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【接敵】3 11/32

わくわく

「チョオロー、いるか?」


 チョオローの書斎の戸を叩く。

 木製の扉は、モガが間借りする客室とランクも見た目も変わりなくて、そこがむしろチョオローらしい。

 立ち位置的には宿長だが、営みや暮らしは宿民たちと共にしたいのぢゃと、いつだったかウトウト呟いていた。


 上に立つ者ならではの慎ましさを、モガは好ましく思う。

 誰にも隔てなく、目線の高さが常に等しい。

 ジエによく似ている。


 木製の扉が、向こう側からこそっと開いた。


「おおモガよ、どうした? 身体の拭い方でも訊きたいのかぇ?」

「風呂とやらは、もう一人でこなせる」

「いやヌシびっちょびちょぢゃが? まぁ入れぃ、紙おむつで拭いちゃるわい」


 ギアニックに紙おむつが必要なのか。

 宿民に対する疑問はほとほとキリがなかった。排泄をどうするだとか、アーチの髪が少しずつ伸びているだとか、どうとか。


 宿で暮らした数日間、モガにとって不可解な事物は底を尽きず、一つ一つ深掘りする気もついぞ起きなくなった。


 様々気にする日々も終わりが近い。アーチに何かを訊くのも、チョオローの世話になるのも、今日で最後かもしれない。


「チョオロー、聞いてくれ」

「ああ、ああ。こんな格好ぢゃが話しておくれ……あぃ痛たた」


 腰をさすりながら紙おむつを探るチョオローの丸い背に、言葉を投げる。


「センガの正体が分かった」

「むぅっそれは……、痛むどころか、腰が抜けてしまうわい」

「アイツは――――に化けている」


 書斎の窓枠から覗く空は、すっかり夜一色に塗り替わっていた。

 これからする話は、闇から浮き彫りになったあの月に盗み聞きされている。モガはふと錯覚に陥った。


 明るすぎる宿の営みに紛れ込み、時に雲を張って正体を隠してきたセンガを今、あの月と同じく目の前に暴く。


「オレと口裏を合わせろ。チョオローには仕掛けて欲しいことがある」

「やるんぢゃな………………そうか。ついに」


 昼には隠れていた月が、今やまる見えなように。

 同じくセンガからしても、この瞬間の作戦会議など丸裸なのではと疑念がよぎる。


「ならば話してみぃ……宿の平穏のため、この老体も立ち上がろうぞ」


 疑念などと、くだらん。

 チョオローの決意に満ちた瞳を前に、自身の疑心暗鬼をすり潰す。

 目的がハッキリしない以上、先手を打ちあぐねれば、それこそセンガの思う壺という線もある。


「とりあえず……受け取るがええ」

「ソレは今後のジブンのためにとっておけ」


 手の平で紙おむつを押し返す。

 決着は今夜。動くなら今。

 書斎を後にした。






「アーチさん。お皿、こちらで最後です」

「んっ。ありがと……って、ユスはべつに座ってていいのに」


 モガが浴場に向かった後、アーチは一人モガのいない客室で食事を続けていた。

 しかしそれもひと時の事で、子供たちの「「「ごちそうさまー!!!」」」の声に呼ばれてモガの部屋を後にし、洗い物をするべく食堂へと降りた。


 モガが部屋に帰って来るより、洗い物の溜まりの方が断然早い。待ち損も良い所だ。


(ちゃっかり長風呂浴びてんじゃないわよ! 前はめんどくさがってたくせに)


