表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/226

十月八日は木の日

 日本木材青壮年団体連合会が一九七七(昭和五二)年に提唱。

 「十」と「八」を組み合わせると「木」の字になることから。

 木の良さを見直す日。



 そのけやきの前に立つと、記憶の中にあるものより随分小さく見えた。こうしてここに立つのは何年ぶりだろうか。来ようと思えばいつでも来れたのに、俺はずっと避け続けていた。

 この欅は実家マンションの敷地内に植えられている。小さく感じたと言っても記憶との比較なので、実際は見事な枝ぶりで同じ敷地内の他の木と比較しても一番大きい。


 さあやるか。


 俺は覚悟を決めて欅を見上げた。



 あれは二十年程前か。正確には覚えていないが、小学校四、五年ぐらいの頃だ。

 いつものように友達とマンションの公園で遊んでいた時、誰かが木登りしようと言い出した。俺は強く反対した。なぜなら運動が苦手で、しかも肥満気味。木登りなんて絶対に無理と分かっていたから。だが俺の意見は聞き入れて貰えず、乗り気になった友達たちは敷地内で手頃な木を探し始める。そこでみんなの目に留まったのが、この欅だった。

 幹や枝には十分な太さがあり、登っても折れることは無いだろう。問題は一番下の枝でも俺の頭ぐらいの高さがあることだった。

 友達たちは最初の枝に掴まり、幹を上手く使ったり、鉄棒の要領で登り始める。みんな登って、最後に俺の番がきた。俺もみんなの登る様子を見ていたので、同じ要領でやってみたが、体が重くて上がらない。体重に対して筋力が圧倒的に不足していたのだ。

 友達が上から引き揚げてくれたりしたが、重過ぎて無理だった。友達も諦め、俺はみんなを下から見ているだけ。木の上からはどんな景色が見えるのだろうか。自分だけそれを見ることが出来ないのは屈辱だった。

 結局木に登れない俺は、泣いて家に帰る羽目になった。この木登り事件は俺にとってトラウマになり、それからこの欅には近付いていない。


 その後、元々外遊びが嫌いだった俺は、尚更外に出なくなった。友達と遊ぶのも家でゲームばかり。結果、運動不足と肥満が加速した。

 成長するにつれ、肥満体ではモテないと知り、ダイエットしてなんとか見られるぐらいにはなった。運動が苦手なのは変わらないが、社会に出れば何も問題なく、今は普通に暮らしている。だがトラウマが消えた訳ではなく、木登りなどは試す気も無かった。


 そんな俺が、再びこの欅の前に立ったのには訳がある。

 あと数か月後に、俺は父親になるのだ。しかも生まれてくる子は男の子。俺は子供のことを知った時に考えた。こんなくだらないトラウマを抱えている人間が父親になって良いんだろうかと。息子が壁にぶち当たった時に、俺は何と言って助言するのか? 俺に助言する資格があるのか?

 俺はトラウマを克服する気になり、ジムに通い出した。木に登るには筋力が必要だと考えたのだ。



 欅の前に立った俺は最初の枝に手を伸ばす。あの頃頭の高さにあった枝は、今は胸の位置にある。両腕で抱き着いて少し体重を掛けた。今の俺の体重に耐えられる強度はありそうだった。

 幹に小さな突起を見つけ、そこに左足を掛ける。枝を両手で持ち、右足で地面を蹴り、体を持ち上げる。ジムでトレーニングした効果があったのか、驚くほど簡単に枝がお腹までくるぐらい体が浮いた。

 枝に体が乗ると、後はスムーズに登って行ける。俺は十分な太さの枝が無くなるまで登った。

 限界まで登った場所で、俺はそこから見える景色を眺める。見えたものは、見慣れたマンションの敷地だった。


「そりゃそうか」


 俺は可笑しくなって笑った。でも心から満足している。これで息子に胸を晴れる。親になる準備が出来たんだと思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