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真っ赤なコートの女の子が逃げた

作者: ◇ゆん◇

※冬の童話祭2021、テーマ『さがしもの』への参加作品です。


 とても寒い日の早朝、女の子が赤い屋根の家から逃げた。


 真っ赤なコート、茶色いブーツ、真っ白なマフラーとイヤーマフ。


 女の子はぱたぱたと、一生懸命走って逃げた。

 そんな女の子のことが気になった青い鳥が、女の子の隣を飛んで、話しかける。


「どうしたの? どこに行くの?」


 でも女の子は自分のことにせいいっぱいだ。

 でも青い鳥が来たことには気づいて小さく笑う。


「青い鳥だ、嬉しいな。青い鳥に会えたから、わたしも幸せになれるかな?」


「今はまだ幸せじゃないの?」


 青い鳥が聞く。「うん」と答える女の子。


「だから、逃げるんだよ。そして探すの」


「なにもこんな寒い日に探す必要ないんじゃない?」


 女の子は首をふりふりした。


「寒い日だから、いいんだよ。ほら、空気がとっても澄んでいるでしょう? 寒い日はね、塵とかほこりが下に落ちて空気が澄んで、一番世界が綺麗な時なんだって」


 青い鳥は、女の子の探しものに興味をもったのでついていくことにした。


 走ったり歩いたり、そしてまた走ったり、そうして女の子は進んで行く。

 女の子は、自分に興味を持つ青い鳥に、走り疲れるたびに、色んな話をした。


「ベッドのふとんを整えなさいと叱られたの。寝るのはわたしで、わたしのベッドなのに。だからどうして? って聞いたらさ、みっともないでしょって言うから、だれにとって? って聞いたの。そしたらね。『うるさい愚図が、さっさと直せ』だって。

だからね、ベッドのふとんはそういうものなのかな、って思ったんだ。

でも別の日にね、その人のふとんが乱れたままだったから、ふとん乱れてるよって言ったらさ『お前に関係ないだろうるさい黙れ、そんなにオレを怒らせたいのか』だって」


 そんな話から始まって、たくさんたくさん女の子が話す。



「人を待たすなと怒られるの。でもわたしは何時に出かけるのかも知らないんだよ。

わからないなら聞けと言うくせに、別の日には、そんなことをいちいち聞くなと怒るの。

もっと察しろと言うけどさ、うまく伝えられない自分が悪いんじゃん。ね?」


 女の子は青い鳥に、そんなことを話す。


「人の話を聞きなさいって言われるけどさ、わたしの話はみんな聞いてくれない。

もっとにこにこできないのかって怒られるけどさ、そんな状況でその人は笑えるのかな」


 女の子はその小さな心の中に、小さなとげとげをたくさん入れられていた。


「そんな感じでね、わたしから色んなものを取り上げようとするの。そうしてね、わたしの心とは違うことをさせたがるの。

そんな人がね、あの赤い屋根の家にはたくさんたくさんいるんだよ」


「じゃあ、逃げて正解だね」


 青い鳥のコメントは簡潔だ。非常にあっさりした返答だけど、話を聞いてもらえた女の子は嬉しそうに「そうでしょ?」と言う。


「たぶんね、みんなもあの赤い屋根の家で、最初はもっと違っていたけど……我慢して我慢して、心と違うことをしていたから、別のなにかになっちゃったんだよ。だからわたしのことが許せないの。口答えするなって言うの。

……でも本当は、自分達ができなかったことを、されるのが許せないだけなんだ。

そして、自分達がされて嫌だったことの仕返しを、本人にすることができないから、そんな勇気がないから……だから、みんな、あの家で一番弱いわたしに嫌なことするの。

だから、たぶん、そこから逃げるには……強くなるか逃げるしかないの」


 女の子は、青い鳥にそんなようなことを話した。

 雑木林の中に入って、女の子の足元でかさりかさりと葉っぱが鳴った。


「なにを探すの?」


 青い鳥が聞く。女の子は答える。


「本当のわたし」

「じゃあ君はにせもの?」


 青い鳥は小首をかしげた。

 女の子は「そうだよ!」と言って、とてもとても楽しそうに笑う。


 しばらく歩いて、湖の前の小屋を見つけると、女の子が「見つけた!」と言って走り出そうとした。青い鳥が止める。


「待って! なんであそこに行くの?」


 女の子が両手を口にあてて、ふふっと笑う。


「前、親切な人が教えてくれたんだよ。色んなことが嫌になったら、林の中の小屋においでって。そしたら今の場所から逃げられて幸せになれるんだよ」


「だめ。だめだよ。あやしい。あの小屋に入ったらだめだ」


 女の子は悲しい顔をした。


「わたしの話を初めてちゃんと聞いてくれたから、わたしの味方だと思ってた。あなたも、他のみんなと同じだったんだね。わたしから、やりたいことや、楽しいことを取り上げて、わたしの心を、暗くて悲しいところに閉じ込めようとするんだね」


