をがっちり掴まれてしまう。
迫るモガの左手が今や黒光りして映る。
「逃げる必要はない。こんなコウイは、ただボディの相性を確認するに過ぎない」
「相性。まさか! アンタねぇ、出発前最後の日だからって、やっていい事と悪いことがあんでしょ!」
客室の照明の暖色よりも紅潮した面が、モガの前を右往左往する。
アーチが一人ふためく様子を、モガは訝しく見つめている。
「チッ……戸惑うのはいい。だが取り乱すな。これは大事なことだ。言う通りにしろ」
アーチが何をそこまでよそよそしくする必要があるのか分からないが、だからといっていつまでも見つめ合うわけにはいかない。
こうしている間にも、センガが動き出すはずだから。
「アーチ。深呼吸をしろ、アーチ」
人間の精神安定がギアニックに適用されるかは不明だが、今回の作戦に肝心なアーチを放っていてはは話が進まない。
手を取られたままの図でゆっくりと、アーチは吸った息を吐き出した。
数度繰り返した頃。
「落ち着いたか」
「…………モガ」
「なんだ?」
「あ、アタシを……どうするつもりなの?」
「これから説明する。まずは――」
モガが命令を送り、部屋の灯りをすべて消す。
真っ暗になった部屋で、月明かりから隠すようにアーチの身体を引き寄せる。
「オマエにオレのをくれてやる」
モガのマントの中で、二人分の金属の腕が音を立てて絡み合った。
「だからオレに、オマエのをくれ」
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