 モガが風呂から帰ってこないかわりに、宿民三十余人の洗い物が首をそろえてアーチを待っていた。


「私もお手伝いとか……」

「いやいやいや。ユスはダメよ。自分の体調を一番に考えなくっちゃ」


 たしかにそこそこな労働だけど、体調が不安なユスに手伝わせるのは、ちょっとね。


「ね? ロクもそう思うわよね~」


 片付け終わったテーブル席には、首を縦に振るロクしか座っていない。

 洗い物の時はガランとしてるわ、と胸の中で愚痴る。


「つーか自分で洗ってくれりゃいいのに、ウチの大人ども。なんで担当アタシになってるわけ。夜は大体ヒマしてんでしょーよ、アンガスとか」

「ロクも……アーチ()ぇのこと、手伝い、たいけど……」

「ありがと。アタシくらい背が高くなったら、そん時はお願いね」


 洗い場で何かするには、ロクの背では小さすぎる。まだまだ蛇口にも手が届かないから、可哀想だけど任せるには危ない。


「今のセリフ、ぜひアンガスあたりから引き出したいわね。あとはチョオローとか……ふぃ、洗い物終わりっと」

「あのアーチさん。そちらのお皿は……?」

「んー? あー、これね」


 ユスの気遣わしげな視線の先には、お盆に乗った一人分の晩御飯。


「これから誰かが食べるんですか?」

「いやーどうだろ。後で食べるかもっていうか、さっき食べてくれなかったっていうか……」

「あ……モガにぃ、の……?」


 アーチは頑なに食べようとしないモガにも、試しに食事を用意していた。

 モガが気づいていないだけで、今日までも、何度か。


「ま、アイツはいつも水で済ませてるみたいだけど」


 あえなく捨てられそうになった食事は、ぜんぶアンガスに押し付けた。


「さっき部屋行ったら、今日もいらないってさ」


 手の付けられていない晩御飯からは、まだ辛うじて湯気が立ち昇っている。

 しかし、今すぐ食べなければ、湯気はたちまち消えてしまうだろう。


「いくない、よね」

「う~ん、まぁモガだし。いいんじゃん? アイツの好き嫌いは今に始まった事じゃないし。何も食べないでよく平気で動けるなーとは思うけど」

「ですが、それではアーチさんが不憫です」

「そんな顔しないで。今さら気にしてないし」


 明るく振る舞うも、アーチの笑顔が傍目には痛々しい。


「はじめて会った日なんて、『そんなもの食べたら錆びるぞ』的な事言ってくれちゃってさ。ほんとアイツ何様だ~ってカンジ。だからさ……」

「アーチさん……」

「だから今さらへーき、ってね」


 ユスもロクも、懸命に話に耳を傾けた。


 数日共に暮らして、モガにはモガの事情があり、悪気がないことも二人は分かっているつもりだった。


 それでも、気丈なまま振り回されるアーチの無理矢理な姿を見て二人は、一度でいいからモガに彼女を受け入れてあげてほしいと、きっと思ったことだろう。


「ぁ……!」


 晩御飯に向けられたユスの視線が、突然上を向いた。本人の意思と関係なく、支えを失った身体がのけぞる。


「ちょ、ユス大丈夫? フラフラすんの?」

「い、いえ。少し疲れが溜まってしまって……大丈夫です」

「おバカ、部屋までおぶるわよ」

「いえ、その……そちらの椅子までお願いします。少し休めば、元に戻りますから」


 しばらく椅子で休んだユスは、やがて体調を見計らって自身の部屋へと戻っていった。

 ユスは、もともとロクの一人部屋だった客室にベッドを増やして寝泊まりしている。


 きっと今晩も、母娘で互いを見守り合いながら眠るのだろう。ロクを抱いて、逆にロクはユスの体調を気遣って。


 一日の仕事を終え、無人の食堂でぐったりするアーチの脳裏に、眠そうに目をこするロクが浮かんだ。


「前はアタシが寝かしつけてたのになぁ……取られちゃった~」


 テーブルに突っ伏し、ぐずりながら自身の白い毛先を弄ぶ。

 機械然とした左の指先を、年頃らしくいじいじと動かした。


 どちらかというと、最近はロクよりモガの世話が焼ける。


 まだ幼い割に身の回りの世話ができるロクと違い、モガは何もかもてんでダメ。


 生活力の無さがありえないレベル。ハッキリ言ってありえない。

 一言で言い直すとまぁ、その、ありえない。


 肩を並べた時、自然と上目づかいをさせられる身長からして自分と同じ年代のはずなのに、風呂も入れないとかアリエナイ。

 アンタどこから来たのよってカンジ。


(廊下、びしょびしょにしてなきゃいいけど……)


 ほったらかされて湯気も昇らない晩御飯が視界に入り込む。


(みんなが美味しいって褒めてくれるものを、アイツに限って認めてくれない)