「違うよ、そうじゃない。君が心配なんだ。ぼくは君が好きで、幸せになってほしいんだ。あの小屋は危険だと思うから、行かないでほしいんだ」


 青い鳥の必死な言葉に、女の子はとてもとてもびっくりして、大きな目をさらに大きくして、青い鳥を見つめた。


 青い鳥はなおも言う。


「お願い、あの小屋には行かないで」


 女の子は、とてもとても悩んだけれど、こくりとうなずいて「わかった」と言った。


 そのまま、なんとなく木の影に隠れて、小屋を眺めていると、湖の前に舟がたくさんやってきた。

 小屋の中から小さな子ども達がたくさん出てきて、ぎゅうぎゅうになって舟に乗る。


「これからとても楽しいところに行けるからね。

おかしをたくさん食べられるし、怒る人も誰もいない。とっても楽しくて素敵なところなんだよ!」


 そうやって男は言いながらも、舟に乗るのをためらう子がいると「早くしろ!」とつきとばした。

 女の子は木の影に隠れたままささやく。


「あなたの言う通りだった。あの人も赤い屋根の家の人達と同じ。あの舟に乗っても幸せになれない」


 そうしてたくさんの舟が遠ざかり、女の子と青い鳥だけになると、2人は、はあ……と緊張したままだった息を吐いた。


「本当は、あの子達も助けたほうがよかったのかな?」


「ぼく達には無理だよ。とってもとってもか弱いから、自分達が逃げるだけでせいいっぱいだ」


「そうだね」



 目的をなくした女の子が途方に暮れる。


「わたしの帰れるところは、あの赤い屋根の家しかないや。これから、どうしたらいいのかな」


 青い鳥にもわからない。


「たぶん、大人になったら、自由になれる。でも、大人になった時に、その赤い屋根の家の人達みたいに、君が変わっちゃったら……嫌だな」


 そうやって青い鳥がぼやいたから、女の子が笑った。


「あなたは、今のわたしのことが好きなんだもんね?」


「そうだよ、悪い?」


「ううん……嬉しい」


 そう言うと女の子は、真っ赤なコートの肩のところに乗る、小さな青い鳥の体をなでた。


「あなたが、今のままのわたしを好きだと言ってくれたから……わたしは、頑張って大人になることにしたよ。そうして、優しい人になる。あなたみたいな、心を温かくする素敵な人になる。……だから、ねえ……明日からもわたしの側にいてくれる?」


 女の子はほほを染めて、とてもとても心を込めて、青い鳥にそんなお願いをした。青い鳥が答える。



「うーん、あの赤い屋根の家は暮らしづらそうだからなあ」


「正直!」


 ガーン! といった感じの女の子だ。

 でも青い鳥は続けた。


「だから、君が窓を開けた時や、外に出た時に会いに行くよ。時々ね」


「しかも時々なんだ」


「だってさ、毎日って決めたらしんどいでしょ? 自由じゃないじゃん」


 青い鳥はすました顔だ。女の子は笑う。


「そうだね。わたし達は、自由でいようね」



 女の子と青い鳥はなんやかんや言いつつ、結局毎日のようにお話をした。


 女の子が、今日あった嫌なできごとを話すと、青い鳥は、そんな人達ほうっておきなよ、と言う。


「でも、そんなことしたら、怒られるよ?」

「でも、そんなことしなくても、怒られてるよ?」

「あ! 本当だ!」


 女の子はびっくりした。


「それなら、君は君のままでいたほうがいいんじゃないかな?」


「うん。難しいけど、やってみる」



 別の日には、女の子はこんな風に言った。


「とっても不思議なことが起きたの。

わたしがみんなの言う通りにして、一生懸命に頑張ってた時は、とても悲しいことばかりだった。

でも、みんなの言うこと聞き流すようになって、そんなのしーらない! って言ってね、嫌な人は無視したりしてたら……とっても過ごしやすくなったんだよ。嫌な人もね、嫌なことしなくなったの」


「嫌なことしたら君に嫌われることが、わかったんだろうね」


 女の子はきょとんとした。


「嫌なことしたら嫌いになるの、当たり前だよ? みんなもそうじゃないの?」


 すると青い鳥が言う。


「どんなに嫌なことしても、嫌な顔せずに許していたら『あ、この子は嫌なことしてもいい子なんだ』って、思う人がいるんだよ」


「なにそれ、嫌な人だね」


 女の子は嫌な顔をした。


「そうそう、その調子だよ」


 青い鳥がそう言って女の子をほめた。

 女の子は「嫌な顔をしたのにほめられるなんて、変なの!」と言って笑った。



 女の子はどんどん可愛くなって、素敵な女の子になっていった。喜怒哀楽もよく顔に出るようになって、赤い屋根の家の人達は、この女の子から好かれたいと思い始めたのか、文句をだんだん言いづらくなってきたようだった。


 ある日女の子が、青い鳥に言った。



「あの日、あの寒かった日。寒くて悲しくて、ぎりぎりだったわたしを。消えそうになってた、本当のわたしを。見つけてくれて……ありがとう。

わたしも、あなたが、大好きだよ」



 あの頃の笑顔のままで、優しく美しく成長した女の子が、青い鳥にそう言って笑った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 人間関係って不思議なもので、他人の言うことを何でもきくいい子ちゃんより、自分の意見をある程度主張する人の方が、周囲から大切にされるんですよね。 青い鳥さんのお陰で女の子にゆとりができて、素敵…
[一言] 童話というと、「誰とでも仲良くできる」「やさしい気持ちでいればきっと分かり合える」という書き方がされがちだと思うのですが、この作品は思った以上にシビアで現実的なのですね。物事をよくわかってい…
[一言] ラストがとても美しくまとめてあって素敵でした。 少女のこの先に幸あれですね^_^
2020/12/17 16:38 退会済み
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