真っ赤なコートの女の子が逃げた
※冬の童話祭2021、テーマ『さがしもの』への参加作品です。
とても寒い日の早朝、女の子が赤い屋根の家から逃げた。
真っ赤なコート、茶色いブーツ、真っ白なマフラーとイヤーマフ。
女の子はぱたぱたと、一生懸命走って逃げた。
そんな女の子のことが気になった青い鳥が、女の子の隣を飛んで、話しかける。
「どうしたの? どこに行くの?」
でも女の子は自分のことにせいいっぱいだ。
でも青い鳥が来たことには気づいて小さく笑う。
「青い鳥だ、嬉しいな。青い鳥に会えたから、わたしも幸せになれるかな?」
「今はまだ幸せじゃないの?」
青い鳥が聞く。「うん」と答える女の子。
「だから、逃げるんだよ。そして探すの」
「なにもこんな寒い日に探す必要ないんじゃない?」
女の子は首をふりふりした。
「寒い日だから、いいんだよ。ほら、空気がとっても澄んでいるでしょう? 寒い日はね、塵とかほこりが下に落ちて空気が澄んで、一番世界が綺麗な時なんだって」
青い鳥は、女の子の探しものに興味をもったのでついていくことにした。
走ったり歩いたり、そしてまた走ったり、そうして女の子は進んで行く。
女の子は、自分に興味を持つ青い鳥に、走り疲れるたびに、色んな話をした。
「ベッドのふとんを整えなさいと叱られたの。寝るのはわたしで、わたしのベッドなのに。だからどうして? って聞いたらさ、みっともないでしょって言うから、だれにとって? って聞いたの。そしたらね。『うるさい愚図が、さっさと直せ』だって。
だからね、ベッドのふとんはそういうものなのかな、って思ったんだ。
でも別の日にね、その人のふとんが乱れたままだったから、ふとん乱れてるよって言ったらさ『お前に関係ないだろうるさい黙れ、そんなにオレを怒らせたいのか』だって」
そんな話から始まって、たくさんたくさん女の子が話す。
「人を待たすなと怒られるの。でもわたしは何時に出かけるのかも知らないんだよ。
わからないなら聞けと言うくせに、別の日には、そんなことをいちいち聞くなと怒るの。
もっと察しろと言うけどさ、うまく伝えられない自分が悪いんじゃん。ね?」
女の子は青い鳥に、そんなことを話す。
「人の話を聞きなさいって言われるけどさ、わたしの話はみんな聞いてくれない。
もっとにこにこできないのかって怒られるけどさ、そんな状況でその人は笑えるのかな」
女の子はその小さな心の中に、小さなとげとげをたくさん入れられていた。
「そんな感じでね、わたしから色んなものを取り上げようとするの。そうしてね、わたしの心とは違うことをさせたがるの。
そんな人がね、あの赤い屋根の家にはたくさんたくさんいるんだよ」
「じゃあ、逃げて正解だね」
青い鳥のコメントは簡潔だ。非常にあっさりした返答だけど、話を聞いてもらえた女の子は嬉しそうに「そうでしょ?」と言う。
「たぶんね、みんなもあの赤い屋根の家で、最初はもっと違っていたけど……我慢して我慢して、心と違うことをしていたから、別のなにかになっちゃったんだよ。だからわたしのことが許せないの。口答えするなって言うの。
……でも本当は、自分達ができなかったことを、されるのが許せないだけなんだ。
そして、自分達がされて嫌だったことの仕返しを、本人にすることができないから、そんな勇気がないから……だから、みんな、あの家で一番弱いわたしに嫌なことするの。
だから、たぶん、そこから逃げるには……強くなるか逃げるしかないの」
女の子は、青い鳥にそんなようなことを話した。
雑木林の中に入って、女の子の足元でかさりかさりと葉っぱが鳴った。
「なにを探すの?」
青い鳥が聞く。女の子は答える。
「本当のわたし」
「じゃあ君はにせもの?」
青い鳥は小首をかしげた。
女の子は「そうだよ!」と言って、とてもとても楽しそうに笑う。
しばらく歩いて、湖の前の小屋を見つけると、女の子が「見つけた!」と言って走り出そうとした。青い鳥が止める。
「待って! なんであそこに行くの?」
女の子が両手を口にあてて、ふふっと笑う。
「前、親切な人が教えてくれたんだよ。色んなことが嫌になったら、林の中の小屋においでって。そしたら今の場所から逃げられて幸せになれるんだよ」
「だめ。だめだよ。あやしい。あの小屋に入ったらだめだ」
女の子は悲しい顔をした。
「わたしの話を初めてちゃんと聞いてくれたから、わたしの味方だと思ってた。あなたも、他のみんなと同じだったんだね。わたしから、やりたいことや、楽しいことを取り上げて、わたしの心を、暗くて悲しいところに閉じ込めようとするんだね」
「違うよ、そうじゃない。君が心配なんだ。ぼくは君が好きで、幸せになってほしいんだ。あの小屋は危険だと思うから、行かないでほしいんだ」