 事実を言葉にしてしまうと、ガラにもなく悲しくなりそうだった。

 だから呟く代わりにため息をつく。


「アイツが来てからは退屈じゃなかったかも……良くも悪くも」


 最初の印象は最悪だった。


 一ヶ月にも渡ってボロボロのまま眠るモガの介抱は、アーチの労力をトコトン削った。

 やっと目を覚ましたかと思えば、手料理を錆びると蔑まれもした(錆びんわ!)。


 必要以上に姿を見せようとしない。

 口数少なで何を考えているかわからない。


 宿の生活にある程度慣れてきても、食堂にだけは一向に降りて来る気配がなかった。


 食事の時間には宿民全員が集まる。

 その全員の輪の中に、いつもモガだけがいない。

 そのせいで、どれだけアーチが気を回したことか。


「ほんとメーワクなヤツ。ったく」


 「錆びる発言」に腹を立てたり、風呂の時とか子供っぽすぎてハラハラさせられたりもした。

 食事の時間になると必ず、線を引くように部屋に戻っていくのが淋しい……とはぜったい言ってやらないまでも、取れないサカナの小骨みたいにもどかしくなる。


 平坦すぎる宿の暮らしに突如現れた来訪者。

 それは結果として、アーチの胸に心地良い波風をもたらした。


 モガを思い浮かべる間、指はずっと髪を弄んでいた。


「そういえばアイツ、アタシの左手で狩りしてたんだっけか」


 今日一日、左腕はずっとモガの傍にいた。モガはこの手でどんな狩りをしただろう。ビリビリ矢はちゃんと正しく使えたのか。使えたんだろうな、シカ獲ってたし。


 彼は自分の手をどんな風に扱っただろうか。他にどんなものに触れてきたのか。


「アイツ……アタシの手で、その……。触ってたりする、かな……?」


 毛先を擦るだけに留まっていた左手が、自分の白髪を手繰りだした。

 一時的とはいえ、完全にモガの物となったアーチの手。

 その手がとうとう、髪を手繰って頭頂部に到達した。

 くしゃくしゃと乱れる髪にも構わず、脳天からうなじまでたっぷりと頭を撫で付ける。


「…………変ね、アタシってば」


 モガに撫でられている。そんな錯覚の中で二回、三回。

 しつこくてゆっくりとした手付きが続く。


 片手では物足りなくなって、右手でも頭をまさぐってみる。


「? …………っぱ(アタシ)の手じゃビミョーか」


 快感を右手に求めるのは止めた。


 やがて頭では飽き足らず、モガの手を、首から下の方へと伸ばした、刹那。


「……やめろ」

「ひ……っ!!!!!!!!!!!!」

 

 声は食堂の入り口から降ってきた。

 我に返って佇まいを直すと、妙にぐったりした様子のモガが目に入った。


「ギアニックは……ただギアニックであればいい。キカイたる……ギアニックがメシなどと……笑、止……」

「駄目です。ちゃんと食べてあげるべきです。アーチさんの前で」

「ロク……オマエからも……言ってやれ、オレは脂は食わん……と」

「モガにぃ……食べなきゃダメ……フラフラ、だよ?」


 ユスとロクに連行された格好のモガ。そのまま食堂のテーブルへと二人に座らせられる。


「抗えない……力強い。やはり見た目以上だ…………うぷ」

「女性への褒め言葉としては相応しくないですよ。もちろん(ほま)れに思う方もいるでしょうけど。それよりも……あっ、よかった! まだ残ってましたね」


 モガの無礼をぴしゃりとはねのけたかと思えば、残り物の晩御飯を見つけて顔をほころばせる。

 いや、ほころばせるように見えた。実際のロボットフェイスは固いままだが、アイパーツのLEDが大袈裟な「!」のマークを形作り、感情を忙しく伝えてくる。


「アンタたち何して……ってかいつからいた!? なんも見てないわよね!?」

「アーチねぇ、せつなそうだった……よ」

「そそそ、それはどーいう意味でロクっ!?」

「えっと……だから、モガにぃがごはん、食べれば、げんきになってくれ、る?」


 コト……。グロッキーなモガの前に冷めた晩御飯が並ぶ。


「っ、あのさ、それは」

「アーチ」


 覚悟の固い声で、モガが呼んだ。その両手にナイフとフォークを握って。


「いただきますと唱えるんだったか?」

「いやぁ……でもアンタ」

「いただきます、で合っていたはずだな――――いただきます」


 グーで逆手持ちしたフォークが、シカのステーキを刺す。


 そのまま口に運ぶが、ナイフで切りもしない丸ごとのステーキはモガの口周りを汚すばかりだった。

 加えて持ち方も悪いせいで、食べきれなかった部分の肉がフォークを滑って皿に落ちた。

 ガチャン。食器の衝撃音に驚いたロクがビクッと跳ねる。


 うわああ、もう。おバカ。


「モガ。ちょっとお皿かしなさい」

「いい。一人で食える。風呂も一人で済ませてきた」

「そんなの当たり前だっての。……っておい、食べる手ぇ止めなさい! ほら、かしな!」


 駄々をこねるモガに構わず、ステーキと米の椀を取り上げた。


「ム。何をする?」

(あった)め直す。野菜を先に食べてなさい」

「ン……心得た」


 ステーキと米をセットし、調理場のパネルに触れて電力を吸わせる。

 一人分を温めるだけならすぐだ。

 あんまりモガを待たせたくない。

 だけど、出来るなら一番美味しい加減で食べてもらいたい。


 ステーキを返すフライ返しが、いつもより踊った。


「いひひ……アーチねぇ、うれしそう」

「ええ、本当に……フフ」


 あのモガが、ようやく食事らしい食事をしてくれた。

 野菜を()み終え、メインディッシュを待ちわびている気配がする。

 彼の無言の期待を背中に感じて、アーチはくすぐったく揺れるのだった。


「ねぇモガ、訊いてもいいわよね?」

「…………その手にあるリョウリを、オレに寄越してくれるならな」

「あー、はいはい」


 両手の器をテーブルに並べ、「それで」と疑問を継いだ。


「アンタが食堂に来るなんてどういう風の吹き回しよ。それもこんな時間に」





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