魔笛編 第2話「魔法の放課後」
「どうぞ」
緑郎に招かれて部屋へ入ると、造りの良いクラシカルな家具が馴染んでいる。
時を経た物ではあるが、時に置いて行かれた感のない物。
そして、不思議な安堵感に包まれる心地良い部屋だった。
梨央は棚に並べられている帆船に目がとまった。
「これ海賊船か?」
「そうだよ。キング・レイノルズやライアン・ド・ロウのもあるよ」
“キング・レイノルズ” 魔界の海賊の中では最も有名で「全ての海は彼の為にある」 とまで言わせた男だ。
宝石を奪い、金銀財宝の上で眠っていたという逸話もある。
特定の女性を持たず、その日の気分で女性を変え、自らをキングと名乗り、数々の島を征服し、しかし、いつも自分は波の上に身を置いた。
最後は宝の島を目指し、行方知れずになった。
その存在感は今でも消えていない。
今でも キングを見た という者が絶たないくらいだ。
その船は海を行くトリトン王に例えられ、どんな荒波も堂々と乗り越えたと言われるブラック・シー号である。
一方、“ライアン・ド・ロウ”は華麗さを重視した珍しい海賊で、いつでも身なりを気にしていた。
その暮らしぶりは貴族の様で、アフタヌーンティーまで楽しむ生活だった。
血生臭さは嫌うものの、その腕前は恐ろしく、彼に向かっていって死を免れた者はいない。
その船は優雅さを重視し、美しい曲線美を持ち、帆先には美しく、大粒のアクアマリンが埋め込まれている。
美しき女王、ティタニア号である。
「好きな船があったら持っていっていいよ」
緑郎が言った。
「うそだろ?」
梨央は船をジッと見つめてハッとした。
「これ、何かいないか?」
「ああ、それね。乗組員がいないと困るだろ。
大丈夫。生命ある人形だから。その船も海に浮かべれば元に戻るよ」
「これ、本当の海賊船になるのか!?」
梨央はもう一度船を見つめた。
潤也が声をかけた。
「梨央、海賊船の船長似合ってるよ! 一つ貰っちゃえば! ろくろーもそう言ってるしさ」
「梨央、いいよ。ブラック・シー号気に入ったんじゃない?どうぞ」
梨央は少しだけ間を置いた。が
「いいのか?ま、じゃ、貰っとくわ……」
「よかったね~。海に浮かべたら僕も乗せてもらおうかなぁ」
潤也はお気楽である。
「本題に入ろう」
緑郎は壁に掛けてある地図を指した。
「事件のあった場所だ」
魔法の地図なので、その場所は地図の中で浮かび上がり、その時の様子まで見ることが出来る。
各地域に点々としているが、一様に被害者は一瞬立ち止まり、周りを見渡している。
そして、何事もなかった様に数日過ごした後、忽然と姿を消している。
「これで痕跡無いわけ?」 と潤也が聞いた。
「何かしら魔力をかけられていることは分かっている。でも、探ってもその魔法の跡が無いんだ。これだけ広範囲に人間に魔力をかければ必ず痕跡が残る。無いわけじゃない。誰かが“消してるんだ”……
もう一つ。この魔法界の地図を見て欲しい。これはこちら側の地図だ。広大な魔法界全てが入っている。この中に異変が起きている。隠されていたが、僕があぶり出した。この部分だ。あるはずのない魔界が現れている」
魔法の地図の中では人魚が踊り、小人が見え隠れし、巨人が寝そべっている。
見ようとした場所の現在の様子や情報が取り出せる。
それもリアルに浮き上がってくる。
実際に魚が跳ね上がり、水しぶきもあがる。火山が噴き上げ、オーロラが輝き、山に雪が降り積もる。
その中にモヤがかかり、決して外部に見えない様に隠された町が見える。
「それは何だ?」 梨央が聞いた。
「おそらく、いなくなった人達が連れて行かれる場所だろう」
「なるほど……そこへ行こうっての?」
潤也が運ばれてきたケーキを頬張りながら笑った。
「タダで行けるわけじゃない。これから誘拐されるであろう人物に接触し、紛れ込むしかない」
「それ分かったら問題解決だろ」 梨央が言った。
「ハッキリ分かるわけではない。だが、全く予想がつかないわけではない。的が狭まってきてるんだ。まず、年齢は10代半ばから後半。男女比率は半々。
そして、場所だが、何故か最近は僕等の居住地に近くなってきている。それから、狙われるのは何かに秀でた人物だ。スポーツや音楽、絵画、工学など、それはまんべんなく。
そこで、次に狙われそうな人物を探った。前回男子だったので、今回は女子かと思われる。5人程ピックアップしてみたが、一番狙われそうなのは、海外でも活躍の目覚ましい天才ヴァイオリニスト 鈴原涼子さん。我が校の2年生だ。梨央、同じクラスだろ」
「あ~、鈴原かぁ。あんま口利いた事ねえなぁ」
「頼りないねぇ、梨央! 僕、同じ委員会だからさ。話しかけてみるよ」
潤也は食べ終わってお茶をおかわりしている。
緑郎は地図に目を戻し
「それから、事件の起きた場所をもう一度探ってみよう。潤也、君の魔力なら封じたヤツを上回れる」
「フーン。力比べか…… 負けないよ」
潤也は目をキラッとさせて
「ねえ、その魔界の地図いいよね。欲しいなぁ。梨央もお土産貰ったし……」
「あぁ。この地図か。これは作るのに時間がかかるんだが……まあ、2つあるし、一つは潤也が持っていれば何かの時に役立つかもしれないね」