青い鳥の必死な言葉に、女の子はとてもとてもびっくりして、大きな目をさらに大きくして、青い鳥を見つめた。
青い鳥はなおも言う。
「お願い、あの小屋には行かないで」
女の子は、とてもとても悩んだけれど、こくりとうなずいて「わかった」と言った。
そのまま、なんとなく木の影に隠れて、小屋を眺めていると、湖の前に舟がたくさんやってきた。
小屋の中から小さな子ども達がたくさん出てきて、ぎゅうぎゅうになって舟に乗る。
「これからとても楽しいところに行けるからね。
おかしをたくさん食べられるし、怒る人も誰もいない。とっても楽しくて素敵なところなんだよ!」
そうやって男は言いながらも、舟に乗るのをためらう子がいると「早くしろ!」とつきとばした。
女の子は木の影に隠れたままささやく。
「あなたの言う通りだった。あの人も赤い屋根の家の人達と同じ。あの舟に乗っても幸せになれない」
そうしてたくさんの舟が遠ざかり、女の子と青い鳥だけになると、2人は、はあ……と緊張したままだった息を吐いた。
「本当は、あの子達も助けたほうがよかったのかな?」
「ぼく達には無理だよ。とってもとってもか弱いから、自分達が逃げるだけでせいいっぱいだ」
「そうだね」
目的をなくした女の子が途方に暮れる。
「わたしの帰れるところは、あの赤い屋根の家しかないや。これから、どうしたらいいのかな」
青い鳥にもわからない。
「たぶん、大人になったら、自由になれる。でも、大人になった時に、その赤い屋根の家の人達みたいに、君が変わっちゃったら……嫌だな」
そうやって青い鳥がぼやいたから、女の子が笑った。
「あなたは、今のわたしのことが好きなんだもんね?」
「そうだよ、悪い?」
「ううん……嬉しい」
そう言うと女の子は、真っ赤なコートの肩のところに乗る、小さな青い鳥の体をなでた。
「あなたが、今のままのわたしを好きだと言ってくれたから……わたしは、頑張って大人になることにしたよ。そうして、優しい人になる。あなたみたいな、心を温かくする素敵な人になる。……だから、ねえ……明日からもわたしの側にいてくれる?」
女の子はほほを染めて、とてもとても心を込めて、青い鳥にそんなお願いをした。青い鳥が答える。
「うーん、あの赤い屋根の家は暮らしづらそうだからなあ」
「正直!」
ガーン! といった感じの女の子だ。
でも青い鳥は続けた。
「だから、君が窓を開けた時や、外に出た時に会いに行くよ。時々ね」
「しかも時々なんだ」
「だってさ、毎日って決めたらしんどいでしょ? 自由じゃないじゃん」
青い鳥はすました顔だ。女の子は笑う。
「そうだね。わたし達は、自由でいようね」
女の子と青い鳥はなんやかんや言いつつ、結局毎日のようにお話をした。
女の子が、今日あった嫌なできごとを話すと、青い鳥は、そんな人達ほうっておきなよ、と言う。
「でも、そんなことしたら、怒られるよ?」
「でも、そんなことしなくても、怒られてるよ?」
「あ! 本当だ!」
女の子はびっくりした。
「それなら、君は君のままでいたほうがいいんじゃないかな?」
「うん。難しいけど、やってみる」
別の日には、女の子はこんな風に言った。
「とっても不思議なことが起きたの。
わたしがみんなの言う通りにして、一生懸命に頑張ってた時は、とても悲しいことばかりだった。
でも、みんなの言うこと聞き流すようになって、そんなのしーらない! って言ってね、嫌な人は無視したりしてたら……とっても過ごしやすくなったんだよ。嫌な人もね、嫌なことしなくなったの」
「嫌なことしたら君に嫌われることが、わかったんだろうね」
女の子はきょとんとした。
「嫌なことしたら嫌いになるの、当たり前だよ? みんなもそうじゃないの?」
すると青い鳥が言う。
「どんなに嫌なことしても、嫌な顔せずに許していたら『あ、この子は嫌なことしてもいい子なんだ』って、思う人がいるんだよ」
「なにそれ、嫌な人だね」
女の子は嫌な顔をした。
「そうそう、その調子だよ」
青い鳥がそう言って女の子をほめた。
女の子は「嫌な顔をしたのにほめられるなんて、変なの!」と言って笑った。
女の子はどんどん可愛くなって、素敵な女の子になっていった。喜怒哀楽もよく顔に出るようになって、赤い屋根の家の人達は、この女の子から好かれたいと思い始めたのか、文句をだんだん言いづらくなってきたようだった。
ある日女の子が、青い鳥に言った。
「あの日、あの寒かった日。寒くて悲しくて、ぎりぎりだったわたしを。消えそうになってた、本当のわたしを。見つけてくれて……ありがとう。
わたしも、あなたが、大好きだよ」
あの頃の笑顔のままで、優しく美しく成長した女の子が、青い鳥にそう言って笑った。